62 ヒロイン力
突如、スプラウトの村に現れたビューシアと呼ばれる男。彼は最強のプレイヤーキラーと呼ばれており、バルメリオさんが尊敬する存在だ。俺たちはそんな彼に対し、警戒を強める。
距離をおき、硬直する両方。緊迫する空気の中、ビューシアはリルベたちに指示を与える。
『退きますよリルベさん、マシロさん。貴方たちには、まだやるべき事があるでしょう?』
「で……でも!」
『言い訳は聞きたくありません』
リルベもマシロも、今は満身創痍だ。ここで撤退するのは利口な判断だろう。
こちらとしても、是非そうしてもらいたい。限界なのは俺も同じ、おまけに敵には奥の手が残っているんだ。もう、無茶な戦いはしたくなかった。
ビューシアの指示に対し、突っぱねるリルベ。そんな彼の服をマシロが引っ張る。
「リルベ……マシロお仕置きやだ……」
「ぐ……分かったよ……」
『お仕置き』を恐れてか、リルベは渋々俺たちに背を向ける。恐らく、怯えるマシロを気づかっての行動だろう。ゲスな性格だが、意外に仲間思いのようだ。
彼に続き、マシロとビューシアも撤退を試みる。だが、これでこの場が収まるはずもない。上位プレイヤーのギンガさんが、三人の前に立ち塞がったのだ。
「ふん、私が貴様らを逃がすと思ったのか?」
『……やれやれですね』
ビューシアはため息をつき、彼に対し剣を構える。その隙にリルベとマシロはその場から姿を消していった。
だが、ギンガさんは撤退する二人を完全に無視する。どうやら、標的はこの鎧の男一人らしい。恐らく、最も地位が高い敵を打ち取るつもりなのだろう。
ギンガさんはこのゲームにおける最強の魔導師。詠唱スピードが桁違いに早く、ノーモーションかつスキル名を叫ばずに魔法を発動できる。彼が杖を一振りした瞬間、そこから何らかの【星魔法】が掃射された。
まるで閃光のように速く、とても避けきれる魔法ではない。しかし、ビューシアはこの魔法が撃たれるのを知っていたかのように、既にその場から退避していた。
魔法をかわし、鎧の男はギンガさんの懐に入る。敵の動きは思っていたより遥かに遅い。しかし、ギンガさんは、対抗姿勢を見せることが出来なかった。
これは、足さばきに惑わされてるな。ビューシアは一気に剣を振りかぶり、ギンガさんの頭部を切り裂く。
動きは遅いし、剣の斬れも悪い。だが、防ぎ辛いようにフェイントを加え、なおかつ的確にクリティカルポイントを狙っている。レベルは低いが恐ろしいほどの技量だ。
「ギンガさん!」
「ふん、案ずるな」
相当レベル差があるのか、彼の攻撃はギンガさんに全くダメージを与えていない。やはり、このビューシアというプレイヤー。俺よりもレベルが低いぞ。
相手にダメージを与えられない状況にも関わらず、彼は冷静だった。よほど、プレイヤースキルに自信があるのだろう。
ビューシアは嘲笑うかのように、ギンガさんに言葉を投げる。
『【HP代価】のスキルで、失ったMPの代わりにHPを消費しているのでしょう? 貴方の残りHPは風前の灯、戦いを続けるのは得策とは思いませんが』
「ぬう……」
なるほど、このスキルを使ってあれほどの大魔法を連発したのか。余裕なふりをして、相当無茶をしていたんだな。
もし、ビューシアがギンガさんと同レベルだったら、彼はゲームオーバーだっただろう。最もギンガさんは既に一戦交えているので、フェアな戦いではないが。
男の提案に対し、彼は渋々杖を納める。このビューシアというプレイヤーが、どれほど危険か察知したらしい。レベルは低いが、間違いなく最強の敵だ。
そんな最強の彼は、俺に興味を示している様子。
『レンジさん、他の方にやられないでくださいよ。貴方は私の獲物なのですから……』
どういうことだ。別に恨まれるようなことをした覚えはないぞ。それに、こんな奴のことなんて俺は知らない。興味を持たれる理由が分からなかった。
そんな俺の疑問に答えるかのように、ビューシアは言葉を列ねていく。
『先程の戦闘、拝見させていただきました。貴方は私たちを倒すために、ここに来たと言いましたね。最初はそういった意志が感じられました』
彼は鎧姿に似合わない優雅な動きで俺たちに背を向ける。
『ですが、戦闘が続くにつれ、貴方の表情は変わっていった。とても楽しそうに感じられましたよ。そして、戦う相手に対する尊敬の意思で確信しました。貴方は私と同族だと……』
俺はPKをするつもりはない。最強のプレイヤーキラーである彼とは、絶対に相容れないだろう。同族など、ありえるはずがなかった。
『貴方は戦う事に愉悦を感じている。だからこそ、他者を傷つけ、問題ごとになることを恐れている。違いますか?』
なんだこいつ……俺が「はいそうです」とでも言うと思ったのか? 生憎、俺はそんな思想は持ち合わせていない。冷めた性格だからな。
「俺は誰も傷つけたくないし、傷つけられるのも御免だ」
『むう、まあいいでしょう……いずれ、理解できます』
ビューシアは少し残念そうな態度をとると、森の方へ向かって歩いていく。また、厄介な奴に好かれてしまったな。
敵の撤退を確認し、俺は【覚醒】のスキルを解く。たぶん、これで瞳の歯車も消えたはずだ。
そんな俺のもとに、すぐにリュイが駆け寄ってくる。こいつには心配かけてしまったな。
「心配したんですよレンジさん! 無事で良かった……」
「あ……ああ」
正直、気不味い……俺が【覚醒】のスキルを使っているところ、見ていたんだろうな。端から見れば、ビューシアと同じ戦闘狂に見えただろう。
やっぱり、俺はあいつと同族なのかな……
「ビューシアさんに言われたこと、気にしているんですね。正直、さっきまでのレンジさんは少し怖かったです……」
まあ、普通そう思うよな。俺自身、【覚醒】使用時はいつもの自分ではないと思う。気分が高鳴って、戦闘が楽しくて仕方がない。これが俺の本性なのだろうか。
だが、リュイは目に涙を浮かべて、そんな俺に訴えかける。
「ですが、レンジさん! 貴方は敵の命乞いに対し、攻撃をためらいました。僕、安心したんですよ。やっぱり、レンジさんはレンジさんなんだって……」
女の子かよ。何かに目覚めるから、やめてほしいものだな。
だが、微笑ましい気分だ。俺は彼を小バカにしつつ、冗談を言ってみる。
「お前、ヒロインみたいだな」
「なっ……! せっかく気をきかせてあげたのに! 名誉毀損で訴えますよ!」
口ではそう言っているが、彼も嬉しそうだった。ようやく、気分も落ち着いてきたよ。
そんな俺たちを見ていたギンガさんは、上から目線で頷く。この人、存在するだけで空気壊すよな……
戦いを終えた俺たちは、エルフの長老宅で感謝の言葉を貰う。何か色々アイテムも貰ったが、よく分からないので割合だ。
ヴィオラさんたちとも合流し、互いの戦闘について報告しあう。勿論、【覚醒】のスキルについても包み隠さず話した。どの道、誤魔化すことは出来ないしな。
彼女は俺の言葉を信じ、受け入れてくれた。そして、アイと共に自分達の戦闘を話していく。
「そう……助けに行けなくてごめんなさい。でも、こっちも大変だったのよ」
「マシロさんの魔法が凄くて、途中からは逃げるので精一杯でした。バルメリオさんが助けてくれたんですよ!」
やはり、マシロの方も相当だったか。バルメリオさんが助けに来てくれて、本当に助かった。
しかし、よく位置が分かったな。その疑問は彼本人が答えてくれる。
「派手な魔法をドンパチやってたからな。おかげですぐに見つかった」
マシロは魔法職だ。それも合間って、あちらの戦闘に支援が入ったわけか。弱いこちらがリルベに狙われたのは、本当に不運だった。
最も、ヴィオラさんの方に助けが入らなければ、最悪の事態になっていたかもしれない。実際、低レベルのアイは相当追い詰められていた様子だ。
「途中でレベルの低いアイちゃんだけ逃がして、二人で牽制してたの。敵を撤退に追い込んだと思ったけど、まさか仲間の支援に行ってたとはね……」
「悪いな。迂闊だった」
ヴィオラさんもバルメリオさんも、敵の行動を予測出来なかったか。俺自身、あれには驚いたからな。リュイとギンガさんが助けに入らなければ、本当に終わっていたよ。
恐らく、二度目のゲームオーバーは許されない。今度こそ、敵に操作されて終わりだ。これからは更に警戒を強めないとな。
「まあ、何とかなったから良かったですよ」
「そうです! レンジさんは凄いスキルで凄く強くなったんですから!」
リュイとアイは、そんなプラス思考で場を和ませる。確かに全員無事で良かったし、【覚醒】習得は大きい。
このスキルさえあれば、高レベルの敵に対しても対抗できる。最も、これはチートスキル。同じようなチートを使う敵組織以外に使う気はない。
いやそれ以前に、多分他では使えないな。これは、ステラさん逹の協力があって使えるスキル。個人的な事には、流石に手を貸してくれないだろう。
「ステラさんが助けてくれました。魂だけのデータになっても、俺達のために戦ってくれたんです」
「なら、その思いに答えなければなりませんね。レンジさん、もっともっと強くなりましょう! レンジさんが強くなれば、私も嬉しいです!」
アイは全くぶれないな。当分、こいつの技術指導を受ける羽目になりそうだ。
だが、俺だけ強くなっても仕方がない。アイもリュイも、ヴィオラさんもバルメリオさんも、この場にいる全員で強くならなければ……
あれ? 一人足りないような……
「貴様! 敵の人質に取られ足を引っ張り、怯えて支援に出られなかっただと! それで悪を倒すなどとよく言えたものだな!」
「はう……」
突如、長老宅の前で男の声が響く。これはギンガさんの声だな。
俺たちはすぐに、家の外へと出る。そこには、彼から説教を食らっているルージュの姿があった。
「大方、戦いの原因は貴様が考えなしに突っ込んだからだろう。愚かしいにも程があるわ! 貴様など仲間失格だ!」
いや、確かに一理あるが、彼女はまだ小学生ぐらいなんだ。これは流石に言い過ぎだろう。
仲間失格とは、俺たちギルドメンバーが黙っていられない。すぐにヴィオラさんが、涙目のルージュをフォローする。
「ちょっと言いすぎよ! あんな化け物に対抗できる方が異常なんだから。ルージュちゃんに危険なこと強要しないでちょうだい」
「ふん、少なくとも、このリュイという少年はよく戦ったぞ。レベルも歳も大差ないのだがな」
他と比べられるのは、ルージュにとって一番辛いな。実際、俺はリュイに助けられているのだから。
そんな中、ルージュは必死に涙を堪える。やがて、彼女は驚愕の一言を溢した。
「すいません……私が非力なばかりに……」
……え? 口調違うだろ。誰だお前。なんのジョークだ。俺以外も、ギンガさんを含めて全員固まっている。
「もう、意味のない背伸びはしません。所詮、私はギンガさんの真似事しか出来ない無能……これからは、慎みやかに行動させて頂きます」
キャラを作っていたのは知っていたが、まさかこれ程までに違うとは……流石に驚きを隠せなかった。
これからは普通の少女として行動するのだろう。何だか寂しい気分だ。いつもは眩しいほどに輝いていたルージュ。今の彼女からは全くその光を感じなかった。
【ディープガルド】時刻で8時、現実時刻で11時。もうログアウトをする時間だ。
俺は複雑な思いに浸りながら、この世界を後にする。明日は【ブルーリア大陸】。こんな調子で、俺たちのギルドは大丈夫なのだろうか。




