42 嵐の前の
昼食を取り少し休息を取った後、俺は再び【ディープガルド】にログインする。現実世界の時刻は午後2時。計算が正しければ、あちらの世界は理想の時間になっているはずだ。
俺は転送空間を抜け、【ディープガルド】の大地に降り立つ。眩い朝日に、爽やかな風。計算通りだった。
「ビンゴ、朝の8時だ」
嬉しかったので思わず声に出てしまう。現実世界での2時と8時。この二つの時間帯にログインすれば、【ディープガルド】時刻は朝の8時となる。
別に昼の1時からゲームをプレイすることも出来たが、その場合【ディープガルド】は早朝の4時。個人的には2時にログインが正解だった。
俺は宿の前から、【ROCO】のギルド本部へ向かう。ログアウト前にアイたちと約束しており、そこで今後の予定を話し合うことになっていた。
エンダイブ王宮の隣、真っ白い石で作られた中東建築。砂漠特有の針葉樹に囲まれたており、緑豊かな敷地になっている。ここが【ROCO】のギルド本部だ。
「レンジさーん!」
「レンジ、遅いぞ……!」
アイとルージュはすでにログインしており、俺を待っていたようだ。2時に行くと言っておいたので、断じて遅刻ではない。気に病む必要はないだろう。
彼女たちの隣には機械技師のイリアスさんもいる。
「イリアスさんも一緒にいたんですね」
「暇なんっすよー」
俺たちと似たようなものか。特に今後の予定もなく、ふらふらしている状況だろうか。
「実は俺たちも予定が無いんですよね……」
「じゃあ、私と一緒に【機械製作】っすよ! ここの工房は広いっすよー」
「そんな、借りちゃっていいんですか……?」
「良いっす良いっす! 代わりに、私の助手として手伝ってもらうっすよ」
何だか、生産の方を進めていく流れになる。丁度、戦闘職のヴィオラさんとリュイがいない。これは良い機会なのかもしれないな。
アイも【裁縫】の方を進めていけばいい。彼女の目的は本来生産の方なのだから。
しかし、ルージュの方はどうすれば良いものか。魔導師が機械を製作できるとは思えないし、やはりアイの手伝いが妥当か。
「アイちゃんも【裁縫】に使って良いっすよ。ルージュちゃんも【裁縫】のスキルを買ったらどうっすか?」
「う……うん、やってみる……!」
すこし緊張しているが、ルージュはやるつもりらしい。まあ、アイは人に教えるのが上手い奴だ。少しスパルタかもしれないが、成果は期待できるだろう。
ルージュはすぐに走りだし、街のスキルショップへと向かっていく。本当にやる気と自信は人一倍だな。実に微笑ましかった。
俺たちは一足先に【ROCO】のギルド本部内に入る。他所のギルドに入るのは二回目か。こういう事が出来るのが、弱小ギルドの特権だな。
ルージュが【裁縫】のスキルを購入しに行っている間、俺たちは【ROCO】で購入した綿を見る。
これは今からの制作に使う素材だ。しかし、ここで契約を結べば、今後もこの素材を使い続けることになる。俺たちのギルドが大きくなっても、当然そのメンバー全てがこの素材を使うだろう。品質の目利きは重要だった。
アイは鋭い眼光で綿を見ていく。俺にはさっぱり分からないが、彼女にはその価値が分かるらしい。
「これは良い素材ですね」
「分かるのか?」
「はい、【目利き】のスキルを鍛えてますから」
流石は生産職のトップギルド。品質の方は保証済みだ。
しかし、アイは戦闘が好きにも拘らず、生産に使うスキルを鍛えているんだな。やはり、他のスキルも全て生産向きなのだろうか。
「アイはどんな感じで自動スキルを鍛えてるんだ? やっぱり、スキルポイントはバランスよく配分するものなのか?」
「そうですね。スキルレベルが上がるほど、レベルを上げるのに多くのスキルポイントが必要です。だから、基本はたくさんのスキルに、バランスよく配分するのがお得です」
それは、【状態異常耐性up】を鍛えまくっている俺に対する皮肉か? 今さら強化方法を変えるつもりはないが、少しショックだな。
「じゃあ、俺の鍛え方は失敗なのか……」
「いえいえ、何かに特化すれば意表をつけますので、どちらが正しいかは一概に言えません。私の場合は、計算で配分してますけど」
「計算?」
おっと、余計な事を聞いてしまった。これは嫌な予感がするぞ……
「例えば戦士の場合。一見、【防御力up】を鍛えるのが一番固くなるように思えます。しかし、僅かな差を気にするのなら、【防御力up】七割、【HPup】三割の配分で鍛えるのが正解です。まあ、私の場合はさらにそこから一割を【ブロッキング】のスキルに回して、攻撃の無効化効果を……」
「あ、もういいっす」
要するに糞難しいという事だな。聞かなきゃ良かったよ。
アイは含みのある笑みをこぼすと、生産用の綿を一つ掴みとった。
「今は【目利き】と【生産効率up】を中心に鍛えています。もう、戦闘に特化させるつもりはありませんよ」
少し、心惜しそうな顔をしているように感じる。だが、彼女にはお店を作るという目的がある。貴重なスキルポイントを戦闘の方に使うわけにはいかなかった。
「その代わり、使用スキルの方はバンバン鍛えますから!」
「諦めたわけじゃないのかよ」
やっぱり戦闘大好きじゃないか。まあ、今までそれ一筋でやってきたことを、簡単には変えれないわな。
でも、今回は生産の方をがんばってくれよ。ルージュもやる気になっているんだからな。
俺はイリアスさんの手伝いという名目で、【機械製作】のジョブを鍛える。
流石は生産のトップである【ROCO】のギルド本部。非常に設備が充実している。工房というより、これでは工場だ。
俺たち以外にも【ROCO】のメンバーがこの工房を使っている。その人数も非常に多く、大規模ギルドの凄まじさがよく分かった。
「そうそう、その調子っすよー」
イリアスさんの指導を受けつつ、俺はグレネードを組み立てていく。装備アイテムであるハンドガンよりはましだが、それでも結構な手間だ。
【発明】を使えば一瞬で作ることが出来るのに、時間を掛けて製作するのはしゃくにさわる。この手間にいったい何の意味があるのか。
「技スキルを使えば一瞬で作れるのに……」
「生産要素と戦闘要素は別っす。ゲームなんだから深く突っ込んじゃダメっすよ。それに、戦闘用のスキルで作ったアイテムは即席っす。その戦闘でしか使えないっすよ」
あくまでも【発明】は戦闘用のスキルという事か、生産とは別に考えた方が良さそうだ。
それからも俺はドリルアームやイグニッション、ハンドガンなどを作っていく。また、イリアスさんの手伝いとして、見たことのないアイテムを触る機会もあった。
彼女からのネタバレで、【発明】のレシピも何個か教えてもらう。少しずるっぽいが、これで大抵の戦闘アイテムは作れるようになっただろう。
【ディープガルド】時刻で午後1時。簡単な昼食を取ってからも、俺の製作修行は続く。
イリアスさんに連れられ、俺は大きなガレージのような場所に足を踏み入れる。そこには、数々のロボットが収納されていた。
「さて、これがロボットっす。少し弄ってみるっすよ」
「はい、ご教授させてもらいます」
その中で比較的小型のロボットに俺たちは手を付ける。小さいと言っても、戦闘に使う人の乗れるロボットだ。今まで小型の銃や爆弾しか作ったことのない俺には、少し早すぎる製作だ。
だが、それでもイリアスさんの指導を受けてロボットを分解していく。いつかは俺も作らなくてはならないんだ。ここでしっかり技術を学ばないとな。
「ロボットの制作は何日もかかるっすよ。学校があるなら、現実時刻で三日は覚悟した方がいいっす」
「それはまたハードですね……」
今から憂鬱だな……でも、俺は戦闘用の一体さえ作ればいいんだ。生産を志すわけではないので、そう焦らなくてもいいだろう。俺の目的はあくまでも、エルドとの接触なのだから。
解体したロボットのパーツを組み替えて、再び元の形に戻していく。なるほど、これは強化パーツの付け替えをしていたのか。複雑すぎて、いまいち何をしていたか分からなかったぞ。
しかし、それでも俺は我武者羅にイリアスさんの技術を盗んでいく。これは修行なんだ。熱い修行なんだ。そう思って、自らのやる気を駆り立てていった。
【ディープガルド】時刻で深夜1時。俺たちの長い製作活動は、ここで区切りとなる。
現実世界ではそろそろ夕飯の時刻で、それが終われば7時ぐらいになるだろう。ヴィオラさんとリュイも、その時間にはログインするはずだ。
生産活動によって、レベルも13へと上がる。勿論、手に入れたスキルポイントはイリアスさんルールで、【生産成功率up】に振り分けられた。
俺はアイとルージュに合流し、お世話になったイリアスさんにお礼を言う。
「今日は色々とありがとうございました」
「私も楽しかったっすよ。手伝ってもらって懐も温まったことだし」
そうか、制作活動はゲーム上での商売だったな。修行のつもりで行っていたので、完全に忘れていた。
彼女はお金の入った袋を取り出すと、それを俺に手渡す。これは結構入ってるな。素材を購入したお金は差し引かれているから、これ全部が俺の取り分か。流石に何時間も費やしたことはある。
「これがレンジくんの給料っすよ! 機会があれば、次もよろしくっす!」
「ああ、これアルバイトだ……」
俺としては熱い修行をしていたと思っていたが、イリアスさん的にはバイトの育成だったわけか。お金が手に入ったのは良いが、一気にテンション下がったぞ……
俺たちは彼女に別れを告げ、ここでいったんログアウトする。
夕食前にヘッドギアを外さないと、妹の桃香が無理やり外してしまいそうだ。その場合は強制ログアウトとなり、お金やアイテムにペナルティが付いてしまう。
恐ろしい事だ。絶対に現実世界での食事に遅れることは許されないな。
夕食を取り、俺は三度この世界にログインする。
実は、二度目のログアウトの後。俺は軽い眩暈によって、ベッドに横になっていた。やはりダイブシステムは脳への負担が大きいのだろう。
この一週間、俺はちゃんと学校に行っているため、そこまで長時間ログインしていない。そのため、休みの日にぶっ続けでログインしても、強制ログアウトにはならないようだ。
強制ログアウトを気にしなくてはならないのは厄介だな。まあ、この機能があるおかげで、廃人勢に追いつく希望があるのも事実。文句は言えないか。
「レンジ! また遅かったな……!」
「うるさいルージュ。俺はゲーム慣れしてないんだよ……」
宿の前に降り立つと、そこにはすでにヴィオラさんたちが待っていた。
【ディープガルド】時刻で早朝の4時。空にはまだ月が上っており、砂漠の街が美しくライトアップされている。いつも、アイとトレーニングを行っている時間だった。
しかし、この場に一人と四匹多いな。ギルドメンバーじゃない人が混ざってるぞ……
「ヌンデルさんもいるんですね」
「おう、街で騒いでいたらすぐに見つかったぜ」
「私が見つけたんでしょ!」
惚けたヌンデルさんをヴィオラさんが否定する。恐らく、街でエンターテイメントをしている所を捕獲されたのだろう。本当に賑やかな人だな……
俺たちは話し合いの結果、サンビーム砂漠でレべリングを行う事に決まる。ヴィオラさんは【ROCO】との話し合いで少々遅れるらしい。一応、ヌンデルさんが保護者という事になる。
しかし、どうにも胸騒ぎがするな。あまりにも平和すぎる。それが逆に恐ろしい。
まるで、嵐の前の何とやら。そんな感じだ……




