67 予測不能
械技師は農家、商人に次いでステータスの低いジョブだ。生産活動の強要、動力源やカスタマイズの費用、ファンタジー世界で機械は求められていない。などなどの理由で人気はいまいちだが、使えば面白いという認識らしい。
そのステータスはロボットの能力に作用されるため、実際のところ決められた役割はない。俺の場合は装甲を堅くしているので、タンクの役割は充分に出来た。
「スキル【起動】!」
スキルを発動させると、アイテムバッグの中から作ったロボットが出現する。蒸気を吹き上げ、激しい熱を発する二足歩行の機械。ガタガタと歯車が音をたて、一見すればポンコツに見えるだろう。
しかし、これは全て仕様だ。【ディープガルド】の機械は古代文明の遺産という設定。古くて渋いデザインが最高に合っていた。
「随分とアンティークなデザインね。色も茶色って」
「うーん、ノランちゃんの好みじゃないかな」
イシュラと少女に変わったノランは、そう言って微妙な顔をする。
何だよ不評だな。良いじゃないか、このサビ臭くてずっしり重い感じ。スタイリッシュな最新メカは俺の好みじゃない。この歯車と蒸気のコラボレーションこそ至高なんだよ。
ヴィオラさんがチェックするように調節内容を聞く。
「特徴は?」
「攻撃、耐久、機動性に優れてる殴り合いタイプです。最高速度、持続性、遠距離性能が極端に低くて、敵に距離を取られたら不利ですね」
「それはまた両極端に作ったわね」
俺の専門は小細工。だが、このロボットにそれを求めるつもりはない。今はとにかく単純なパワーが欲しかった。はっきり言って、手数は充分に足りているのだ。
高レベルの敵を相手にしても、殴り負けるつもりはない。しかし、その分エネルギーを大量に消費し、長時間の使用は出来ないだろう。
ロボットは石炭と水を消費する。戦闘中に補給できないので、使いきったらその一戦での再起動は不能だ。
「まあ、動けるのは三分ぐらいですかね」
「君はウ○トラマンかい?」
呆れた様子でヴィルさんが突っ込む。俺はそんな大層な存在ではない。
どうにもヒーローという存在が、心に引っ掛かって仕方がない。今対立している敵の野望を打ち砕けば、そんな存在になり得るのだろうか。
別になりたくもない。俺が求めるのは謎の解明だ。
三分間、ロボットで砂浜を走り、モンスターを蹴散らしていく。
巨大な両腕によってサハギンやクラーケンを殴り飛ばし、軽い無双状態だ。まだ、ロボットの技スキルを覚えていないため、今は殴って体当たりするしか出来ない。それでも破壊力は充分と言える。
だが、まだ操作に慣れておらず、動きがぎこちない。隙を見せると、クラーケンの足によって絡め捕られてしまった。
「くっそ、上手く動かせない……」
「まだまだ、練習が必要ということですよっと!」
そんなゲソ足をアイが大針によって切り裂く。何とか脱出できたが、燃料切れによりロボットは完全に静止してしまった。
とりあえず、テスト運転はこれぐらいにしておこう。俺はロボットに燃料を追加し、アイテムバッグに引っ込める。アイの言う通り、少しずつ操作に慣れないといけないな。
「それにしても、中々早く進んだね。あと少しでゼニスの村だよ」
ヴィルさんが言うには、あと少しで目的地らしい。ハリアーさんの存在が近くなり、ヴィオラさんが急に震え出す。
「あー……ついに来てしまった……」
「いい加減に覚悟を決めてください」
やれやれといった様子で、リュイが彼女を宥める。言動だけなら、どっちが先輩か分からないな。情けない……
残りの道を一気に進もうと、自然に俺たちの歩幅は大きくなる。しかし、ここに来て突然。バルメリオさんがパーティーを呼び止めた。
「待て」
「何ですかバルメリオさん。まさか、【気配察知】のスキルですか!」
「そのまさかだ。大きいのが来るぞ」
彼は沖の方を睨み付け、警戒を煽る。戦闘には参加してくれないが、アドバイスはくれるんだな。
海の方から何やら不自然な波音が聞こえてくる。まるで、水中で何かが暴れているような。そんな感覚だ。
やがて、白い水しぶきと共に、巨大なモンスターが飛び出す。形はどう見ても唯のイカ。しかし、これ程までにデカいと紛れもなくモンスターだ。通常のクラーケンなど比ではなかった。
『ゲッソー!』
「で……でか……」
巨大クラーケンは砂浜に着地し、俺たちの前に立ち塞がる。こいつ、優に三メートルはあるな。この存在感は明らかにボスクラスと言えるだろう。
何でフィールドにボスが出現するのか。普通、こういう奴はダンジョンに出るものだ。
「ちょっと待ってよ! こんな奴聞いてないんだけど!」
「何度もこの道は通ってますけど、初めて会いましたね……」
イシュラとシュトラは相当に慌てている。どうやら、かなり規格外な状況になっているらしい。何だか色々と引っかかって仕方がないな。
俺は不意に【奇跡】のスキルを研ぎ澄ます。その瞬間、全てを察した。
「ん? こいつ……」
警戒をしつつ、俺はゆっくりとモンスターに近づいていく。大丈夫だ。こっちが抵抗しなければ、こいつは俺たちを襲わない。その確信があった。
「ちょっと、レンジ! 何してるのよ!」
「危険ですよ!」
ヴィオラさんとリュイが騒いでいるが、とりあえず無視。今はスキルの使用に集中しているので、構ってはいられなかった。
やがて、俺はクラーケンの前に立つ。予想外の行動に、モンスターはかなり慌てている様子だ。そんな彼に、更なる追い討ちをかける。
「貴方、魂持ちですよね?」
『ぐぽ……!?』
「ハリアーさんの命令ですか? どこかに使役士のご主人様がいるんですよね?」
『ぐ……ぐぽぽ……』
図星を突かれたのか、固まってしまうクラーケン。まさか、大人数の俺たちにPKを仕掛けるはずがない。十中八九、こいつは【エンタープライズ】の差し金だろう。
アイもこちらに近づき、恐る恐るクラーケンを撫でる。そして、俺に詳しい解説を求めた。
「レンジさん、どういう事ですか?」
「今まで野生のモンスターが魂を持っていたことはないからな。使役獣どうかはバレバレだよ」
【奇跡】のスキル、やっぱり使えるな。特にモンスターを扱う使役士には効果抜群と言える。
このスキルを知らないイシュラは、どうにも納得出来ていないようだ。俺に不審の眼差しを向ける。
「ちょっと……あいつ何言ってるの」
「あの子、ちょっと特別なスキルを持ってるのよね。【奇跡】のスキルでNPCの魂を感知できるのよ」
「何よそれ! 何であいつばっかり!」
ヴィオラさんから詳細を聞くと、彼女は物凄い形相でこちらを睨む。ああ、ようやく分かった。あいつは俺に嫉妬していたんだな……
今までエルドに嫉妬している側だったから、全く気付かなかった。気持ちが分かるだけに、物凄く申し訳ない気分だ。
しかし、今はそれどころではない。この巨大なイカをどうにかしなければ、先に進むことが出来ないのだ。
少しすると、岩陰から一人の男が走ってくる。長身だが、どこか情けない走りの青年。ラフなギャングのような格好をし、腰には鞭を装備している。どう見ても使役士だな。
彼は涙目になりながら、俺に訴えかける。
「ちょっと待ってくれ! これじゃあテストにならないだろ!」
「アパッチ、やっぱり君か」
全て知っていた様子で、ヴィルさんが言う。やっぱり、【エンタープライズ】の差し金だったか。迷惑なことをしてくれるな。
ノランは可愛らしく首をかしげ、彼に男のことを尋ねる。
「えっと、知り合いかな?」
「ああ、ギルド【エンタープライズ】の幹部だよ。これでも総合ランキング26位の強者で、使役士としては最強さ」
見た目はヘタレだが、凄い人だったんだな。しかし、残念ながらヌンデルさんに及んでいるとは思えない。この調子では、10位以降のプレイヤーは闇の組織に対抗できないだろう。
やはり、敵は相当の強者が集まっている。前回、リルベという少年に善戦できたのは、彼が精神的に動揺していただけ。次は簡単にいかないだろうな。
俺がそんな事を考えていると、使役士のアパッチさんが行動に移る。彼はプライドを投げ捨て、俺たちに向かって土下座で頼み込んだ。仮にも26位で使役士最強だろ。ヴィオラさん以上に情けない……
「た……頼むよ。最初からやり直してくれ! ハリアーさんに殺される……」
「えー……」
おいおい、ハリアーさんってどんだけおっかないんだよ。絶対、この人をヘタレ化させた元凶だろ……最初から会いたくなかったが、尚更会いたくなくなったな。
そんなアパッチさんに対し、ハクシャは哀れみの眼差しを向ける。実際、先輩がこんな姿を晒しているのは、微妙な気分だろう。
「俺からも頼む。アパッチ先輩を助けてほしい!」
「いや、俺も悪かったよ。素直に戦えば良かったな……」
空気読まずにネタを暴いたのは反省だ。これはゲームなんだ。ノリでバトルするのが正解だったんだな。
仕方なく、俺たちはこの一連の出来事を仕切り直す事にする。アパッチさんは嬉しそうに岩陰に戻り、それと同時にクラーケンも海に帰っていった。
ゼニスの村を目指す俺たちの前に、突如巨大なクラーケンが立ち塞がる! 一体、こいつは何者なんだ!
「まさか、こんなところで巨大モンスターに襲われるなんて! 全く予測出来ませんでした!」
「くそっ! ここを抜ければ目的地なのに! みんな、戦闘に移るぞ!」
アイとハクシャの声を受け、俺たちは戦闘を開始する。クラーケンは十本足を鞭のように使い、前衛の俺やリュイに攻撃を仕掛けてきた。
だが、リュイは防御し、俺はジャストガードを成功させる。侍が攻撃を受けた事により、カウンタースキルが使用可能だ。彼は刀を振りかぶり、一気に敵を切りつけた。
「スキル【虎一足】! 急な戦闘でも僕たちは対抗出来ます!」
「スキル【属性附与魔法】雷の印! これで水棲モンスターに効果抜群です! 予測は出来ませんでしたが、絶対に負けません!」
その隙にシュトラがハクシャの拳に雷属性を加える。やっぱり、附与魔法はボス戦にこそ有用に働くんだな。弱点を突いた格闘家の一撃が決まれば、一気にライフを削ることが出来る。
しかし、敵モンスターも負けてはいない。彼は口から炭を吐き、俺たちの視界を潰しに掛かる。だが、それより先にノランがサポートに移った。
「スキル【ルンバ】! 下がったステータスを戻して、少しの間ステータスが下がらなくなるよ! 墨で命中率を下げようたって、そうはいかないから!」
「よし! 予想外だが何とか対抗出来たぜ! スキル【崩拳】!」
【ルンバ】のステップによって、ハクシャは墨から守られる。彼はそのまま、相手をスタン状態にする【崩拳】で一気に敵を殴りつけた。
雷属性も加わっている事により、効果は抜群だ。こんな急な戦闘にも対抗できるなんて、俺の仲間はなんて優秀なんだろう! そんなノリの良い、最高の仲間たちに向かって、俺は親指を立てた。
「お前ら……大好きだ!」
絶句するイシュラとヴィルさん。呆れているバルメリオさん。もう成るように成れば良い。そんな勢いで俺たちは攻撃を加えていく。
そんな意味不明のテンションを、ルージュは一人笑うのだった。




