05 ギルドに限りなく近い何か
ニヤニヤと笑うヴィオラさんを前にして、俺はただ混乱していた。言葉の意味は分かっても、それを行う方法が全く予測できない。
「ちょっと、意味が分かりません。叶えてくれるってどういう……」
「よくぞ聞いてくれたわ。この【ディープガルド】にはギルドシステムという物が存在するの」
「ギルド……?」
そう言えばログインした時、ギルドに入ってほしいと二人組のプレイヤーが言っていたな。
しかし、俺はそのギルドという物が分からず、返答に困っていた。ここでようやく、その詳細が判明する。
「ギルドってのは、言うなれば会社みたいなものね。それぞれのギルドに、モンスターの討伐以来とか、アイテムの制作依頼が届いて、それをメンバー全員で協力して熟しましょうって奴よ。基本は情報交換の場だけど、必要な時は大人数のパーティを作って、大きな仕事を受けたりするのよ」
「それは便利ですね。みんな登録しているのですか?」
「まあ、一部の変人以外はギルドに入ってるわね」
メリットしかないこのシステム。入らない奴は相当に独断行動が好きか、何らかの訳ありプレイヤーだろう。
俺はそういう変人プレイヤーになる気などさらさらない。入る機会があるのならば、是非とも入りたいところだ。
だが、いったいどのギルドに入ればいいのだろう? その疑問に対する回答をヴィオラさんは用意していた。
「各ギルドには代表であるギルドマスターがいて、組織の運用を行ってるの。実は私、こう見えてギルドマスターなのよね」
「へえ、凄いじゃないですか」
どうやら、彼女は相当の手練れらしい。何人もいるギルドメンバーを纏めているのだから、そこらのプレイヤーより優秀なのは確実だ。
ヴィオラさんは俺たちに手を差し伸べ、自らのギルドに誘う。
「私は貴方たちの成長性を見込んで、私のギルドにスカウトしたいの。貴方たちの目的を叶えるために、手助けしてあげるわ」
これは渡りに船か? ギルドマスターとこうして友好的になったのは、今後の活動において有利だ。
それに加え、これは助けてもらったヴィオラさんへの恩返しにもなる。断る理由など一切なかった。
しかし、一応アイにも聞いてみる。彼女が断るのならば、俺も考え直すかもしれない。
「アイ、どうする?」
「当然、入ります! これで私たち、お別れしなくて済みますね!」
「あー、そうなるわけか……」
アイの答えも決まっているようだ。街までの同行だったはずだが、結局こんな形となってしまった。
まあ、こいつと一緒に旅をしたり、依頼を熟すというのも悪くないか。
「分かりました。僕も入りますよ」
「決定ね! じゃあ、契約書にサインを……」
ヴィオラさんは、俺とアイに一枚の用紙を渡す。契約書か、ギルド登録にはこんな物が必要なんだな。
特に複雑な事が書いてあるわけでもなく、記述方法は入るか入らないかの二つだ。やはりこれはゲーム、基本は『はい』と『いいえ』の二択分離だった。
俺は迷うことなく、『はい』を選らぶ。すると、ヴィオラさんが再び怪しく笑う。
「入ったわね?」
「ええ、入りました」
「入っちゃったわね?」
「……ちゃった?」
別に、彼女のギルドに入る事に後悔はない。どの道、目的を果たすためには何らかのギルドに入る必要がある。ならば、ここで入っても全く問題などないはずだ。
しかし、次の彼女から放たれた言葉に、俺は愕然とする。
「さあ! これから三人で頑張って行きましょーう!」
え? 三人?
聞き間違えじゃないよな? 今、三人と言ったような……
「……三人?」
「そう、三人」
「僕と、アイを加えて五人という……」
「いえいえ、ここにいる三人で一つのギルドよ」
この事実を前に、アイと共に旅をする事。ヴィオラさんに恩返しをする事。その全てが吹き飛んだ。
俺は二人に背を向け、その場から離れようとする。
「さようなら」
「待ちなさい」
が、ヴィオラさんに掴まれた。逃げられない。
この人、他にギルドメンバーいないのに俺たちを誘ったのかよ!
「これはギルドじゃないでしょう! ギルドに限りなく近い何かですよ!」
「ギルド登録したんだからギルドよ! 例え一人でもギルドよ!」
「僕たち来る前は一人でギルドやっていたんですか! なんて悲しい人だ!」
もはや企業でも何でもない。ただのサークル活動に等しい状態だ。
ヴィオラさんはただ必死に俺を呼び止める。
「お願いよ! 指定日までに五人集めないとギルドが解体されちゃうの!」
「指定日はいつですか!」
「一週間後!」
「デッドラインじゃないですか!」
おまけに時間もない。未来があるのかも怪しい。いよいよサークル活動のそれだった。
この一連の会話によって、あらゆる謎が解き明かされていく。全てはヴィオラさんの策略だ。
「ようやく辻褄があってきました……スタート地点での勧誘は貴方と同類の人。そして、貴方が急に優しくなったのは自分のギルドに入れるためですか……」
「このゲームは戦闘がメイン。生産職はそんなに選ぶ人がいないんだもの。何としても貴方達を育てて、今後の戦力にしたいの!」
彼女は先ほど俺たちが名前を書いた契約書を付きだし、叫ぶ。
「そもそも、もう契約書にサインしちゃったでしょ! 逃げる事なんて出来ないわ!」
「闇金融ですか!」
手口が汚い。そして、滅茶苦茶を言っている。この人、こんなキャラだったんだな……
俺が一人文句を言っていると、アイがそれを宥める。
「レンジさん……ヴィオラさんのギルドに入りましょう! 私たち、助けてもらったんですから!」
「……んー」
確かに、ヴィオラさんにはとてもお世話になった。彼女に恩返しをしたい気持ちは本物だ。
何より、俺はギルドの種類に拘りはない。彼女が俺をエルドの元に連れて行ってくれるというのなら、信じてみるのも良いかもしれない。
「分かりましたよ……ただし、絶対に僕をエルドの元に連れて行ってくださいね」
「約束するわ! 絶対に貴方を一人前にして、エルドの前に突き出してやるわ!」
「突き出すって……」
何だか変なテンションになってしまったヴィオラさん。これで晴れて、彼女は俺の師匠という事になる。何だかむず痒い気分だった。
話しが纏まり、そろそろ時間の方が気になってくる。
俺は高校生、夜更かしをして授業中に寝てしまうなど有ってはならないことだ。生真面目な俺のキャラクターが崩れてしまえば、安息な学校生活に支障をきたす。地味で目立たない生活だ出来なくなってしまうのは、不本意ではなかった。
「さて、話しも纏まったし、僕はログアウトします。あれから結構経ってますよね。明日学校あるし、流石に戻って寝ないと……」
体感的には既に5時間は経っている感じだ。全く眠くはないが、それはゲーム世界の日が落ちていないからだろう。
俺は体が錯覚を起こしていると判断する。しかし、ヴィオラさんが言うには、それは違うらしい。
「安心してこの世界での1時間は、現実での15分。つまり、この世界の4時間が現実で1時間よ。現実世界での0時から6時で一日、6時から12時、12時から18時、18時から明日の0時までそれぞれ一日。ちなみに、今この世界は昼の1時で、現実世界だと9時15分ね」
現実では1時間なのに、こちらの世界では4時間……最近話題のあのシステムか。非常に解せない気分だ。
俺が不機嫌になり会話を放棄すると、代わりにアイがヴィオラさんとの会話に入る。
「私とレンジさんはほぼ同時、夜の8時にログインしました」
「こっちの世界だと、朝の8時にログインした事になるわ。複雑だけど、時間の感覚は覚えた方が無難よ。学校がある日は、現実の午後8時にログインして11時半にログアウトがお勧めね。こちらの世界だと朝の8時から、夜の10時までになるの。ちなみに、これは私の経験談ね」
最もログインの多い時間帯が、こちらの世界でうまく一日の行動時間に割り当てられている。ちゃんと考えられているんだな……
「深夜の討伐をする時は、部活をさぼって午後6時にログインするの。その場合、こっちの世界だと深夜0時からのログインになるわ」
「さ……参考になります!」
俺は部活動をやっていない。その気になれば6時や7時からログイン出来るが、その場合こちらの世界は深夜になってしまう。早めのログインは、よく考える必要がありそうだ。
しかし、この体感時間の操作というものは、どうにも解せない。やはりあのシステムを使っているという事が、俺の心に大きな隔たりを作っているのだろうか……
ギルドに入ることが決まり、俺たちは今後の予定について話すことになる。
自慢ではないが、俺は今から具体的に何をするのか全く考えていない。と言うより、完全初心者の俺は右も左も分からず、目的を達成するための方法が分からないのだ。
とにかく、今はヴィオラさんを頼るしかない。やはり、何だかんだで彼女のギルドに入ったのは正解だった。
「今日は午前中を使っちゃったから、残りの時間は買い物とレべリングで潰しましょう。明日、私のギルド本部がある王都ビリジアンに向けて旅立つから、準備は万全にね」
一人でギルドやってるヴィオラさんに、ギルド本部とかあったのかよ!
今後の予定なんかよりも、俺たちにとってはその事実の方が重要だった。
「ギルド本部があるんですか!」
「ダンボールじゃありませんよね!」
「……アイちゃん、ぶん殴るわよ?」
「ごめんなさい……」
アイが物凄く失礼なことを言い、流石のヴィオラさんもお怒りの様子。お前は一言多いんだよアイ……
俺とアイはヴィオラさんに連れられて、街の商店街のような場所へと移動する。
この街にある店は、道具屋、武器防具屋、素材屋、食料屋、スキル屋の五つ。大きな街だと、武器、防具、アクセサリーで店が分かれているらしいが、この街はそこまで別れていない。
回復薬なども買いたいが、今一番欲しい物はとにかく発明素材だ。技スキルが使えなければ、ただスパナで殴る事しか出来ない。それでは、流石に戦力にならないだろう。
「とりあえず、一番安い素材を買います。発明のジョブも使いたいですしね」
「素材だったら買ってあげるわよ?」
「自分で買いますよ。おんぶ抱っこじゃ、ヒモ状態ですから」
序盤の敵なら、安い素材で充分に対抗できるはずだ。ならば、ヴィオラさんに頼らずとも、自分の力で戦えるし、施しを受ける必要もない。女性にお金を恵んで貰うなど、とんでもなかった。
俺たちは少しの間、自由行動を取ることになる。
アイは武器防具屋の方へと向かい、俺は素材屋へと足を運ぶ。そして、そこに陳列された商品を一通り見渡していった。
植物やモンスターからのドロップアイテムなどには全く興味がない。今欲しいのはとにかく鉄だ。鉄が無ければ機械技師を使用する意味がない。
俺は真っ先に、真っ黒い火薬と、ゴミのような鉄くずに目を付ける。これさえあれば、今は充分だろう。
「アイテム、グレネードを作るのに、鉄くず一つと火薬一つ消費。ヴィオラさんの情報はこれだけか……」
発明できるアイテムは、素材が手に入ると選択できるようになる。本来は冒険の途中で素材を拾い、自然に使える技が増えていくものだ。
しかし、俺はヴィオラさんから必要素材を聞き、このように最初期から技を使えるように素材を買った。女二人を前に、そろそろ目立ちたいから仕方ない。
「それにしても、素材が高いな……」
機械技師によって作れるアイテムは、全体的に性能が良いらしい。しかし、機械技師、銃戦士、商人の三ジョブ以外は、そもそも使用出来ないという大きなデメリットがあった。
それに加え、素材が高くて馬鹿にならないという問題もある。安物の薬草を煎じて回復薬を量産する錬金術師とは、製作に対する気合の方向性が違う。下手をすれば武器を一つ作るより高くついてしまう事もあるのだ。
だが、今は本格的な生産用のアイテムを買い揃いているわけではない。発明を使用するための素材さえあればいいのだ。
俺は鉄くずと火薬を二個ずつ買う。これでグレネードを作ることが出来るはずだ。
「後は戦略次第だな……」
素材を買うと、俺は武器防具屋へと向かう。これとは別に、あるアクセサリーを買う為だった。
それはアクセサリーの中では最も安く、性能も大したことはない。だが、俺はこれを有効利用する策があった。