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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
六日目 行商の街エンダイブ
46/208

45 異世界転生

 俺はリュイとルージュに支援を任せ、バルメリオさんと共に召喚術士サモナー本体を狙う。

 出来れば、年下二人には前線に出てほしくない所。彼らは俺と同じで、レベルがまだまだ低い。下手に戦わせて、ゲームオーバーにさせたくなかった。

 勿論、バルメリオさんもゲームオーバーにさせる気はない。俺は彼にある提案を出す。


「僕が単身で突っ込みます。敵はこっちを攻撃できないので心配はいりません」

「はあ? 今のカエンが報酬の事なんて気にするはずがないだろ」


 まあ、当然そう思うだろう。暴走状態のカエンさんが、今さら報酬を気に掛けるはずがない。普通なら、俺ごと焼き払うのが上等だ。

 しかし、こっちにも考えがある。重要なのはカエンさんの目的ではなく、彼を操作する何者かの目的だ。


「カエンさんに依頼を出した人と、【覚醒】を渡した人は同一人物です。だから、【覚醒】持ちは僕をゲームオーバーにしません」


 俺を生かして仲間だけ襲う依頼。こんな趣味の悪い『遊び』を考え付く奴なんて、エルド以外にありえない。

 加えて、ヌンデルさんの組織は【覚醒】を広める計画を進めている。直接突っかかったところ、彼は「エルドはお前に会いたがっている」と言った。こちらも、エルドの『遊び』である可能性が高い。

 そうだ、これで両方は一致する。全てエルドの『遊び』なのだ。胸糞悪い……


「敵組織の目的は、俺を泳がせて楽しむ事なんです。エルドはそういう奴なんですよ」


 思えば、バルディさんの操作するスプリも、結局俺をゲームオーバーにしていない。あのまま戦闘を続ければ、彼女は手を止めていたはずだ。くそっ、それが分かっていれば、違う未来になっていたかもな……

 なら、その後悔を形にしよう。スプリと心通わせ、通じ合う未来。あの時は出来なかったが、今の俺なら出来る!


「リュイとルージュはサポートを頼む。では、行きますよバルメリオさん!」

「言われるまでもないな。スキル【パワーショット】!」


 俺が走り出したのと同時に、バルメリオさんは敵にスキルを放つ。カエンさんを守る精霊は、アイと戦闘を行っている。今の彼は完全に無防備だった。

 通常より威力の高い弾丸を放つ【パワーショット】。シンプルだがそこそこ強く、カエンさんのライフを大きく削る。

 彼はグレネードによるダメージも受けている。あと少しで、瀕死の状態まで持っていけるはずだ。俺はさらに間合いを詰め、大きくスパナを振りかぶった。


「スキル【解体テイキング】!」

「ちっ……甘えんだよ!」


 しかし、カエンさんの杖が俺のスキルを止める。くそっ、完全に油断していた。例え召喚術士サモナーでも、今の彼は【覚醒】によってパワーアップしているんだ。レベル差を考慮すると、近距離戦でも勝てるか怪しい。

 カエンさんはスパナを受けつつ、何かを唱えだす。これは詠唱か。精霊を操りながら、自身で魔法を使う気だろう。そんな手、考えてなかったぞ畜生……


「半殺しにしてやるよ! スキル【炎魔法】ファイア!」

「ダメ……! スキル【水魔法】ウォータ!」


 が、ここでルージュのサポートが入る。彼女は炎属性の弱点である水魔法で、即座に火炎を鎮火した。ナイスサポート、何気にこの子フォローが上手いぞ。

 驚くカエンさんに、さらに後衛からの攻撃が放たれる。


「スキル【フレイムショット】」

「スキル【浮雲うきぐも】!」


 バルメリオさんの火炎弾に、リュイの真空波。二人の遠距離攻撃が同時に放たれ、カエンさんを襲う。


「ぐがあああ……!」

 

 だいぶ削ったな。そろそろ頃合いだろう。

 俺は手製のハンドガンを撃ち、ちまちまとカエンさんを攻撃していく。レベルの差もあり、ダメージは無いに等しい。しかし、目眩ましには充分だ。

 ここで俺は、カエンさんにある提案を出す。


「精霊に指示を出しながら戦うのは辛いでしょう。【自動使役】のスキルを使ったらどうですか?」

「レンジさん! 敵にアドバイスしてどうするんですか!」


 その提案に対し、リュイが即座に叫ぶ。まあ普通なら、頭のおかしい行動をしていると思うだろう。

 ヌンデルさんも使った【自動使役】。NPCを自由に行動させるスキルで、この場面で使うのは正解だ。完全に敵に対するアドバイスと言える。

 だが、これで良い。これが、俺にとっての最善だ。


「はっ、なるほどな……イフリート【自動使役】だ。好きに暴れろ!」


 追いつめられたバルメリオさんは、疑うことなく【自動使役】のスキルを発動させる。その効果により、イフリートは自らの意思で動きだした。

 彼はアイとの戦闘を放棄し、こちらに向かって突っ込んでくる。これで、彼女が精霊を引き付けるという作戦が台無しになってしまった。

 誰もが、俺の行動で不利になったと思っただろう。俺と、ある一人を除いて……


「なぜだ……なぜだイフリートォ!」

『ぐる……!』


 こちらに向かってきたイフリートは、主人であるカエンさんに掴みかかる。

 本来、召喚されたNPCは主人に絶対服従だ。しかし、【自動使役】によって束縛が解けたことにより、イフリートは自由の身となった。彼の目的はただ一つ、主人を本当の意味で救うことだ。


「【奇跡】が起きたんですよ。彼が泣いてるの、気付かなかったんですか?」

「……なっ」


 俺は気づいた。【奇跡】のスキルは魂を感知するスキル。死者以外でもNPCなら対象内だ。

 もっとも、これは精霊の感情を読み取るスキルではない。ただ何となく、魂が泣いていると思った。そんな曖昧なものだった。


「イフリート……ぐ……がっ……!」


 精霊の顔を見たカエンさんは、急に頭を抱えて苦しみだす。彼はイフリートに捕まれているので、暴れる事はできない。今は様子を見るのが得策だろう。俺たちはしばらくの間、その場に制止する。

 緊張した空気が周囲を包む。やがて、カエンさんは動きを止め、フッと笑みを零す。そして、バルメリオさんに向かって、意味深な笑顔を浮かべた。


「バルメリオ……すまねえ、あとは任せた!」

「カエン……!」


 瞬間だった。突如、一筋の刃がカエンさんに向かって放たれる。銀色の投げナイフ。あまりの速さで、何が起こったのか全く分からなかった。

 ナイフは彼の胸部に命中し、残りわずかなHPを全て削る。この時、ようやく俺は何が起きたのかを理解した。


「そんな……」


 止めたと思った。これで、カエンさんは元の状態になると確信していた。それが、この結末だ……

 彼はゲームオーバーとなり、その場から消えていく。また、主人と同じようにイフリートも消滅する。最後に精霊は、俺に向かって小さく頭を下げた。

 大丈夫だ。ゲームオーバーとなって、一時的に消えただけ。なにも、今生の別れではないと、俺は信じている。


「おーっと、中間管理職のご登場だ」


 ヌンデルさんの声を聞き、俺たちは彼の視線を追う。

 夜の砂漠に佇む、赤いマフラーの女性。フードを被っており、顔はよく見えない。しかし、赤い右目と青い左目は、闇夜でもよく目立っていた。

 ナイフを使う事から、ジョブは盗賊(シーフ)だろう。彼女はヌンデルさん元へと歩き、彼を叱りつける。


「ヌンデル……随分と好き勝手やってくれたものだな」

「心外だなミース。お前の邪魔がなければ、順調に潜入捜査が進んでいたんだがな」

「ふん、まあいい。どの道、闇で動くのにも限界を感じていたところだ。それに、個人的な収穫もあったことだしな……」


 女性は鋭い眼光で、バルメリオさんを見下す。


「なあ、バルメリオ……」

「あね……き……?」


 姉貴? この人、バルメリオさんのお姉さんか。じゃあ何で、彼の友人を傷つけるような真似をしたんだ。

 いや、それ以前に、彼女はヌンデルさんと同じ組織のメンバー。また、複雑なことになってきたぞ……


「どうしたバルメリオ? 顔色が悪いぞ。まるで亡霊にでも会ったかのような顔だ」

「亡霊だと……ふざけた事を言うな! 何でお前がここに居るんだ!」


 姉の挑発に、弟は声を荒げる。確かに、彼の顔色は優れない。不安定で、今にも倒れそうだ。

 それに亡霊だと? 心当たりがあるのが、非常に悲しいところだ……

 女性は流し目をしつつ、フードを脱ぐ。長髪だが、どこかボーイッシュな彼女の顔が、はっきりと見える。


「戻ってきたのさ。異世界転生だ」

「笑えない冗談だ……」


 異世界に転生か……異世界とは、この【ディープガルド】のことで間違いない。では、転生とは一体どういう意味なのだろうか。

 マフラーをたなびかせ、女性は挑発を続ける。


「そうだ、お前の親友だったカエンという奴。会ってみろ、面白い事になっているぞ」


 面白い事だと……こいつ、カエンさんに何をしたんだ!

 度重なる挑発に対し、ついにバルメリオさんの我慢が限界となる。彼は銃を構え、自らの姉に向けて発砲していった。本気で、彼女と戦うつもりだ。


「……てっめえええええ!」

「お前には! 俺様たちの舞台は早いだろうが!」


 だが、その弾丸は全て、ヌンデルさんのムチによって振り払われる。彼もアイと同じ、弾丸を見極めるほどの技量を持っているようだ。

 銃弾が防がれたことにより、マフラーの女性は臨戦態勢を解く。彼女の右手には一本のナイフが握られていた。


「ヌンデル……余計な事を」

「姉弟喧嘩を見るのは心苦しいんでな」


 ここで攻撃が止まらなければ、間違いなく戦闘になっていただろう。そして、十中八九バルメリオさんは勝てない。ヌンデルさんは、彼を救ったのか? まあ、ただの気まぐれかもしれないが……

 マフラーの女性は俺たちに背を向ける。どうやら、今日は見逃してくれるらしい。


「私は現場の指揮を任されているイデンマだ。精々、強くなる事だな。英雄様のお気に入りと、その仲間たち……」

「ミスター! 次からは本当の敵同士だ。覚悟しておくんだなァ!」


 彼女に続き、ヌンデルさんもモンスターを引き連れ、その場から歩き出す。流石のバルメリオさんも、力の差が分かったらしい。二人を追う気など、まったく感じられなかった。

 今、彼は他にやるべき事がある。サングラスの男は焦った表情を浮かべ、エンダイブの街へと走り出した。

 ゲームオーバーになったカエンさんは、最後に入った街に飛ばされる。彼の安否が気がかりだった。













 太陽が顔をだし、朝日が差し掛かるころ。俺たちはカエンさんの後を追って、エンダイブの宿に辿り着く。

 そこに居たのは、サングラスの銃士ガンナーと赤いローブの召喚術士サモナー。どうやら、カエンさんは無事だったらしい。

 バルメリオさんは安どの表情を浮かべると、宿から出てくる彼を呼び止める。


「カエン、無事だったか!」


 救われたような。希望を手にしたような。そんな様子で男は声を上げた。俺も、カエンさんが無事だったことに胸をなでおろす。これで、ひとまず問題は解決だな。

 しかし、そんな俺の思考は容易く打ち砕かられる。カエンさんはキョトンとした表情を浮かべると、何かを考える。やがて、彼はバルメリオさんに、冷酷な言葉を放った。


「えっと、誰だてめえ?」

「……は?」


 おいおい、この人は何を言っているんだ……バルメリオさんは、仲間だっただろ。その顔を忘れるはずがない。

 だが、カエンさんは真剣だ。彼は呆然とするバルメリオさんに、さらに追い打ちをかける。


「誰だか知らねえが、俺はゲームオーバーの穴埋めで忙しいんだ。邪魔するんじゃねえよ」


 男はそう言うと、俺たちを無視して街の外へと向かっていく。

 バルディさんと同じ記憶の消失。これが、イデンマさんの言っていた『面白い事』か……本当に趣味が悪い。反吐が出るよ。

 バルメリオさんはしゅんと俯くと、眩い朝日の向こうへと歩き出す。今、サングラスの下がどうなっているのか。それは、彼にしか分からない。

 一人寂しくどこかへ消える銃士ガンナー。そんな彼を、俺たちは呼び止めることが出来なかった。

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