53 二色の眼
現実時刻で夜の8時、【ディープガルド】時刻で朝の8時。俺たちはオーカー遺跡前でリュイと合流する。
その場には、半ば無理やりギルドに入れられたバルメリオさんの姿もある。すっかり意気消沈してしまった彼は、アイから再確認を行われていた。
「じゃあ、ギルドに入ってくれるんですね!」
「ああ……」
「やったー! これから一緒にがんばりましょう!」
「ああ……」
「私、アイです! 一緒に【裁縫】とかしましょう!」
「ああ……」
何か、可愛そうになってきたな……廃人化してるけど、入ったからにはちゃんとログインしてほしいところだ。
俺はリュイに、事のあらましを説明していく。彼は少し心配そうにしていたが、快くバルメリオさんを受け入れてくれた。まあ、たぶん同情による受け入れだと思うが。
一番疑っているのはルージュだ。彼女はツンとした態度で彼を問い詰める。
「貴様、もうPKはしないのだな……!」
「ああ……俺はまだ、やるべきことがある。お前たちと敵対して、全て失うわけにはいかない」
バルメリオさんはそう言って、警戒した様子でアイを見る。彼がギルドに入った理由は、この少女と敵対したくないからか。物凄く、気持ちは分かるぞ。
しかし、俺たちと敵対すると全て失うとは、言うことがオーバーだな。まあ、特に気にしなくていいか、ただの例えだろう。
モンスターから逃げつつ、俺たちはナルシスの泉に到着する。
実はここで、ヴィオラさんと待ち合わせをしていた。彼女は現実時間の9時にログインするらしい。それまで、俺たちはトレーニングによって時間を潰す。
だが、そんな練習を邪魔するかのように、耳障りな声が響いた。
「子猫ちゃんたち。NOLANさまのご登場だぜっ」
「きゃー! ノランさまー!」
タキシード姿に薔薇をくわえた一人のプレイヤー。エルフのような尖った耳をし、低身長だがイケメンに見える。彼の周りに何人もの女性プレイヤーが集まり、黄色い声援を送っていた。
何かのイベントだろうか。デジャビュを感じるぞ。そう言えば、ノランという名前にも聞き覚えがあった。
男は自らの髪をかきあげ、女性たちにウィンクを贈る。
「おいおい、押すなって……俺様はどこにも逃げないぜ」
「ノランさまー! 私を奪ってー!」
思い出した。エンダイブで見たアイドルのような少女が、ノランという名前だった。このペンネームが流行っているのだろうか。
何にしても、あまり巻き込まれたくはないな。俺は彼らを無視し、アイと武器を打ち付け合う。油断したら、彼女にぶっ刺されるんだ。相手などしていられない。
しかし、そんな俺の気持ちも知らず、男はこちらに視線を向ける。そして、何かを見つけたのか、嬉々とした様子で近づいてきた。
「そ……そこのお前! なんて美しいんだ!」
「え……僕ですか?」
おっと、リュイがヤバイ奴に捕まったな。こちらに飛び火したら堪ったものではない。俺は知らん顔をして、トレーニングを続行する。
それにしても、またホモかよ。この手のキャラはバルメリオさんでお腹いっぱいなんだが……
そんな俺たちの不信の目を感じ取ったのか、彼は弁解する。
「言っておくが、俺様は同性愛者じゃないぜ。美しさに性別なんて関係ない! 俺様は純粋に、こいつのスター性を評価してるんだ」
確かに、リュイは美しいかもしれないな。整った顔つきに、キリリとした表情。和服も相まって、まるで少年歌舞伎俳優のようだ。
何より、女装が可愛いしな。いや、それはどうでも良いか……
「俺様はお前らに運命を感じちまったぜ。このノランという名前、胸に焼き付けておきな」
ノランと名乗る男はたくさんの女性を引き連れて、砂漠の果てに消えていく。やっぱり女性の方が好きなんだな。とりあえず、ホモではなさそうで安心した。
運命を感じたと言っていたが、また会う機会があるのだろうか。面倒だな……俺はアイの攻撃を顔面に受けつつ、そう考えるのだった。
俺たちはヴィオラさんと合流し、残りのサンビーム砂漠を越える。そして、ターミナルのある道楽の街オーピメントに到着した。
既にヴィオラさんには、バルメリオさんのことを話してある。ギルドマスターが快く受け入れ、彼は正式にギルドメンバーとなった。
「それにしても、まさかこいつがメンバーになるなんてね」
「僕も驚きましたよ」
駅のホームで、ヴィオラさんとリュイがそんな会話をする。まあ、先日まで敵だった奴が、今は仲間なんだ。驚くのも無理はない。
バルメリオさんは新調したサングラス装備し、視線を俺たちから逸らす。これは完全にふて腐れている様子だ。
「俺の事は気にするな。マスコットか何かだと思え」
「いや、無茶があるでしょ……」
ここに来るまで、彼は唯々無言だった。ギルドメンバーと仲良くしてほしいものだが、ずっと腕を組んで押し黙っている。何だかめんどくさい人だな……
そんな彼に対し、ルージュは積極的に話しかけている。もっとも、彼女の口は非常に悪く、あまり優しさを感じないのだが。
「おい、新入り……! 貴様はなぜPKをしていた! 金の亡者か!」
おいおい、失礼なこと言うなよ。この人にだって色々事情というものがあるだろう……
バルメリオさんはルージュに対し、ウザったそうな態度を取る。まあ、そりゃそうなるよな。
しかし、根は素直なのか。自らがPK行為に及んでいた理由を説明していく。
「ある男に憧れている」
「……ある男だと?」
「ああ、最強のプレイヤーキラー、ビューシア。俺はあいつに近づくため、PKをしていた。金やアイテムが欲しいわけじゃない。悪人であることに意味があったんだよ……」
最強のプレイヤーキラーとは、また御大層な称号だな。最強と呼ばれているという事は、やはり相当に強いのだろう。しかもPKに優れている事から、対人戦のスペシャリストだと分かる。これは敵対したくないな。
ヴィオラさんはその名前を聞いたことがあるのか、眉間にシワを寄せる。
「PK常習犯のビューシア。確か、このゲームも戦士でプレイしていたわね」
「他のVRMMOで会ったが、あいつはまさに最悪だ。残虐性、異常性、共に充分。俺の理想像だったんだよ」
悪人だが、人を引き付ける魅力のある人物なのだろう。それほど、ビューシアさんは凄い人なんだな。
エルドの奴、まさかこいつを雇っていないよな……バルメリオさんで精いっぱいだったんだ。俺の力でどうこう出来る相手じゃないぞ。本当に勘弁してほしかった。
それにしても、ようやく彼も会話するようになってきたな。俺は無礼を承知で、ずっと聞きたかった疑問を投げる。
「バルメリオさん、失礼を承知で聞きます。その眼、何で隠すんですか」
その言葉を聞いた瞬間、バルメリオさんは口をへの字に曲げる。やっぱり、聞いちゃいけなかったか。「俺の心に踏み込むな!」って滅茶苦茶怒ってたからな……
しかし、彼も観念したのか。ゆっくりと口を開く。
「俺の使っているヘッドギアは、元々姉貴が使っていたものだ。あいつが初期イベントで入手した限定パーツがこの二色の眼。データを消しても、カスタマイズパーツは残る。俺はそれを使ったんだ」
予想通り、あの眼は限定パーツだったか。そんな物を入手できるとは、やっぱりイデンマさんは唯者じゃないな。
しかし、おかしい。限定パーツなのだが、イデンマさんとバルメリオさんで所持者が二人いる。彼女が蘇ったことにより、パーツがコピーされたのだろう。うん、怖すぎる。
「プレイヤーキラーの俺が、姉貴の経歴を汚すわけにはいかない。だが、一度セットしたパーツは変えれないからな。しぶしぶ隠してるんだよ」
バルメリオさんはそう言って、再び視線を逸らす。失礼なことを聞いてしまったが、これで少し彼に近づいたはずだ。この選択に後悔はなかった。
結局、この日の残りの時間は全て王都に帰るために使う。現実時間で夜の11時半。俺たちはギルド本部に到着し、そこでログアウトを行った。
明日は月曜日。学校があるため、今日のように大きな活動は出来ないだろう。
もっとも、今後の予定は未定だ。ギルドマスターのヴィオラさんの指示に従って、行動するしかないな。上手くギルドを動かしてほしかった。
【インディ大陸】スマルトの街。雪の積もる城の屋上で、一人の少年が下界を見下ろしていた。
夜の街には何人かのプレイヤーが巡回し、周囲の捜査を行っている。既に攻略が進み、この後半の街にも多数のプレイヤーが押し寄せてきたのだ。
獣の被り物をした少年、リルベは赤いマフラーの女性に話しを振る。
「あーあ、スマルトの街もだいぶ賑やかになってきちゃったねー。そろそろ、【インディ大陸】も潮時かな」
「安心しろ。奴らはこの城をNPCが支配していると思っている。私たちには到達できないさ」
「なーる」
フードをかぶり、冷たい雪を防ぐイデンマ。彼女はリルベにある男の行方を尋ねる。
「ヌンデルの奴はどうした」
「また、どっか行っちゃったよ。おいらたちのやってる事は趣味じゃないって」
「ふん、まあいいさ……」
ヌンデルの独断行動は今に始まったことではない。いちいち気にかけてはいられなかった。
話しを終えると、イデンマは視線を城の方へと向ける。そこにいたのは眼鏡をかけた学者のような男。彼に向かって、イデンマは報告を求めた。
「ルルノー、研究の方はどうなっている」
「頗る順調ですよ。プログラミングの方は纏まってきました。後は動力源です」
彼、ルルノーは組織の頭脳であり科学者でもある。計画を実行するため、このゲームのプログラムを操作していた。
今まで、【ディープガルド】で起きた事件の数々は彼が元凶と言っていい。イデンマはこの科学者を高く評価し、組織の要として見ていた。
「バルディとカエンだったか、あれは見事な操作だった。あの精度なら、実戦でも充分に使えるだろう」
「まだまだ、彼らはレベル2ですよ」
「レベル?」
ルルノーは眼鏡のずれを直し、彼女の疑問に答える。
「レベル1は記憶の末梢。レベル2は単なる暴走。レベル3は完全な操り人形。そして、レベル4は強い意思を持つ、人間らしさを残した操作です」
「勇気、希望、意思……正の力を完全に操作出来れば、確かに無敵と言えるな」
イデンマは組織の計画に全てをささげていた。しかし、そんな彼女とは違い科学者ルルノーの行動理念は別にあった。
彼に悪意はない。ただ純粋に、研究の一環としてあらゆる行為に及んでいた。その研究によって、誰かが傷つこうとも構わない。人類の進化のためには、犠牲は避けられないと思っているようだ。
また、少年リルベも組織の計画など気にしていない。彼の目的は唯一つ。周りの人間が苦しみ、悶える姿を見る事だけだった。
「でも、その計画を進めるためには、もっとエネルギーを蓄えなくちゃね。NPCの魂エネルギーをさ!」
リルベは二人に背を向けると、城の中へと戻っていく。どうやら、どこかに出かけるつもりのようだ。
これ以上、組織のメンバーに勝手な真似をされるわけにはいかない。イデンマはすぐさま、彼にその行き先を尋ねる。
「おい、どこに行くつもりだ」
「ちょっとエネルギーの確保にね。うーん、そうだな……今度はエルフとか良さそうじゃない? 魔力とか何とか持ってそうじゃん」
リルベは【グリン大陸】を中心に活動を行っている。そのため、この大陸に住むエルフは格好の獲物だった。
森人の村スプラウト。【グリン大陸】の西に位置する弓術士の聖地だ。同じ弓術士であるリルベは、この村に何か思う事があるのだろうか。
イデンマは彼の行動を止めようとはしなかった。しかし、注意は呼びかける。
「気を付けろよ。【ゴールドラッシュ】が警戒を強めている」
「大丈夫大丈夫。じゃあ、マシロ姉ちゃんを借りてくよ」
リルベは手を振ると、意気揚々とした態度でその場を後にする。彼のもっとも楽しみとしている虐殺の任務。機嫌が良くなるのも当然だった。




