46 ここが始まり
ヴィオラさんと合流した俺たちは、先ほどの一件について説明する。彼女は信じられないといった様子だったが、事実なので仕方がない。こればかりは信じてもらうしかなかった。
むしろ、これを受け入れられないのなら、この場にいてほしくはない。これから話すことは、もっと信じられない事なのだから。
「まず、謝ります。色々とすいませんでした。お察しの通り、プレイヤーキラーに狙われたのは僕の責任です。完全に巻き込みました」
エンダイブの街、人通りの少ない街の隅。砂漠の木々の下で俺は全て話す決意をする。
俺がこのゲームをプレイする理由。伝説のプレイヤー、エルドとの関係。そして、なぜ謎の組織に狙われているか。自分が知る限りは全て話すつもりだ。例え、このギルドを後にする事になってもな……
「最初はエルドの正体から話します。彼の名前は御剣金治。僕のリア友という奴です。ちなみに、エルドという名前は黄金郷のエルドラドから取っています」
そうだ、エルドは俺の友人。中学からの友達で仲は非常に良かった。親友と呼べるやつは俺の人生であいつだけかもな。こいつが全ての元凶と言っていいだろう。
「僕がゲームを始める数日前、金治からメールが届いたんです。真実を見つけた。【ディープガルド】で待つと……」
「なにそれ、リア友なら直接会って聞けばいいじゃない」
ヴィオラさんはそう言うが出来るはずがない。これが出来るなら、そもそもこんな大事になってないだろう。彼からメールが届いたという事実が一番の問題だった。
「無理ですよ。それが、金治が死んで三日後の出来事だったんですから……」
メンバー全員の表情が凍る。どんな顔をされようが事実なので仕方がない。
ヴィオラさんはポンと両手を合わせて言う。
「はい、じゃあ……蝋燭の火を一つ消しましょうか」
「怪談じゃありません!」
俺はむっと口を曲げ、彼女を睨む。
「信じないなら帰りますよ。こっちはガチで話してるんですから」
「ご……ごめんなさい……」
なにも、幽霊が現れたとは言ってない。本当に事実を話したまでにすぎない。
「僕だって、金治がエルドとして蘇ったなんて思っていません。誰かのなりすましとか、コンピューターウィルスのような物だとも考えてます。それにしても、この世界に入って直接調べるしかなかったんですよ……」
俺の言葉に対し、リュイは口に手を当てて真剣に考える。やがて、彼は俺に対し一つの質問を投げた。
「金治さんの使っていたヘッドギアはどうしました? 本人が死んでもデータは残っていると思いますが……」
「データなら俺が消したよ。そもそも、今使ってるヘッドギアが金治の使っていたものだ。あいつのお母さんから貰い受けたんだよ」
そう、このヘッドギアは御剣さんから貰い受けたもの。こんな高価な物を譲ってくれたのは、俺が金治のただ一人の友人だったからだ。
ぼっちで引き籠りのあいつと仲が良かったのは学校中で俺一人。まあ、俺もぼっちに近かったけどな。
事の概要を聞いたヴィオラさんは再び声を張る。
「待ってよ! つい先日も、エルドの巨獣討伐は行われているのよ。消したデータが残ってるって事!?」
「その話が本当なら、そうなりますね。僕が情緒不安定だった理由が分かったでしょう? 入って二日間ぐらいは、この世界にいること自体ビクビクしてました。アイとヴィオラさんは、色々合点がいったんじゃないですか?」
そうだ、最初のビビりプレイは単にモンスターが怖かったわけじゃない。わけの分からないオカルト的な力で、この身に何かが起きる可能性を危惧していたのだ。
彼女の話しを聞く限り、本当にエルドは存在しているらしい。しかも、現在でも活動を続けているというおまけつき。正直、全く笑えないな……
俺は一番重要な部分を暈して、全ての説明を終える。初めは全て話すつもりだったが、急に怖くなってしまった。
もう、これ以上は話したくない。これ以上話すとなると、俺の精神的な問題にまで作用してしまう。これで良いんだ。自分を守るためなら、多少の誤魔化しは……
「納得いきません。今の話にレンジさんの落ち度なんて、何一つないじゃないですか。何をビクビク怯えながら、その詳細を調べる必要があるんですか」
突然、アイが痛い部分を突いて来る。彼女の真っ直ぐな瞳を前に、俺は完全に固まってしまった。
「レンジさん、前にけじめと言いましたよね。それと、関係しているんですか?」
こいつ、そんなことまで覚えていたのか。彼女の前には誤魔化しなんて通用しない。まさに、全てお見通しといった様子だ。
俺は息を大きく吸い込み、再び覚悟を決める。もう、このギルドに居られないかもしれない。それでも、話すしかなかった。これ以上の足掻きは全くの無駄なのだから……
「俺が金治を殺した」
驚くメンバー、まあそうだよな。
「正確には自殺に追い込んだんだ。あいつが死ぬ前日、俺たちは喧嘩した。頭が真っ白になって、とにかく罵ったんだ。何を言ったのかは覚えていないが、多分相当酷いことを言ったと思う」
砂漠でヌンデルさんに暴言吐いたように、俺は怒ると頭が真っ白になってしまう。これが原因で何度か問題を起こしている。はっきり言って、最悪な性格と言えるだろう。
だから、常に捻くれた態度を取り、冷静でいるように心がけている。ハクシャ戦のように熱くなってしまうと本当にまずい。常に冷めてなくてはならないのだ。
俺は黙って聞いているメンバーに話しを続ける。
「高校生になって、金治と俺は別の高校に入った。あいつは俺より頭が良くて、スポーツも万能で、入った高校は当然トップクラスだ。でも、あいつはそれを棒に振った。新学期からいきなり不登校になって、自宅でゲーム三昧の日々さ……」
拳を握りしめ、俺はさらに話しを続けた。
「許せなかった。俺が嫉妬するようなもの全て持ってるくせに、それを簡単に捨てたのが許せなかったんだよ……」
あいつは、俺のいない高校生活はつまらないと言った。何を甘い事を言っているんだ。辛くても、苦しくても、学校に行くのは常識だろうが。それがルールなんだ。模範解答なんだ。俺には、あいつの事が全く理解できない……
「話しは以上です。エルドは僕を憎み、からかうことを遊びとしている。だから、周りの仲間を狙っているんだ。これ以上、貴方たちを巻き込むわけにはいきません。今まで、ありがとうございました……」
俺はギルドメンバーに背を向け、その場を離れようとする。正直、心残りはありまくりだ。ギルドから出たくないからこそ、何も話さずここまで誤魔化し続けてきた。
でも、それもこれで終わりだ。エルドが何者かも分からず、敵組織の概要も不明。そして、実際に奴らは俺たちに対する攻撃を開始している。一緒にいる事など出来るはずがなかった。
さて、これからどうしようか。右も左も分からないな……そう思った瞬間だ。突如、背後から俺の頭にゴンッ! と何らかの鈍器が叩きつけられる。
「痛ってー! 何するんだ!」
「この……バカレンジが!」
ルージュの打ち付けたメイスか。これは相当痛いぞ畜生……俺は振り返り、彼女の顔を見る。そこには目じりを吊り上げ、本気で怒っている少女がいた。
「……ボクたちを舐めるな! 悪人ならボクが倒すと、ヌンデルにも言ったはずだ!」
「はあ!? カエンさんを見ただろ! 記憶に影響を及ぼすかもしれないんだぞ!」
「ふん、そんなこと承知に決まってる! それを知った上で、ボクたちを舐めるなと言ったんだ!」
俺はルージュ以外のメンバーに視線を向ける。ヴィオラさんはよく分からないが、リュイもアイも真剣な眼差しで俺を見つめていた。これは、二人とも簡単に逃がしてくれない雰囲気だな。
緊迫する空気の中、惚けた顔でヴィオラさんが手を上げる。この人は空気を読まずに何なのか……
「あの……盛り上がってるとこ悪いけど、本当にエルドは貴方を憎んでいるのかしら? このゲーム、生半可な気持ちで上位に付けるほど甘くないし。そんなに簡単に自殺する奴が、総合ランキング一位になれると思えないんだけど」
……え? この人は何を言っているんだ。いや、確かに理屈は通っているが、そんな根本的な部分を指摘されると流石に困るぞ……
「確かにそうですね。エルドさんの強さは精神力の強さだと聞いています。少し罵られた程度で自殺するような人が、あのギンガさんやディバインさんより上の位置に付けるとは思えません」
「……師匠より凄い奴が、貴様程度の言葉に屈するはずがない!」
リュイとルージュから放たれる怒涛の正論。
た……確かにそうだな。そもそも、友人との喧嘩程度で自殺するという発想自体、相当無茶があったのでは? 考えれば考えるほど、ボロが出てくるぞ。俺は親友の死で、ナイーブになっていたのだろうか……
「俺はずっと、自分がエルドを殺したと思っていた。一人で悩んで、一人で泣いて、ずっと一人で戦っていたつもりだ……」
涙腺が自然と緩む。ただの勘違いのはずがない。俺はあいつを殺したんだ!
「それが、ただの勘違いだっていうのかよ!」
「はい、ただの勘違いです!」
はっきりと、アイはそう言った。瞬間、ずっと胸の中にあった重荷がすっと抜けていく。
俺は特に意味もなく、額に付けたゴーグルを目に下ろす。そして空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。
この解放された気分は何なんだろうか。まだ、金治が死んだ真相は分からない。しかし、心はだいぶ穏やかになったのは感じる。ようやく、前に進めそうな気分だ。
「事実は分かりません。ですが、それは現実世界で解決する問題です。金治さんのお母さんに話しましょう! 怖いのは分かります。でも、進まなければずっと辛いだけですよ!」
アイの言うとおり、進まなければ俺自身が辛い。まだまだ、覚悟しなきゃならないんだな。
上等だ。俺の潔白を証明して、この世界に存在するエルド自身に問い詰めてやる。ここが始まりだった。
その為にはもっと強くならなくてはならないし、ギルドという組織も必要だ。あーあ、絶対こいつらを巻き込んでしまうな。だが、それはどうでも良いか。今はただ、清々しい気分だからな。
「残りの時間は体を動かしたい。レベリングに付き合ってくれないか?」
「当然ですよ! みんなで一緒に行きましょう!」
アイに続き、他のメンバーも頷く。出会って数日なのに、どうしてここまで親身になってくれるのか。ようやく、俺はこいつらを仲間と呼べそうだ。
エンダイブの街を歩き、サンビーム砂漠へと向かう。いつもと同じギルド活動。もう戻れないと思ったが、意外とすぐに取り戻してしまった。
サンビーム砂漠でモンスターと戦い続け、レベルが二つ上がり15となる。新しいスキル、【アイテム攻撃力up】を手に入れたが、こいつを鍛えるつもりはない。
もう決めたんだ。俺が鍛えるのは【状態異常耐性up】と【防御力up】。最初のランダムセレクトで手に入れたスキルに、答えはあった。
俺はこのギルドの盾になろう。ランダムで選ばれたスキルだが、俺はこの二つに運命を感じている。全ては大きな戦いへの伏線だ。
レべリングを終え、砂漠は再び薄暗くなっていく。本当に長い休日だったな。やはり体感時間の操作は物凄い発明だな。
明日はヴィオラさん以外のメンバーで、砂漠のダンジョンを攻略する。【イエロラ大陸】に存在するダンジョンは三つ、すべて遺跡だ。
どこに向かうかは明日決める事となり、俺たちはログアウトする。明日の集合時間は朝の10時。時間を遅らせたのには理由があった。
俺は明日、金治のお母さんに喧嘩をしたことを話す。これが、俺の第一歩だった。




