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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
七日目 オーカー遺跡
52/208

51 覚悟を示す

 俺たちは満身創痍で、薄暗いオーカー遺跡を走る。

 途中、何度も罠に阻まれ、ダメージを受けてしまった。しかし、悠長にはしていられない。後ろからはバルメリオさんが追ってきているのだから。

 彼のレベルは俺たちより上で、当然AGI(素早さ)も勝っている。このままでは追い付かれるのも時間の問題だろう。

 ルージュはいつものジト目で、俺に意見を求める。


「レンジ……どうするつもりだ……!」

「分からない。バルメリオさんのレベルは俺たちより高い。以前、一対一で戦った時は全く歯が立たなかった。正直、絶望しかないな……」


 後ろは敵、前は未知のダンジョン。これはもう完全に詰みだ。

 アイの技術があれば、少しは対向出来るかもしれない。しかし、バルメリオさんは彼女の実力を知っている。今更、油断はしないだろう。

 やはり、状況は芳しくない。元はと言えば、こうなったのは俺が原因。やはり、責任をもって対処しなければならないな。

 俺がある決心をした時だった。アイが真剣な眼差しで、こちらを睨み付ける。


「レンジさん、まさか自分を身売りして、私たちだけでも逃がそうなんて考えていませんよね?」

「……っ」


 恐い女だ。全てお見通しかよ。

 当然、この事に対してルージュは腹をたてる。


「レンジ、それは本当か……! 貴様、ボクたちを愚弄する気か!」

「じゃあ、どうしろって言うんだ。他に方法があるのかよ……」


 俺は走りながらも、あらゆる策を考えた。しかし、全て何らかの問題があり、実行には不充分なものばかりだ。それでもアイは俺を信じている様子。


「それを考えるのが、レンジさんの役目じゃないですか。本当は、何か考えがあるのでしょう?」


 確かに考えはあった。だが、どうしてもあと一歩の所で、それを実行できない。


「……あるにはある。だけど、現実的には不可能だ」

「言ってみろ……! 出来るかもしれない!」


 ルージュはそう言うが、出来ないから不可能と断言しているんだ。しかし、求められたのなら一応話すべきだろう。


「遺跡の罠を使って、バルメリオさんのHPを削るんだ。隙を作れば、アイテムによる追撃が出来るかもしれない」

「名案じゃないですか! 是非やりましょう」


 アイは俺の策に対して感心する。この方法を使えば、レベル差に関係なくバルメリオさんにダメージを与えることが出来る。遺跡の罠はあくまでもギミックであり、攻撃力に関係しないからだ。

 一見ベストな方法に思えるだろう。しかし、この策略には欠陥があった。


「無理だよ。これは机上の空論だ。罠がどこにあって、どんな効果があるのかも分からずに、敵を誘導できるはずがない。何より、バルメリオさんには【追尾】のスキルがある。追いつかれるのは時間の問題だ……」


 そうだ、この遺跡の罠を把握するには、あまりにも時間がなさすぎる。おまけに地図も何もないんだ。このフロアの地理を把握することすら精いっぱいだろう。

 だが、アイはこの策を実行するつもりだ。俺の策略を完全に信じきっている。


「大丈夫です! 追ってくるなら、逃げながら罠を把握すればいいんです!」

「そんなこと出来るはずがない。下手な事をすれば、俺たちが罠の餌食になるだけだ」


 このダンジョンに来てから、何度も罠によってダメージを受けている。今のフロアも例外ではなく、走りながらも矢をかわしている状況だ。どこに何があるのか、分かるはずがなかった。

 それでも、アイはマイペースだ。彼女は急に立ち止まると、後ろで手を組む。驚いた俺とルージュは、それに合わせて足を止めた。

 少女はその場で可愛らしく回る。いったい、何を狙っているんだ。


「良いんですよそれで、簡単なことじゃないですか」

「お前、何を……」


 アイはまるで誘われるかのように、罠の仕掛けられた壁へと向かう。瞬間、彼女に向かって数本の矢が放たれた。

 食らえばダメージだ。しかし、少女はそれに抗おうとはしない。両手を広げ、体全体で攻撃を受けきる。矢を食らい、HPゲージが削られようとも、彼女はその表情を崩さなかった。


「……アイ!」

「ここは毒の矢みたいですよ。次はこっちですね……」


 罠から離れると、アイはすぐに解毒剤を飲む。そして、次の罠が仕掛けられている場所へと足を運んでいった。

 当然、これ以上バカな真似をさせるわけにはいかない。俺はすぐに彼女の元へと走り、その手を握る。


「おい、バカな真似は……」

「来ないでください!」


 だが、アイは俺の手を振り払ってしまう。そして、しゃんとした態度で、俺に言い放った。


「レンジさん、貴方は私の横でずっと見ていてください。そして、このフロアに設置された罠の位置、効果を把握するんです」


 確かにこれなら、罠の効果を把握できるかもしれない。バルメリオさんから逃げながら、一気に調査を進めることが出来る。

 しかし、滅茶苦茶だ。何度もダメージを受けて、そのたびに回復薬を飲むというのか。ゲームオーバーにならないにしても、身を削るような痛みは変わらない。何も、アイがこんな真似をしなくても……


「私はおバカだから、難しい事は覚えれません。歳下のルージュさんにこんな事をさせたくありませんし、適役は私しか居ないんですよ」


 悔しいが、彼女の言うことは正しい。俺は罠の位置や効果を覚えるので手一杯。おまけに、そのあとにバルメリオさんとの戦闘が控えているんだ。こんな所で、身を削ってはいられなかった。

 しかし、それにしても、アイを人柱にするような真似をしたくない。俺は必死に彼女を説得する。


「でも……お前が……!」

「大丈夫です。ただ少し痛いだけ……それで勝利が手に入るのなら、安いものではありませんか」


 安い……? 確かに理屈で言えばそうだ。でも、理屈じゃないんだ……心苦しいんだよ……


「目の前でお前が傷ついているのを……黙って見てろって言うのか……!」

「はい、そうですよ。そうして貰わないと困ります」


 やはり、アイの意志は変わらない。相変わらず、言い出したら聞かない奴だ。

 俺がうだうだ言っていると、ルージュがそれを一喝する。


「レンジ……いい加減、腹くくれ……! 見苦しいぞ!」


 涙目で体を震わせながらも、彼女はアイの行動を受け入れた。

 おいおい、こいつの方がよっぽど覚悟してるじゃないか。悔しいな……


「レンジさん、私はずっと覚悟していました。前に言いましたよね。例えデスゲームになっても、私は戦うと……だから、レンジさんも覚悟を示してください!」


 アイは俺が全てを話す前に、この質問を投げ掛けている。どこから事情を把握していたんだ。まるで、予知能力だな……


「アイ……お前はいったい何者なんだ……」

大国(おおくに)(あい)、ただのゲーマーですよ。稲葉蓮二さん」


 俺の名前、覚えていたのか。

 これで、互いにリアルネームを晒した事になるな。ようやく、本当の自己紹介を聞いたような気がするよ。

 ゲーム世界と現実世界。俺の中でその二つが、繋がろうとしていた。













 

 松明が揺れ、モンスターがうごめくダンジョン。俺は一人、堂々とした態度で敵と対峙する。

 銃士(ガンナー)のバルメリオさん。何だかんだで、彼とは四度目の戦いか。いよいよ、決着を付ける時が来たという事だろう。

 サングラスの男は俺に銃を向け、言葉を投げる。


「お前一人ってことは、おとりか?」

「さあ、どうでしょう」


 そうやってはぐらかすが、おとりではない。彼とは一対一で戦いたかっただけだ。周りのことを気にかけずに済むからな。

 俺が本気になったことを感じ取ったのか、バルメリオさんはすぐさま攻撃に入った。


「悪いがもう手加減なしだ。速攻で撃ち抜く! スキル【ホーミングショット】!」


 お喋りはお終いか。バルメリオさんは回避不能の弾丸を俺に向かって放つ。

 一発当てれば、レベル差で俺のHPは一気に消し飛ぶ。ここでこのスキルを選んだのは的確な判断だろう。

 だが、だからこそ読みやすい。俺は弾丸が放たれるより前に、後方へと移動していた。

 この場所には、鉄球の罠が仕掛けられている。ロープに吊るされた鉄球は俺の目の前を横切り、敵の弾丸を弾いた。


「ちっ……遺跡の罠か、運が良かったな」

「運じゃありませんよ。スキル【衛星(サテライト)】」


 俺は鉄くずを二つ取出し、スパナを打ち付ける。素材は小さなロボットへと形を変え、バルメリオさんに向かって走り出した。

 色々あって、今の俺はきれっきれに冴えている。格上を相手にしても、全く心はぶれなかった。

 サングラスの男は、通常の発砲によってロボットを打ち抜く。スキルレベルが低い事もあり、作った兵隊は一撃で破壊されてしまう。時間稼ぎにもならないようだな。


「お前、本気で俺をゲームオーバーに出来ると思っているのか……」

「思っていませんよ。僕は貴方をゲームオーバーにする気はありません。まだ聞きたい情報がありますから」


 バルメリオさんの挑発に対し、俺は冷たい態度を取った。こっちは戦いに真剣だ。余分なお喋りなんてしている場合じゃないんだ。

 彼は容赦なく、こちらに向かって発砲を始める。勿論、レベルの低い俺は逃げる事しか出来ない。遺跡の罠へと誘うためにも、とにかく逃げるしかなかった。


「聞きたい情報がある? そんな言い訳が通用すると思ってるのか……お前はただ甘いだけだ!」


 バルメリオさんは俺を甘いと言う。別に、何とでも言えばいいさ。俺は俺の思うやり方で戦う。とびっきり卑怯で姑息な手を使い、最善の結果を掴みとるんだ。

 標的を追いつめようと、バルメリオさんは前方に走り出す。しかし、そこは罠が張られたポイントだ。俺は意図的に彼を罠へと誘導したのだ。

 数本の矢が、銃士(ガンナー)へと放たれる。しかし、彼はそれを全て体に受け、ダメージを無視してスキルを放った。


「その程度の覚悟で! 俺に勝てるわけないだろ! スキル【パワーショット】!」


 彼の銃から、強力な弾丸が放たれる。狙いは正確で、鉛玉は真っ直ぐ俺へと突き進んでいた。

 ああ、これは避けれないな。食らったら一撃でゲームオーバーだろう。

 だが、今の俺は自分でも驚くほど冷静だった。無意識のうちに、右手に握ったスパナを振り払う。瞬間、ガキン! という気持ちの良い音と共に、弾丸は彼方へと弾かれる。ジャストガード成功だ。


「弾丸を……お前も防いだのか!」

「覚悟だと……? 嘗めんなよホモサングラスが! そんな事、てめえに言われなくても分かってんだよ! こっちはそれ含めて、覚悟してるに決まってるだろうが!」


 駄目だな……また、頭の中が真っ白になっている。自分で何を言ってるのか分からない状況だ。

 でも、皮肉なことに、今の俺の方が最大限の力を出せる気がする。なら、好き勝手暴れてやるさ。思う事を口に出せばいい。もう、何の遠慮もいらないんだ。


「貴方は良い人だ。カエンさんの意思も背負っている。そんな貴方の記憶を奪ったら、俺は絶対に後悔する! だから、いい加減屈しろよ! 今は見たくないもの見せ付けられて機嫌が悪いんだ……!」


 中学の頃。キレて、椅子を投げて、病院送りにして、色々な人に迷惑をかけた。あんな事を繰り返したくなくて、俺は常に冷静でいるように心がけている。

 それが、この世界に来てからは熱くなってばかりだ。全部あのアイって奴のせいだろう。あいつが俺をおかしくしている。俺の歯車を狂わせているんだ。


 そんな悪女のために、俺は戦っている。ほんと、キャラじゃないな……

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