72 ギルドマスターの意思
一気にライフを削られたが、まだまだヴィオラさんに勝機はある。二人のレベル差はそれほど開いているわけではない。冷静に敵の攻撃を捌いていけば、高威力の斧も怖くなかった。
しかし、ヴィオラさんは強襲効果のあるスキルで一気に攻め込む。かなり、冷静さを崩してるな。
「スキル【アサルトブロウ】!」
「聞けばヴィオラ、お前は私に会うことを突っぱねたらしいな」
彼女の上空から切り落とす攻撃を、ハリアーさんは涼しい顔で受け止めた。剣と斧では斧の方が硬い。ヴィオラさんでは、とても突発出来ないだろう。
それにハリアーさんの言う通り、彼女はこの場所に来ることを嫌がっていた。この人、ヴィルさんから色々聞いているな。
「仲間が特異な立場にあることを知りながら、なぜ私を頼らなかった。くだらないプライドなど捨て、協力を仰ぐべきではなかったのか?」
痛いところを突かれる。まさにその通りだろう。
ヴィオラさんは【バックステップ】で飛び退き、体勢を立て直した。斧持ちはスピードが遅いのが弱点。距離を取るのは有効だぞ。
それに、彼女も言われっぱなしではない。しっかりとした考えがあった。
「うう……一度抜けたギルドにおめおめ戻って、助けてほしいなんて言えるわけないじゃない! それこそ、ギルドマスターとして示しがつかないわ!」
「ほう、よく吠えるじゃないか」
言い返した。しかも筋は通っている。
本当はただ単に、ハリアーさんとの接触を拒んだだけだ。しかし、ここは目をつぶっておく。ヴィオラさんがそう言っているなら、それで良かった。
ハリアーさんはゆっくりと近づき、巨大錨を横に振りかぶる。これは大技がくるな。
「言うことは正しい。だが、能力が伴っていないぞ! スキル【ヘビースイング】!」
海賊専用のスキル。武器を横から叩きつける荒業だ。振りかぶるモーションもあり、かなり遅い攻撃と言える。
しかし、何かの間違えで直撃すれば、一撃で終了だろう。目に見えて分かる威力の高さだ。
普通なら避ければ済む。しかし、ヴィオラさんは攻撃に対して剣を構える。やっぱり、冷静さを失っているのか。このままだと不味いのでは……そう思った時だ。
「……うるさい! 私はもう貴方の仲間じゃない! スキル【スラッシュ】!」
ハリアーさんのスキルに対して、彼女は別のスキルを打ち付ける。
剣士の最も基本的な技【スラッシュ】。追加効果はないが、PPの消費が少ない高威力技だ。
互いのスキルがぶつかり合い、威力を相殺する。しかし、海賊かつ、斧を使うハリアーさんが有利。そのままヴィオラさんを払い飛ばしてしまう。
壁に叩きつけられ、ダメージを受ける女剣士。しかし、彼女はすぐに立ちあがった。
「【エンタープライズ】に入ったのも、貴方に負けて嫌々入っただけ……チャンスがあったら、すぐにやめるつもりだった!」
無謀でも、ヴィオラさんはあえて真っ向からぶつかった。それは、もうハリアーさんから逃げたくないという気持ちの表れかもしれない。
しっかりと剣を握る。相手をまっすぐと見据え、ヴィオラさんは走り出した。
「スキル【クリティカルブロウ】!」
「スキル【ボーンクラッシュ】!」
彼女の斬り落としに対し、ハリアーさんも同じ動きをする。今度は相殺せず、互いにダメージを受けた。しかし、それぞれ追加効果が違うため与える影響が変わってくる。
ヴィオラさんの剣は相手の頭部に命中し、大ダメージを与えた。完璧なクリティカルヒットだ。
逆に、ハリアーさんの攻撃は肩に命中し、与えたダメージは少ない。しかし、このスキルには追加効果があった。
「ぐう……防御力が……」
「だが、お前は他のゲームでずっとソロプレイヤーを貫いてきたはずだ。そんなお前が、なぜ急にギルドを作った。それも、個人ランキングには全く興味を示さずにだ……」
スキルによって防御力を削るのと同時に、精神の方も削っていく。
確かに、ヴィオラさんがギルドを作った理由は不明だ。俺も今だに分かっていない。
以前、ギンガさんに聞かれた時は、自由に飽きたと言っていた。一体、どういうことだろうか。
ハリアーさんは、じりじり近づきながら威圧していく。
「まさか、私を潰すつもりか?」
「違う!」
「人の上に立ちたかったからか?」
「違う!」
ああ、違う。ヴィオラさんはそんなキャラではない。ハリアーさんに恨みを持つことはないし、人を従えて満足する質ではない。
女海賊はじれったいものを見るような表情をし、巨大錨を振りかぶる。
「では、なぜギルドマスターになった!」
「ぐ……」
そんな彼女に剣を構え、ヴィオラさんは叫んだ。
「貴方に……貴方に憧れたからよ!」
「な……」
ハリアーさんの動きが止まる。その瞬間、ヴィオラさんの剣が彼女の胸部を切り裂いた。
無防備なところに打ち込んだ一撃。通常攻撃だが、そこそこライフを削ることに成功する。
だが、与えたダメージより、この一言の方が強烈だな。あのハリアーさんが完全に度肝を抜かれていた。
そんな彼女に、ヴィオラさんは言葉を連ねる。
「悔しいけど……貴方は強くてカッコよかった。ただそれだけよ」
顔を真っ赤に染め、恥じらいながら彼女は言う。なるほど、だから誰にも話さなかったのか。変なところでプライドが高いからな。
少女ノランは満面の笑みを浮かべ、大声で騒ぎだす。
「きましたー! 結婚しちゃいなよ!」
「そう見えるなら、お前の目は曇ってるぞ……」
先輩と後輩の美しい友情を汚しまくる彼女。お前じゃないんだから、そういうのはない。
床に膝をつき、うつむいているハリアーさん。泣いているのか? 問題児の後輩が、こんなにも自分を慕っていることに感動しているのだろうか。
恐る恐る、彼女に近づくヴィオラさん。その瞬間だ。
「スキル【サマーソルト】!」
「へぶっ……!」
波しぶきを纏ったバック転からのキックが、ヴィオラさんの顎に命中する。海賊はこんな体術スキルもあったのか。
【スカルクラッシュ】で防御力が下がったところに、この一撃。これは当分立ち上がらないだろう。
床に倒れる彼女を見下しつつ、ハリアーさんは体を上げた。
「憧れだと? お前のような奴は腐るほどいる! 私に到達したいのなら、さっさとそこから這い上がってこい! 以上だ」
「ひでえ……」
そう言い捨て、彼女は決闘を放棄する。
油断したヴィオラさんが悪いのだが、あまりにも鬼畜な最後だったな……まあ、大事にならなくて良かったか。
無様に倒れる彼女を無視し、ハリアーさんは俺の元へと歩いてくる。いったい、今度は何の用なんだ。
女性なのだが、近くで見るとでかくて怖いな……まあ、怯えたら失礼だから我慢するが。
そんな俺を威圧しつつ、彼女は腕を組む。
「ほう、私を前にして怖気づかないか……」
いや、貴方を気遣っての行動ですが……不服なのだろうか?
どうやら、そういう訳ではなさそうだ。
「ヴィルに似ているな。何を考えているのか、さっぱり分からん」
眉間にしわを寄せ、ハリアーさんはそう俺を評価する。まさかのヴィルさん似か。あまりピンとこないな……
彼女は巨大錨を背中に背負い、話を続ける。
「お前は機械技師の強化方法に迷っているようだが、そろそろ答えを教えてやる」
いきなり、どうしたんだ。今まで、俺は色々な人に機械技師の性質を聞いてきた。しかし、ヴィオラさんもヴィルさんも、あまり詳しくない様子だった。
同じ機械技師のアルゴさんや、イリアスさんに聞いても反応は微妙。マイナージョブ故に、発売一ヶ月では研究が進んでいなかったのだ。
しかし、上位ギルドの頂点であるハリアーさんは、その答えを見極めている。だからこそ、こんな事を言い出したのだろう。
彼女は語っていく。俺がずっと気になっていた機械技師の概要を……
「機械技師はモーションの長い前衛アタッカーだ。魔法が苦手な為、サポートには向かない。使用するスキルもアイテムも、近距離タイプのものが大半だ」
そう言えば、ドリルアームもイグニッションも、近づかなければ使えない。グレネードとマジックハンドも中距離向け、遠距離には向かなかった。
【起動】によって乗り込むロボットも、流石に魔法は使えない。カスタマイズ出来るのは、近距離から中距離までと言える。これは完全に近距離アタッカーのそれだ。
「威力はアイテムでカバー出来る。防御を鍛えて遅延し、ワンショットを狙う戦術は実に機械技師らしい。マイナージョブ故に、型が安定したのは最近だがな」
これって、俺の強化方法と同じじゃないか。仲間を守るための【防御力up】スキル。それがこんな形で機能するとは……
ハリアーさんは不敵に笑い、船全体に響く声で叫ぶ。
「正解だ! そのまま進め!」
正解か……偶然にも、機械技師らしい強化方法になったんだな。やっぱり、運命ってあるんじゃないか。
アイとバルメリオさんが、感動する俺を賞賛する。
「流石ですレンジさん! 時代を先取りですよ!」
「情報なしの強化はさぞ怖かっただろう。だが、この賭けはお前の勝ちだ」
別に模範解答を選択する意味はない。ルージュのように、常識外れの強化方法もあるだろう。
しかし、俺の選んだ道がその模範解答なら、甘んじて受け止めよう。それが、俺の答えだったという事だ。
「ありがとう。これで良かったんだな……」
こうして、何だかんだで俺はテンプレ構築の機械技師となる。まあ、【状態異常耐性up】の方は異質かも知れないが、前衛ならまず機能するだろう。
後はただ進むのみ。床に倒れるヴィオラさんを見つつ、俺はそう思うのだった。
船内の奥の部屋、鍛冶工房に俺は足を運ぶ。イシュラから、完成した鋼鉄スパナを受け取るためだ。
ほぼ全財産を支払い、俺は彼女からスパナを購入する。お店よりかなり高いが、背に腹は変えられないな。
「どう? いい出来でしょ?」
「ああ、軽くて使いやすそうだ。ありがとう」
前の物より若干大きくて軽い。攻撃を受けることに特化した防御用の武器だ。
スパナの動きはメイスに近い。機械技師専用の武器で、アイテムやロボットを使うこのジョブにはあまり必要ないだろう。
だからこそ、この防御特化は適切だと思われる。【発明】も【衛星】もモーションが長く、その時間を稼ぐために隙を作りたい。こいつで受けてジャスガして、どんどん相手を怯ませる。これが俺の戦術だ。
イシュラは頭に巻いたバンドをほどき、俺に笑顔を見せる。
「珍しいもの作れて楽しかったわ。知り合いにも宣伝してよ」
「ああ、ディバインさんとか?」
「やめて」
そんな冗談を言い、少し彼女をからかう。少し前までギスギスしていたのが嘘のようだな。
こうやって、少しづつ仲間を増やしていければいいと思う。人種が似ているのだろうか。この世界で出会う人たちは、現実世界より親しみやすく感じた。




