58 正義の味方
【ディープガルド】時刻で四時。エボニーの森を進める時間はないので、ここで自由行動となる。
スプラウトの村は本当に静かだ。村人も警戒心が強く、あまり人に近づかない。レネットとは随分と違っていた。
先程の話しを聞いたハクシャは、俺に疑念の眼差しを向ける。まあ、これが普通の反応だよな。
「レンジ、お前本気で言ってるのか?」
「本気というより、真実を話しただけさ。ディバインさんやゲーム全てを巻き込む、壮大なドッキリなら知らないけどな」
嘘を言うメリットなんてない。証拠が欲しいなら、エルドの遺影を写メで贈るか? 嫌だよ、そんな罰当たり。
パーティーリーダーのヴィルさんは、冷静な判断をくだす。俺の言葉を少しだけ、信じ始めた様子だ。
「とりあえず、僕たちは無関係を決め込むことにするよ。本当でも嘘でも、どの道関わり合いたくない事だからね」
「相変わらずドライねえ……」
ジト目で彼を見るヴィオラさん。そう言ってやるなよ……ヴィルさんもメンバーを守る義務があるんだ。俺たちの問題に巻き込まれたら、たまったものではない。
ギンガさんの方は今後どうするのだろうか。助けてくれるはずはないが一応聞いてみる。
「ギンガさんは?」
「ふん、たとえ貴様の言うことが真実だろうが! この私の知ったことではないないわー!」
「ですよねー」
まあ、分かってましたよ。この人に正義も悪も、真実も嘘もないよな。己が道を行くというのはそういう事だ。
頼れるのは俺たちギルドと、ディバインさんたち【ゴールドラッシュ】だけか。まあ、一緒に捜査してくれるギルドがあるのはありがたい。しかも、【ゴールドラッシュ】はランキング上位ギルド。実に頼もしかった。
ヴィルさんたちやギンガさんと別れ、ここからはギルドでの行動となる。この村でログアウトすることは決まったが、やる事は全くない。俺たちは今後の事について話し合う。
「さて、残りの時間どうする?」
「周りのモンスターは弱いですからね。レべリングをするのは微妙かもしれません」
ヴィオラさんの問いに対し、リュイはそう答える。確かに、俺たちはここエボニーの森の推薦レベルより遥かに上だ。今さら、ここでレべリングをしても非効率だった。
そうなると、やる事は限られてくるだろう。
「村を冒険する……! お買いもの!」
「まあ、そうなっちゃうわね」
ルージュは俺の考えを代弁し、ヴィオラさんも同意する。俺たちはこのスプラウトの村を探索することになった。
しかし、バルメリオさんは乗り気ではない。彼はため息をつくと宿に戻っていく。
「付き合ってられないな。俺はパスだ」
まあ、女性の買い物に付き合うのは面倒だよな。気持ちは分かる。
しかし、本当にギルドに溶け込めていないな。これは今後、改善を考えなければならないだろう。
回復薬や食料などを買い揃え、再びやることが無くなってしまう。この村、平穏だが見るものは何もないな。
俺たちはのんびりと村を歩いていく。すると、森の前で見覚えのある少女を目撃してしまう。
目の模様が描かれた目隠しをした僧侶の少女。彼女は夜空に視線を向け、微動だにしていない。あんな目隠しをしているのに、景色が見えるのだろうか? 何にしても、異様な光景だった。
「あいつは……」
「あの子、レネットの村でも会ったわよね。たしか、マシロちゃんだっけ?」
そう言えば、ヴィオラさんも一緒にいたな。
ただならぬ雰囲気を漂わせる謎の少女。関わり合いになりたくないが、ルージュたちが彼女に近づいていく。
俺たちを見つけたマシロは、キョトンとした様子で首を傾げた。
「英雄様のお気に入り……?」
「……っ!」
彼女がそう零した瞬間、背筋が凍りつく。前回にも聞いたこの言葉。たしか、イデンマさんも同じことを言っていた。
こいつ、奴らの仲間だったのか……アイはその事に気づかず、少女に話しかける。
「マシロさんですよね? 私、アイと言います。何をしているんですか?」
「計画が邪魔されちゃった……だから待ってるの……」
計画だと……? その言葉と共に思い出す。彼女たちの居たレネットの村が、あの後どうなったのかを……
瞬時に理解した。ディバインさんの予測通り、敵が狙う次のターゲットはこの村だ。ここで、このマシロという少女と接触したのは、ある意味幸運だったな。
「おい、貴様……! 怪しいぞ、計画とは何だ!」
「ぶう……リルベが喋っちゃダメって言った……」
ルージュの問いに対し、彼女は口を閉ざす。アホな子のように見えるが、そこまでアホではなかったか。だが、良からぬことを企んでいるのは確定したな。
マシロは大きな欠伸をすると、俺たちに向かって頭を下げる。完全にマイペースだった。
「マシロ帰る……おやすみなさい……」
「お……おやすみなさい?」
彼女はフラフラと流されるように、村の外へと歩いて行く。不味いな、このままでは見失ってしまう。
この村を脅かす算段があるのは確実。はたして、こいつを逃がしてしまって良いのだろうか……? いや、それは村を見捨てるのと同じことだ。
NPCは生きている。自分の身の安全のために、そいつらを切り捨てれば後悔するだろう。
俺が悩んでいると、アイが気づかって声をかけてくれる。
「レンジさん大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど……」
「あのマシロって奴、イデンマさんと同じことを言っていた……俺のことを英雄様のお気に入りって……」
ヌンデルさんから感じた嫌な感覚、どこかで感じたことがあると思ったけどあいつだ。もし、俺に正義感があるのなら、迷わず止めに行くだろう。しかし、実際の俺はチキンで、他人のために真剣になれない人間だった。
それでも、何とかしたい。レネットの皆……ステラさんの身に何かが起きたのなら尚更だ。俺はただ、葛藤し続ける。
「畜生あいつ……レネットのみんなに何をしやがった……!」
「落ち着いてくださいレンジさん。後を追いましょう! この村を守るんです!」
アイは迷わずそう言い放った。だが、それはあまりにも無鉄砲と言える。俺たちのレベルはあいつらより遥かに低い。正義感だけで行動しても、返り討ちに合うだけだろう。
リュイはすぐに、彼女を止めようとする。それが正常な判断だ。
「危険すぎます! せめて、バルメリオさんと合流してからでも!」
「そんな事しているうちに見失う……!」
ルージュはアイと同調し、共にマシロを追う決心をしている。これは、非常にまずい状況になってきたな……
俺だって、この村を救いたい気持ちは一緒だ。しかし、俺たちにどうこう出来る問題でもない。ここは見送って、ディバインさんに頼る手だってある。もっとも、彼が駆け付けるまで、この村が平和だという確証はないが……
俺はヴィオラさんに意見を求める。散々減らず口を叩いたが、何だかんだで彼女に頼ってしまう。ギルドマスターとしての能力は低いが、包容力は人一倍だった。
「ヴィオラさん……僕もどうしていいか分からないんです。僕の目的はエルドに会うこと……正義の味方じゃないんですよ……」
「貴方が正義の味方じゃなくても、アイちゃんたちはその気になってるわよ」
悩む俺など気にも留めず、アイとルージュはマシロの尾行を開始する。本当にこの二人の正義感は凄まじいな。羨ましいばかりだった。
リュイは怯えた様子だが、後を追うつもりらしい。そうだよな、こうなったらもう覚悟を決めるしかないよな。
「大丈夫、慎重に行きましょう。二人を見捨てれないでしょ?」
「そうですね……世話が焼ける」
ヴィオラさんも付き合ってくれるらしい。まったく、アイとルージュのせいで、危険な橋渡りをする羽目になってしまった。
俺たちは二人の暴走を止める目的も兼ねて、マシロの後を追う。なにも戦いに行くわけじゃないんだ。慎重に、行動を見張るつもりで対処しよう。
もし最悪の事態になってしまったら、その時はその時だ。俺が責任を持って盾になってやるさ。
エボニーの森、村から少し離れた場所でマシロは空を見上げていた。彼女の視線には大きな満月。【ディープガルド】時刻は8時で、森は完全に真っ暗だ。
こんな場所で彼女は何をしているのだろう。俺たちは茂みに身を潜めつつ、その様子を観察する。だが、少女は一向に動こうとはしない。まさか……罠か……?
「お兄ちゃんたち。何してるの?」
突如、後ろから話しかける一人のプレイヤー。獣の被り物をした可愛らしい少年だった。
以前、マシロと共に会った弓術士リルベ。これは、最悪の状況だな……彼が敵の仲間であることは確実。俺たちは瞬時に少年から距離を取った。
「面白そうなことしてるね。おいらも混ぜてほしいなあ……」
彼から放たれる恐ろしいまでの殺気。体中から汗が噴き出る。ヤバい……こいつは本当にヤバい。
TP? 廃人プレイヤー? いや、そうじゃない。そういう物じゃない。こいつのヤバさはそういうのじゃない。
目の前に存在するキャラクターに、人間性を感じない。まるで化物だ。本当に人間がプレイしているのか? 同じ悪寒を感じたのか、ヴィオラさんが叫ぶ。
「みんな下がって!」
彼女の言葉と共に、リルベの弓から矢が放たれる。おいおい、構えるモーションなんて、まったく見えなかったぞ。一体どれだけ、AGI(素早さ)を鍛えているんだ!
だが、そんな素早い攻撃に対して、ヴィオラさんは冷静に対処する。そう言えば、彼女もAGI(素早さ)を重視した軽剣士だったな。
「スキル【狙い撃ち】!」
「スキル【バッシュ】!」
周囲を切り裂くスキルによって、リルベの放った矢を振り払う。敵もスキルを使ったのか。【狙い撃ち】、どう考えても必中スキルだよな。これは危なかった。
リルベは頭の後ろで手を組み、ヴィオラさんを頻りに観察していく。何だか、とても楽しんでいるように見える。
「へえ、お姉ちゃんやるねー」
「あんた……ルージュちゃんを狙ったわね……」
くそっ……こっちで一番か弱いルージュを狙ってきたか。冷静で冷徹な性格か? いや、無邪気に楽しんでいる事からそうではないな。彼は仕事で戦っているわけではない。もっと真っ黒い何かが垣間見えた。
リルベは飄々とした様子でマシロの元へと歩く。彼の姿を見た少女は、少し反省した様子で俯いた。
「リルベ……ばれちゃった……」
「まあ、仕方ないね。おいら達がもたついていたのが悪いんだし」
並ぶ二人の敵、弓術士と僧侶。どちらもランキング上位に対抗し得る強者なのは確実。俺たちに相手が務まるのか……?
リルベは邪悪に笑い。再び弓を構えた。
「あーあ、ギンガのせいで計画が遅れたのに、今度は英雄様のお気に入りに嗅ぎつかれちゃったか。ほんと、ムカつくなあ……」
ギンガさんの存在によって、今までこいつらを抑え込んでいたのか。だが、それも限界らしいな。
敵は英雄様のお気に入りである俺をゲームオーバーに出来ない。この枷をうまく利用すれば勝機はあるか。いや、それを利用するより先にルージュやリュイの身に危険が及んでしまう。
本当に絶望的な状況だ。ここは見逃してくれないものだろうか……まあ、無理だよな。俺以外のメンバーに印を刻まれて終わりだろう。
さあ、どうするか……今回ばかりは全く勝利の方程式が見えなった。




