61 メテオメテオメテオメテオメテオメテオメテオメテオメテオーッ!
森人の村スプラウトにて、俺はリルベとの第二ラウンドに臨む。
【覚醒】のスキルにより、状況はこちらが圧倒的有利。しかし、敵にはダメージを受け付けない驚異的な再生能力があった。
受けた傷口を再生しつつ、リルベはゆっくりと立ち上がる。普通ならば、攻撃を与えた俺に対して敵意を燃やすだろう。しかし、彼の意識は別へと向かっていた。
「ムカつく……ムカつく……幸せそうな顔しやがって……」
リルベは俺を無視し、歓声に沸く村人たちを睨み付ける。その眼は僅かに潤み、どこか恨めしそうな表情だ。
彼は矢じりを村人たちへと向け、弓を引く。戦闘中にも関わらず余裕なものだな。俺はすぐに、敵の目前へと走り出す。
「おいらはお前らの苦しむ姿が見たいんだ……! データ風情が、幸福感じてんじゃねえよ! スキル【乱れ撃ち】!」
リルベの弓から放たれたのは十本の矢。それらはエルフたちへと放たれ、彼らの命を狙う。
だが、これ以上こいつの思い通りにはさせない。俺は放たれた矢の前に立ち塞がり、それれらにスパナを打ち付けていく。連続で響くジャスト―ガード成功の音。十本全て防がせてもらったぞ。
「お前の相手は俺だろうが!」
「あの数をジャストガードだって……!?」
この行動により、ようやくリルベの意識は俺へと向かう。今までは慌てていたが、今は冷静その物だ。自分のためではなく、組織のための任務。ようやくその認識を持ち始めたようだ。
ここからは全く油断できないな。敵は幹部クラスなんだ。この【覚醒】のスキルをフルに活用しなければ、勝ち目はないだろう。
俺は鉄くずを二つ取出し、それにスパナを打ち付ける。まずは敵を牽制だ。
「みんな……力を借りる! スキル【衛星】!」
ステラさんたちに感謝しつつ、スキルを発動させる。鉄くずは小型のロボットへと形を変え、リルベに向かって突っ込んでいった。
以前よりも、移動スピードが格段に上がっている。【覚醒】は使用したスキルの能力も向上させるのか。本当にチートスキルだな……
敵はこのロボットを牽制役だと見極めた様子。弓を構え、そこから一本の矢を放った。
「壁なんて無意味だね! スキル【二枚抜き】!」
矢は護衛ロボットを貫き、真っ直ぐこちらに向かってくる。標的を貫通し、後方にもダメージを与えるスキルか。魔法職の奴らにはきっつい攻撃かもな。
だが、俺はその矢を見切る能力を持っている。それほど【覚醒】のスキルは研ぎ澄まされていた。
上昇したAGI(素早さ)のステータスをフル活用し、レザーグローブと鉄くずを取り出す。そして、それらにスパナを叩きつけた。
「スキル【発明】! アイテム、マジックハンド!」
発明したのはマジックハンド、対象を掴む伸縮自在の義手だ。
本来は敵を投げ飛ばすのに使用するアイテム。しかし、今回は別の使い方をする。
俺はマジックハンドを民家の屋根へと伸ばし、それを掴む。位置はリルベの頭上、狙いは完璧だ。アイテムは一気に縮尺し、俺を屋根へと引き込んでいった。
完全に縮小が完了した時には、敵の真上。スパナを構え、頭上からそれを振り落す。
「スキル【解体】!」
「スキル【撃ち落とし】!」
だが、リルベは空中に矢を掃射し、俺のスパナに命中させる。互いの攻撃は弾き合い、空中の俺は地面に叩きつけられた。
瞬時に受け身を取り、再び敵と対峙する。アイとのトレーニングの成果だな。
それにしても弓術士、なんて多彩なジョブなんだ。初めは銃士の劣化かと思ったが、全くの別物だな。攻撃の幅が広く、典型的な技術スキルだと感じられた。
なぜか笑みがこぼれる。このゲス野郎に制裁を加えなきゃならないのに、今はそんな事どうでもよくなった。純粋に勝ちたい!
そんな俺を見たリルベは、不機嫌そうに悪態をつく。
「おいらの事を見下しやがって……! ムカつく……! ムカつく……!」
「見下してなんかいない! 敵としてリスペクトしているつもりだ!」
思わず、心の奥底で思ったことを吐き出してしまう。瞬間、敵の目の色が変わる。
「はあ!? 今まで好き勝手やってきたおいらをリスペクト!? ふざけたことを言うな!」
「実力は認めている! だからこそ、真剣に向き合っているんだ!」
そうだ、ゲス野郎が何だろうが好敵手は好敵手。戦いの上では平等なんだ。
【覚醒】のスキルの副作用だろうか、どうにも気持ちが高ぶって仕方がない。俺、二重人格だったのかな。
笑顔を崩さないまま、俺は鉄くずと炎の魔石を取り出す。楽しい時間もこれで終わり。そろそろ決着を付ける時が来たようだ。二つのアイテムにスパナを打ち付け、スキルを発動させる。
「ただの制裁だけで! こんなに熱くなるか! スキル【発明】! アイテム、イグニッション!」
「くそ……スキル【炎の矢】!」
敵はこちらの動きに対抗して、燃える弓矢を構える。こっちは強力な火炎を掃射するイグニッションのアイテム。火力勝負というわけか、受けて立つ!
俺はリルベの元へと走りこみ、攻撃範囲まで距離を縮める。それと同時に、彼の弓から火炎を纏った矢が放たれた。
だが、敵は既にイグニッションの範囲内だ。炎の矢もリルベも、纏めて焼き払うしかない。火炎発射口を彼に向け、攻撃を掃射する。
「いっけえええ!」
放たれた火炎は、リルベの放った炎の矢とぶつかり合う。火力はこちらが上、攻撃は突破だ!
矢を吹き飛ばし、灼熱の炎は敵を包み込む。このまま焼き払っても、奴は再生能力でダメージを無効にしてしまう。
だが、リルベの再生能力はオートではなく、自らの意思で使用している。連続に攻撃に対しては、限界があるはずだ。
チャンスは今しかない。敵との距離を詰め、鉄くずと炎の魔石、メタルナックルを取り出す。そしてスパナを叩きつけ、スキルを発動させた。
「これで終わりだ! スキル【発明】! アイテム、ロケットパ……」
だが、アイテムを打ち付けようとした瞬間。俺は攻撃を躊躇する。そうせざる負えなかった。
「熱いよお兄ちゃん……やめて……」
炎の中で、少年が涙目になりながらそう訴えかける。おいおい、今さら何を言っているんだ……
こんな奴、一切信用には値しないのに……こんなのは演技だと分かっているのに……俺の手は止まってしまった。その瞬間だ。
「なーんちゃってえええ! 優しいねえ! お兄ちゃあああん!」
「スキル【光魔法】シャインリジョン……」
悪寒を感じた俺は後方へと振り向く、そこにいたのは目隠しの少女マシロ。彼女は詠唱を完了し、持っていた杖から眩い光を放つ。俺は一気に冷静さを崩してしまった。
なぜマシロがここにいるんだ。いや居てもおかしくはない。彼女は僧侶のジョブを選んでいる。【交信魔法】を使えば、リルベと連絡を取り合うのは可能。完全に予想外の事態だった。
彼女とのレベル差は歴然、機械技師はVIT(魔法防御力)が恐ろしく低い、おまけにシャインのリジョン? 何だか分からないが、多分【光魔法】の最上位魔法。【覚醒】のスキルを使っても、耐えれるはずがない。ここまでか……
俺が諦めかけたその時だった。
「スキル【燕返し】!」
「はわ……」
魔法が放たれる瞬間、何者かの刃がマシロを切りつける。切り落としと切り上げの二段攻撃。これにより、彼女はその場から吹き飛ばされた。
俺はこのスキルに見覚えがある。間違いない。このタイミングで助けてくれる侍なんて一人しかいない。
「すいません……遅れました」
「リュイ……!」
一本結びの髪をした美少年リュイ。彼の参戦により、何とか危機を回避した。
そういえば、リルベはこいつらを誘き寄せようとしていたな。ずっと此方を見ていたのなら、完璧なタイミングで助けに入るのも納得だ。
魔法を防がれたことにより、リルベは一層不機嫌になる。
「何だよ! 今良いとこだったのに! あと少しで、最高の気分になれたのに! 何度おいらの楽しみを邪魔したら気がすむんだ!」
彼とリュイは歳が近い。かなり対抗意識を燃やしているように感じる。
だが、二人のレベル差はかなりのもの。このまま戦っても、リュイが負けるのは目に見えていた。
今の俺でも、リルベとマシロを同時に相手は出来ない。アイとヴィオラさんは何をやっているんだ。まさか、やられたりはしてないよな……
リルベは期限を損ねつつも、勝利を確信している様子。
「生憎だったね! こっちはマシロ姉ちゃんもいるんだ! お前たちじゃ絶対勝てないね!」
「ふん、言いたい事はそれだけか?」
しかし、その時だった。この場にいないはずの声が、俺たちの耳に入る。
誰かはすぐに分かった。分からないはずがない。あの男のインパクトは、それほどまでに大きいのだから。
「スキル【星魔法】メテオーッ!」
「……え?」
突如、どこからか魔法が発動される。瞬間、リルベとマシロの頭上に巨大な何かが降下してきた。
これは岩か……いや、隕石だ。なんて、ド派手な魔法なんだよ!
燃える流星は彼らに命中し、轟音を響かせながらその存在を焼き払う。熱風が村中に吹き荒れ、この魔法の恐ろしさが一発で分かった。
これだけでも充分脅威だ。しかし、これで終わりではなかった。
「メテオメテオメテオメテオメテオメテオメテオメテオメテオーッ!」
「なっ……にー!」
怒涛の連続魔法が二人に向かって放たれていく。まるで雨のように、隕石が連続で撃ちつけられていった。
激しい光に轟音。強力な熱風に響き渡る衝撃派。まさに地獄だな。
野次馬のように集まっていたエルフたちは、すぐにその場から離れていく。俺とリュイも、その場で身を守るのが背一杯だった。
星を降らせつつ、魔導師のギンガさんが姿を現す。初めから、この機会を狙っていたのだろう。
ルージュの性格だったら、エルフの子供が人質になった時、絶対に飛び出してくるはずだ。それをしなかったのは、彼の指示に従っていたからで間違いない。
それにしても凄いな。恐らく高度でMPの消費の激しい【星魔法】をここまで連続で放てるなんて……
尋常ではないほどの【星魔法】に対する拘り。これがランキング上位の本気というわけか。
「どうした化け物。貴様らが痛みにもだえ苦しみ、その精神が崩壊するまでメテオを打ち込んでも、私は一向に構わんのだがな」
再生が間に合わず、地面に膝をつくリルベとマシロを男は見下す。背筋が凍るような恐ろしい威圧感。しかし、そこに悪意は感じられない。
正直、初めてこの人をカッコいいと思ったぞ。俺はランキング上位を見くびっていたようだ。
それと同時に、敵組織が影で活動していた理由を知る。この規格外の廃人どもを相手にしたくなかったから。これで間違いないだろう。
「どいつもこいつも……もういいや……本気で潰す……」
焦りと怒りが要り交わり、リルベは今まで見せたことのない表情を浮かべる。まるで本物の化物だ。まだ奥の手を残しているのかよ。
彼は傷口を再生しつつ立ち上がる。そして、自らの右目を抑え、スキル発動を試みた。
「スキルかく……」
『何をしているのですか? リルベさん……マシロさん……』
突如響く第三者の声。また参入か、しかも今度は敵の増援だ。
また、厄介な事になってしまったな。せっかく勝負が決まりそうだったのに、まだまだ戦闘は続くのだろうか。正直、もう勘弁願いたいんだがな。
だが、様子がおかしい。仲間が助っ人に入ったのにも関わらず、慌てているのは彼らの方。冷や汗を流し、まるで何かに怯えているようだ。
「まさか……ビューシア兄ちゃん!?」
「ビューシア……」
バルメリオさんの言っていた最強のプレイヤーキラー。嫌な予感はしていたが、まさか初めから奴らの仲間だったとは……
彼は姿を現さず、声はどこからか響いてくる。鎧で顔を覆っているのか、声色は全く分からない。だが、冷静で紳士的な性格だと口調から予測できた。
『自らの使命を忘れて標的に接触し、大勢のNPCやプレイヤーにその存在を認識される。挙句の果てには、禁じ手まで見せようとする始末。これは問題ですよ……』
やがて、俺たちの前に現れる黒い鎧姿の戦士。その姿を認識したリルベのマシロの表情は、一気に凍りついた。
仲間からも恐れられているのだろう。彼のどす黒い殺気は、今までに感じたことがない。リルベより、マシロより……イデンマさんやヌンデルさんより強い。間違いなく最強の存在だと一瞬で確信した。
空気がピリピリと痛い。俺たちは、こいつを退けることが出来るのだろうか……?




