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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
八日目~十一日目 森人の村スプラウト
57/208

56 エルフの住む森

 エピナールの街から西へまっすぐ、ゲームスタート地点を超えた先にエボニーの森がある。

 木々が鬱蒼と生い茂り、光はほとんど入ってこない。お化けの形をした木に、怪しく発光するきのこ。オリーブの森とはまるで雰囲気が違っていた。

 この森は王都に訪れた後に攻略するダンジョン。前回突破を試みたのは、本当にバカな行動だったと言える。

 今、俺はその時に追いつめられたレッドスライムと対峙していた。俺のレベルは18、もう情けない姿は晒さないぞ。


「積年の恨みレッドスライム! スキル【解体テイキング】!」


 スパナを思いっきり振りかぶり、それを敵モンスターに振り落とす。機械技師メカニックの攻撃力はあまり高くないが、モンスターは一撃で光となって消滅していく。

 どうやら、かなりレベル差があるらしい。【イエロラ大陸】を先に進んだのが功を奏したな。


「弱いな……俺の攻撃力で一撃だ」

「倒してもボーナスは出ないから」

「黒歴史を引っ張り出さないでください……」


 ゲームプレイ初日のボケをヴィオラさんに引っ張り出される。皆が聞いているから、黙っていてほしい所だ。

 俺が一匹のモンスターに時間を掛けていると、その横でイシュラが数体のモンスターを相手にする。彼女のジョブは鍛冶師ブラックスミス。戦闘では武器を使いこなすのが得意なジョブだ。


「スキル【武器解放】!」


 彼女の巨大ハンマーが、レッドスライムの群れを一気に潰す。【武器解放】は装備している武器の威力と範囲を上昇させるスキル。かなり鍛えたのか、前回見たときよりも持続性が上がっていた。

 戦闘に勝利したイシュラは俺を見下す態度をとる。


「そんな非効率な戦いしないでくれる? 敵はたくさんいるんだから」

「はいはい、すいませんね」


 こいつ、物凄く噛み付いてくるな。どれだけ俺のことが嫌いなんだ。しかも、正論を言ってくるから言い返すことも出来ない。何というウザさだ。

 しかし、モンスターを一体ずつ倒すのが非効率なのは事実。どうやら、リュイとハクシャは上手く戦えていない様子だ。


「こう敵が多いと、サムライの僕や、格闘家モンクのハクシャさんは不利ですね……」

「一対一なら、どんと来いなんだがな」


 サムライは敵一体を対象にカウンターを加えるジョブ。群れとの戦いは大の苦手らしい。

 また、格闘家モンクは非常にリーチの短いジョブ。こちらも一度に敵を倒すのが苦手だ。やはり、敵を一気に蹴散らすのは魔法職の役目だった。


「スキル【なぎ払い】……! スキル【氷魔法】オールアイス!」


 前衛で暴れるのは魔導師ウィザードのルージュ。彼女は広範囲の【なぎ払い】で敵を殴り飛ばした後、全体攻撃の【氷魔法】で凍結させる。美しい連続攻撃が決まっていた。

 こんな動きをするルージュは初めて見たぞ。彼女の連続スキル発動にイシュラは驚く。


「あんた、無詠唱で魔法が使えるの? 新種のスキル?」

「ぼ……ボクはちゃんと詠唱している……!」


 本人は詠唱をしていると言っているが、【なぎ払い】を使った後すぐに【氷魔法】を発動している。その間に詠唱をする時間なんてなかった。

 どうやら、この動きはルージュ特有らしい。俺が三日間、【機械製作】に集中している間に彼女は修行をしていた。アイはその詳細を知っているようだ。


「ルージュさんは戦いながら詠唱しているんですよ。【移動詠唱】のスキルは、移動だけではなく攻撃を加えている時も適応されるんです」

「へえ……物理攻撃を使う魔導師ウィザードなんて初めて見たから気づかなかったわ。裏技ね」


 ギンガさんはイシュラの言う裏技を知っていたわけか。流石は魔導師ウィザードの頂点だった。

 俺たちは順調にモンスターを蹴散らしつつ、この薄気味悪い森を進んでいく。本当にこんな森の中にエルフの村などあるのだろうか。まあ、先輩のヴィルさんが言っているのだから疑う余地はないだろう。

 エルフという種族に少し期待しつつ。俺は歩いて行くのだった。




 森も中盤に差し掛かったが、まだまだ余裕だ。流石に推薦レベルを満たしている事もあり、モンスターに苦戦することはなかった。

 出てくる敵はレッドスラム、ウェアバット、ポイズンファンガス、ゴースト、トレント。

 ウェアバットは砂漠の遺跡で戦ったキラーバットの下位モンスター。ポイズンファンガスはオリーブの森で戦ったマタンゴの上位種だ。

 グラフィックの使い回しが多くなり、行動パターンも読めるようになってきた。注意すべき敵は、新しいグラフィックのモンスターだろう。

 俺は帽子をかぶった半透明のモンスター、ゴーストにスパナで殴りかかる。だが、攻撃はミス。敵の体を透けてダメージを与えられない。


「何だこいつ……! 攻撃が透けるぞ無敵か!?」

「ゴーストに物理攻撃は効かないわよ。魔法で攻撃しないと」


 物理無効とは、魔法の使えない俺は完全に詰みだな。ここは魔法職のルージュとシュトラに任せるしかない。

 詠唱を開始したのはシュトラとアイ。まさかアイ、お前も魔法を使えるのか。


「スキル【水魔法】ウォータ!」

「スキル【回復魔法】ヒールです!」


 シュトラの杖からは激流が、アイの手からは癒しの光が放たれ、それぞれ一体のゴーストを倒す。癒しの魔法で何でダメージを与えているんだ? 普通、回復させてしまうものじゃないのか? そもそも、アイはいつの間に魔法を覚えたんだ?

 俺が腑に落ちない表情をしていると、彼女が丁寧に解説してくれる。


「アンデットのモンスターは、【回復魔法】がダメージになるんですよ。ほら、死んでいますから、回復は逆になるでしょう?」

「なるほど。ところで、アイ、いつの間に【回復魔法】を覚えたんだ?」

「私たちのギルドにはヒーラーがいませんから。買っておいたんです。レンジさんも何か魔法を買ったらどうですか? MPが勿体ないですよ」


 そう勧められても、こっちも魔法を使えない事情がある。


機械技師(メカニック)は科学のジョブ。魔法は大の苦手なんだよ」

サムライも魔法は苦手ですね。素直に物理スキルで戦いますよ」


 リュイも俺に便乗してそう言う。確かに、武士も魔法は苦手そうだ。

 やはり、魔法を使うのは魔法職の役目。そう言えば、シュトラも魔法職だったな。たしか、ジョブは付術師エンチャンターだったか。いまいち、何をするのか想像し辛いジョブだな。

 彼女とはあまり親しい関係ではないし、これを機に少し会話を振ってみる。


「そう言えばシュトラ、お前は専用スキルとかないのか? さっきから普通の魔法ばかり使ってるけど」

「ありますよ。付術師エンチャンターは仲間の強化が得意なんです。この森の敵は殆ど一撃で倒せるので、使用する必要がないんです」


 なるほど、そんなジョブもあるのか。味方のサポートと言えば、真っ先にヒーラーを想像する。しかし、それは僧侶(プリースト)の得意分野。付術師エンチャンターの能力は別にあった。

 シュトラは木の杖を構え、そこから見たことのない魔法を発動させる。どうやら、俺にその力を見せてくれるらしい。


「でも、見たいのならお見せします! スキル【属性付与魔法】炎の印!」

「おお!」


 彼女が魔法を放ったのは俺のスパナ。付術の力が武器に宿り、そこから赤い炎が上がる。

 俺は恐る恐るその炎に触れるが、全く熱くない。何の意味も無いように見えるが、どんな効果があるのだろうか。シュトラはそれを説明してくれる。


「これで炎属性が付与され、植物と昆虫に強くなります!」

「地味……」

「地味って言うな!」


 いや、だって……絵図らが物凄く地味なんだもの。

 敵を一気に攻撃するわけではなく、だからと言って仲間を超強化するわけでもない。おまけに、目立つのは効果を付与されたプレイヤーで、本人は貧乏くじという。

 そもそも、弱点を突けるって強いのか? まあ、バランスは調整しているから、弱いジョブなど存在しないはずだ。これから強くなっていくのだろう。




 だいぶ森を進み、経由ポイントのスプラウトが近くなってくる。森人の村スプラウト、全くどんな場所か分からない。俺はヴィオラさんにその詳細を尋ねる。


「森人の村スプラウトって、どんな所なんでしょうか?」

「一言でいうならエルフの村よ。特徴はないけど、静かで読書するには良い場所かも」

「こんなおどろおどろしい森で読書ですか……」


 エルフと言えば、耳の尖った等身大の妖精という感じか。博識で弓が得意なイメージがあるが、まあRPGだからイメージ通りだろう。

 俺がヴィオラさんと会話をしていると、他のメンバーがモンスターとの戦闘に入る。本当に、モンスターの多い森だな……

 格闘家モンクのハクシャは、木のモンスターであるトレントに攻撃を仕掛ける。敵は俺たちの等身を遥かに超えるほど大きいが、彼が恐れ慄くはずがない。拳一つで、一気にモンスターのライフを削っていく。


「一対一なら負けないぜ! スキル【正拳突き】!」

「流石に、大型モンスターには強いな」


 強烈な拳が木に打ち付けられ、一瞬にして消滅させる。流石は攻撃力が高いジョブ格闘家モンク。リーチは短いが、当たれば物凄い威力だな。

 こういう典型的なアタッカーがパーティーにいると安定する。俺たちのギルドは曲者ばかりで、単純明快なパワーバカは珍しく思えた。

 勢いづいたハクシャは、そのままのテンションで進行を再開する。


「さあ、一気に進むぜ!」

「待て」


 しかし、そんな彼をバルメリオさんが呼びとめる。今までずっと黙っていたのに急にどうしたんだ。

 彼は銃を持ち、俺たちの前に出てくる。そして進行方向に銃口を向け、警戒の姿勢を取った。どうやら、この先に何かがいるらしい。


「俺は【気配察知】のスキルも鍛えている。こいつはNPCの気配だ……」


 彼のその言葉と共に、森の茂みから何者かが飛び出す。弓を構えた少年が二人に、少女が一人。尖った耳に色白の肌を持ち、子供ながらに美しい。これは完全にエルフだ。

 少年二人は弓の弦を引き、俺たちに敵意を向ける。おいおい、随分と物騒な子供だな。彼らは俺たちを快く思っていないらしい。


「お前ら! ここは立ち入り禁止だ!」

「とっとと出ていけ!」


 圧倒的に人数が劣っているのにも拘らず、二人は自信満々だった。バルメリオさんは呆れた様子で銃を収め、再び後方に下がる。


「何だガキかよ」

「エルフの子供たちのようですね」


 リュイは冷静な表情をしているが、実際この状況は面倒だ。下手に手を出したら大人の反感を買う結果になる。エルフに用はないが、気分が悪くなる展開は御免だ。

 俺がヴィルさんの判断を仰ごうとすると、アイが子供たちの元へと近づく。こいつ、矢が向けられているのに余裕だな。彼女は眼にも止まらないスピードで、その内の一人に抱きついた。


「可愛いです! 一家に一人欲しいですね!」

「や……やめろ! 放せこの!」


 うわ、やっちゃったか……本当に展開をぶっ壊す天才だな。 

 俺以外のメンバーも、唖然とした様子でアイの暴走を見る。特に、こいつの行動に馴れていないヴィルパーティーは完全に硬直してしまった。


「あの子……凄いわね……」

「NPCイベントを抱きついて突破するなんて、前代未聞だよ……」


 イシュラもヴィルさんも、彼女を止めようとはしなかった。もう好きにやればいい。恐らく、そう思っているのだろう。

 アイの暴走を止めるのは、いつだって俺の役目だ。俺はすぐに彼女の腕を掴み、エルフの子供から引き離す。さて、ここから仕切り直して彼らと話し合わないとな。

 何かもう、手遅れのような気もするけど……


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