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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
十二日目 大橋の街アルカディア
69/208

68 巨大碇のハリアー

 巨大なクラーケンに対し、俺たちがとった行動はバフ。つまり、味方の強化だった。

 アイの【マジカルクロス】で防御力を上げ、ノランの【ボレロ】で攻撃力を上げる。さらに、シュトラの【属性附与魔法】で味方の属性を雷属性に変え、有利な状況を作りだす。

 ダメージソースはハクシャ一人で間に合っており、戦闘職の重要性がよく分かった。


「スキル【まつり縫い】!」

「よっしゃ! スキル【正拳突き】!」


 アイの拘束スキルによって静止した敵を、ハクシャは一気に殴り飛ばす。雷属性で弱点をつき、【ボレロ】で攻撃力が上がっている。尚且つ、彼は【渾身】のスキルでさらに攻撃力を上げていた。パワーバカもここまで来たら戦略だな。

 しかし、【渾身】のスキルは自らの防御力を下げるもろ刃の剣。おまけに、ハクシャはダメージ覚悟で前線に立ち、積極的に敵のライフを削りに行っている。これは、あいつ一人に負担をかけすぎているぞ。


「リュイ、ハクシャより前に出る。どうにも嫌な予感がするんだ」

「はい、攻撃を防ぐのは僕たちの役目ですよね」


 俺とリュイは、一人で突っ込むハクシャの元へと走る。今までは勝手にやらしていたが、何かの間違えでゲームオーバーになられたら悲惨だ。この世界の脅威を知っている俺からすれば、命を大事にしてもらいたい。

 前衛に出た俺たちは、クラーケンの十本足をガードによって防いでいく。一本でもハクシャに当たれば致命打。それほど、あいつの耐久は下がっていた。


「くっ……手数が多くて、カウンタースキルを使用できませんよ」

「足だけどな!」

 

 左右上下から叩きつけられる鞭のような足。怒涛の連続攻撃により、完全にリュイの機能を潰されてしまった。

 俺も同じ、これでは【発明クリエイト】によってアイテムを作ることも、【起動スタンドアップ】によってロボットに乗ることも出来ない。機械技師メカニックは動きがもっさいのだ。

 アイの攻撃力は期待できないし、ノランは踊ってる。ハクシャに次ぐアタッカーはやはりイシュラか。彼女は【武器解放】により、片手剣の性能を上昇させる。そして、その剣によってクラーケンに斬撃を与えていった。


「私は生産特化だから、あまり無茶させないでよね。スキル【武器魔法】」


 【武器解放】の効力が切れる瞬間、イシュラは剣を無属性の魔法へと変換する。そして、その魔法を敵の脳天に向かって放った。武器を魔法に変えて打ち出すスキルか、生産特化の割には戦闘向けだな。

 彼女の攻撃に混ざり、アイは大針による通常攻撃を加える。そう言えばこいつ、攻撃スキルは覚えないのか。まあ、裁縫師テーラーは完全な生産職。本来戦闘は苦手なはずだ。


 イシュラとアイが攻撃に転じたことにより、敵のライフは残りわずかだろう。ここで、調子に乗ったハクシャが再び突っ込む。


「よーし、このまま一気に攻めるぜ!」

「ちょっとハクシャ! 無茶したら……」


 そう、イシュラが警告した瞬間だった。クラーケンは足による攻撃から転じ、その巨体による体当たりを繰り出す。

 これは、流石に予想外だろう。まさかの攻撃に反応が遅れたのか、ハクシャは無防備なまま一撃を食らってしまった。


「ぐっ……」

「ハクシャ次が来るぞ! 退け!」


 耐久が下がっていたこともあり、彼のライフは一気にレッドラインまで削られる。だが、敵が待ってくれるはずがない。クラーケンは全身に力を入れ、そのまま二度目の突進を繰り出す。


「ハクシャくん……!」


 ノランがそう叫んだ瞬間だった。突如、ハクシャの前に何者かが立ち、大きなメイスを振り上げる。そして、突っ込んでくるクラーケンを下方から殴りあげた。


「スキル【振り上げ】……!」


 敵は空中へと打ち上げられ、身動きが取れない。そこに、更なる追い討ちが放たれる。

 弱点をついた雷属性の魔法。ルージュの放った渾身の一撃だ。


「スキル【雷魔法】サンダー……!」


 魔法はクラーケンへと炸裂し、全身を感電させる。水棲モンスターは雷の通りが良い。この攻撃により、どうやら敵も限界のようだ。

 クラーケンは足を使って懐から何かを取り出す。それは文字通りの白旗だった。

 まさかの展開。最後の一撃を決めたのはルージュ。彼女の攻撃を見たイシュラは、あることを思い出す。


「思い出した……赤魔導師よ! 別のゲームだけど、あの子の戦いは完全にこれよ!」

「赤い……? ルージュは青いぞ」

「バカ! 別ゲームのジョブよ。STR(攻撃力)とINT(魔法攻撃力)が同数値のね」


 要するに器用貧乏なジョブか。この【ディープガルド】は、スキルポイントによってステータスをカスタマイズ出来る。だからこそ、その手のジョブは存在しないのだろう。

 ルージュに救われたハクシャは、眩しい笑顔で彼女にお礼を言う。


「サンキュー、ルージュ! かっこよかったぞ!」

「べ……別にかっこよくないです……」


 嬉しそうにてれるルージュ。ハクシャのような素直で明るい奴は、彼女を変えるのに役立ちそうだ。実際、同じような性格のアイとは相性がいい。


 戦闘が終了したことにより、使役士テイマーのアパッチさんが岩陰から出てくる。砂浜を踏みしめ、歩く姿はどう見ても上位プレイヤーには見えない。なぜかヘタレでモブっぽく見えてしまう。


「お疲れさま、これならハリアーさんも納得してくれる。ゲソスケもよくやってくれた」

『ゲソ……!』


 この巨大クラーケン、ゲソスケって名前なんだな。

 アパッチさんは回復薬を使用すると、彼に撤退の指示を出す。主人の命令により、クラーケンは再び海の方へと戻っていく。そして、沖の方へと消えていった。

 アパッチさんは俺たちに背を向けると、村の方へと歩いていく。どうやら、一緒にエンタープライズまで戻るようだ。


「さあ、ゼニスの村に……ぎゃふん!」


 しかし、その時だった。そんな彼の頭上に突如何者かが落下してくる。

 カウボーイハットを被った胸の大きな女性。彼女はアパッチさんの頭部を踏みつけ、砂浜へと叩きつけた。一体何が起こっているんだ。


「やっはー! やるじゃん皆!」


 女性はアパッチさんの上に立ち、帽子のつばを掴む。金髪の女性で、腰には二丁の拳銃を装備していた。まあ、バルメリオさんと同じ銃士ガンナーだろうな。

 彼女に対し、ヴィオラさんは親しい様子で近づいていく。そして、その大きな胸を突然鷲掴みにした。


「ラプター、ひさしぶりー。相変わらず胸デカいわねー」

「やーん。ヴィオラちゃんも元気そうだね!」


 リュイは顔を赤らめ、そこから視線を逸らした。若いなー、お前の方がずっと可愛いぞ。いや、そういう意味ではなく。

 ヴィオラさんの知り合いという事は、【エンタープライズ】のメンバーだろう。幹部であるアパッチさんを平気で踏みつけている事から、さらに上の立場だと窺われる。空中から降ってきたのも、何か高レベルなスキルを使ったに違いない。

 バルメリオさんは同じ銃士ガンナーとして、女性に興味を示した。


「あいつは?」

「総合ランキング18位で【エンタープライズ】のNo2。最強の銃士ガンナー、ラプターくんだよ」

「最強のガンナー……」


 彼の疑問に対し、ヴィルさんが答える。やはり相当の実力者だったか。

 自分と同じジョブで上位の存在。そんな彼女にバルメリオさんは敵意を燃やしていた。よりにもよって、このゲーム最強の銃士ガンナーは女性だったか。余計に彼の機嫌は悪くなる。

 だが、そんな空気が読めていないのか。ラプターさんはバルメリオさんの方へと視線を向けた。


「そこの君、銃士(ガンナー)だよね。むふふ……先輩として色々教えてあげるよ」

「うぜ……」


 彼女に聞こえないように、サングラスの男は悪態をつく。まあ、空気読めてないし、完全にウザキャラなのは明白だ。

 踏みつけられているアパッチさんを哀れに思いつつ、俺はラプターさんから目を逸らす。【エンタープライズ】は変人が多そうだ。当分は空気化しようと決め込むのだった。
















 俺たちはヴェニットの砂浜を抜け、ゼニスの村へたどり着く。空は真っ暗になっており、綺麗な星々が輝いている。

 村は海沿いに作られた小さな集落で、波打ち際には多くの漁船が停泊していた。のどかで平和な漁村だ。

 アイは両手を広げ、風を全身に受ける。そして、小さな鼻をひくひくとさせた。


「潮風が素敵な街ですね。ちょっと変な臭いがしますけど」

「台無しじゃないか」


 変な臭いは村中に干された干物の臭いだ。魚特有の生臭さがちょっと雰囲気を壊すな。食べるのは良いが、こうして並んでいるのを見ると不気味な絵図らだった。


 街と違い、村のアイテムショップは品揃えが悪い。それに加え特別な施設もなく、ダンジョン攻略の拠点が主な役目だ。

 特に見るものもないので、俺たちは目的の場所へと向かう。漁船の中に一つ、巨大な帆船が一隻。明らかに浮いていた。

 大きな帆には骸骨のマークが刻まれ、邪悪なオーラを漂わせている。村人たちはこれを普通に受け入れているんだな……

 俺たちが船の下に立つと、すぐにそこから何人かのプレイヤーが姿を現す。彼らは一斉に、ある少女をからかう。


「おっ、ジミ子帰ってきたのか!」

「元気そうだなジミ子!」

「ジミ子って呼ばないでください!」


 シュトラ、ギルドメンバーにはジミ子って呼ばれてるんだな。このあだ名が気に入らないのか、彼女の反発は大きい。目立たない事を気にしているのだから当然か。

 少しすると、帆船の上に一人の女性プレイヤーが現れる。彼女はギルドメンバーを振り払い、船の上から俺たちを見下す。もしや、この人は……


「ヴィオラ! 随分と久しいじゃないか」

「は……ハリアー……」


 冷や汗を流し、ビビりまくるヴィオラさん。大きな海賊のような帽子をかぶり、左目には黒い眼帯。そして、背中に背負った鉄の錨。巨漢の男を想像したが、まさかの女性か……

 身長は俺より高く、その眼光は獣その物。これは、かなりヤバい人のような感じがするぞ。俺は何も言わなかったが、リュイが余計なことを言ってしまう。


「女性ですか……」

「ほう、女だと何が悪い?」

「い……いえいえ! 悪いという意味ではなく、珍しいという意味で言いました! 流石は総合ランキング5位のハリアーさんです!」

「ふん、まあ良いだろう」


 おお、流石はリュイだ。余分な言葉は、更なる言葉によって帳消しにしたか。ハリアーさんも誉められるのは悪くないよう。完璧な誤魔化しだ。

 彼女は再び視線をヴィオラさんに戻す。そして、意外な言葉を放った。


「お前ら今日は帰れ。明日、また会いに来い」

「呼び出しておいて帰れって……」


 まあ、ハリアーさんの言いたいことは分かる。【ディープガルド】時刻は10時。現実時刻では11時半。ゆっくり話している時間はなかった。

 立ち話で終わるはずがない。彼女は俺の存在に気づき、鋭い眼光を飛ばす。


「色々と長くなりそうだからな」


 流石は大規模ギルド、こっちの事情は把握済みか。まあ、話が早くて助かるところだ。

 俺は彼女に頭を下げ、愛想笑いを振り撒く。勿論、心の中では笑っていない。すでに駆け引きは始まっていた。こりゃ、また厄介事の匂いがして仕方ないな……

 俺たちは明日に託してログアウトすることにする。平日は今日までで、明日は土曜日。リュイとルージュは午前中学校だが、面倒な話をすることになるので丁度いいだろう。

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