43 覚醒の火炎
俺たちはレベリングを行うために、再びサンビーム砂漠へと訪れる。
朝や昼とは違い、深夜の砂漠は極寒地帯だ。空気中に水蒸気が存在しないため、熱がすぐに冷めてしまう。そのため、ここまで気温が下がってしまうらしい。もっとも、この世界にそういった自然現象が適用されるとは思えないが。
ルージュはコカトリスのポールを抱いて、暖を取っている。それを見たアイは、ケットシーのリンゴに視線を向けた。だが、ケットシーはすぐに、ヌンデルさんの元へと逃げてしまう。まあ、当然だな。
彼女はガッカリした顔をすると、俺の方へと走り寄る。
「猫で思い出しました。レンジさん、これ私が作った猫耳バンドです。受け取ってください」
「ありがとう、良いのか?」
「良いに決まってますよ。最初から、作るつもりだったんですから!」
俺はアイから、手作りの猫耳バンドを受け取った。これは、お店で買ったものより性能が良さそうだな。
すぐに古いバンドを取り外し、新しいバンドを装備する。うん、いい感じにしっくりくるぞ。最近はこのアクセサリーがないと寂しいぐらいだ。
俺が装備したことを確認すると、アイは嬉しそうに微笑む。何だよ、可愛いじゃないか。俺もだいぶ、こいつに心を開いてきたってことかな……
「へっ、焼けるじゃねえか。だが、俺の怒りの炎に比べたら、月とすっぽんだ!」
『ぐる……』
俺とアイが良い雰囲気なっているとき、それに水を差すかのように男の声が響く。瞬間、肌寒かった砂漠の気温が急速に上昇していった。
月の光に照らされていた夜の砂漠は、灼熱の炎で赤く染まる。これは、精霊イフリートの体から発せられる炎だ。
「待ってたぜ。街を出るのをよ」
「カエンさん!」
赤い宝石をあしらったローブを着た男。隣には炎の精霊イフリートが腕を組んでいる。ついにここまで追いつかれてしまったか。
「ここで会ったが百年目! さあ、決着をつけようじゃねえか!」
「大声を出すな。カエン、モンスターに気づかれたら厄介だ」
黒いサングラスをかけたカウボーイハットの男、バルメリオさん。今回は二人を同時に相手しなくちゃならないのか。厳しいな……
彼らと俺たちはレベル差が開きすぎてる。ここは、ヌンデルさんに頼るしかないな。彼は惚けた様子で、敵の二人を指さした。
「誰だこいつら、ギャグ要員か?」
「僕たちを狙ってるプレーヤーキラーです。怪しい人たちに雇われたようですね」
「怪しい人……ね……」
リュイから詳細を聞くと、ヌンデルさんはユニコーンのジョンに飛び乗る。そして、その上で寝転び、優雅に居眠りを始めた。
「ジョージ、リンゴ、相手してやれ。俺は寝てる」
「ええー……」
格下に対し、やる気が出ないのだろう。ヌンデルさんは戦闘に参加する気がない様子だ。
しかし、彼の指示を受けてフェンリルのジョージと、ケットシーのリンゴが前に出る。この二匹で何とかなるのだろうか。
「ふざけやがって、【自動使役】のスキルかよ……」
「ナメプだな」
見くびられたことに腹を立てている様子のカエンさん。彼はイフリートに、強力な炎魔法を命令する。
報酬ではなく、プライドで戦っているのだろう。今回は俺を巻き込む事もいとわず、攻撃を仕掛けてきた。
「イフリート、【炎魔法】ファイアリスオール!」
『ぐる……!』
『ニャー!』
しかし、瞬時にケットシーのリンゴが動く。彼女はステッキを一振りし、そこから大量の激流を放った。
水は炎を飲み込み、攻撃を無効化する。ルージュの【水魔法】より威力が高い。これは中級の【水魔法】だ。
「【水魔法】アクアリス。弱点を狙うとは、優秀な猫だな」
「くっそ……MP節約だ。イフリート、そのまま殴りかかれ!」
冷静に考察するバルメリオさんとは違い、カエンさんは焦りの表情を見せる。一度攻撃を防がれただけでこの調子とは、メンタルの弱さがこの人の欠点だな。
彼の指示を受け、イフリートはケットシーへと殴りかかる。しかし、それは悪手だった。中途半端な威力が災いし、リュイが攻め入る隙を作ってしまう。
「レベル差はあっても、通常攻撃なら防げます! スキル【虎一足】!」
『ぐが……!』
ケットシーを守るように拳を受け、それをカウンタースキルによって返す。刃はイフリートを切り裂き、一気に大ダメージを与えた。
焦って命令した結果がこれだ。バルメリオさんは呆れた様子で、カエンさんのサポートに入る。
彼は銃を構え、隙だらけになったリュイに狙いを定めた。
「ちい、スキル【ホーミングショット】」
『ワン!』
だが、今度はフェンリルのジョージが行動に出る。彼は強靭な爪で、バルメリオさんの弾丸を振り払った。流石はNPCのモンスター、ありえない動体視力をしているな。
俺たちはまだまだレベルが低く、スキルの一発が致命傷。すでにイフリートからの攻撃を受けていたリュイが弾丸を食らっていれば、そのままゲームオーバーだっただろう。
彼はジョージくんに向けて、丁寧にお礼を言った。
「あ……ありがとうございます……」
『クウン!』
フェンリルはクールにそっぽを向くと、今度は攻撃に出る。接近戦が苦手なバルメリオさんに近づき、【噛み付き】のスキルを繰り出した。
だが、彼は【バックステップ】によって攻撃を回避し、近距離からジョージくんを銃撃していく。ダメージを受け、追いつめられるフェンリル。しかし、ここで魔導師二人のサポートが入った。
「……スキル【風魔法】ウィンド!」
『ニャッニャー!』
ルージュのメイスから放たれる【風魔法】。それに合わせて、ケットシーも同じ【風魔法】を発動させた。
二つの風が合わさり、魔法は強力な突風へと形を変える。バルメリオさんはこの同時攻撃に成す術がなく、ノーガードのまま直撃を受けてしまう。
「ぐおお……!」
「イフリート、【炎を吐く】だ! バルメリオをサポートしろ!」
仲間が危機に陥ったことにより、カエンさんの焦りはさらに大きくなる。彼はイフリートに攻撃を命令し、魔導師二人を狙いに出た。
だが、後衛職を守るのが前衛職の務め。剣士のポジションに付くフェンリルが、イフリートの吐いた炎に体当たりを放った。
『ワーン!』
「【突進】で弾いただと!」
瞬間、炎は打ち払われ、周囲に四散する。これは、以前アイが教えてくれた技術。攻撃にスキルを打ち込んで弾き飛ばす高度な技だ。
やはり、ヌンデルさんはただ者ではない。【自動使役】でここまでの技術を使用できるのは、彼が上位の存在だからとしか思えなかった。
どうやら、バルメリオさんも実力差に気づいたようだ。彼はジョージとリンゴを無視し、弱いルージュに銃口を向ける。俺たちだけを葬って逃げる気か!
「スキル【ダブルショット】!」
「させません!」
しかし、ここでアイの戦闘技術が披露される。彼女はバルメリオさんの連射スキルを、涼しい顔でジャストガードしていく。あのスピードの弾丸を見切るとは、こいつも負けず劣らず化け物だな。
アイの動体視力はNPCレベルか……いや、狙いにくいジャストガードに加えて、二つの弾丸を防いでいる。これはジョージくんの動きを超えていると言っていい。
流石のバルメリオさんもこれには仰天だ。口をぽかんと開けて、完全に動きを止めてしまった。
「ありえねえ……弾丸をジャスガしやがった……」
「レンジさん今です!」
ようやく俺の出番だな。隙さえ作ってくれれば、レベル差に関係ない高威力アイテムを食らわせることが出来る。
俺は鉄くずと火薬を取り出し、それにスパナを打ち込む。作られたのは、毎度お馴染みのグレネード。前回は防がれたが、今はこちらのペースだ。精神的有利に立っていれば、事はうまく運ぶはず。
「スキル【発明】、アイテムグレネード!」
「させるかよ! イフリート、あんな爆炎食っちまえ!」
だが、ここでカエンさんの邪魔が入った。イフリートを盾に使い、こちらの爆弾を防ぐ手段に出る。
これは非常にまずい。ここで爆風を食われてしまったら、リュイの削ったダメージが台無しだ。誰か、あの精霊を弾き飛ばしてくれないものか。そう思った時だった。
俺の考えを読み取ったかのように、何者かがイフリートを殴り飛ばす。三角帽子の少女、彼女の勇気が攻撃のチャンスを作り出した。
「……スキル【薙ぎ払い】!」
「ルージュ! お前は最高だよ!」
魔導師が物理スキルを使うなどとは、誰も思わないだろう。完全に出し抜く事に成功したな。
俺はグレネードをカエンさんとバルメリオさんの間に投げ込む。瞬間、灼熱の炎が二人を包み、そのライフを一気に削っていった。
「ぐがあああ……!」
「行けます……この勝負、勝てますよ!」
叫び声をあげるカエンさん。そんな彼の様子を見て、リュイは勝利を確信する。
圧倒的だ。ぐだぐだになっているあちらとは違い、こちらは気持ちのいい連携が決まっている。さらに、優秀なジョージとリンゴがいることも大きい。これなら勝てるぞ。
爆炎が晴れ、煙の中から姿を現す二人。カエンさんは怒りの形相を浮かべ、バルメリオさんはやれやれといった表情だ。
「むかつくぜ……マジでムカつくぜお前ら……殺す……ぶっ殺す」
「おい、カエン落ち着け」
深くうつむき、ぶつぶつと言葉を零していくカエンさん。そんな彼をバルメリオさんが宥める。
だが、男の怒りは収まらなかった。怒りの矛先はバルメリオさんの方へと向かう。
「……るせえ」
「は……?」
「うるせえんだよ糞が! 俺に命令するんじゃねえよ!」
「カエン……?」
突如放たれた暴言に唖然とするバルメリオさん。何だか様子がおかしいぞ。あちらの空気が非常に悪い。
以前見たときは仲良しコンビという印象だった。しかし、今は全くそう感じられない。カエンさんが、一方的に突っぱねている状況だ。
俺は思わず後ずさりをする。おかしい……理屈はないが感覚的に分かる。そうだ、この感覚は……
「スキル……【覚醒】!」
彼がそう言葉を放った瞬間だった。
灼熱の炎がイフリートを包み込み、その火力をさらに上げていく。炎は大きく舞い上がり、周囲の気温を上昇させる。まるで日中の砂漠へと戻っていくようだ。
すでに、今が深夜ということも忘れるほど、火炎の光は砂漠を照らしている。なんという力だ……
「なっ……!」
「【覚醒】だと……?」
【覚醒】……以前、エルブの村でバルディさんが使っていたスキル。生産職でありながら、四体の【使役人形】で村のプレイヤーを無双したスキルだ。
おそらく、その力は全てのステータスを急上昇させるチート能力。ただし、人格が百八十度変わり、暴走状態に陥ってしまう。これが、俺の見解だ。
バルメリオさんを含め、この場の全員がその動きを止める。とても、このまま戦闘を再開できる状況ではなかった。
「バルメリオさん! あのスキルを何処で手に入れたんですか!」
「知るか……俺も初めて見たんだ」
バルメリオさんも、そのスキルの詳細を知らない。彼はカエンさんに向かって声を荒げた。
「おい、どういう事だカエン! そのスキルは何だ! 説明しろ!」
「する必要ねえよ……この場の全員消し炭にしてやる……」
彼の瞳には、宝石のマークが浮かび上がっている。マークの形は違うものの、やはりバルディさんと同じだ。
全員って、仲間であるバルメリオさんを含めてか? やはり、【ゴールドラッシュ】のディバインさんの言ったとおりだ。最近、【覚醒】のスキルを持った者が、急なPK行為に及んでいるらしい。
これはとても俺たちの手に及ぶ問題ではない。状況を打開できるのは、実力を持っているヌンデルさんだけだ。俺は縋るように、彼に助けを求めた。
「ヌンデルさん、助けてください! あのスキルは……」
「あー、悪ィ。そりゃ無理だわ」
ユニコーンから飛び降り、ヌンデルさんは冷徹な表情を浮かべる。その顔に、以前見た笑顔はなかった。
「そのスキル渡したの。俺らだからな」
彼の言葉と共に、背筋がぞっと凍りつく。初めてヌンデルさんと会った時、俺はこの感覚を味わっている。この嫌な感覚……それは紛れもなく悪のものだった。




