65 ギルド【IRIS】
時計塔の前で、ノランはリュイをがっしりと掴む。明らかに彼女は、こいつを同族にしようとしていた。
確かに、リュイの女装は凄まじく、男女に愛される存在に成り得るだろう。しかし、それが彼にとっての幸せなのだろうか。実際、リュイは相当に嫌がっていた。
「さあ、リュイくん。私と一緒の世界に行こ?」
「行きませんし、行きたくありません! 放してください!」
まあ、普通行きたくないよな。ノランのような感性を持つ者など、本当にごく一部だろう。
彼女はリュイに優しく語りかけていく。これは一種の洗脳行為だな。
「リュイくんはね。男や女以前にリュイくんなんだよ? リュイくんはリュイくんらしく生きることがとっても大切だと思うな」
「僕……らしく……」
単純で信じやすい彼は、そんなノランの言葉を聞き入れてしまう。
不味いな……これはこちらも、彼女の言葉に対抗しなきゃならない。俺とアイは、リュイを引き戻すために熱く語っていく。
「そいつの言葉に耳を貸すなリュイ! 自分らしさとは、俺たち仲間と共に築き上げていくものじゃないのか!」
「そうです! 本当に自分を信じているのなら! 今の自分を受け入れるべきなんです!」
いったい俺たちは何を言っているのだろう……このギルドのテンションに、ハクシャたちは付いて行けるのだろうか? 案の定、ノリの悪いイシュラが真顔で言う。
「え……何これ?」
「イシュラ、突っ込み不要だ!」
そんな彼女をハクシャは注意した。こいつ、ただの熱血漢かと思ったら結構ノリが良いな。まあ、今はノリでどうこう出来る状況ではないのだが。
リュイを救うには、やはり力技しかないようだ。ギルドマスターのヴィオラさんが、ノランに向かって剣を構える。今は一対一、踊子が剣士に勝てるはずがない。初めからこうしておけば良かったな。
「ご託はここまでよ。リュイを返してもらうわ!」
しかし、ヴィオラさんが攻撃を仕掛けようとした瞬間。ノランは再び【防具変更】のスキルを使用し、タキシードの男へと姿を変える。彼はヴィオラさんを頻りに観察していった。
「そこの女剣士。中々素質があるな……どうだ、俺様とボーイッシュなコーディネートに取り組まないか?」
「ど……どういう意味よ! 私が男みたいって言いたいわけ!」
ノランの誘いに対し、彼女は声を荒げて怒りをあらわにする。あっちゃー、また口車に乗っちゃったか。これさえなければ本当に頼れる先輩なんだけどな……
そんなヴィオラさんを落ち着かせるように、ハクシャが口をはさむ。
「待て! 胸の大きさから考えたら、アイの方が男装向きだ!」
「ハクシャさん酷いです! 最低です!」
今度はまったく関係のないアイが怒り、事態はさらに悪化する。お前ら、絶対わざとやってるよな? 事前に打ち合わせをした綿密なコントだよな?
混乱した状況に乗じ、続いてシュトラが可笑しなことを言い出した。
「今なら言える! 私の出番よこせー!」
「もう滅茶苦茶じゃない!」
どうやら、完全に空気化しているのを気にしていたようだ。姉であるイシュラは、そんな彼女に速つっこみを入れる。確かに、滅茶苦茶な状況だ。
しかし、そんな時。俺はあることに気がついた。
「ルージュが笑った……」
「ほ……本当です! 初めて見ましたよ!」
アイもすぐに気がつく。大きな帽子の下で、ルージュが僅かに微笑んでいるのだ。
今までずっと、口を三角に尖らせて気を張っていた彼女。どや顔や作り笑いはしたものの、微笑んだのは初めてかもしれない。
おまけに、今はかなり億劫な状態になっている。そんな時に見せたこの笑顔は素直に嬉しい。勿論、ルージュはすぐに否定する。
「笑ってないです……」
「いえ、絶対に笑いました!」
目をそらして言う彼女に、アイは真っ向からぶつかっていく。ここは、認めてもらいたいのだろう。
そんな彼女の熱意に押されたのか、ルージュは素直に今の気持ちを話す。
「本当は少し……楽しいです……」
はにかみながら言う彼女に対し、アイ、ヴィオラさん、シュトラの三人が口を揃えて言う。
「かわいい」
「かわいい」
「かわいい」
「何なのよこの茶番!」
そんな彼女たちを瞬時につっこむイシュラ。こいつ、リュイ以上のつっこみ適任者だな。イシュラが要るときは俺も好きにボケて良い。覚えておこう。
この混乱した場が、一気に和やかなムードに包まれる。だが、状況は何一つ変わっていない。リュイは涙目になりながら、俺たちに訴えかける。
「いい話のところ悪いんですけど、そろそろ助けてほしいです……」
「あ……」
いっけね忘れてた。と言うより、お前も少しは抵抗しろよ。何でされるがままなんだよ。ヒロイン役が癖になっていないか、少し心配になってきたぞ。
しかし、あの茶番劇によってまさかの展開となる。ノランはくわえていたバラを地面に落とし、リュイから手を離した。
「負けた……この俺様が友情パワーに完全敗北だと……」
その隙に、リュイはこちらへと走る。何とか無事でよかったが、どうにも納得できない展開だ。友情パワーに負けたとは、どういう意味だろうか。これには、彼の思想が関係していた。
「くっ……羨ましすぎるぞお前ら! このノラン様より楽しそうじゃないか!」
ノランは俺たちを指刺し、悔しそうに地団太を踏んでいる。なるほど、この人は何よりも楽しむことを信条にしているんだな。ギンガさんと言うより、エルドに近い思想を持っていたわけか。
沢山のファンを引き連れ、誰よりも目立つことでゲームを楽しんでいたノラン。しかし、今の彼はそんな自分より、俺たちの方が楽しんでいるように見えるらしい。
「これがギルドの力か……ファンじゃなく、対等な仲間がいなければ、ゲームをエンジョイ出来ないってわけだな。分かったぜ」
勝手に納得し、自己完結するノラン。彼は華麗なステップで一回転し、【防具変更】のスキルを使用する。現れたのは、アイドル少女のノラン。彼女は何処からともなく大量の花びらを取り出し、それを自らの頭上に投げる。
「パンパカパーン! 決めちゃいました! ノランちゃん! 今からヴィオラさんのギルドに入っちゃいまーす!」
「ふぁ!?」
ノラン以外の全員が、変な声を出してしまう。いやいや、急展開すぎるだろ。どうしてそうなるんだよ!
だが、彼女の方は全くお構いなしだ。どんどん話しを進めてしまう。
「決定決定だよ! これからよろしくねー!」
「そんな、勝手に決めないでください!」
リュイの両手を握り、全力で握手する少女……? 少年……? まあ、性別はどうでも良いか。
このノランの暴走を止めるのは、やはりギルドマスターのヴィオラさんしかいない。ここはびしっと言ってもらおう。
「メンバー増えるんだ! やったー!」
「単純ですね!」
まあ、びしっと言うはずないよな……彼女からしてみれば、こんなに嬉しい事はないだろう。止める理由がなかった。
完全に仲間気分ノラン。彼女は同じ少女……? であるアイにギルドの名前を聞く。
「ところで、ギルド名はなにかな~?」
「まだ決めていませんよ。そろそろ、考えないといけませんね」
そうだ、ギルド結成から結構経ったが、まだ名前を決めていない。このまま名無しでは、流石に寂しいだろう。何より、他ギルドと連携を取る場合、不便で仕方がなかった。
ノランは再び一回転し、【防具変更】のスキルを使用する。男になった彼は、髪をかきあげながら意見を出す。
「名前がないとは、随分と寂しいな。なら、このノラン様が命名してやるぜ」
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
いきなり入ったメンバーが、普通ギルド名を決めるものだろうか。まあ、他が名前に拘っていないから、今まで名無しで放置されていたのだが。
そう考えると、拘りのある彼が決めるのも良いかもしれない。どうせなら、かっこいい名前を頼むぞ。
「お前らの第一印象は虹……個性豊かな七色のメンバーはまさに虹! 命名しよう、ギルド【IRIS】!」
また、ありがちなネーミングセンスだな。まあ、レインボーと命名しないだけマシか。
俺は別に、この名前で構わない。他ギルドもこの手のネーミングだし、下手に捻ると痛々しい。アイとリュイ、ルージュもこの名前を受け入れたようだ。
「素敵な名前ですね。私はこれで納得です!」
「僕は特に拘っていません。それで構いませんよ」
「何でも良い……」
三人に続き、ヴィオラさんもこのギルド名を認める。彼女もリュイと同じく、あまり拘っていないようだ。
「じゃあ、決定でいいわ。結構まともだし」
「ふっ、決まりだな」
ノランは決定と同時に、お馴染みの一回転ステップを披露する。再び【防具変更】のスキルを使用し、現れたのはノランちゃんだ。毎度毎度、忙しい人だな……
「じゃあ、ギルド命名とノランちゃん入隊を記念して、メンバーで円陣を組もーう!」
「男になったり女になったりしないでください。混乱しますから……」
一人で盛り上がり、どんどん事を進めて行く。このテンションは完全にアイドルのものだな。
それに、円陣とはまた古臭くて恥ずかしいものを……彼女のテンションに押され、本当に円陣を組む流れになる。しかしそんな中、リュイがあることに気がついた。
「あの、バルメリオさんが居ませんが……」
「よし、俺がバルメリオさんの代理をしよう」
「代理が効くものなんですか!?」
ハクシャ、ナチュラルに滅茶苦茶な事を言い出したな。そして、そのまま続行しようとする他メンバー。えー、マジで代理使って円陣組むのか。まあ、いても絶対やってくれないし、丁度良いのかもしれないな。
俺、アイ、ヴィオラさん、リュイ、ルージュ、ノラン、そして代理のハクシャ。七人は腕を組み、輪を作る。やがて、ノランが街に響く大声で叫ぶ。
「ギルド【IRIS】、頑張っていこー!」
瞬間、大勢のNPCとプレイヤーがこちらに視線を向けた。想像よりも恥ずかしかったな……
アイとノラン、ハクシャ以外の四人は、顔を真っ赤に染める。そんな俺たちから、イシュラとシュトラは視線を逸らすのだった。




