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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
十三日目 漁村の村ゼニス
74/208

73 海賊船ホルテンジア

 現実時刻で昼の1時、【ディープガルド】時刻では早朝の4時。俺は現実世界で昼食を食べ終え、午後からの活動に移る。

 結局、午前中の余った時間は【エンタープライズ】の工房で生産活動をすることになった。

 いくつか銃を作り、サブ装備も中型のバンデッドガンに変更する。あまり使う機会はないが、一応持っておいた方が得策だ。実際、海賊パイレーツのハリアーさんも銃を装備しているのだから。

 これにより【機械制作】のスキルを磨くだけではなく、お金も経験値も手に入る。ロボット制作と比べたら、非常に効率的な生産活動だった。


 俺だけではなく、アイの方も【裁縫】活動を行っていた様子。彼女は俺に一枚の布装備を手渡す。

 機械技師メカニックにも合っているブラウンのコート。俺のために考えて作られているのが見て取れた。


「レンジさん、今日作った新しい防具です。貰ってください」

「え? 良いのか?」

「当然です! パーティーに装備を提供するのが裁縫師(テーラー)の役目ですから」


 まさに天使だ。なんて献身的なのだろう。

 これでアイは、俺の防具を作るという約束を果たしたことになる。なんだか、いつもこいつには先を越されてしまうな。

 彼女は防具の概要を説明していく。


「砂漠ではラフなベストを選んでいたので、今度はしっかりとしたロングコートにしてみました。前に出るならレザーアーマー系が良かったのですが……まだ、【革細工】のスキルは鍛えていないんですよね。当分は布でお願いします」

「ああ、布で良いよ。お前に教わったジャストガードで全部防いでやるさ」


 さっそくレザーベストを取り外し、新しいロングコートを装備する。この世界での着替えは非常に手軽だ。服を脱いでも、何故か白い布を身に纏っているので周りの目を気にしなくていい。

 ノランのように【防具変更】のスキルを使用すれば、戦闘中でも瞬時に防具が入れ替わる。まあ、そんなスキル、俺には必要ないんだけどな。

 スパナ、銃、防具を入れ替え、今日だけでかなりの装備が整う。このまま、海のダンジョンを目指すのも良いかもしれない。


「午後からの予定は未定ですよね。ダンジョンでも進めてみますか?」

「そうね。速攻で帰ったら、絶対ハリアーに文句言われるし」


 ヴィオラさんの同意も得て、これで午後の予定が決まった。

 今現在、俺たちはエンタープライズの船内にいる。リュイたちと合流し、レベリングに励もう。そう思った時だ。

 突如、巨大な爆発音と共に、船全体が大きく揺れる。船内に置かれたあらゆる物が落下し、床へとたたきつけられた。


「な……なんだ!」

「大砲が暴発したのでしょうか?」


 アイは何食わぬ顔をして、散らかった部屋を片付けようとする。しかし、そんな事をしている場合ではない。これは明らかに緊急事態だろう。

 俺たちが動き出そうとしたとき、【エンタープライズ】の誰かが船中に響く声で叫ぶ。


「敵襲だー! 全員戦闘態勢をとれ!」

「どうやら、プレイヤー同士のいざこざらしいな」


 モンスターが大砲で襲撃するはずがない。だからこそ、バルメリオさんはそう判断した。

 俺もこの考えには同意だ。この巨大ギルドにあだなすプレイヤーがいるのは不思議ではない。

 これは早々に退散したほうが良さそうだ。このくだらない争いに巻き込まれてしまったら堪ったものではない。

 しかし、ギルドマスターのハリアーさんは行動が早かった。俺達の判断より先に、彼女は手を打ってきたのだ。


「あの……この船動き出していませんか?」

「敵を追いに出たな。このままじゃ沖に出る」


 アイとバルメリオさんがすぐに気づく。おいおい、客がいてもお構いなしか。本当に猛獣のような人だな。

 不味いぞ……ゼニスの村でリュイたちと待ち合わせをしている。このままじゃギルド同士離れ離れだ。

 戦闘が始まっているので、ワープの魔石による逃走も出来ない。完全に俺たちは巻き込まれてしまったようだ。


「ハリアーの奴……すぐに甲板に出るわよ!」


 ヴィオラさんは怒りをあらわにし、船の上へと走り出す。俺たちも彼女に続き、ハリアーさんの元へと急いだ。

 本当に次から次へと厄介事が起きる。俺たちのギルドは呪われているのだろうか。

 俺という疫病神がいるので、あながち否定できなかった。













 甲板に出ると、そこには大勢の【エンタープライズ】メンバーが集まっている。皆この非常事態に歓喜し、うずうずしているような感じだ。まさに荒くれ者の集まりだな。

 それにしても、ギルドマスターが女にも関わらずこのギルドは男が大半だ。まあ、生産職が殆どいないから、そりゃそうなるか。


「とにかく、ハリアーの奴に文句言ってやる!」


 ヴィオラさんは船首に立つハリアーさんの元へと向かう。しかし、こうしている間にも、船はどんどん陸から離れていった。これはもう引き返せないな。

 そうこうしていると、俺たちの元に一人の猫耳少女が現れる。鍛冶師(ブラックスミス)のイシュラだった。


「大変なことになっちゃたわね」

「イシュラ、お前も被害者か……」


 ヴィルパーティーはハリアーさんと共に行動していない。沖に出るのは完全に不本意だろう。彼女たちも巻き込まれてしまったのだ。

 しかし、様子がおかしい。なぜか、イシュラはパーティーではなく一人で行動している。


「ヴィルさんたちはいないのか? ここがギルド本部なら、ログインするのはこの場所だろ?」

「違うわ。私たちは勝手に船が出されるのを避けるため、宿の方でログアウトしてるの。ギルド本部からログインすることはないわ」


 つまり、ヴィルさんはリュイたちと一緒に居るということか。それはそれで安心だな。

 とにかく、ハリアーさんには早急に蹴りを付けてもらって、陸に戻らないといけない。俺たちは船首に向かって走り出した。




 船首の方ではヴィオラさんがハリアーさんに何やら叫んでいる。興奮しているのだろうか、何を言っているのかはさっぱり分からない。

 しかし、どうにも違和感があるな。敵から攻撃を受け、プレイヤー同士の衝突になると思ったが静かすぎる。ハリアーさんは騒ぐヴィオラさんを無視し、険しい眼光で海の彼方を見つめていた。

 限定スキル【奇跡】を持っている俺には分かる。彼女は同じ限定スキル【海鳴】の使用によって集中しているのだ。

 既に船は海のど真ん中に移動し、陸は殆ど見えなくなってしまう。そんな時、ハリアーさんはようやく口を開く。


「すまなかった……」

「え……?」


 今まで見たことのない深刻な表情で、彼女は意味深な言葉をこぼした。それと同時に、薄暗い海は真っ白い霧に覆われていく。これは、いったいどうなっているんだ……


「どうやら我々は罠に掛かってしまったようだ」


 ハリアーさんは大きな帽子のつばを掴み、悔しそうに奥歯をかみしめる。そうか、【海鳴】のスキルによって霧を予知していたが、それが罠だと今気づいたんだな。

 しかし、自然現象を味方につけるとは、一体どんなプレイヤーだ? これはゲームだが、気候や天気を予測することは不可能だ。だからこそ、海難を予知する【海鳴】の限定スキルが意味を成していた。

 敵はそれほどの存在なのだろう。それこそチートを使うような。ハリアーさんの予測すら上回る強者……


「俺たっちゃ海賊~。街を襲い~、火を放て~」


 俺がある予測を立てた時だ。霧の向こうから何者かの歌声が聞こえてくる。かなり上機嫌に歌っており、これから起きる『ショー』を心待ちにしているようだ。

 彼の声は聞いたことがある。忘れるはずがない。この人には一度世話になってるからな……

 俺の予測が確信に変わった時だ。突如、マストから垂らされたロープにぶら下がり、ターザンのように一人の女性が現れる。胸の大きな銃士ガンナー、ラプターさんだった。


「ハリアーちゃん! いったい何が起きてるの?」

「分からない……ずっとこのゲームをプレイしてきたが、こんな事は初めてだ」


 あのハリアーさんをちゃん呼ばわりかよ……いや、それはどうでも良い。今はこれから現れる敵についてが重要だ。

 霧はさらに濃くなり、歌声は徐々に大きくなる。やがて、俺たちの目の前に巨大な影が姿を現した。


「これは……」

「海賊船ホルテンジア……!」


 背中に背負っていた巨大碇を掴み、ハリアーさんは臨戦態勢を取る。これが、俺たちの敵なのだろうか……

 目の前に存在するのは、このエンタープライズより遥かに大きな帆船。ずっと霧に紛れて気づかなかったが、その迫力は半端ではない。

 マストは所々破れ、船腹にはいくつもの穴が開いている。とても海上に浮かべるはずはないが、これはゲームだ。この船がゴーストシップというのなら、充分に納得できた。

 一体この船は何なのか、知りたがりのアイがすぐに質問する。


「海賊船ホルテンジアとは……?」

「この海に浮かぶダンジョンだ。階層は浅いがモンスターが強い。特に厄介なのは死霊モンスター、シースケルトンだろう」


 なんでそんなダンジョンが目の前に現れるんだよ。しかも、こちらを大砲で攻撃して、ここまで誘い出すとは……まあ、チートの一つなんだろうな。

 ホルテンジアのダンジョンは目標を捕捉し、こちらに向かって何かを投げつける。それは鋼鉄でできた大きな碇だった。

 碇はエンタープライズの船上に落下し、がっしりと食い込む。そこから一本の鎖が幽霊船へと伸びており、二つの船を完全に繋げてしまう。これで、逃げることは出来なくなったな。


「まるで本物の海賊だな……」

海賊パイレーツというより、この歌声は使役士テイマーですけどね」


 銃を構えるバルメリオさん、それに続き俺たちも臨戦態勢に入る。

 敵はもう分かっているんだ。くだらない演出なんていらない。さっせと出てこい……使役士テイマーヌンデル!


「レディース! アーン! ジェーントルメン! また会ったなァ……ミスタァァァ!」


 幽霊船ホルテンジアの船上に置かれた豪華な椅子。その上で、ギャングのような服装をした男が偉そうに座っていた。

 彼は足を組み、優雅にお酒を飲む。その後ろにはユニコーンのジョン、コカトリスのポール、フェンリルのジョージ、ケットシーのリンゴが待機していた。

 ここからはハリアーさんたちが質問する番だ。彼女は俺に向かって疑問を投げかける。


「あの男は何者だ?」

使役士テイマーブレーメンのヌンデル。四体の魔物を同時使役する闇組織の幹部です」


 俺が説明しているとヌンデルさんが【エンタープライズ】のメンバーに気づく。彼はハリアーさんとラプターさんに向かって両手を振った。


「うっは! かわいこちゃんがいるじゃねえか! デートしようぜー!」

「なるほど、気に入らん奴だと分かった」


 舌打ちをし、女海賊は彼を敵と認識する。恐らく、組織的な意味の敵ではなく、人種的な意味の敵だろう。あまり、馴れ合っていられる状況じゃないんだけどな……

 俺たちがヌンデルさんに集中していると、バルメリオさんが一人何かに気づく。彼は船から身を乗り出し、その顔に冷や汗を流す。そして、無理に作ったような笑顔をし、真っ黒いサングラスを取り外した。


「イデンマ……!」

「バルメリオ……素直に手を引けば良かったものを……」


 ヌンデルさんの隣に立つ、赤いマフラーの盗賊シーフ。彼女の瞳は赤と青のオッドアイで、サングラスを外したバルメリオさんとまったく同じ目をしていた。

 姉と弟、同じ瞳を持つ二人が対峙する。いよいよ、その時が来たということだろうか。俺は固唾を飲むことしか出来なかった。

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