59 ゲスの極み
俺たちはエボニーの森で二人のプレイヤーと対峙する。
彼らはこの【ディープガルド】を乱す闇の組織。そして、レネットの村を地図から消した張本人でもある。
村はすぐに運営によって再構成された。しかし、あの場所で生きていた妖精たちはどうなったのか。魂が元に戻るかは疑問だ。
アイは俺と同じ疑問を迷わず言い放つ。敵であろうと全くお構いなしだ。
「貴方たち、ヌンデルさんの仲間ですね! レネットの妖精たちに……ステラさんたちに何をしたんですか!」
「あー、そりゃお気の毒だったねー」
リルベは先ほどより、さらに醜悪な笑みを零す。
「ぜーんぶ、エネルギーにしちゃいましたー。ざーんねん!」
「エネルギー……?」
「鈍いなあ。死んじゃったんだよ! 一人残らずね!」
なっ……! レネットの妖精を全員……ステラさんも、村長も纏めて殺したということか。
ルージュは普段見せない悲痛な表情を浮かべ、その瞳を潤ませる。
「酷い……」
「おっと、表情が歪んだねー。その顔が見たかったんだ! みんなにも見せたかったなー。あの村長の苦痛に歪んだ顔! 村人全員殺されて、一人残った絶望の表情! ほーんと、さいっこうだったよ!」
ゲスの極みだな……俺よりはるかに年下で、見た目は非常に可愛らしい少年。しかし、中身は真っ黒だったというわけか。いったい、どんな育ち方をしたんだよ。
ヴィオラさんはリルベを見下すような表情をし、剣を構えた。俺たちのギルドはみんな正義感が強い。これは、戦いを避けることは出来そうもないな。
「貴方、正真正銘のクズね……」
「やだなあ、お姉ちゃん。これはゲームなんだよ? 熱くなっちゃダメだねー。あ! もしかして、NPCに情が移っちゃた? かっわいいな~」
彼の口から放たれる挑発の数々。俺は自分の感情を抑えるので精いっぱいだ。
アイは右拳を握りしめ、その怒りをあらわにした。
「このゲームのNPCは生きているですよ!」
「知ってるよ。だから、エネルギーになるんじゃん」
エネルギー……? こいつら、人の命をエネルギーだと……
俯いていたルージュも、すぐに立ち直る。彼女はメイスをリルベに向け、敵意を示した。
「貴様ら……知っててやったのか!」
「酷いと思う? でもさあ……みんなだって同じことやってるんだよ? ゲームをプレイすれば、物語が進む。物語が進めば、ゲーム上の誰かが死ぬ。ゲームが存在している限り、この輪廻からは逃れられないんだからさ!」
こいつの言うことは最もだ。俺たちがゲームをプレイし、需要があるからこそNPCが使い捨てられている。今まで目を逸らし続けていたが、これがVRMMOの真実だった。
だが、だからと言って、眼の前にいる敵が許されるわけではない。こいつらを止めなければ、次の犠牲者が出るだけなのだから。
俺は怒りを抑え、割り切って考えることが出来た。しかし、真面目なリュイは敵の言葉を鵜呑みにしてしまう。辛辣な表情を浮かべ、体を小刻みに震わせる。
「やはり、このゲームは普通じゃないのですね……」
「このゲーム? なーに言っちゃってるのかな! 今時、人工知能を使ってるゲームなんて五万とあるよ。生きたNPCの生成消去はごく自然に行われている事さ!」
「なっ……」
まさか、明るく楽しいゲームの裏に、こんな真実が隠されていたとはな。今まで楽しんできたが、もう同じ気持ちでプレイ出来ないかもしれない。
でも、それで構わない。俺の目的はエルド追うことなんだ。楽しむ事なんて二の次。とにかく今は、現状の打開策を考えるんだ。
「人間が作った肉体のない人間は人間か。うーん、哲学だねえ……答えが出ていないから、作って消してが許されてるのさ。お偉いさんはみーんな知ってるよ。公表はしてないけどね」
可愛らしい仕草で、リルベは説明していく。だが、今の俺には世の形なんてどうでも良かった。
ステラさんを殺された怒りも、悲しみもある。本当は今すぐにでも、リルベという少年をぶん殴ってやりたい。
しかし、俺は冷静に考える。彼が行った虐殺が霞むほどの大きな目的。俺はその発生を危惧した。
「分かった……レネットのことはあえて割り切ってやる。でも、一つ質問だ……」
鋭い眼光でリルベを威圧し続ける。
「人の感情を作る膨大なエネルギー、何に使うつもりだ!」
「あっちゃー、感が良いね。ムカつくなあ……」
やはり、誤魔化したか……これがこいつらが企んでいる最大の目的で間違いないだろう。
NPCのエネルギーは記憶や感情。そして、今現在敵が行っているのはプレイヤーの記憶や感情の操作。俺の中で全てが繋がった。
NPCの魂エネルギーを使って、俺たちプレイヤーを操作支配する。これが敵の全貌。まったく、頭が痛くなるよ……
「答えは出たわね。貴方たちを逃がすわけにはいかない!」
「ステラさんのような人を、これ以上出すわけにはいきません!」
ついに、こちらの怒りも限界だ。ヴィオラさんとアイはそれぞれ武器を構え、敵に向かって走っていく。どちらも、優れた技術を持ち、残った俺たちより遥かに強い。勝機はこの二人に掛かっていると言っても過言ではなかった。
アイの大針と、ヴィオラさんの剣が攻める。しかし、リルベはその攻撃を受けようとも、かわそうともしなかった。
彼は両手を広げ、二人の攻撃をその身に受ける。瞬間、バチッと電気が走るような音が、森中に響いた。
「あーあ、食らっちゃったよ。酷いなあ……」
「……なっ!」
アイの大針が顔面に、ヴィオラさんの剣が腹部に突き刺さり、敵の体を貫通する。このゲームは全年齢対象で残酷な描写はない。武器でダメージを与える場合、攻撃は貫通せずにHPゲージを減らすだけのはずだ。しかし、今の状況は大きく異なっていた。
貫かれたリルベの傷口には、1と0の情報数列が見える。なんだこいつ……HPも全く減っていないぞ。
「なにこれ……新手のスキル!?」
「おいら、ちょーと人間じゃなくてさー。まあ、良いや。少し遊んであげようかな。マシロ姉ちゃん!」
彼は武器に貫かれたまま、左手でアイの大針を右手でヴィオラさんの剣を掴む。これでは、武器を引き抜くことが出来ない。こんなの反則だ!
隙を見せた二人の元に、目隠しの少女が迫っていく。彼女は【移動詠唱】のスキルを使い、走りながら詠唱していく。
やがて、ヴィオラさんとアイの前に立ったマシロは、何らかの魔法を発動させた。
「【移動魔法】テレポート……」
「しまった……!」
彼女が魔法を発動した瞬間、リルベは武器から手を話し、その場から退避する。真っ白い光に包まれたのはヴィオラさんとアイ、そしてマシロ本人だ。
光は三人を被いこみ、その存在を消失させる。驚いたルージュは瞳孔を開き、リルベに向かって叫ぶ。
「そんな……二人に何をした!」
「安心しなよ。【移動魔法】で同じマップのどこかに移動しただけさ」
無事なのは良かったが、二手に分けられてしまった。おまけに、ここに残った三人は不味いぞ……
「それより、自分たちの心配したらどうかなー。そのメンバー、絶望的じゃない?」
「くっ……!」
こいつら、ヴィオラさんとアイが強いプレイヤーだと知っていたのか。そりゃそうだよな。イデンマさんや、ヌンデルさんから情報を交換しているんだから。
敵は俺をゲームオーバーに出来ない。だが、リュイとルージュは格好の的だ。どうする……!
「おいら、弱いもの虐めだーい好きなんだよねー。さーて、どうやって遊ぼうかなー」
リルベの弓がルージュを狙う。そうだ、こいつは最初から、か弱い彼女しか狙っていないんだ。どこまでゲスなんだよ!
俺は自ら盾になろうとルージュの元へ走る。だが、とても間に合わない。
ここで動いたのはリュイだった。彼は先制スキルによって、リルベより速く攻撃を仕掛ける。
「スキル【初発刀】!」
「スキル【キャンセル】からの、スキル【痺矢】!」
だが、敵はその上をいっていた。彼は【キャンセル】というスキルを使って、ルージュを狙う動作を放棄する。そして、瞬時に別のスキルを使って、リュイの左腕を撃ち抜いた。
【初発刀】によって、リルベも刀に切り裂かれる。しかし無意味。彼の傷は瞬時に再生を開始していく。本来このゲームには、傷という概念も存在していないんだがな……
「麻痺ですか……!」
「えーと、リュイだっけ? 雑魚に用はないから、そこで痺れててね」
攻撃を受けたリュイは、その場に膝を落とす。見逃してくれたのか? リルベは彼をゲームオーバーにすることなく、単なる麻痺で動きを止めた。
もしかして、この場は簡単に切り抜けることが出来るのでは……? そんな淡い希望を胸に抱く。
「おいらのお楽しみは~、レンジ兄ちゃんとルージュちゃーん!」
しかし、リルベの行動により、その希望は容易く打ち砕かれた。彼は再び弓を構え、ルージュに狙いを定める。意地でも先に仕留めるつもりらしい。
俺は少女の前に立ち、ガードの体勢を取った。あいつの攻撃なんて、この身を盾にすれば良いんだ。
敵は英雄様のお気に入りを攻撃出来ないはず。しかし、リルベは迷わず矢を放った。
「スキル【狙い撃ち】!」
「きゃわ……!」
必中スキルの効果か、矢は俺を軽々とかわし、後ろのルージュを撃ち抜く。
命中した場所は左肩。一気にHPを削られたが、これでもカス当たりだ。急所を外しているのは幸いだった。
大ダメージにより、彼女は地面に突っ伏してしまう。この無慈悲な状況に、俺は叫ぶことしか出来なかった。
「ルージュ!」
「はーい、お兄ちゃん動かないでね。大切な仲間がゲームオーバーになっちゃうよ」
リルベの弓はいまだにルージュを捕らえている。これでは、下手に動くことが出来ない。
彼は俺の真横を素通りし、少女のもとに近づく。そして、ポケットから見慣れた薬品を取り出した。
これは回復薬だな。俺たちと取引するため、生かしてくれるのだろうか。彼は薬品を地面に伏せるルージュに振りかけていく。
「安心しなよ。ちゃんと回復させて……からのー」
彼女の回復が完了した瞬間。リルベはその腹部を蹴りあげた。
「かはっ……」
「いいねー! 見てよこの苦痛に歪む表情! まだまだ、まだまだだよ! ゲームオーバーになんかさせるもんか! じーくり痛め付けてやるよ!」
すぐに殺さないのはむしろ喜ぶべき事か。だが、激痛に苦しむ少女を見て喜んでいられるほど、俺は冷徹な人間ではない。なにより、こいつの気まぐれで、いつでもルージュを殺せるんだ。
「さーて、どうしよっかなー……そうだ! こいつに印を刻んで、このリュイって奴と戦わせるってのはどうかなー! お兄ちゃんには、ショーのギャラリーになって貰おう!」
「たのむ……やめてくれ……」
「えー? なにー? 聞こえなかったけどー」
この場をどうにか出来るのは俺しかいない。しかし、ルージュを人質に取られて行動は出来なかった。
印を刻まれ、記憶を消されれば、現実世界にも影響を及ぼすかもしれない。万に一つでも、彼女をゲームオーバーにするわけにはいかないんだ。
惨めでもいい、情けなくてもいい。俺は必死に頭を下げて許しを請う。
「やめてくれ! 俺が何でもする! だから、ルージュとリュイは見逃してくれ!」
「うーん……ダメだね。だって、お兄ちゃんはずっと、自分だけはゲームオーバーにされない事を利用してきたんでしょ? だからさあ! 今回はお兄ちゃんだけに生き残ってもらうんだ! それが、けじめってものでしょ!」
そうだ……敵は俺を殺せない。それで少し安心していたのかもしれないな。なんて浅はかだったのだろう。
俺は情けない姿を晒しつつも、心は沸々と沸き上がっていた。敵に、自分自身に腹が立つ。このまま終わってなるものか。
小さな炎は、やがて大きな灼熱へと変わる。俺の中の何かが、研ぎ澄まされていくのが分かった。




