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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
六日目 行商の街エンダイブ
45/208

44 デスゲームはお好きですか?

 冷酷な表情を浮かべるヌンデルさんに、怒りの形相を浮かべるカエンさん。二人の敵を前に、俺たちはただ混乱するばかりだった。

 誰一人として、今の状況を理解していない。恐らく、俺以外の奴らは心当たりすらないだろう。

 リュイはヌンデルさんに向かって、日本刀の刃を向ける。戦っても勝てるはずがない。しかし、臨戦態勢を取らなければ、一方的にやられるだけだった。


「ぜ……全然意味が分かりませんよ! 貴方は何者なんですか! 何が目的なんですか!」

「言っただろ、秘密組織の任務だって……調査のために仲良くしてたが、こうなっちまったら仕方ねえ。何だかんだで楽しかったぜ。ありがとな」


 ヌンデルさんの言う秘密組織。この【ディープガルド】を乱す不穏な影とは、恐らくこいつらのことだ。話しを整理するうちに、少しづつ歯車が噛み合っていく。

 カエンさんは俺以外の抹殺を依頼されている。その依頼主と【覚醒】を渡した者が同一人物なら、全ての辻褄が合う。仕事の依頼を受けたのと同時に、彼に何かが起きたのだ。

 ヌンデルさんはジョージとリンゴを戦線から下がらせる。どうやら、戦闘を続ける気はないようだ。


「【覚醒】持ちの暴走は、俺の同志が仕向けたことだ。仲間の計画を邪魔するわけにはいかねえ。ほんと、悪ィな……」


 幸いなのは、カエンさんの暴走をヌンデルさんが仕組んでいない事。だからこそ、彼は戦いに出ることなく、高みの見物を決めている。この男の任務はあくまでも調査なのだ。

 敵はカエンさん一人、これなら何とかなるか……いや、【覚醒】を持ったバルディさんは、何十人ものプレイヤー相手に無双している。とても勝ち目はないぞ。

 その事を知らないバルメリオさんは、豹変した仲間に罵倒を続けた。


「カエン! 何ふざけたこと言ってるんだ! 【覚醒】だか何だか知らないが、素直に退け!」

「退けねえな……これは、革命だ! イフリート、【炎魔法】ファイアリス!」


 仲間に対する攻撃命令に、イフリートは戸惑いの表情を見せる。しかし、主人の命令は絶対。召喚されたNPCが、プレイヤーに逆らう事は出来なかった。

 精霊は右手に炎のエネルギーを溜め、サングラスの男に狙いを定める。しかし、バルメリオさんは動揺していたこともあり、回避行動に移ることが出来なかった。

 俺はとっさに、バッグからレザーグローブと鉄くずを取り出す。そして、その二つにスパナを叩きこみ、スキルを発動させた。


「スキル【発明】。アイテム、マジックハンド」


 俺が作ったのは伸縮自在の義手だ。標的まで伸び、掴み取る効果を持っている。

 今の標的はバルメリオさん。彼を掴み、炎が命中する直前の所でこちらに引っ張りこむ。間一髪、何とか救出に成功した。

 恩を着せられたことが気に入らないのか、男は俺の胸ぐらをつかむ。


「お前! 何で助けた!」

「ヌンデルさんが敵になって、こっちの戦力が足りないんですよ。協力してくれますよね?」

「ふ……ふざけるな!」


 別に善意で助けたわけではない。ただ、敵の思い通りになるのが嫌だった。それだけだ。

 俺は一人で騒ぐバルメリオさんを無視し、その手を振り払う。はっきり言って、彼は眼中にない。俺の意識が向かっているのは、ヌンデルさんただ一人だ。


「ハーハッハッ! 俺が渡したアイテム、まさか敵を助けるために使うとはな!」

「敵? 何か勘違いしていませんか? 対立関係なんて、時々の立場によって変わるもの。今、その立場が変わろうとしている時に、過去のしがらみに囚われてどうするんですか」


 笑う彼を俺は冷たくあしらう。冷静を装っているつもりだが、腸は煮えくり返っていた。

 あいつの後ろには絶対に奴がいる。俺がこのゲームを始めた原因である奴。最強のプレイヤー、エルド……


「僕の敵はバルメリオさんでも、カエンさんでもありません。貴方ですよヌンデルさん。どうせ、エルドの差し金なんでしょう。本当に趣味が悪い……ヘドが出る……」

「エルドはお前に会いたがっていたぞ」


 その言葉を聞いた瞬間。俺の中で何かが切れた。


「だったら……だったら直接会いに来いよ糞虫が! 俺の仲間を狙いやがって! これが嫌がらせじゃなかったら何だ! てめえのためにわざわざ、本名晒して来てやったんだろうが!」

「レンジさん!」


 我を忘れて暴言を吐く俺に、後ろから誰かが抱きつく。ギルドメンバーのアイ。彼女は熱くなった俺を必死になだめた。


「いつも、ひねくれてて……冷めてる貴方が、声を荒げてどうするんですか……! みんなを不安にさせます……!」


 みんなか……

 冷静さを取り戻した俺は、周囲で何が起きているかを確認する。俺の頭が真っ白になっている間にも、イフリートの攻撃は続いていた。

 【覚醒】の効果により、カエンさんはある組織の思惑通りに動いている様子。その抹殺対象は俺を除いたメンバーだった。


「リュイ……ルージュ……」


 年下二人はイフリートの【火を吹く】から必死に逃れている。俺のせいで、みんなが迷惑してるな……

 この状態でも二人がゲームオーバーになっていないのは、バルメリオさんが敵を牽制しているからだ。これが、彼なりの恩返しということだろう。

 やっぱり、この人はいい人だな。俺の感、さえてるじゃないか……


「おい、ガキども! 大丈夫か!」

「平気ですよ……どうせ、殺されたところでゲームオーバーになるだけです。これはゲームなんですから、真剣になるだけ損ですよ」


 バルメリオさんに対し、リュイはひねくれた言葉を返す。そうだ、こいつの言う通り、なにも命を賭けているわけじゃない。別にゲームオーバーになっても構わないんだ。

 しかし、その思考は甘かった。砂の上でくつろぐヌンデルさんが、ケットシーを撫でつつ言う。


「おっと、一つ良いこと教えてやるよ。ゲームオーバーになるのは、あまりお勧め出来ねえなァ」

「ど……どういう事だ!」

「組織の目的の一つに、プレイヤーをゲームオーバーにするってのがあるんだよ。同志はそれを『印を刻む』って呼んでたな。俺は知らねーけど」


 ルージュの疑問をに対し、彼は律儀に答えていく。


「別に死にたきゃ死んで良いぜ。何が起こるか分からねーけどな」

「何だよそれ……デスゲームもどきかよ!」


 無責任な事を言うヌンデルさんに、文句を放つバルメリオさん。言葉の真偽は分からないし、命にかかわる事でもない。しかし、これで負けられなくなったぞ。

 カエンさんは怒りに身を任せ、イフリートに攻撃命令を出す。魔法を使う気配はない。そろそろ、MPに限界が近づいているのだろうか。何にしても、これは攻め入るチャンスだった。

 アイは大針を握りしめ、精霊の拳に強力な突きを放つ。互いに攻撃がぶつかりあい、弾きあう。流石の彼女でも、この強敵を前に手いっぱいだった。


「レンジさん、色々思うことはあるでしょう。ですが、今は戦うことを考えましょう。大丈夫です! 私がついていますから!」


 こんなにも可憐な少女が戦っている。男の俺が腐っていてどうするんだよ……

 前向きに考えるんだ。敵は俺に手を出せない。なおかつ長時間の戦闘によりMPも限界。たとえ、チート級のスキルを持っていようとも、戦略と戦力差で充分に勝機はある。

 まずは、リュイとルージュに謝ろう。今までずっと、大切なことを黙っていたのだから。


「リュイ、ルージュ! 悪い、敵の目的は俺だ。何があったかは必ず話す。だから、強力してくれ!」

「愚問だバカレンジ……!」

「後で嫌と言うほど、問い詰めてやりますから。覚悟してくださいね!」


 武器を構えながら、当たり前のように俺を許す二人。こいつら、生意気だけど良い奴すぎるだろ畜生……絶対にこの二人をゲームオーバーにはさせない。たとえ、俺自身が盾になろうともな。

 俺がそう覚悟すると、バルメリオさんが灼熱から逃れつつ叫ぶ。


「熱っち! 良い話しのとこ悪いが、状況は何も変わってないんだがな!」


 彼は銃を連射し、何とか敵の動きを止めている。俺がうだうだ考えている間、ずっと戦ってたんですね。すいませんでした!

 ここからは俺のターンだ。とびっきり卑怯で姑息な小細工で、カエンさんを生け捕りにしてやる。


「何も、真面に精霊とやりあう必要はないんだ。召喚術士サモナーの弱点は、自身のステータスが低いこと。狙うのはカエンさん自身だ」

「なるほど……数を生かして本体を狙っていけば勝機はあると……」


 俺の提案に納得するリュイ。しかし、この方法には一つ難点がある。どうやら、バルメリオさんはその難点に気づいたようだ。


「俺以外は一撃食らったら終わりなんだ。守る以外に何ができる」


 そうだ、リュイとルージュは逃げるので手一杯。そして、バルメリオさんも二人を守るのに必死だ。これでは全く攻めに出れない。いつかバルメリオさんに限界が来て終わりだろう。

 状況を打開するためには、イフリートの動きを止める事。しかし、それが出来れば苦労はしない。バルメリオさんが牽制し、後ろでリュイとルージュが回復薬を使う。この状況でようやく食い止めている敵を停止できるはずがなかった。

 だが、その不可能を可能にする少女が一人いた。


「それなら、私に任せてください!」


 アイは単身でイフリートに突っ込むと、大針による攻撃を繰り出していく。レベル差もあり、全くダメージを与えていない。しかし、的確にクリティカルを狙っている事から、敵はのけぞって攻撃に移れなかった。

 状況の打開のため、カエンさんは仕方なく魔法の発動を命じる。


「イフリート! 【炎魔法】ファイアオール!」

「まずい全体攻撃だ! 全員退け!」


 俺たちはバルメリオさんの指示に従って、イフリートから距離を取る。しかし、前線に出ていたアイだけは退避が間に合わない。炎は容赦なく、彼女の身を覆っていった。


「……アイ!」

「スキル【マジカルクロス】。アイテム、大天使の聖衣」


 だが、アイは一切表情を変えないまま、耐久を上げるスキルで耐え抜く。【マジカルクロス】は消費する防具によって効力を上げる。大天使の聖衣……名前からしてかなり上位の装備だが、どこで手に入れたんだ? 序盤では入手不可能じゃないのかよ。

 いや、あいつはオーピメントのカジノでぼろ儲けしている。なるほど、その時に購入したんだな。抜け目のない奴だ。

 アイは邪悪にほほ笑むと、イフリートにさらなる連撃を加えていく。こうなったら、もう彼女を止めることは出来なかった。


「ああ、素晴らしいです……命運を握られてる……絶対に負けられない……何て心地よい感覚なんでしょう!」

「アイ……?」


 アイはまるで歌うように、踊るように戦闘を続ける。完璧なクリティカル攻撃に、完璧なジャストガード。異常とも言える優れた戦闘技術をいかんなく発揮していった。

 一撃でも攻撃を受けたら全てが終わる。彼女はその状況をむしろ楽しんでいた。まさに、狂気の沙汰だ。


「全てを懸けた極限の戦い。それを味わうことによって、生きていると実感できる! ただひたすらに戦って戦って戦い抜く! 本当に素晴らしい人生の境地! そう思いませんか?」

「思うか!」

「むう、それは残念です」


 バルメリオさんの突っ込みに、アイは口を曲げる。やばいな、これは完全にトリップしてるぞ……

 だが、この場面ではむしろ好都合か。この状態の彼女はまさに最強。本当に味方で良かったとつくづく思うよ。

 イフリートの動きはこれで封じられた。あとは、次の命令を放つ前にカエンさんを叩く。

 こちらはアイを差し引いても四人の戦力がいる。加えて、バルメリオさんは敵と同じレベルを持っていた。こうなれば、あとは野となれ山となれだ。

 俺はスパナを握り、大きく息を吸い込む。次の一手で決着がつく。さあ、行くぞ!

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