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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
十二日目 大橋の街アルカディア
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69 孤高の英雄

 深夜、漁村の村ゼニス。小舟が並ぶ港で、四人のプレイヤーが会話をしている。彼らはある男に呼ばれ、この場所に訪れていた。

 その中の一人、赤いマフラーをした盗賊(シーフ)の女性が悪態をつく。ここに呼び出した男に対し、かなり頭を悩ませている様子だ。


「全く、ヌンデルの奴。こんなところに呼び出して何のつもりだ」

「眠い……」


 腕を組むイデンマの隣では、目隠しをした僧侶(プリースト)が上の空だ。少女マシロにとって、この集まりは面倒なだけなのだろう。

 そんな二人の後ろでは、別のプレイヤーが言い争いをしている。弓術士(アーチャー)の少年リルベに、眼鏡をかけた錬金術士(アルケミスト)ルルノーだった。


「ルルノー! 何であいつ、【覚醒】持ちなのに操れないのさ! 聞いてないじゃんよ!」

「プレイヤーの操作は研究段階です。まだまだ、未知の現象は起きるでしょうね」


 眼鏡のずれを直しつつ、男はそう答える。分からないのだからどうしようもない。今はただ、原因を調査するだけだった。

 イデンマは二人の会話に入り、目を細める。


「流石は英雄様のお気に入りか。こちらも調査を……」

『原因は分かっています。状態異常耐性によるバーサクの無効化でしょう』


 彼女が会話を進めようとした時だ。突如、四人の前に黒い鎧に身を包んだプレイヤーが現れる。戦士(ナイト)と思われる風貌のビューシア。最強のプレーヤーキラーと呼ばれている存在だった。

 そんな彼の姿を見るとイデンマは眉をしかめる。だがそれも当然だ。ビューシアはここ最近全く仲間と顔を合わさず、ずっと一人で行動していたのだから。


「ビューシア、今までどこで何をしていた。何故顔を見せなかった」

『その話は後にしましょう。今は英雄様のお気に入りについて……』


 威圧する彼女から目を逸らし、ビューシアはリルベの方を見る。すると、少年は味方を増やしたいのか、彼に返答を求めた。


「ビューシア兄ちゃんも見たでしょ! あいつの【覚醒】はただの【覚醒】じゃなかったんだ。レベル差を埋めるほどの超パワーアップだったよ!」

『ゲームオーバー時に魂エネルギーを入れ込み、無意識であるバーサク状態の時に操作する。これが私たちの手段ですが……どうやら、そのNPCエネルギーを逆に利用されてしまったようです』


 度重なる予想外の事態。リルベはただイラつくしかない。


「ぐう……あいつ、何者なんだよ。きっと、特別な力を使ってるんだ!」

「いや、あいつは正真正銘の凡人だ。ただ、危機回避能力が恐ろしく高いけどな」


 そんな彼の言葉に答える第三者。ビューシアに続き、この場に六人目のプレイヤーが現れる。

 純白の布装備をした剣士(ソードマン)。ボサボサの髪に、真っ直ぐ見据えた瞳。とても悪人とは思えない彼こそが、この集まりのリーダー的ポジションだった。

 男の名前はエルド。【ディープガルド】における最強の地位、総合ランキング一位の称号を持っていた。流石のイデンマもこれには冷や汗を流す。


「ビューシアの次は英雄様か……」

「その英雄様っての止めろよ。むず痒いだろ」

「ダメだ。お前はこの世界における英雄の位置についてもらう。その見返りとして、わざわざお気に入りを生かしてやっているんだ」


 全てのプレイヤーを導き、その頂点に立つ存在。イデンマは彼をそう仕立てあげようとしていた。

 事実、エルドは無敵だ。彼に対抗しえるプレイヤーなど、二位のクロカゲか三位のディバイン程度。他ではまず話にならないだろう。

 だからこそ、そのエルドのお気に入りは警戒すべき存在だった。生かすように言われているが、管理はしなくてはならない。


「まあ、勝手な真似をしないように、周りの仲間には印を刻む予定だがな」

「ん? それじゃあ、あいつだけ生かして仲間の方を狙ってたのかよ。おいおい……俺が性格悪いみたいじゃないか」

「安心しろ。事実だ」


 イデンマの皮肉に対し、彼は口を曲げた。しかし、すぐに機嫌を戻し能天気な表情をする。


「ま、いいか。無事俺の予想を上回ったようだし、もう待つ必要はないな。ここからは遠慮せずにぶっ倒してくれ」


 これで英雄様のお気に入りに対し、攻撃許可が出たことになる。だが、ルルノーは何かが引っ掛かっている様子。彼はエルドに対し、ある質問をする。


「英雄様に質問ですが。彼が【覚醒】を手にすると知っていたのでしょうか」

「いんや、知らね。ただ、さっきも言ったように危機回避能力が恐ろしく高いからな。それに運もある。何かをやらかすとは思っていた」


 あまりにもいい加減な答えだ。ただ気まぐれに泳がしていただけに過ぎず、特に深い計画があったわけではない。そう、全ては彼の遊びなのだ。

 だが、ビューシアはどうにも深く考えている様子。流石に何の理由もなく、お気に入りに拘るはずがないと思ったのだろう。


『しかし、逆に言えばそれだけの人間。なぜ彼にそこまで固執するのでしょう……』

「別に深い理由はない。リア友だからさ」


 彼が何と言おうが、本当に深い理由はないのだから仕方がない。エルドは唯の遊びに真剣だった。


「俺はゲームの世界で何人もの友人と出会い、親交を深めてきた。それがどうだ? 二度目の人生を始めた今、未練があるのはただ一人のリア友だった。リアルを否定した廃人の末路がこれだ」

「彼と共にゲームを進めれば良かったのでは?」

「無理だよ。この体だ」


 彼は苦笑いをし、自らの手を見る。ルルノーの提案通りにいくはずがない。何故なら、エルドは既に死んでいるのだから。

 彼は再び、視線をビューシアに戻す。その眼は真剣そのものだ。


「ビューシア、お前は肉体を捨ててない。大事にしろよ」

『言われずとも、あなた方には出来ない行動を進めているところです』


 戦士ナイトの男は鎧の下で醜悪な笑みを浮かべる。


『先日、ゲームデーターを消去し、最初からやり直しました』

「はああ!?」


 彼がそう言った瞬間、イデンマが声を張り上げた。驚くのも無理はないだろう。

 最強のプレイヤーキラーと呼ばれたビューシアは、このゲームでも例外ではない。発売から一カ月でトップクラスのレベルを持ち、最上位の装備を手に入れた。スキル編成も抜かりはなく、本気でプレイすればランキング上位は確実だ。

 そんなゲームデータ全てを、彼は涼しい顔で捨ててしまった。計画に支障が出るのはまず確実と言える。

 この事実に気づいていたのか、エルドは納得の表情を浮かべた。


「あー、やっぱりか。装備が整ってないもんな」

「な……なぜこんなバカな真似を!」


 イデンマにとっては信じがたい事だ。普通に考えれば、レベルや能力を捨ててまで得たいものなど存在しない。しかし、ビューシアの行動には列記とした理由があり、大きなメリットも存在している。


『誰にも怪しまれずに行動するためです。事実、あなた方はその能力故に行動が制限されているでしょう?』

「む……確かに……」


 ビューシアは集会をサボっていたのではない。後半の【インディ大陸】に移動することが出来なかったため、他から取り残されてしまったのだ。今、この【ブルーリア大陸】に集まったことにより、ようやく彼は仲間と顔を合わせる。ここまでする理由は他にもあった。


『それに、貴方のお気に入りと対等な条件になりたかった。稲葉蓮二……実に興味深い』

「データを消してまでか? お前の方こそ何であいつに固執するんだ?」


 エルドの質問に対し、待っていたと言わんばかりにビューシアは語り出す。


『期待しているのですよ。彼は何事にも真剣になれない。冷めた観点を持った自らを嘆いています。しかし、そうなったのは、怒りで我を忘れる自身を押し留めるための防衛処置。周りの目によって、彼は性格をねじ曲げたのです』

「ありがちだねー。世の中ってのは個性を潰しちゃうものさ」


 ニヤニヤと笑い、リルベは彼に同意する。この二人は同じように世界を見下している。所謂、同族なのかもしれない。

 ビューシアは両手を広げ、鎧の下で楽しそうに口を開く。


『しかし、【覚醒】のスキルによって、彼はバーサクの影響を受けました。その時の性格はまさに本来の性格……彼は【状態異常耐性up】のスキルによって、完全に【覚醒】を抑えたと思っています。しかし、【覚醒】は使用スキル。使えば使うほどに、レベルが上がりバーサクの効果も増す……』


 全ては彼の思い通りだ。目的は一つ、英雄様のお気に入りである稲葉蓮二の利用。


『私は悪い子ですので、人の玩具に惹かれるのです。彼は私がもらい受けて構いませんね?』

「別にいいぞ。玩具じゃないしな」

『もしかすれば、壊してしまうかも知れませんよ?』

「なめんな。俺の親友(ダチ)だ」


 エルドに向けて殺意を向けるビューシア。そんな彼を小バカにするようにエルドは笑っていた。この二人はまさに犬猿の仲。いつ戦いが始まってもおかしくない状況だ。

 向かい合う二人のプレイヤー。リルベは焦りの表情を浮かべ、イデンマは止めに入る準備をする。しかし、その時だった。


「レディース! アーン! ジェーントルメン!」


 海の方から新たな訪問者の声が響く。使役士テイマーの男、ヌンデルの声だった。

 しかし、声が聞こえる方向が明らかにおかしい。陸ではなく海の方から響いてくるのは、この場にいる誰もが予想としていなかった。

 それでも、イデンマは深く考えようとはしない。ヌンデルの暴走は今に始まったことではないので、考えるだけ無駄だった。


「まったく、次から次へと……」

「うっし、これで全員集合だな」


 頭を抱えるイデンマに、気を引き締めるエルド。彼らの視線の向こうには、視界を遮る巨大な帆船。マストはボロボロに破れ、船腹には大きな穴が開いている。とても、海の上を走れる状態ではなかった。

 しかし、船は海上に存在している。音もなく、突然眼の前に現れ、こうやって彼らの目に映っている。まるで幽霊船のようだ。


「これは……」

『海賊船ホルテンジアのダンジョンですね。まさか、ダンジョンごと移動するとは……』


 弓を構えるリルベに、冷静な考察をするビューシア。彼らは同時に船首の方に視線を向ける。

 そこにいたのは一人の男。ギャングのような服装をしたヌンデルだ。彼は大笑いをしながら、右人差し指を天へと突き立てる。


「俺様、ヌンデルの登場だぜ! 今回のテーマはゴーストシップってところか!」

「ヌンデル兄ちゃんは本当に派手だね……」


 呆れるような、むしろ尊敬するような表情でリルベは笑う。まさか、こんな巨大な船で登場するなど、想定できるはずがない。TPのエルドも、最強のプレイヤーキラーであるビューシアもこれには唖然だ。

 ヌンデルは意気揚揚にこの船の詳細を話していく。完全に自慢だった。


「海賊船ホルテンジア。船長キャプテンキッドを仲間にして、丸ごと手に入れたぜ」

「なっ……レイドボスを使役したのか!? 不可能だ!」

「【テイム】のスキルは使ってねーよ。【交渉】のスキルを使わせてもらったぜ」


 【テイム】はモンスターを捕獲し、使役するスキル。【交渉】はモンスターと疎通し、利益を得るスキル。後者はボスモンスターにも使用可能だ。

 しかし、イデンマを含め、この場にいる全員が納得していない。レイドボスを仲間にし、ダンジョンを丸ごと乗っ取る。チートでも使わない限り、どう考えても不可能だった。

 すぐに、ルルノーが感づく。ヌンデルが使った手はまさに暴挙だ。


「【覚醒】のスキルを使いましたか……」

「形振り構っていられねえだろ。相手は【ゴールドラッシュ】、【ROCOロコ】、【エンタープライズ】、ソロプレイヤーのギンガと繋がりを持っている。もう立派な組織だぜ」


 この場に揃う七人の亡霊、最初に行動を起こしたのはヌンデルだ。彼は先陣を切り、一気に目標へと畳み掛ける。


「この船で【エンタープライズ】も、英雄様のお気に入りもぶっ潰す! さーて、ヌンデル様の猛獣ショー! 始まり始まりぃー!」


 船首の上で叫ぶヌンデル。彼の目的は邪魔者全てを潰すというシンプルなものだった。エルドからの攻撃許可が出たことにより、もうこの男を制止できる者はいない。ただ、好きに暴れるのみだ。

 イデンマは大きくため息をつき、再び頭を抱える。慎重に行動するという当初の計画など、既に完全崩壊しているのは明白だった。

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