52 ふざけやがって
弾丸のジャストガードに成功したが、これはまぐれだ。二度目は成功しないだろう。事実、俺は攻撃の軌道など、まったく見えていなかったのだから。
カエンさんの名前を出したことにより、バルメリオさんの表情が変わる。
「カエンの意思か……そうだな、あいつは俺に言った。あとは頼んだと……」
彼は罠から退避し、銃口を俺に向ける。
「イデンマを倒し、カエンの雪辱を晴らす。その為にはレンジ! お前はいい加減目障りなんだよ! スキル【ダブルショット】!」
バルメリオさんが放ったのは、銃弾を二連射するスキル。威力や命中精度に特化していないため、自力で避けることが出来るはずだ。
俺はすぐに罠の設置場所に移動し、反撃のチャンスを伺う。しかし移動途中、左足に一発の銃弾を受けてしまった。
「くっそ……かすあたりでこの威力かよ……」
思わず泣言がこぼれる。だが、そんな俺に容赦なくバルメリオさんの銃撃が続いていった。
先ほどのように、ダメージを無視して突っ込まれたらたまらない。ここは慎重に動くべきところだろう。
俺は壁が飛び出す罠へと走り、それを銃弾を防ぐ盾として使用する。本来はプレイヤーを押し潰す罠だが、動く場所が分かれば何も怖くない。むしろ利用できるギミックだった。
俺がこのフロアを把握している事をバルメリオさんは知らない。彼は今、何が起きているの分かっていない様子だ。
「どういうことだ……ダンジョンがこいつの味方をしてるってのか……!」
ダンジョンが味方をしているか……面白い表現だな。確かに、今の俺はこのダンジョンを手足のように動かしている。レベル差がある相手でも、対抗できる自信があった。
だが、こちらから攻撃に出なければ、単なる時間稼ぎにしか使えない。
そろそろ反撃開始だ。俺は罠に身を潜めつつ、ハンドガンを放っていった。
「ちぃっ……!」
威力の低い銃撃だが、その一発がバルメリオさんのサングラスに命中する。
このゲームは、戦闘中に武器やアクセサリーを落とす機能があるらしい。彼のサングラスは弾かれ、音をたてて地面へと落ちる。
その時、俺はバルメリオさんの顔を素顔を見てしまった。右の瞳は赤、左の瞳は青のオッドアイ。それは姉とまったく同じ瞳だった。
「イデンマさんと同じ目……」
「くそっ……見るな……!」
ギンガさんと同じ、限定のカスタマイズパーツだろうか。入手経路は分からないが、それが特別なものだとはすぐに分かった。
焦りを見せるバルメリオさん。彼は両手で目を覆い、必死にそれを隠そうとする。普通にイケメンだ。何故そうも焦る必要があるのだろうか。
だが、彼には彼なりの事情がある様子。どうやら俺は、その逆鱗に触れてしまったらしい。
「お前はいつもそうだ……フレンド登録して、砂漠で俺を助けて、挙句の果てにいい人だと……? ふざけやがって……ふざけやがって……」
ようやく諦めたのか、銃を収めるバルメリオさん。俺はほっと一息つき、肩をなでおろす。
しかし、その瞬間だ。彼の手に、見覚えのあるアイテムが握られる。
「俺の……俺の心に踏み込むな! レンジィ! アイテム、グレネードォ!」
「なっ……!」
バルメリオさんが持っている物は、俺もよく使っている爆弾グレネード。銃士は機械技師に次いで、機械の知識を持っている。【発明】こそは出来ないものの、アイテムとして使用することは出来るのだ。
彼は大きく振りかぶり、爆弾を俺に向かって投げつける。これは広範囲を攻撃するアイテム。回避する手段はなかった。
「俺だって、お前の技を盗んでるんだ! 成長しているんだ! これは読めたか策士!」
放たれたグレネードは目の前で光を発する。やがて、轟音と共に大爆発を起こし、周囲を高温の炎によって覆っていった。
灼熱は俺の体を包み、そのライフを一気に削っていく。相当熱いし苦しい……でも、バルメリオさん。それは悪手なんですよ。
アイテムによるダメージはレベル差に関係ない。銃撃より範囲は広いものの、威力は相当に劣る。
恐らく、先ほどのダメージを計算して、この一撃で丁度ライフをゼロに出来ると思ったのだろう。だが、俺はその計算を崩すアクセサリーを装備している。
胸に付けたこの赤い札。これが、逆転の一手だ。
「読めませんでした……でも、運はありましたよ!」
「ほ……炎の護符だと……!」
列車上でルージュに貸した炎の護符。後に彼女から返してもらい、再び装備していたのだ。
俺は伝説の武器とか、特別なアイテムとか、そんな物は持っていない。こいつは、最初の街で買った安物で、誰でも手に入るアクセサリーだ。
でも、物は使いようと言う。その雑魚装備が、巡り巡って俺を助けてくれた。伝説のアイテムなんかより、よっぽど輝いてるぞ炎の護符!
俺は灼熱の炎を振り払い、一気にバルメリオさんの目の前まで走りこむ。そして、バックから三つのアイテムを取り出した。
鉄くずに炎の魔石、そして格闘家の装備品メタルナックル。イリアスさんに教えてもらったレシピをここで使わせてもらう。
「スキル【発明】! アイテム、ロケットパンチ!」
三つのアイテムは巨大な鉄の拳となり、俺の右手に装備させれる。そして、赤い炎を噴射し、ジェット機のように加速を始めた。
狙いはバルメリオさん。高速で走る鉄拳が、彼の腹部へと打ち付けられる。このアイテムは高威力に加え、ノックバック効果もある。素材を三つ使用した今作れる最強のアイテムだった。
「ぐおおお……」
「吹き飛ばした先は、痺れ矢だ」
ノックバックによって、バルメリオさんは後方の罠へと殴り飛ばされる。
彼が床に腰を落とし、立ち上がろうとした瞬間だ。数本の矢がその体を打ち抜き、麻痺の状態異常を与える。これで、行動は完全に封じられた。
「言ったでしょう? 貴方をゲームオーバーにするつもりはないと。それを前提に遺跡の罠を把握していたんですから」
甘い理想を掲げるなら、その理想を実行するための策を用意する。綺麗ごとなんてまっぴら御免だ。出来ない事を自信満々に言うはずがない。
しかし、それでも予想外の事がありすぎて、ライフギリギリだった。途中、何度も死にかけたし、こんな戦いは二度とごめんだ。
俺はもっとこう、クールに勝ちたいんだよな。まあ、それは理想なんだが。
俺たちはダンジョンのセーブポイントから、地上へと戻る。どうやら、このセーブポイントから攻略中断を行うことが出来るらしい。リュイもこれで脱出したんだな。
バルメリオさんから逃げつつも、俺は何体かのモンスターと戦闘を行っている。それにより、レベルは17へと上がっていた。だいぶ戦闘をしたつもりだが、まあこんなものか。
【ディープガルド】時刻で深夜0時、現実時刻では夕方の6時。夜のサンビーム砂漠は極寒で、空には満月が上がっていた。
俺たちは一度ログアウトすることに決まり、今後の予定を話し合う事になる。
結局、バルメリオさんをどうするのかは考えていない。ライフギリギリになり、抵抗すれば即ゲームオーバーに出来る状況。今は俺とアイによって捕縛されているが、ずっとこうしているわけにもいかなかった。
「さて、この人どうしようか」
「うーん、そうですね……」
アイは彼から手を話し、考える仕草をする。おいおい、手を離すなよ。二人で押さえつけてないと、さすがに不味いような……
そう考えているときだった。予想通り、痺れの取れたバルメリオさんは俺を振り払う。そして、無防備なアイに向かって走り、その手を掴んだ。
「動くな!」
彼は銃を取り出し、それを少女の眉間に突き付ける。完全に動きを封じられ、アイはその実力を発揮できない状況だ。
おいおい、やっぱり最悪な結果になったじゃないか……俺一人の力で、バルメリオさんを押さえつけれるはずがなかった。
「この女がどうなっても良いのか! ゲームオーバーは不味いんだよなあ!」
俺とルージュに緊張が走る。彼の言うように、仲間をゲームオーバーにさせたくはない。俺たちは、記憶の失われたカエンさんを見ているのだから。
状況は絶望的だ。しかし、危機に陥っているアイ自身は全く緊迫していない。彼女は和やかな表情を浮かべ、男にある提案を促した。
「そうだ、バルメリオさん。私たちのギルドに入りましょう! 丁度、強い人が必要だったんです!」
「お前……この状況で何ふざけた事を!」
まあ、当然そう言うよな。彼はこの予想外の対応に、さらに精神状態が不安定なっていく。目が血走り、本当に殺しそうな雰囲気だ。
それでも、アイのマイペースは変わらなかった。
「皆でダンジョン攻略したり、お店を開いたりするんです! 絶対、絶対楽しいですよ!」
「黙れ……! 口を閉じないと、今すぐぶっ殺す!」
喋ったら撃つか。彼の言葉が聞こえているのにも拘らずアイはただ喋る。喋り続ける。
「バルメリオさん、ギルド登録しましょ!」
「ぐ……く……」
銃口を突き付けられたこの絶望的状況でも、彼女は笑顔を崩さなかった。全く揺らがない真っ直ぐな瞳に、純粋無垢な表情。
バルメリオさんの手が震える。銃を握るのもやっとなほどに、彼の精神は追い詰められていった。
二色の眼がわずかに潤む。勝利へのプライドと、人間としてのプライドが、互いに衝突しているように感じた。これは、この男に活せられた試練なのだ。
「おい、お前ら……! 良いのか……! この女を殺すぞ!」
さっきから殺す殺すと叫んでばかり、これは相当にきてるな。ここで俺たちが動揺したら、アイの行動が無駄になってしまう。今は冷静になり、冷たく敵をあしらわなくてはならない。
俺はアイとバルメリオさんを信じる。だからこそ、冷酷に言い放つんだ。
「良いですよ。撃ってくださいよバルメリオさん。それで貴方は晴れて、屑の仲間入りです」
バルメリオさんの表情が一気に崩れる。これが決定打だった。
「くそ……くそ……」
やがて、彼の手から銃が落ちる。
「くっそおおおおおおおおおおおおお……!」
膝をつき、悔しそうに叫ぶバルメリオさん。彼の根負けだ。アイは見事に、そのプライドをへし折ったのだ。
本当に凄い女だよ。あの状況でまったく恐怖を感じることなく、敵の良心を信じ切ったのだから。やっぱり、敵には回したくない奴だった。
「大丈夫ですバルメリオさん。これから一緒に頑張りましょう!」
「元気出せ新入り……! ボクがついてるぞ!」
バルメリオさんを励ますアイとルージュ。鬼かこいつらは……優しさなのは分かるが、今はそっとしといてやれよ。
今後、バルメリオさんはどうするのだろう。本当に色々なものを失って、精神的にも限界に思える。アイの言うように、ギルドに入ってくれるのなら俺も嬉しいのだが。
何にしても、彼はここから仕切り直しだな。プレイヤーキラーをやめて、普通のプレイヤーとしてゲームを続けてほしい。
昨日の俺と同じ、ここが始まりだ。




