60 VRMMOでチート無双を!
真っ暗い森の中、俺は少年リルベと対峙する。
ルージュを人質に取られ、リュイは麻痺で動けない。完全に打つ手なしの状況だった。
「無様だねお兄ちゃん。仲間もエルフの奴らも! 誰一人救えないなんてさあ!」
自分の無力さは分かっている。いまさら心を折ろうとしても無駄だ。
とにかく、今は打開策を考えるしかない。俺は惨めに頭を下げつつも、逆転の機会を狙っていた。
そんな時だ。地面に倒れるルージュが、必死に言葉を放っていく。
「レンジ……ボクは大丈夫……こいつをぶっ倒せ……!」
「へえ、まだ吠えるんだ。お仕置きが足りないみたいだね」
再び、リルベは右足を振り上げる。もう、見てみぬふりなど出来るはずがない。俺は森に響く大声で、彼を呼び止めた。
「待て!」
頭を上げ、立ち上がる。そして、アイテムバックからグレネードを取りだし、それを自らの胸に当てた。
リュイは驚くが、こうまでしないと対処法がない。これが今出来る最善の策だ。
「レンジさん何を……!」
「二人を解放しろ。さもないと、英雄様のお気に入りがゲームオーバーになるぞ……」
羽織っていたレザーベストを脱ぎ捨て、胸に付けた炎の護符を取り外す。この状態でグレネードが爆破すれば、一撃でお陀仏だな。
流石のリルベも、この行動には焦りの表情を浮かべる。何とか時間は稼げそうだ。
「なにそれ? 自分を人質? 死ねるわけないじゃん! やってみなよ! さあさあさあ!」
だが、流石に屈しはしないか。どうやら彼は、俺がゲームオーバーになっても構わないらしい。あくまでも、英雄様の命令なんだな。
「そうだあ! お兄ちゃんが勝手に死んだら、おいら免罪だよね! 英雄様には悪いけど死んでもらおう! さあ、死ねよ! 死ね死ね死ね死いいいねえええ!」
狂ったように挑発を繰り返すリルベ。言われなくても、二人を助けるためなら喜んで死んでやるさ。
だが、俺は冷静に考える。ここで俺がゲームオーバーになったら、誰がリュイとルージュを守るんだ。俺が居るからこそ、取引が成立するんじゃないのか。
「ほらあ! やっぱ出来ないじゃん! じゃあ、おいらが手伝ってあげるよ! お兄ちゃんが死んだら、二人を助けてあげる! さあ、仲間のために死ねえ!」
この場面で、リルベから一つの提案が提示される。俺が消えるだけで、二人が助かるのか……
信用は出来ないが、今は藁にもすがりたい思いだ。どうせ無駄ならここで……
「はったりです! 信じたらダメですよレンジさん!」
「煩いなあ! 今いーとこなのに!」
俺が本気で取引を考えていると、リュイがそれを一喝する。そうだよな……こんな奴の言葉なんて何一つ信じれないよな。
リュイの行動が気に入らなかったリルベは、構えていた弓を引く。そして、彼に向かって一本の矢を放った。
攻撃は右足をカス当たりし、HPを限界まで削る。その気になれば、いつでも殺せるというわけか……
「リュイ……!」
「お兄ちゃん、まだ死なないの? やっぱり仲間より自分が可愛いんだ! もう良いや、二人にさよならだね!」
これ以上、敵は待ってくれないだろう。これで終わりだ。
俺は全てを悟り、取引に応じる決意をする。
「分かった。二人を先に解放してくれ」
「へえ……良いよ」
信用はしていないからな。先に解放を求めるのは当然だ。
俺はすぐにリュイの元に駆け寄り、バックから麻痺直しを取り出す。そして、それを彼の口に流し込んだ。
少年は咳払いをし、俺を怒鳴り付ける。
「なんで取引に応じたんですか! 今、僕たちを逃がしても、後で追い詰められるだけです!」
「分かってる……ごめん、今回ばかりはどうにも出来ないんだ。いくら考えても、勝利の方程式が見えない」
リルベから距離を取り、戦闘が終了すればログアウト出来る。ここで、二人にはゲームから撤退してもらおう。
俺がゲームオーバーになるのを確認するまで、リルベは動けない。これなら、充分に逃げ切れるはずだ。
ゲームオーバーになれば、アイテムとお金にペナルティーを受ける。重要アイテムのロボットは消えないし、お金はその製作に使ってしまった。失うものはせいぜい回復薬ぐらいだろう。
俺はルルノーさんから貰った回復薬をリュイに手渡す。
「これをルージュに使ってくれ。後は頼んだぞ」
「レンジさん……」
俺の顔を見たリュイは、渋々ながらも了解してくれた。
彼はすぐにルージュの元に行き、自らの背中におぶる。すぐに回復薬を使わなかったのは、暴れることを考慮したからだろう。
ルージュ、怒るだろうな……でも、次に会う時は記憶を失っている。彼女のことはきっと分からなくなっているだろう。そうなれば、怒られても意味不明だろうな……
やがて、リュイとルージュは村の方角へと消えていく。これで良い。模範解答だ……
「さあ、どうする? 約束破って逃げるかな?」
「いいや、逃げも隠れもしない。あいつらが離れるための時間を稼ぎたいからな」
「へえ、素直じゃん」
俺が約束を破れば、すぐにリルベは二人を追う。そうなれば、この行動も無駄になってしまうだろう。見苦しい足掻きはもうやめよう。
グレネードのピンを抜き、それを口に加える。そして、俺は敵に向かって捨て台詞を吐いた。
「待ってろ……必ず蘇ってお前を倒す!」
瞬間、グレネードが爆発し、灼熱の炎が俺を覆う。装備なしの状態で、至近距離からの一撃。俺のHPは一瞬にして消し飛び、この世界からその存在を消した。
真っ白い空間の中。誰かの声が聞こえる。
聞いたことのある女性の声。誰だったかな……
『レンジさん……レンジさん……』
彼女は何度も俺を呼んでいる。声は聞こえるが姿は見えない。それも当然だ。この声は【奇跡】のスキルによって聞こえているのだから。
『聞こえますか……? レンジさん……』
「ああ、聞こえるよ。ステラさん……」
レネットの村で会った妖精のステラさん。まさか、こんな形で再会するとはな。
「魂のエネルギー……俺の心を書き換えるために使われるんですね……」
すでに妖精としての形を失い。消費されるだけの存在になってしまった彼女。そんな状態でも俺にかまってくれるなんて、相変わらず優しいな……
「まさか会えるなんて本当に【奇跡】ですよ。仇を取れなくてすいませんでした……」
『貴方が気に病む必要はありませんよ……』
魂の声を聞ける【奇跡】のスキル。こいつを持っていたからこそ、このような状況になったんだな。悔しいけど、最後にステラさんの声を聞けて良かったよ。
「俺……仲間の記憶を失って、バルディさんやカエンさんのように使われるんでしょうか……嫌だなあ」
『……貴方を敵の思い通りにはさせません。皆さん、協力してください!』
彼女がそう言った瞬間。俺の中にたくさんの声が雪崩れ込む。みんな口々にこう言う、『頑張れ』、『負けるな』と……
奴らの奪ったNPCの魂。彼らが俺に力を与えてくれる。【奇跡】のスキルを通して……
「みんな……」
『貴方は私たちの……いいえ、この世界の希望です。勝ってください。レンジさん!』
そうだ……まだ終われない。やるべき事はたくさんあるんだ。こんなところで挫折していられるか!
俺は正義の味方じゃない。でも、自分自身の仁義は通してやる! 奴らの思い通りには絶対させるものか!
俺の心は闘志に燃える。さあ、ゲームの始まりだ!
ゲームオーバーとなり、俺はスプラウトの宿で再ログインとなる。だが、村の様子がおかしかった。
大勢のエルフが一所に集まり、ある人物を睨み付けている。彼らの視線の先にいるのは、弓術士のリルベ。あいつ、今度は何をしているんだ。
彼はログインした俺に気づき、こちらに向かって歩いていくる。その腕には、小さなエルフの少女が抱きかかえられていた。
彼女は涙を流し、必死に助けてを求めている。リルベ、相変わらずゲスな奴だな……
「ありゃ、戻ってきたんだ。見てよ! 村で捕まえたんだー。こいつを使ってあいつらを炙り出す作戦さ! 名案だと思わないかなー!」
「リュイとルージュか……?」
「そうだよ、移動アイテムで村に先回りしたのさ。考えが甘かったねー!」
村人全員敵に回してでも、二人をゲームオーバーにするというわけか。ゲスの考えそうなことだな。
彼は上機嫌で少女の首元に矢じりの刃を当てる。
「さーて、助けに来るかなー? それとも見捨てて逃げるかなー? お兄ちゃんはどう思う?」
「知るか、お前の御託はもうたくさんだ」
俺が挑発することによって、エルフたちに動揺が広がっていく。だが、大丈夫だ。こいつは目的を果たすまで、この子を殺したりはしない。
彼らには悪いが、今は他人なんて眼中にないんだ。リルベをぶっ倒す。それだけだ。
「へえ、印を刻まれちゃったのによく吠えるね。じゃあ、命令しちゃおうかな? さあ、革命のために、かつての仲間をぶっ殺せ!」
笑いながら命令を下す彼に、俺は哀れみの視線を向ける。もう、くだらない戯言は聞きたくなかった。
この命令無視により、ようやく敵の表情が変わる。今起きている自体がどれほど企画外なのか、まだ完全に把握できていないらしい。
「な……なんだよ。おかしいなあ……早く殺せよ! 殺せ……殺せえええ!」
額に汗を流し、ただ叫び続けるリルベ。そんな彼に、俺は感謝の言葉を贈る。
「ありがとう……」
「はい?」
「お前のおかげでようやく、この【ディープガルド】に来た明確な目的を手に入れたよ……」
初めから、ゲームを楽しむ気なんてなかった。戦うのは好きじゃないし、この世界の食事は嫌いだ。凶暴なモンスターは怖いし、可愛いモンスターは殺したくない。たぶん、俺はこのゲームに向いていないのだろう。
だが、それで良い。俺の目的は別にあるんだ。
「ダンジョン攻略も、モンスター討伐も、アイテム生産もどうでも良い。俺はお前たちをぶっ倒すために、ここまで来たんだ!」
「へえ……強気じゃん。でも、どうするの? お兄ちゃんには、おいらを倒せないよ!」
作戦はない。勝てる保証もない。だが、力はある。俺は鋼鉄スパナを握りしめ、それを構えた。
御託はここまでだ。今までの怒りはここで晴らす……!
「スキル【覚醒】」
渾身の力でスパナを振り落とし、リルベの頭部に打ち付ける。以前とは比べ物にならないほど速く、その威力も絶大だ。
ゲームオーバーによって手に入るスキル【覚醒】。全ての能力を上昇させる代わりに、バーサクの状態異常となる。【状態異常耐性up】を鍛え続けた俺に、状態異常は効かない。バーサクは無効だ!
攻撃を受けたリルベは、呆然とした様子で吹き飛ばされる。それと同時に、彼の手からエルフの少女が解放された。彼女は泣きながら母親の元へと走り、その胸へと飛び込む。とりあえず、無事で良かったよ。
渾身の一撃を加え、手応えありだ。しかし、敵は瞬時に立ち上がると、ご自慢のチート能力で傷口を再生させていく。
予想外の攻撃に驚いたからか、再生が若干遅れている。これで分かったよ。あの再生能力はオートではなく、自らの意思で発動させているんだ。普通に戦ったら勝ち目はないな。
だが、俺にもそれに匹敵するチート能力がある。【覚醒】のスキル、ありがたく使わせてもらうぞ。
「良いスキルだな。頗る快調だよ」
「瞳に歯車の紋章……ありえない……ありえないよ……! だって【覚醒】のスキル使ってるじゃん! 何で操れないのさ!」
裁縫師であるバルディさんの瞳にはボタン。召喚術士であるカエンさんの瞳には宝石。そして、機械技師である俺の瞳には歯車の紋章というわけか。
ただ【覚醒】のスキルを使っているだけではなく、敵が操作に利用するエネルギーも全て俺の物というわけだ。こりゃ、確かにチートだな。威力もスピードも、自らのレベルを超越していた。
俺は再びスパナを構え、リルベの元へと走りこんだ。
「魂が助けてくれたのさ!」
動揺して動けない彼に、俺は容赦なくスパナを打ち込む。一回、二回、三回、とにかく何回も殴り続けた。
攻撃を受ける度に、敵は再生を繰り返す。だが、そんな事は知ったことじゃない。とにかくぶっ叩く! 何度も何度もだ! ステラさんたちの痛みは、こんなものじゃないからな。
リルベ、お前が俺たちに望む絶望。それを自らが味わっているんだ。精々、声を荒げて悔いるんだな!
「なんだよ……何なんだよ……なんだってんだよー!」
彼は俺の身に何が起きているのか理解していない。それも当然だ。
【状態異常耐性up】のスキルが、バーサクの状態異常を抑える。【奇跡】のスキルが、魂のエネルギーと対話する。そして、【覚醒】のスキルが俺の能力を底上げする。
バラバラだった歯車が噛み合い。巨大な力を作り出す。そうだ、全てはこの時のために……
「立てリルベ! ここからが俺のチート無双だ!」
俺は地面に塞込むリルベに、スパナを突き付ける。瞬間、エルフたちの歓声が村に湧き上がった。
悪いが、お前には同情も慈悲もない。計画の全貌を吐かせるため、エルドの居場所を突き止めるため、お前はここでぶっ倒す!




