47 お化けなんて怖くない
現実世界、日曜の朝8時。俺は予定通り、御剣さんの家まで訪れていた。
今からここで、金治のお母さんに彼が死んだ日のことを話す。最悪の場合、ヘッドギアを返すことになるかも知れないな。その場合、何としてでも新しいものを買って、データを移さなければならない。
ここで散々罵られようとも、俺は前に進むつもりだ。今さらゲームを止めるつもりなど、微塵もなかった。
大きなテレビの置かれたリビング。目前のテーブルにはお茶とお菓子が用意され、俺をもてなしているのが分かる。それが、緊張を誘った。
ふかふかのソファーに腰掛け、俺は金治のお母さんと話す。茶色の髪に、金治と同じ瞳をした女性。俺の親と歳は変わらないと思うが、随分と若く見える。
こんなにも、美人なお母さん残して逝きやがって……本当に罪な奴だよ。
俺は包み隠さず、あの日のことについて話していく。流石に三日後のメールについては触れないようにしたが、それでも喧嘩については全て話した。
女性は優しく笑うと、俺に謝罪をする。
「そう、ずっと気にしていたのね……ごめんなさい、気づいてあげれなくて」
隠していたんだ。気づかなくて当然だろう。
彼女は、俺の知らないあの日のことを丁寧に話していった。
「あの日、貴方が帰ったあと、あの子は私に喧嘩のことを愚痴っていたのよ。怒ってたけど、どこか嬉しそうだったわ。とても、傷ついているようには見えなかった」
そうか、やっぱり自殺の原因は俺じゃなかったのか。これでようやく、罪悪感から解放されたよ。
俺は力が抜けて、ソファーの後ろにもたれ掛かった。
「何だ……全然反省していなかったんですね……」
「そうね……反省してなかったわ」
しかしこれで、あいつが自殺した理由が分からなくなる。出来れば詳細を聞きたい所だが、無理に決まっていた。流石にここは空気を読むべきだろう。そう思った時だ。
「こんな事、貴方に話しても困ると思うけど、私はあの子が自殺したとは思っていないの。何だか、今でも納得できないのよ。あの子が死んだこと……」
金治のお母さんは遠い目をすると、俺に向かって意味深な言葉を零す。
これはいったい、どういう意味だ。今もあいつが生きていると言いたいのだろうか。本当に、エルドという亡霊として、【ディープガルド】内に蘇ったとでも……
いや、あり得るわけがない。俺は自らの思考を振り払い、机の上に置かれたお茶を一気に飲み干した。
すべての話しを終え、俺は金治のお母さんに別れを告げる。部屋から出た後、彼女が泣いているのが分かってしまった。辛い事を思い出させてしまったな……
ここまで来たら、もう後には引けない。絶対にエルドに会って、本物か偽物か確かめてやる。
そして、もしエルドが本物なら、俺が全ての謎を解く。金治のお母さんのためにも、必ず死の真相は付きとめてやるさ。
現実時刻の朝10時、【ディープガルド】時刻の夕方4時。俺はゲームにログインし、宿から待ち合わせの場所へと移動する。相変わらず、この大陸は暑くて仕方なかった。
今日はヴィオラさんが遊びに行っているため、四人でダンジョン攻略だ。今までは、道中オリーブの森を通っただけで、ダンジョン攻略を行った事はない。今日が初挑戦だった。
本当はこんな事をしている場合ではないが、今はレベルを上げるしかない。これも立派な前進だろう。
昨日、俺がいろいろ話したヤシの木陰。その待ち合わせ場所には、すでにアイたちが到着していた。
「……レンジ! 遅いぞ!」
「はいはい、すいませんでした」
お馴染みのルージュによる煽りを受け、俺は適当に謝る。待ち合わせ時間通りに来ているが、もう突っ込むのも面倒だった。
俺は三人に今朝の報告をしていく。
「良い知らせと悪い知らせがあるぞ」
「……じゃあ、良い知らせの方から!」
ルージュのご希望に応え、良い知らせの方を話す。まあ、良い知らせと言っても、俺にとってだが。
「エルドが死んだ原因は俺じゃなかった。あいつは喧嘩した日、親に俺のこと愚痴ってたみたいだ。はっきり言って、全く反省していない」
「それはまあ、良い知らせですね。悪い知らせは?」
素直に良い知らせと受け取ってくれるリュイ。彼の言葉に応え、今度は悪い知らせを話す。
「金治の死の真相は、未だに分かっていない。表上は自殺になっているが、実際は相当にきな臭いな」
「それは悪い知らせですね……」
金治の死因は、橋からの飛び降り自殺。警察などの捜査もあり、自殺なのはまず間違いない。しかし、彼には自ら命を絶つ動機がなかった。
現実世界が辛くて自分の世界に逃げ込んだのに、死んでしまっては意味がない。両親も金治の事を甘やかしており、特に嫌味を言ったりもしてない。最低だが、それでも彼は幸せだったのだ。
やはり、どうにも引っかかる。あいつの死には謎が多すぎた。しかし、アイは別の部分が気になっている様子だ。
「でも、これでエルドさんが恨んでいないのは確定しましたね。何で私たちを襲ったんでしょう?」
「もし、エルドが本当の金治なら、完全に遊びだろうな。もっとも、それを認めたら幽霊の存在を認めることになるが」
まさか、幽霊なんて……流石にないと思うが、ここまで話が揃っているとやはり恐い。
こういうオカルトを信じなさそうなリュイも、辛辣な表情をしていた。
「イデンマさんは異世界転生と言ってましたが、まさか本当に……」
「バルメリオさんに聞けば、分かりそうなんだけどな……」
イデンマさんとバルメリオさんは、姉弟関係だ。それを考慮すると、少しずつ昨日の状況が分かってくる。
バルメリオさんは、姉の存在に対し顔色を悪くしていた。そんな彼に向かって、イデンマさんは「戻ってきた」、「異世界転生した」と言ってたな。
まさか、イデンマさんも幽霊なのか……? 何にしても、直接バルメリオさんに聞かないと……
「はーい、そんな貴方に朗報です!」
「うおあ!」
思考を巡らせる俺の前に、突然現れる道化師。毎度おなじみ、マーリックさんだ。
「マーリックさん、いつの間に!」
「さっきから居ましたよー。道化師は突拍子もないのです!」
いや、突拍子もなさすぎだろ。全く気配を感じなかったぞ……びっくりするわ。
それにしても、やっぱり無事だったんだな。まあ、バルメリオさんの目的は俺だったし、こんな変人の相手なんかしていられないか。
マーリックさんは都合よく、俺たちの求めていた情報を話していく。便利すぎて、そろそろ怪しくなってきたな……
「バルメリオさんなのですが、砂漠の先にあるオーカー遺跡で目撃情報があります。どうやら、一人でハードなレべリングを行っているようですよ」
「オーカー遺跡?」
砂漠のダンジョンだとは分かるが、詳細は全く分からない。物知りのリュイが、マーリックさんと共に解説していく。
「【イエロラ大陸】三遺跡の一つです。倒壊した古代の街を意識したダンジョン、エクリュ遺跡。砂に沈む神殿のようなダンジョン、オーカー遺跡。そして、ピラミッドのような形をした最難易度のダンジョン、ガンボージ遺跡の三つです」
「ガンボージ遺跡はこのゲームでも屈指の難易度で、まず入るためには幻影の砂漠を抜けなければなりません。貴方がたのレベルでは到達自体難しいでしょう」
要するに、俺たちが行けるのは、エクリュ遺跡とオーカー遺跡。そして、目的であるバルメリオさんがいるのはオーカー遺跡。これはもう、目的地は決まったようなものだ。
アイとルージュは元気よく声を張り上げる。このパーティー、女性の方がパワフルだな。
「では、行く遺跡は決まりましたね! オーカー遺跡に向かって、レッツゴーです!」
「……おー!」
話しも纏まり、俺たちは遺跡を目指してサンビーム砂漠を進む事となる。昨日の生産活動もあって、お金の方は困っていない。しっかりアイテムを買い揃えておかないとな。
マーリックさんは情報を提供して満足したのか、すぐに俺たちに別れを告げる。
「では、わたくしはこれで」
「マーリックさん、わざわざこれを言いに来たんですか……?」
「はい、そうですよ。貴方がたの状況は、風の噂で認識しています。わたくしも、協力できる部分は協力する所存です」
風の噂って、今回のことは他言していないんだけどな。マーリックさんがどこまで認識しているかは分からないが、恐ろしいほどの情報網だった。
彼は懐から火薬玉を取り出すと、それを足元に投げつける。瞬間、弾は爆発し、道化師はその場から消えてしまう。普通に撤退できないものなのか……
だが、マーリックさんには何度も助けられている。そろそろ、何か恩返しをしたいところだ。
俺たちはまず、道具屋にむかって歩み進める。回復薬に【発明】用の素材。買いたいものは沢山あった。
しかし、今一番欲しいのは武器と防具だ。いい加減、装備を充実させないとやってられない。俺は盾役を目指しているからな。
そんな事を考えている時だ。隣りを歩くリュイが、俺に声をかけた。
「あの……レンジさん」
彼ははにかみながら、自らの思いを話していく。
「エルドさんの話しなんですが……能力がある事と、その人が幸せかは別問題だと思います。エルドさんには、エルドさんの悩みがあったはずですよ」
そう言えば、こいつも優等生だったな。火曜日と日曜日は習い事で、今日も午後から抜けるらしい。
リュイはプライドが高くて傲慢だ。リアル世界で友達がいるとは考えづらい。彼には彼なりの苦労があったのだろう。エルドも同じだ。
「ああ、そうだな。あの時の俺は冷静じゃなかった。ありがとう、リュイ」
あいつに放った言葉は、すべて醜い嫉妬だ。能力がないのなら、能力がないなりの生き方をすればいい。とびっきり卑怯で姑息な生き方をな。
リュイの言葉を聞き、俺の考えも纏まった。これでゲームに専念できるというものだ。
まだまだ謎は多いが、やるべきことは分かっている。焦らずじっくり攻略するさ。
俺は武器防具屋で、機械技師の武器を購入する。
今より少しグレードアップした鋼鉄スパナ。俺はあまり接近戦を行うつもりはないので、高い物は買わなかった。もっとも、スパナ系の武器は選ぶほど多くはないのだが。
防具の方は結構いいものを買う。見た目もかっこいいレザーベスト。機械技師の雰囲気ともあっていて、これが……
「これがベストだ」
「レンジさん……」
アイ、悪かった。悪かったからそんな憐みの目を向けないでくれ。
「なるほど、防具のベストと、完璧のベストとかけたんですか。うまいですね」
リュイ、天然なのか? 真面目な顔で解説しないでくれ、恥ずかしいだろうが……
少し微妙な空気になりつつ、俺たちは買い物を終える。ここからは再び地獄の砂漠だ。水も回復薬もしっかり買ったので、不自由はないだろう。
間違っても、ゲームオーバーだけは避けなくてはならない。ヌンデルさんが言うには、何だかヤバいことになるらしい。それこそ、カエンさんのように記憶を失うことも考えられる。
まあ、しっかり備えれば大丈夫だろう。俺たちは、結構強いのだから。




