71 このノランさま
現実時刻でも【ディープガルド】時刻でも朝の8時。ヴィオラさんと約束した時間なのでハリアーさんに会う事となる。
エンタープライズの一室。会議室のような場所で俺たちは集まった。
この場にいるのは俺とアイ、それに年長組のヴィオラさんとバルメリオさん、ついでにノランだ。
【エンタープライズ】の方はギルドマスターのハリアーさんに、幹部のアパッチさんとラプターさん、それに知らない人が数人。たぶん、この人もたちもそこそこ強いんだろうな。
イシュラは俺のスパナを作るので工房に残る。何より、今から話すことと彼女は関係ない。完全な部外者だった。
敵の詳細を詳しく知っている俺は、同じく詳しいバルメリオさんと共に話していく。闇組織のこと、エルドのこと、【覚醒】のこと、とにかく知っている事は徹底的に話した。
しかし、【エンタープライズ】の反応はどうにも微妙だった。まあ、信じないよな。
「俄かには信じがたいな……」
「幽霊のくだりは信じなくて構いません。ですが、このゲームシステムを弄って好き勝手やっている組織があるのは認めてもらいます。証人も沢山いますしね」
「む……」
実際、それを行っている奴らに会ったんだ。ディバインさんだって、調査を進めている。ここは信じてもらいたい。
ハリアーさんは腕を組み、大きくため息をついた。
「例えゲームの中でも、他人に記憶や思考を弄られるのは気に入らないな」
「つーか怖すぎっすよ……!」
そんな彼女の横でビビりまくるアパッチさん。そりゃ怖いよな。俺だって怖い。
こんな恐ろしいことに、ノランを巻き込んで良いのだろうか。彼女には今初めてこの事を話した。騙してギルドに加えたようで、ずっと気にはなっていたのだが……正直、ギルドを抜けてほしくない。
「そういう事なんだ。ごめんノラン、隠していたわけじゃない。巻き込まれるのが嫌なら、今すぐ退いてほしい……」
俺がそう言った時だ。少女ノランは頬っぺたを膨らませ、俺に怒りをアピールする。
やっぱり、こんな厄介ごとに巻き込まれたくないよな。今まで黙っていたことに腹を立てて当然だ。
しかし、彼女の怒りはこれが原因ではなかった。
「ぶー! レンジくん、ノランちゃんたちを見下してる!」
「見下してる……?」
いや、見下した覚えはないし、『たち』という複数を指す意味も分からない。何がノランの機嫌を損ねているのか、俺には分からなかった。
だが、それこそが俺が未熟な理由。彼女の言うことには、もっと早く気づくべきだったのだ。
「レンジくん、自分は特別な使命を持っていて、ノランちゃんたちとは違うんだって考えてる! そういうの分かっちゃうよ! 鼻に付いちゃうよ!」
「なっ……」
俺はハッとした。そんなこと、今まで考えもしなかったぞ。
俺はずっと、周りに迷惑を掛けないように、巻き込まないようにと考えていた。ノランはそんな俺が、自分達を見下しているように感じたらしい。
彼女はふんと鼻息をだし、胸を張って続ける。
「ただの遊びだって笑うかもしれないけど、ノランちゃんたちは真剣だよ! ただの遊びに夢中になるのが、この世界のマナーなんだ! 遊ばない人になんか負けないよ!」
「ごめん、そういうつもりじゃないんだ……でも、確かにそうかもしれない……」
もう充分巻き込んでいる。迷惑だって掛けている。今更遅いだろう。
しかし、それでも俺は仲間を守りたかった。失いたくなかったんだ……
「俺は仲間を巻き込みたくない。ゲームオーバーになれば記憶が消える。おまけに、あいつらに操られて敵になるかもしれない。そんなの嫌だ……」
仲間を手にいれた途端、今度は失うのが怖くなる。我ながら情けない。
そんな俺の様子を見たノランは無邪気に微笑む。そして、その場で一回転し、【防具変更】のスキルを使用した。
現れたのは、女誑しの少年ノラン。彼はバラの花をくわえ、カッコいいポーズをしながら語りだす。
「このノランさま、生まれも育ちも根っからの埼玉。特別な能力はないし、秘めた力も覚醒しない。完全な凡人。キングオブ凡人だ」
いきなり何を言っているんだ。そんなことは知っている。
彼は中性的な外見をしているが間違いなく人間。特別な存在であるはずがなかった。
しかし、ノランはその事をむしろ誇りに思っている様子。
「でも、特別な誰かに劣っているとは、一度も思ったことはないぜ。ノランさまはノランさまという絶対的な存在だからな」
周りからもてはやされ、自分に絶対的自信を持っている。そんな彼らしい思想だった。
クラスではあまり目立たず、それほど親しい友人がいない俺とは真逆だな。そりゃ、考え方も正反対になるか。
しかし、俺と近い人種のバルメリオさんは、ノランに同意する。意地を張っているのは彼も同じか。
「同感だ。ただのアイドルかぶれかと思ったが、分かってるじゃないか」
「かぶれじゃない。アイドルだぜ」
ノランは俺に顔を近づけると、あざとくウィンクをする。本当に人生が楽しそうだ。
「強い意志を持つのはいいことだ。だがな、楽しむ気持ちを忘れちまったら、仲間の笑顔も奪っちまうぜ」
「恥ずかしい台詞を……」
恥ずかしいがカッコいい。少なくとも、俺なんかよりずっとカッコいい。
そうだ、仲間と共に敵に立ち向かう覚悟はしたが、背中を預けたわけじゃない。俺一人が気をはって、仲間を守ろうとしてどうするんだ。
防御力を上げて皆の盾になろうとしたが、それは少し違う。俺が守るなら、味方を信じて攻撃を任せるのが盾役じゃないのか。
「ああ、そうだ。楽しく遊んでるこの場に、土足で踏み込んだ部外者は俺たちの方。その責任は果たさなきゃならない」
俺は息を吸い込み、続ける。
「だが、俺はこの世界がどうなろうと知った事じゃない。この世界を守りたいのは、お前たちの方だ」
【ディープガルド】が脅かされている。このゲームを楽しんでいるなら、守るのは当然だよな。
「だから、お前たちは戦う義務がある。協力しろノラン! 強制だ!」
「ああ、それで良い。これはみんなの問題だからな」
よし、ノランのおかげで以前より進めそうだ。実際、敵との戦闘になったら、味方を気に掛けている余裕はない。俺の仲間は強いと信じるだけだった。
ハリアーさんは腕を組み、口元に笑みを浮かべる。そして、背中に背負っていた巨大錨を掴み、それを足元に置いた。
「よし、ならば我々も戦わなければならないな。こちらからどうこうする気はないが、敵が邪魔をするというのなら受けて立つだけだ」
錨を床に下ろした瞬間、船全体が振動で揺れる。びっくりするから止めてくれよ……
特にヴィオラさんとアパッチさんは怯えまくってる。本当にこの二人は情けないな。
しかし、なぜこうもハリアーさんに怯えるのだろうか。その答えはすぐに明らかになった。
「さて、私情はここまでにしよう。ここからが本題だ」
え? 今のが本題じゃないのか。じゃあ、この人はなぜ俺たちを呼んだのだろう。この世界を脅かす脅威以上に、重要なことがあるのだろうか。
否、あるから彼女は呼んだのだ。
「ヴィオラ!」
「ひゃい……!」
「お前、ギルドマスターとして何をしている? 特に、メンバーが特異な事情持ちでだ」
ハリアーさんの声と目力に、萎縮してしまったヴィオラさん。情けない返事に加え、情けない対応で質問に答える。
「えっと……工房作りました……」
「それは【エンタープライズ】で稼いだ金を使っただけだろ」
「お……おっしゃる通りです……」
前のギルドで稼いだお金を使っただけで、ギルドマスターの能力は関係ない。完全にハリアーさんの言う通りだ。
そんな彼女の威圧にもめげず、ヴィオラさんは必死に言い返す。
「も……物凄く励ましたわ!」
「ほう……」
この人は何を言っているんだ……明らかに逆効果だぞ。当然、ハリアーさんはスルーする。
「で、何をしていた?」
「何もしてないです……」
折れるヴィオラさん。恐ろしい形相で睨み付けるハリアーさん。うわ……これは酷い修羅場に遭遇してしまったぞ。
なぜハリアーさんに怯えるのか、ようやく分かった。単純に怖いからだ。
「散々減らず口を叩き、ギルドを抜け出した結果がこれか。良いメンバーを集め、調子に乗っているようだが……」
瞬間、彼女は巨大錨を持ち、それを床に叩きつけた。
「こんなものはお前の実力ではない! 運が良かっただけだ!」
「ひい……」
恐ろしい轟音と共に、木で作られた床はぶち破られる。穴がぽっかりあき、直すのが大変そうだな……
それにしてもハリアーさん、誰も言わなかった事をついに言っちゃたか。ごめんなさいヴィオラさん。こればかりは否定できません。
怒りが頂点となった海賊は巨大錨を構える。帽子の下の眼光は、獲物を狙う獣そのものだ。
「構えろヴィオラ。その腐った根性叩き直してやる」
「わあ……やっぱり、こうなっちゃうのね……」
処刑タイムか……ハリアーさん、ヴィオラさんボコすために呼んだな。そりゃ嫌われるわ……
アパッチさんはその場から逃走し、ラプターさんは楽しそうに煽ってる。どっちも止めに入らないんですね。酷いギルドだ……
恐らく、止めるのはヴィルさんの役目だろう。しかし、今ここに彼はいない。よりによって、このタイミングでこんな事になるとはな。
「スキル【兜割り】!」
俺が唖然としているうちに決闘が始まった。
ハリアーさんは錨を振りかぶり、ヴィオラさんに向かって振り落す。これはルージュも使うスキル。お店で購入できる汎用スキルだった。
しかし、その動きは恐ろしく単調。あれ? 意外と簡単に読めるぞ。怒りで技術が劣化しているのか?
当然、ヴィオラさんは剣でガードする。もしかして、ハリアーさんってあまり強くないのでは? そう思った瞬間だった。
「そんなガードで止められるとでも思ったか! このたわけが!」
「ぎゃふん……!」
彼女はヴィオラさんのガードを無視し、巨大碇をそのまま叩きつける。何という荒業だ。剣士の安い防御では全く防ぎきれない。
そうか……海賊のジョブは攻撃特化。とにかく力で叩き潰す戦略なんだな。
加えて、あの巨大碇は斧に分類されている。斧は最も威力が高い武器なので、海賊の性質をさらに引き立てているわけか。実に恐ろしい。
「溜める! 叩きつける! 吹っ飛ばす! それが海賊のジョブだ。戦いに小細工などいらん!」
床に塞込むヴィオラさんに向けて、ハリアーさんはそう言い放つ。一応、俺たちに解説をしてくれているみたいだな。頭は冷えているじゃないか。
そんな彼女の解説が気に食わないのか。何故かヴィオラさんが張り合ってくる。
「海賊……他のゲームでは狂戦士や重戦士のポジションね。このゲームは技スキルが多いから、一つのジョブに色々な要素がつめられている。他にも、錬金術師は薬師。農家はドルイド。商人はアイテム師の役割を持っているわ」
「ヴィオラさん、自分が戦ってる時に解説いりませんから」
生まれたての小鹿のように、彼女は立ち上がっていく。一撃でこれとは……やはり、総合ランキング5位のハリアーさんは異常な強さだ。まず、威圧感が半端ない。
ヴィオラさんは瞬時に距離を取り、怯えた様子で剣を構える。確かに怖いし実力も違いすぎるだろう。だが、ここは良いところ見せてほしい。
上位ギルドを抜けてまで、このギルド【IRIS】を作ったんだ。ギルドマスターとして、ハリアーさんに認めてもらいたかった。




