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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
十二日目 大橋の街アルカディア
65/208

64 雌雄同体

 シアン大橋のど真ん中、俺たちはノランというプレイヤーに捕まっていた。彼女は何人ものファンを引き連れ、頻繁にライブを開いているらしい。

 リュイの手を引き、ファンたちの元へ走るノラン。彼を玩具にでもするつもりだろうか。


「ちょ、何ですか……!」

「親衛隊のみんなー! 特別ゲストのリュイくんだよ~! このノランちゃんが、リュイくんをキューティクルに演出しちゃうよ~!」


 そう言って彼女は、女の子の服やアクセサリーを準備する。やっぱり、リュイで遊ぶ気じゃないか。俺も混ざろ!


「ノランちゃんのコーディネートきたー!」

「ノランちゃんの前には、性別の壁なんて関係なしだな!」


 どうやら、このコーディネートは今に始まったことではないらしい。ギンガさんに負けず劣らず迷惑な奴だな。

 ノランは鼻歌を歌いながら、リュイの頭に髪飾りを付けていく。流石に止めに入らないと、彼があまりにも気の毒だ。ファンに囲まれるアイドルに向かって、俺は思ったことを叫ぶ。


「やめろ! リュイが何かに目覚めたらどうする!」

「目覚めません! 助けてください!」


 リュイは助けを求めているが、どうにも出来ないぞ。沢山の男性プレイヤーに囲まれ、まったく近づけない。低レベルの俺にどうこう出来るはずがなかった。

 ここは、ヴィオラさんとバルメリオさんに頼るしかないな。だが、二人も手を子招いている様子。


「おい、リュイが助け求めてるぞ」

「分かってるわよ。でも、あの人数を相手にするのは……」


 普通に考えれば分かる。多人数を相手に無双出来るはずがない。おまけに、問題を起こして悪いイメージが広がれば、ギルドとしても問題だ。

 こういう対人関係は、どんな大ボスより厄介だな。何とか穏便に解決出来ないだろうか。そう考えている時だった。


「スキル【子守唄ララバイ】」


 突如、何者かがスキルを発動し、緩やかなメロディーが海へと響く。

 音は潮風に乗り、ノランのファンたちを巻き込んだ。すると、彼らは次々と地面に突っ伏し、橋の上で寝息を立て始めた。これは、睡眠の状態異常だな。


「まったく、僕たちは寄道をしている暇はないんだ。ここで問題ごとを起こすのは御免なんだけどね」


 スキルを発動させたのは吟遊詩人バードのヴィルさん。彼はノランからリュイを奪い返し、邪魔な髪飾りを取り外す。

 そうか、何もプレイヤーを倒す必要はないんだ。一定時間動きを止める睡眠の状態異常を使えば、戦わずしてこの場を退けることが出来る。流石はランキング100位以内に入るプレイヤーだな。

 しかし、ヴィルさんのスキルはノランには効果がない様子。恐らく、俺と同じ【状態異常耐性up】を鍛えているのだろう。盾役には見えないし、まさかヒーラーか!


「にゅう~、ノランちゃんの邪魔しちゃうんだね! なら、こっちも本気だよ! スキル【サンバ】!」


 ラテンの音楽と主に、彼女は軽快なステップを披露する。それと同時に、彼女とファンの周りを癒しの光が覆っていく。これは、状態異常の回復だな。

 踊子ダンサー、何をするかよく分からないジョブだったが、やはりヒーラーの役割を持っているらしい。味方のサポートは厄介だな。


「【サンバ】の元気が出るステップで、状態異常は回復! しかも、少しの間は状態異常に掛からなくなるんだよ!」

「知ってるよ。ボクをなめないでくれ」


 ノランの説明をヴィルさんは「知っている」と切り捨てる。まあ、このゲームに詳しいのなら踊子ダンサーのスキルを知っているのは当然か。相手も吟遊詩人バードのスキルを知っているだろうし、お互い様だ。

 睡眠から回復したファンたちは、何が起こっているのか分からない様子。この人たちも災難だよな。別にノランのファンだからと言って、俺たちと戦う理由なんてないだろう……

 だが、アイドルの方はまったく気にせず、彼らに更なるスキルをかける。


「さらに、スキル【クイックステップ】! これで皆スピードアップだよ!」

「じゃあ、ダウンしてもらうよ。スキル【譚詩曲バラード】」


 ノランのダンスによってファンたちの素早さが上がり、すぐにヴィルさんの演奏で素早さが下がる。

 流石に彼らもうんざりした様子で、一人また一人とこの場を離れていく。今残っているのは、相当ノリの良い人たちだろう。お疲れ様です。

 このままでは両方ともじり貧だな。しかし、ヴィルさんはすぐに対処を打つ。彼はギターを構え、そこから悲しい曲を奏でていった。


「さて、もう回復はさせないよ。スキル【鎮魂歌レクイエム】。一定時間、回復動作の一切を禁止する」

「にゅにゅ!?」


 これは上手いな。恐らく、ノランは回復特化の構成をしている。彼女に対してこの回復封じは非常に有用と言える。

 それにしても吟遊詩人バード。物凄く嫌らしいジョブだな。相手にする方としてはイライラして仕方がないだろう。実際、ノランもご機嫌斜めだ。


「もーう、邪魔するスキルばっかり!」

「それが、吟遊詩人(バードさ」


 味方をサポートする踊子ダンサー、相手の邪魔をする吟遊詩人バード。互いの効果を打ち消し合い、先掛けし、プレイヤーを惑わす。これは面白いジョブ対決になってしまった。

 現状はヴィルさんが有利だが、数人のノランファンが彼の前に立ち塞がる。いよいよ、親衛隊が本気で動き出したという事か。もう、後に退けなくなってきたな。


「ここは僕に任せて、先にアルカディアの街に行っていてくれ。相手は低レベルだから大丈夫さ」

「言ってもあの人数だ。俺も残る。街でくだらない買い物をするより、お前といた方が滾る……」


 ツンデレのバルメリオさんが、ヴィルさんと共に前に出る。毎度おなじみの問題発言と共に……


「君、ホモ……?」

「ホモじゃねえよ!」


 やっぱり指摘されたか。恥ずかしいから、他ギルドの前では言わないでほしかった。

 俺たちはヴィオラさんの指示に従い、シアン大橋を走り出す。せっかく、ヴィルさんとバルメリオさんが残ったんだ。二人の勇士を無駄にするわけにもいかなかった。

 だが、問題を起こした張本人、ノランが動き出す。彼女は親衛隊を残し、走る俺たちを追ってきたのだ。


「何だか面白そうだから逃がさないよ! 親衛隊のみんな、ここは頼んだよー!」

「うは、祭やん! おけおけ!」


 ノリの良いファンたちは、遊び半分でヴィルさんたちに斬りかかる。まあ、両方とも本気でPKするつもりは無さそうだし、心配する必要は無さそうか。それより今は、あのノランという少女を撒かなきゃならないな。

 俺たちは、橋を渡り終え。大橋の街アルカディアに足を踏み入れるのだった。















 大橋の街アルカディア。シアン大橋を渡り終えて、すぐにある大きな街だ。ここはもう【ブルーリア大陸】。ノランのせいで、新大陸を味わう暇なんてなかったな。

 だが、ひとまず彼女を撒いた様子。後ろにその姿はなかった。

 俺たちは、橋の下に停泊する帆船に見とれつつ、街の奥へと入っていく。建物は全て煉瓦で作られており、時代は【グリン大陸】より進んでいるような感じだ。


「【グリン大陸】は中世ヨーロッパ。【イエロラ大陸】はアラビアン。【ブルーリア大陸】は大航海時代。って感じですね」

「このゲームは大陸で世界観が違うからな」


 なぜか、ハクシャが自慢げに返す。リーダーが不在なのに、随分と気楽なものだな。恐らく、彼らは俺たちより個人プレイに慣れているのだろう。

 しかし、一応ヴィルさんとバルメリオさんを待たなくてはならない。俺たちはパン屋で食料を購入し、それを食べながら街を見て回る。とにかく、今は時間を潰すしかなかった。


「見てくださいレンジさん! 時計塔ですよ!」

「本当だ。時代背景は近代初期ぐらいかな」


 俺はアイと共に、大きな時計塔を見る。この街は俺の好みかも知れないな。まるでロンドンの街並みで、建物の並びが非常に美しかった。

 そんな中、俺たちの元に見覚えのある人が近づいてくる。タキシード姿に薔薇をくわえた一人のプレイヤー。ナルシスの泉で出会った低身長の男、ノランだった。


「やっと見つけたぜ、子猫ちゃんたち。俺様、結構探したんだぜ」

「なにこの男。すっごく薄ら寒いんだけど」


 そんな彼に対し、イシュラがいきなり噛み付く。まあ、薄ら寒いのは同意だが、初対面でいきなりこれは失礼だろう。本当に口が悪い奴だった。

 どうやら、このノランという男は俺たちを探していたらしい。ここで出会えたのは完全に偶然だな。しかも、俺たちを追うノランという少女と同じ名前か。これもまた凄い偶然だ。


「あの、僕たちに何か用ですか?」

「ああ……それはな……」


 ノランはゆっくりと近づくと、リュイの手を握る。そして、そのまま一気に抱き寄せた。


「なっ……!」

「ふっ、やっと捕まえたぜ。子猫ちゃん」


 油断した。こいつ、ノランという少女とグルだったのか。知り合いだったのなら、同じ名前を使っているのも納得だ。だが、彼女に協力する意図が分からない。

 前回会った時も、女性を引き連れているだけで何をしているか不明だった。いったい、彼は何者なのか。そんな俺の疑問をハクシャが代わりに叫ぶ。


「お前、何者だ!」

「見せてやるぜ。これが俺様の正体だ。スキル【防具変更】!」


 空気を読み、彼の問いに対して男は『変身』という形で答える。イシュラの使う【武器変更】に近いスキル【防具変更】。効果はそのまま、一瞬にして装備している防具を取り換えるスキルだ。

 ノランのタキシードは光を発し、瞬時にして別の装備へと変わる。それは、ひらひらなスカートに、煌びやかな服。アイドル少女、ノランの衣装だった。

 彼……いや、彼女の正体は橋の上で戦ったノラン。衣装が変わっただけで、まるで性別も変わったかのようだ。


「ある時は、男の子を魅了するノランちゃん!」


 可愛らしい仕草で、彼女は決めポーズを決める。その後、少女は再び【防具変更】のスキルを使用していった。


「またある時は、女の子を魅了するノランさま」


 防具がタキシードに変わり、彼女は彼へと変わる。どういうことだ……つまり、こいつは男なのか? 女なのか? 俺の疑問は晴れないまま、ノランはさらに【防具変更】のスキルを使用する。


「しかしてその実態は! 男も女も関係ない! 常識はずれのゲームアイドル! ノランだよ~!」


 アイドルに戻った彼女は、まさに男でも女でも関係のない存在だった。今考えると、あらゆる事が噛み合っていく。

 あそこまでリュイに固執したのは、自分と同じ匂いを感じたのだろう。男にも女にもなりえる。それが彼……? 彼女……? どっちでも良いが、とにかくこいつの理想だったんだ。

 しかし、人間なのだから、本当の性別はあるだろう。ヴィオラさんはぶっちゃけて聞いてしまう。


「じゃあ、本当の性別は?」

「ノランちゃんはノランちゃんという性別なんだ。雌雄同体の完全な存在ってことだよ!」

「納得出来るか!」


 まあ、当然はぐらかされるよな。今まで滅茶苦茶なプレイヤーは何人も見てきたが、これは流石に驚きだ。

 このゲームは男は男、女は女のアバターで登録され、性別を偽ることは不可能。こいつ、現実世界でも性別が分からない容姿をしているってことだな。反則すぎるだろ!

 だが、今は男女なんてどうでも良い。何とかリュイを解放しないと、こいつの手によって同族に変えられてしまう。

 変人ばかりのこのギルドで、唯一の常識人なのが彼だ。絶対に汚させたりはしないぞ!

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