48 リチャード・キャンベル氏
武器防具屋を出た俺たちは、街の外を目指して歩く。その途中、何やら不自然な人だかりを目撃してしまった。どうやら、何らかのイベントを行っているようだ。
たくさんの男性プレイヤーに囲まれる一人の少女。エルフのような尖った耳に、煌びやかな衣装を身に纏っていた。彼女はあざとい仕草で男たちを魅了する。
「みんなー! NOLANだよー!」
「ノランちゃーん!」
ノランと名乗る少女は、小さな箱の上で自らをアピールしていた。これは路上ライブのようなものだろうか。周囲からの注目を集める彼女は、まるでアイドルのようだ。
「今日は、ノランのために集まってくれてありがとー!」
「ノランちゃん最高ー!」
観客の期待に応えるように、ノランは箱の上から飛び降りる。すると、周りの男たちは後ろに下がり、彼女のための場所を用意した。
両手を広げる少女。やがて、ノランはその場で回り、美しいダンスを披露していく。初めて見たが、これは踊子のジョブか。
彼女を見たリュイは、ジト目で皮肉をこぼす。
「ああいうの居ますよね。ゲーム上に別人格のキャラ作って、自分に酔っちゃう人」
「ルージュみたいなものか」
そんな彼に対し、余計な事を言ってしまう。これはルージュに噛み付かれるな……
案の定、彼女は俺に向かって文句を放つ。
「ぼ……僕のキャラは本物だ! 現実世界でも、ちゃんと自分の事を僕と言ってる!」
「わざわざ説明するところが、余計に怪しいんだよ」
ルージュの口調や性格は、全てギンガさんの真似事だ。僕と言う一人称も、現実世界で使う奴なんていない。実際、本当のキャラクターは謎だった。
俺たちがそんな会話をする中、アイは憧れるようにノランのダンスを見つめる。バトルマニアだが、こういう所は女の子だな。
「何だか幸せそうです。このゲームはああいう楽しみ方もあるんですね」
「まあ、参考にはしないけどな」
残念ながら、俺はアイドルに興味はない。誰からも愛される者を、愛する気持ちになれなかった。
結局のところ、俺はひねくれ者で嫉妬深い。きらびやかな彼女とは、絶対に相容れないだろう。
俺たちは、三度目のサンビーム砂漠を突き進んでいく。相変わらず、砂漠は街よりも暑いな。【ディープガルド】時刻は夕方だが、まだまだ熱は残っている。まさに地獄だ。
流石に戦闘も面倒になり、とにかくモンスターからは逃げるよう志す。これからダンジョン攻略なんだ。フィールド上で、貴重なアイテムを消費するわけにもいかない。このパーティーはヒーラーがいないしな。
オーカー遺跡は、ナルシスの泉から真っ直ぐ北にある。昨日は泉までかなりの時間を要したが、今回は比較的早いペースで進んでいた。
やはり、戦闘は時間を消費する。後が控えているのに、サソリやトカゲなど相手にしていられない。
しかし砂漠を進む中、俺はあることを思い出す。どうしても、ダンジョン攻略の前にやりたい事があった。
「悪い、ちょっと寄り道する」
泉に到達する前。俺のわがままで、少し寄り道をすることになる。目的地は、砂漠の真ん中にある意味のない空間。昨日も訪れた倒壊した遺跡のような場所だ。
昨日、ヌンデルさんはここで意味深な事を言った。それが、どうにも引っ掛かって仕方がない。
「ヌンデルさんは、記念碑と言った。でも、俺にはここが物悲しい場所に思える。ただの感じゃない。意図的にそんなデザインになっているんだ」
「確かに……何だか週愛を漂わせますね」
「おう、哀愁な」
アイの間違えを指摘し、俺は遺跡の調査を開始する。石板を解読しようと考えたり、瓦礫の下をのぞきこんだりしてみたが、何の手がかりも得られない。いくら調べてもただの瓦礫だ。
あまり、余計な時間は使えないな。結局、諦めた俺たちは冒険を再開しようとする。しかし、それを呼び止めるかのように、何者かの声が響いた。
「ここ、何もない場所ですよね。そういう場所なんですよ」
振り返った先にいたのは、一人の男性プレイヤー。眼鏡をかけており、この世界で知り合った誰よりも歳上に見える。おそらく三十代前半だろうか。
服装は中世の博士といった見た目で、大きなバッグを肩にかけている。見た目では何のジョブか分からないが、雰囲気は魔法職という感じだ。
俺は彼に対し、自然に受け答えをする。
「でも、僕にはここが特別な場所のように感じます」
「なるほど、鋭い観点です」
男は眼鏡のずれを直し、この場所の詳細を話していく。
「ここはダイブシステムの創始者。リチャード・キャンベル氏のお墓です。勿論、遺骨が入っているわけではありませんよ。彼の功績を称え、記念碑のようなものとして、設置されています」
彼は石板に手を置き、続ける。
「これがあるのは、このゲームだけではありません。VRMMOにはジャンルを問わず、この記念碑が設置されています。一種のお約束のようなものですよ」
なるほど、製作者側にある決まり事のようなものか。確かに、これなら何もないのも納得だ。普通のプレイヤーだったら、絶対に知る機会はないだろう。
この場所の詳細が分かり、ルージュは俺の顔を見る。
「……レンジ! 正解だな!」
「ああ、そうだな」
確かにお墓だが、ヌンデルさんも嘘は言っていない。ここはお墓であり、記念碑でもあるのだ。
視界に見える遺跡全てが、リチャードさんを賞賛するもの。リュイは周囲を見渡しつつ、男に質問する。
「随分と大層な記念碑ですね。このゲームだけではなく、殆どのゲームで同じものを作っているなんて……よっぽど、リチャードさんは特別な方だったのでしょうか」
「はい、これは彼を慰めるための物ですよ。ダイブシステムの完成には、悲しいエピソードがあるのです」
悲しいエピソードか……だから、こんな砂漠の辺境に、ひっそりと作られていたんだな。倒壊した瓦礫の中に紛れて、物悲しい感じがするとは思っていた。これは、所謂いわくつきという奴だ。
眼鏡の男は、俺たちに向かってそのエピソードについて語っていく。
「元々、キャンベル氏は医療機器の製作に携わっていました。彼の目的はただ一つ、危篤状態の娘とコンタクトを取ることです」
今、俺たちがゲームとして楽しんでいるダイブシステム。その原型は医療機器だったのか。これはかなり、重い結末になりそうだ。
男は石板から手を放すと、さらに話を続ける。
「仮想空間で意識のない人間と会話を可能にする。彼は生涯をかけて、ダイブシステムの制作に身を乗り出しました。もっとも、願いが叶う前に、キャンベル氏も娘さんも死んでしまいましたが……」
救われない話だな。ゲーム内の話しより、よっぽど劇的だ。
何かを開発するという事は、こういう事なのだろう。一生を捧げて、自らの夢を追い求める。そして、積み重ねたものは、次の世代へと受け告げれていく。
「しかし、彼の意志は今でも生き続けています。人間が想像できることは、人間が必ず実現できる。SF作家ジュール・ベルヌ氏の言葉です。私たち研究者は、人類の進化のために活動を続けているのです」
私たち研究者。つまり、この人も研究者なんだな。だから、この場所の事も知っていたわけか。
男は途中から、熱心に研究者としての想いを語っていく。それに気づいた彼は、恥ずかしそうに自らの頭をかいた。
「すいません、VRMMORPGで現実世界の話しはタブーでしたか」
「いえ、ありがとうございます。色々と考えさせられました」
俺たちは眼鏡の男にお礼を言い、頭を下げる。この人、研究者なんだよな? 何でこんなゲームをプレイしているのだろうか。色々と謎が多すぎるぞ。
その詳細を聞こうとしたとき、彼の方がこちらに話しを振る。
「これからダンジョン攻略ですか?」
「うむ……! そうだ!」
ルージュは偉そうに腕を組んで、男の質問に答える。すると、彼は肩にかけたバックから、青い薬品を四つ取り出す。
これは、HP回復に使用する回復薬か。だが、店で買ったものよりもキラキラ光っているぞ。もしや、かなり高度な技術で作られたものなのか?
「では、これを貴方がたにお譲りします」
男は俺たち四人に、回復薬を一つずつ渡していく。これは粋な振る舞いだな。
アイは【目利き】のスキルを利用して、その性能を調べていった。その結果、やはり高度な技術によって作られたものと分かる。
「この回復薬、かなり高品質ですよ!」
「私が調合しました。これでも、錬金術師のジョブを選んでますので」
錬金術師、話しは何度も聞いている。回復薬や爆弾を調合するアイテム製作のスペシャリスト。機械技師や裁縫師とは違い、マルチに何でも作れる万能型だ。
高い回復能力から、僧侶に次ぐヒーラーとしても使えるらしい。実は、後でこれを選んでおけば良かったと後悔したジョブでもあった。
そんな錬金術師の男は、眼鏡のずれを直す。
「【鑑定】のスキルは持っていませんね。では、補助効果はお楽しみということで」
【目利き】は素材やアイテムの品質を見極めるスキル。【鑑定】は追加効果や性能を調べるスキル。前者は生産向きのスキル。後者は攻略向きのスキルというところか。
品質が良いだけではなく、何らかの補助効果も付与されているらしい。もしやこの人、ただ者ではないのか? 俺は彼に向かって再びお礼を言う。
「アイテムまで貰って、本当にありがとうございました」
「いえ、私もお喋りできて楽しかったですよ」
錬金術師の男は、俺にそう言葉を返す。そう言えば、まだ彼の名前を聞いていなかったな。俺はまず、自分の自己紹介から始める。
「俺はレンジです」
「アイです!」
「リュイです」
「ルージュだ……!」
俺に続き、他の三人も自己紹介した。眼鏡の男は頭を下げると、ようやく名前を明かす。
「私はルルノーと申します。ダイブシステム研究の一環として、このゲームをプレイしています」
そうか、ゲームシステムの研究として【ディープガルド】をプレイしているのか。これはまた珍しい動機だな。こんなプレイヤー、恐らく彼以外にはいないだろう。
ルルノーと名乗る錬金術師は、名乗ったのと同時に別れを告げる。
「では、私はそろそろ研究に戻ります。機会があれば、またお会いしましょう」
彼は俺たちに背を向け、砂漠の向こうへと歩いて行く。趣味の研究なのか、仕事の研究なのか、結局よく分からなかったな。
しかし、彼のおかげで、ダイブシステムがなぜ作られたのか分かった。それと同時に、この発明に対する嫌悪感も少しだけ薄れる。こんなに複雑な秘話があったとは、今まで知る気もなかった。
たかがゲーム、されどゲームだ。このゲームが作られるまでに、色々な人のドラマがあるんだろう。何となくで毛嫌いしていた自分が、少し恥ずかしくなってしまった。




