50 四度目の戦い
現実時刻の午後1時。【ディープガルド】時刻の早朝4時。俺とアイ、ルージュの三人は、オーカー遺跡地下四階を突き進んでいた。
正直、三人でのダンジョン攻略は非常にきつい。特にアタッカーのリュイがいなくなったことにより、ダメージソースに困るパーティーとなってしまった。
頼りになるのは【発明】によるアイテム攻撃。素材が勿体ないが、それはモンスターを倒して金貨を手に入れればいい。野生モンスターを倒せば、袋の中に金貨が増える。考えてみたら、物凄い現象だな……
「スキル【発明】。アイテム、グレネード」
俺は鉄くずと火薬によってグレネードを作り、それを握りしめる。そして、数メートル先に置かれた石像に狙いを定めた。
石像は全く動かない。まさに格好の的だ。
俺は野球のフォームのようにグレネードを振りかぶり、石像に向かって投げつける。瞬間、灼熱の炎が視界の先を覆っていった。
『……ギー!』
「よし! こうすれば楽に倒せるぞ!」
台座の上で石のように固まっているモンスター、ガーゴイル。近づけば動きだし、強靭な爪で襲い掛かってくる。大型の飛行モンスターで、攻撃力も非常に高かった。
しかし、こうやって遠くから先制攻撃を加えれば、有利に戦闘を進めることが出来る。すでに、奴のライフは風前の灯だ。
ダメージを受けたことにより、モンスターはこちらに向かって羽ばたいてくる。俺は容赦なく、そいつをスパナによって殴り飛ばした。敵は光となって消滅し、これで戦闘は勝利だ。
そんな俺の戦い方を見たルージュは、いつものように口を三角に尖らせた。
「レンジ……貴様は悪魔か!」
「黙れ! 悪魔相手に悪魔のような戦法を使って何が悪い!」
悪魔ガーゴイルは、今出てくるモンスターの中では最も強い。楽に倒せる方法があるのなら、喜んで使うのが上等。なにより、見た目が可愛くないので同情の余地はないのだ。
地下五階、そろそろ敵の動きにも慣れてきたころ。
ルージュの放った【雷魔法】が、ポイズンヴァイパーを感電させる。こいつは名前の通り、毒が厄介なコブラだ。俺が盾になり、ルージュが魔法で撃ち抜くのが正解だろう。
「状態異常を使う奴は、俺が盾になる。スケルトンは二人で何とかしてくれ」
「ラジャーです!」
一応、ダンジョンを進めていくが攻略する気は全くない。この人数で最下層まで行くなど、不可能に決まっていた。
俺たちの目的は宝箱のアイテム。手に入れた装備品などを売れば、それだけで懐が潤う。だが、それらを手に入れるには、遺跡の罠を突破する必要があった。
俺たちは壁から放たれる矢から逃れつつ、宝箱に走る。一発でも当たれば、非常に痛いだろう。
「何だか、モンスターより罠の方が厄介なんだが……アクションゲームだったか?」
「ここはそういうダンジョンみたいですね」
たどり着いた宝箱を開けると、そこには混乱避けのブローチが入っていた。俺は要らないので、アイに装備させる。
しかし、ダンジョン攻略とは意外に地味だな。ボス戦まではこんなものか。派手なイベントなど、全く見当たらなかった。
そんな時なにを血迷ったのか、俺はフラグっぽいことを言い出す。
「ルージュ、余計なボタンは押すなよ」
「……見るからに怪しいボタンなど、誰が押すか!」
ルージュはそう言い返すと、壁にドン! とメイスを打ち付けた。
瞬間、壁のブロックがくぼみ、何かが動くような音が聞こえてくる。どうやら、罠が起動するスイッチを押してしまったらしい。凄い偶然だった。
「あ……」
「お約束すぎるだろ!」
こいつ、天才か。余計なこと言わなきゃ良かったな。
恐ろしい轟音と共に、周囲が激しく揺れる。まるで、何かが落下してきたかのような音だ。
俺たちは恐る恐る後ろへと振り向く、そこにあったのは巨大な石の球体だった。
「まさか、転がるのか……?」
「だろうな……!」
ルージュと俺の予想通り、石は俺たちの方へと転がってくる。俺たちはすぐに、遺跡の奥に向かって走り出した。
左右は壁、逃れる場所は前方のみ。逃げ遅れたらぺしゃんこだろう。振り向く余裕もなく、ただひたすらに走る。走りまくる。
そんな状況の中、アイは悠長に言葉を投げた。
「こういうの映画で見ましたよ!」
「まさか自分で体験するとはな……!」
有名なシーンだが、憧れは一切ない。むしろあってたまるか。
途中、数体のモンスターと遭遇するが、当然すべて無視する。奴らは全員、石の球体によって蹴散らされ、一瞬のうちに光の粒子へと変わってしまう。モンスターより、罠の方が強いのかよ……
どれぐらい走っただろうか、アイが前方にあるものを確認する。
「レンジさん、あのくぼみでかわせますよ!」
「むしろ、そのためのくぼみっぽいぞ!」
壁と壁の合間にある不自然なスペース。明らかに、石から逃れるために設置された場所だ。
製作者、絶対楽しんで作ってるだろ。こういうアクションゲームは今まで何度も見た覚えがある。だが、せっかくの親切設計なので喜んで施しを受けよう。
俺たち三人はそのくぼみに一斉に飛び込む。それと同時に、石の球体は横を通り過ぎ、通路の奥へと消えていった。
「みんな……ごめん……」
「いえいえ、楽しかったですよ」
「切っ掛け作ったのは俺だしな」
くぼみの隅で謝るルージュに、アイと俺は精いっぱいのフォローをする。今回の場合、不可抗力なので彼女に罪はないだろう。
それにしても、この鮨詰め状態はあれだな。女二人と密着して嬉しい所だが、それ以上に苦しい。一番手前のアイ。早くどいてくれ……
そんな情けない、誰にも見られたくない状況の所。タイミングが悪く、ある男に目撃されてしまった。
「お前ら……何してるんだ」
「バルメリオさん……!」
カウボーイハットに黒いサングラスの男、バルメリオさん。彼はやれやれと言った様子で、俺たちを見つめていた。
少し恥ずかしい思いをしつつ、俺たちはくぼみから脱出する。何で、このタイミングで現れるんだよ……
ダンジョン内で他プレイヤーに会うことはあまりない。このオーカー遺跡でも、他パーティーを少し目撃しただけで接触は一切なかった。彼に会ったのは本当に偶然だ。
「こんな上層で何をしているんですか? バルメリオさんのレベルなら、もっと下の層に行けるんじゃないですか」
「一人だと、リスクが大きいしな。じっくり進んでるんだよ」
確かに、一人でダンジョンを進めるのと、パーティーでダンジョンを進めるのとでは難易度が全く違う。俺たちがバルメリオさんに追いつくのも、別に不思議ではなかった。
ともかく、これで目的は達成。彼には聞きたいことが山ほどある。何とか自然に、情報を聞き出したいところだ。
「あの、バルメリオさん……」
「何だ? 俺のものになりたいのか!」
「え……?」
また始まった……頬を染めないでください。全く違いますから……
「怯えた目をするなよ。安心しろ、優しく指導してやるよ」
「逆に怖いです。やめてください」
この人、わざとやってるのか? それとも本当にアレな人なのか? まあ、元気そうで何よりだ。親友を失って、もっとへこんでいると思ったが。立ち直りは早い様子だ。
そんなバルメリオさんに対し、アイは嬉しそうな笑みを見せた。
「もしかしてこの人、ホモですか!?」
「ホモじゃねえよ!」
当然バルメリオさんは、彼女の言葉を否定する。ただのおバカなら、その方が安心だ。むしろ、そうであってほしかった。
彼は帽子のつばを掴むと、俺を必要としている理由を説明していく。どうやら、前回の戦いで色々思う事があった様子。
「俺は姉貴を……いや、イデンマの奴をぶっ倒す。そのためには機械技師のスキルが必要なんだ」
やはり、イデンマさんはバルメリオさんのお姉さんらしい。もし、彼女がエルドと同じ存在なら、おそらく既に他界しているはず。
非常に聞きづらい事だが、これも前進のためだ。俺は思い切って、彼にお姉さんの事を聞いてみた。
「バルメリオさんのお姉さんって、他界されているんですよね?」
「ああ、数週間前に死んだよ。事故死だった」
悪い事を聞いてしまったな。だが、これでイデンマさんがエルドと同じ存在と確定した。そして、俺たちが解明すべき敵が、どういった組織なのかも分かる。本当に途方もない話しだな。
アイはまだその事実が信じられないのか、バルメリオさんに更なる質問をしていく。
「本当に、死んだお姉さんがイデンマさんなんでしょうか……」
「間違いない。奴は俺の姉貴だ。容姿、性格、言動、全てが一致している」
ここまではっきり言われたら、やはりそういう事なのだろう。
正直怖い。だが、今さら知らないふりは出来ない。
なにも、一人で向かっていくわけじゃないんだ。まずは俺の言葉を信じてくれる人を探す。そして、色々な人に協力してもらって、あいつらを追いつめるつもりだ。
その為には、自らの立場を磨く必要がある。やはり、現状のバルメリオさんとは仲間にはなれないな。
「さっきの話ですが、僕は貴方に協力出来ません。プレイヤーキラーにはなりたくないので」
「人から奪うのが嫌か? 優しいな」
優しい? いいや、俺は優しくなんてない。偽善なんてまっぴらごめんだ。
俺がPK行為に対して否定的なのは、全て保身のためだった。
「優しさじゃありませんよ。僕は人から恨まれたり、軽蔑されるような人間にはなりたくありません。周りの反感を買う人生。それは僕の思う安定からかけ離れていますから」
「ぶれませんねレンジさん」
前にもこいつらに話したが、PK自体はシステムなので悪い事とは思わない。しかし、自らが行うとなると話が違ってくる。
周りから悪い行為と見られるなら、避けた方が無難だ。それが世渡りの秘訣と言えるだろう。無理抗えば、信頼できる仲間も減っていく。それは、嫌だった。
バルメリオさんは舌打ちをすると、懐から銃を取り出す。先ほどとは違い、完全に戦闘態勢だった。
「そうか……なら、お前にはここでゲームオーバーになってもらう」
「……なっ」
おいおい、ゲームオーバーになったら、何が起きるか分からないんだ。単なる逆恨みで、そんな恐ろしい状況になるのは簡便だぞ。
ルージュは俺のために、バルメリオさんと向かい合う。しかし、彼の行動は単なる逆恨みではなかった。
「なぜレンジがゲームオーバーにならないといけない……! ふざけるな!」
「敵はこいつが死んだら困るんだろ? だったら、その計画をぶっ潰すために、こいつは消えた方が良いんだよ」
正しく正論だな。だが、俺を生かす計画というのは、恐らくエルドの遊び。そんなくだらない事のために、どうなるか分からないゲームオーバーになるのはまっぴら御免だ。
バルメリオさんは俺たちよりレベルが上。真っ向から戦っても勝ち目はないだろう。俺は鉄くずを二つ取出し、それにスパナを叩きつける。
「スキル【衛星】!」
「スキル【まつり縫い】!」
俺がロボット兵を作り、おとりに使おうとした時だ。アイが俺の意を読み取り、束縛スキルによって敵を縛り付ける。それと同時に、製作したロボット兵が彼に飛びかかった。
【衛星】によって作った支援ロボは、小型であまり強くない。だが、動けない敵を邪魔するのなら充分だ。
「くそっ……! 小細工を……」
「今の内に逃げるぞ!」
もがくバルメリオさんに背を向け、俺たちは遺跡の階段を下りる。先に進めば進むほど、モンスターは強くなるし罠も増えるだろう。しかし、今は進むしかなかった。
戦闘に入ってしまったら、移動魔法などで逃げる事も、ログアウトすることも出来ない。強制的にログアウトすれば、ゲームオーバーのペナルティで結果は同じだ。
解決する方法は三つ、バルメリオさんを倒すか、自力で逃げ切るか、見逃してもらうか。それしかなかった。




