04 スキルポイント
エボニーの森を後にし、俺たちはセラドン平原へと戻る。
ヴィオラさんから聞いたところ、エボニーの森は魔女が住む森と言われ、現状では推薦レベルに全く達していない。相手が比較的弱いレッドスライムだったので耐えることが出来たが、他のモンスターだったらまず即死だった。本当に運が良かったのだ。
俺はヴィオラさんの指導を受けつつ、草原でゴブリンと死闘を繰り広げる。
敵の棍棒をスパナによって防ぎ、そのまま力任せに弾き飛ばす。そして、相手が怯んだところに巨大スパナの一撃を頭部に打ち付けた。
勝負が決すると敵は光の粒子となり、その場から消滅する。本当に、グロテスクな演出ではなくて助かった。
敵を倒してことにより、経験値という物が手に入る。ゲージが満タンになり、これでめでたくレベル2だ。
「レンジさんやりましたね! これで私と同じレベル2です!」
「先は長いな……」
たった一回の戦闘に満身創痍だ。こんな調子でレベルを上げていたら、時間がいくらあっても足りないだろう。何より、俺の体力が持たなかった。
俺たちは街まで歩み進めつつ、このレベルアップで手に入ったスキルポイントについての話しをする。ヴィオラさんは初心者である俺に、一つずつ丁寧に説明していった。
「さて、これでスキルポイントを3ポイント手に入れたわ」
「スキルポイント?」
「このゲームにはステータスの振り分けシステムが無いの。つまり剣士は剣士、魔道師は魔道師でステータスが決まってるわけね。でも、代わりにこのスキルポイントがある。スキルポイントはレベルアップ時に3ポイント手に入って、それを持ちスキルに自由に振り分けれるってわけ」
俺は自らのスキルを確認する。ランダムセレクトで手に入った三つと、もともと機械技師が持っている二つ。今の持ちスキルはこの五つだ。
「俺の持ちスキルは【防御力up】、【状態異常耐性up】、【生産成功率up】、【発明】、【機械製作】、この中から好きなように振り分け強化できるんですね」
「おしいわ。スキルポイントは自動スキルにのみ振り分けれるの。【発明】や【機械製作】のような使用するスキルは、実際に使って鍛えるしかないわね」
要するに、ランダムセレクトで手に入った三つしか今回は強化出来ないようだ。
能力アップスキルの選択が多い俺にとって、これは重要な要素となりえるだろう。少しでも気になる部分がるのならば、積極的に聞いて行かなければならない。
「でも、このシステムだと生産職の方が泣きを見ますよね? 戦闘によるレベルアップをしないと、【生産成功率up】のようなスキルが強化できませんし」
「それなら大丈夫よ。経験値は戦闘だけではなく、生産成功時にも手に入る。だから、生産だけで高レベルになることも可能ってわけ」
「それって、回復薬作ってたら何か滅茶苦茶強くなりました。ってことがあるんですよね。何かおかしくないですか?」
「仕様だから仕方ないでしょ。たぶん、PK対策ね。戦闘能力のない生産職をカモにして、大儲けするPKが横行しちゃうでしょ?」
「なるほど」
バランス調整をするために色々と考えてあるようだ。恐らく、このゲームに弱いジョブ、弱いスキルは存在しない。全てが綿密な計算にって設定されており、有利不利を極力減らすようにしてある。ならば、自分の好きな物を伸ばせば、自ずと答えが見えてくるだろう。
俺は迷うことなく、あるスキルに全てのポイントを流し込んだ。
「なるほど、じゃあ全部【状態異常耐性up】に」
俺が3ポイント全て【状態異常耐性up】に振り分けると、ジョブのレベルが2へと上がる。
これで良い。ランダムセレクトによって選ばれたこのスキルだが、俺はこいつをとても気に入っていた。今後、これ一本を強化しても良いぐらいだ。
その様子をヴィオラさんは不思議な表情で見る。どうやら、この振り方はあまり一般的ではない様子だ。
「貴方、面白いスキルを選んだのね。このスキルってパーティのヒーラー、つまり回復役に付けるのがベターなのよね。機能停止されたら大打撃だもの。機械技師に必要なのかしら?」
「いや、他と比べて腐る可能性が無いスキルなので、強化が適切だと思ったんです」
「なーる」
実は、それ以外にも理由がある。
状態異常という物は、死亡と違って周りに迷惑をかける。混乱すれば仲間を攻撃するし、毒になれば味方は必至で守るだろう。その状況になるのは、堪らなく嫌だった。
俺は他の足を引っ張りたくないし、自分の身を仲間に預けるのも御免だ。それなら、死んでゲームオーバーになった方がよっぽどマシだと思っている。ようするに、周りを信用していない捻くれ者の拘りだ。
俺はさらなる疑問をヴィオラさんに質問していく。
「ところで、この【機械製作】のスキルって何ですか? 技として使える【発明】と違うみたいですけど」
「ああ、それは生産スキル、つまり機械系アイテム製作の権利を得るスキルよ」
単純に機械を作るためのスキルか。あまり生産の方を意識していなかったが、機械技師は生産職だったな。聞くところによると、このスキルは相当に重要な物らしい。
「たぶん機械技師の肝と言えるスキルね。機械物の制作は完全な専門職、優秀な錬金術師でも不可能だから」
「へえ……」
まあ、他のジョブに同じような機械を簡単に作られたら堪らないだろう。やはり、ゲームバランスはしっかりしている様子。ランダムセレクトでも全く問題なかったんだな。
俺がヴィオラさんから講義を受けていると、アイが会話へと入ってくる。
「どんなジョブでも、得意分野があるんですよ。私は裁縫師、裁縫が得意分野ですね」
「なるほど、お前はどんなスキルを持っているんだ?」
「【裁縫】、【マジカルクロス】、【目利き】、【生産効率up】、【生産品質up】です」
見事に生産メインの構成だ。やはり、やりたいことに合わせてスキルを選ぶのが常識か。冷静に考え直してみると、やはりランダムセレクトが良いはずが無かった。
話を戻すために、俺は再びヴィオラさんに疑問を投げる。
「俺の【生産成功率up】とアイの【生産効率up】の違いは?」
「言うと思った。【生産成功率up】は失敗しやすいアイテム製作をサポートするスキル、【生産効率up】は一度に大量のアイテムを素早く作れるスキルよ。つまり貴方は凄い物を作るのが得意。アイちゃんは大量生産が得意ってわけよ」
初めのスキル選びで、【ディープガルド】での人生は決まっているというわけか。
これでほぼ、俺は生産職として大量生産する道は途絶えた。代わりに、超レアアイテムを高額で売りさばく胡散臭い男にはなれるかもしれない。
「それにしてもアイ、お前も技スキルがほとんど無いんだな。【マジカルクロス】は布装備を消費するスキルだから、お前も俺と同じで初めの内はスキルが使えないわけか」
布装備が無ければ、当然技は使えない。だが、彼女には技を使用する術が一つだけあった。
「いえいえ、見たいのならばお見せ出来ますよ。この身に纏っている一張羅を素材に……」
「やめろ」
「やめて」
真顔で止める俺とヴィオラさん。こいつの場合、本気でやりかねない。
「大丈夫ですよー。装備が無くなっても、なぜか白い布を身に纏っていて全然エロくないですから!」
「だからと言って、初期装備を速攻で素材にするのはどうなんだ……」
こうやって漫才のように会話をしつつ、俺たちはエピナールの街を目指す。
すでに視界には、小さく街の形が見え始めている。あと少し、気合を入れてこの草原を進もう。そう俺は心の中で思うのだった。
スライムとゴブリン地獄を抜け、俺たちはようやくエピナールの街に到着する。あと少しの経験値でレベル3になったのだが、このタイミングで到着したので仕方ない…………まあ、本当は少し残念だが。
取って付けたような粗末な門を潜り、街の奥へと進む。すると、そこには目を疑うような風景が広がっていた。
「始まりの街エピナール。地味ーな町だけど、緑が豊かで基本的な物はそろってるわよ」
俺とアイは口をあんぐりと開けて、人々で賑わう街を見つめる。その町並みは中世ヨーロッパのようだが、所々に産業革命後の電灯や黒い煙を出す工場が点在している。こんな時代背景がバラバラな世界観、現実では決して見ることは出来ないだろう。
しかし、何より驚いたのは人々の服装だ。鎧やローブを身に纏うのは当然。町人であるNPCが着ている服も、やはり見慣れたものとは全く違う。誰一人として、真面な服装をしていない。
「こ……コスプレイベントですか?」
「こらこら、貴方もそんなカッコしてるでしょ」
言われてみれば、俺の服装も真面ではなかった。まあ、他のジョブと違って、現実でも問題なさそうなところが少々違うが。
街に付いたことにより、俺はアイやヴィオラさんと行動を共にする意味を失う。別れが少々惜しいと思っていた時、ヴィオラさんが俺たちに向かって話しを切り出した。
「さて、貴方達はこれからどうするの? 攻略? 討伐? 生産? 意外なところで、図鑑完成とか?」
俺が質問に答えるより先に、アイが彼女の質問に答える。
「私はとにかく、可愛いお洋服を作りたいです。お店を開いて、小さな街の仕立屋さんになるのが目標なんです」
「生産職としてお店を開くと、たくさんの人から生産を強要されるわ。尋常じゃないほど大変よ?」
「覚悟はしています」
適当にゲームをプレイしているわけではなく、ちゃんと目的を持っていたのか。これには素直に感心する。
だが、俺にもそれに負けず劣らない目的があった。
「レンジ、貴方はどうするの?」
どうするって、決まっている。やるべき事は一つだ。
「人を探しているんです。俺の目的はそれだけです」
「そんなプレイヤーも始めてね……いったいどんなネームのプレイヤー?」
本名を言ったところで仕方ないだろう。俺はあいつから聞いていたこの世界でのネームを彼女に話す。
「エルドです」
「え……エルドォ!」
「知ってるのですか!」
この驚き用、尋常ではない。どうやら、エルドという人物はこの世界で相当名の知れた人物のようだ。
「知ってるも何も超TPじゃない! 総合、攻略、討伐ランキング一位! 三冠を取ったこの世界の王者よ!」
「あいつ、ここでも凄かったんですか……」
勉強も、スポーツも優秀なあいつが、自分の一番好きなゲームで他より劣るはずがない。俺の持っていない全てを持っているあいつが、本当に疎ましくて仕方がなかった。
しかし、それでも俺はあいつを心の底で見下している。現実との関わりを避け、ゲームの世界に逃げ出した臆病者。そういう認識が今でも拭いきれなかった。
そして、そんなあいつの人間嫌いが俺を苦しめる結果となる。
「その目的、諦めた方が良いわ。あいつは町には滅多に降りてこない。超高難易度ダンジョンの奥地で、ずっと討伐依頼を熟しているって噂よ」
「そんな場所……俺じゃ行けないじゃないですか!」
「だから、諦めた方が良いって言ってるじゃない。貴方がエルドに追いつくレベルになってる時には、あいつは別のゲームに手を出しているでしょうね」
「そんな……」
彼女の言うとおりだ。別のゲームに手を出すかどうかはさて置き、エルドという存在がずっとこの世界に存在しているという保証はないのだ。いつ消えても不思議ではないこの状況、もたもたしている時間などなかった。
だが、俺は引き籠りでもゲーマーでもない。高校生活と並行して、このゲームを速攻で進めることが出来るのか? 否、不可能だ。二十四時間フルで動けるプレイヤーと俺とでは、あまりにも条件が違いすぎる。
「それでも……それでも会わなくちゃいけないんです! これは、俺のけじめなんです!」
「へえ、卑屈っぽい貴方が、そんなに声を荒げちゃって……よっぽど大切な目的なのね」
大切に決まっている。目的を達成できないのならば、俺はこの世界に存在する意味はない。それほど重要な目的だった。
ヴィオラは怪しい笑みをこぼすと、自らの胸をポンと叩く。
「良いわ……貴方の目的、私が叶えてあげる!」
「……え?」
意味ありげな言葉。何だか嫌な予感がして仕方がない。
いったい彼女に何が出来るというのだろうか。それは、話しを聞いてみない事には分からなかった。