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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
六日目 行商の街エンダイブ
43/208

42 嵐の前の

 昼食を取り少し休息を取った後、俺は再び【ディープガルド】にログインする。現実世界の時刻は午後2時。計算が正しければ、あちらの世界は理想の時間になっているはずだ。

 俺は転送空間を抜け、【ディープガルド】の大地に降り立つ。眩い朝日に、爽やかな風。計算通りだった。


「ビンゴ、朝の8時だ」


 嬉しかったので思わず声に出てしまう。現実世界での2時と8時。この二つの時間帯にログインすれば、【ディープガルド】時刻は朝の8時となる。

 別に昼の1時からゲームをプレイすることも出来たが、その場合【ディープガルド】は早朝の4時。個人的には2時にログインが正解だった。



 俺は宿の前から、【ROCOロコ】のギルド本部へ向かう。ログアウト前にアイたちと約束しており、そこで今後の予定を話し合うことになっていた。

 エンダイブ王宮の隣、真っ白い石で作られた中東建築。砂漠特有の針葉樹に囲まれたており、緑豊かな敷地になっている。ここが【ROCO(ロコ)】のギルド本部だ。


「レンジさーん!」

「レンジ、遅いぞ……!」


 アイとルージュはすでにログインしており、俺を待っていたようだ。2時に行くと言っておいたので、断じて遅刻ではない。気に病む必要はないだろう。

 彼女たちの隣には機械技師(メカニック)のイリアスさんもいる。


「イリアスさんも一緒にいたんですね」

「暇なんっすよー」


 俺たちと似たようなものか。特に今後の予定もなく、ふらふらしている状況だろうか。


「実は俺たちも予定が無いんですよね……」

「じゃあ、私と一緒に【機械製作】っすよ! ここの工房は広いっすよー」

「そんな、借りちゃっていいんですか……?」

「良いっす良いっす! 代わりに、私の助手として手伝ってもらうっすよ」


 何だか、生産の方を進めていく流れになる。丁度、戦闘職のヴィオラさんとリュイがいない。これは良い機会なのかもしれないな。

 アイも【裁縫】の方を進めていけばいい。彼女の目的は本来生産の方なのだから。

 しかし、ルージュの方はどうすれば良いものか。魔導師ウィザードが機械を製作できるとは思えないし、やはりアイの手伝いが妥当か。


「アイちゃんも【裁縫】に使って良いっすよ。ルージュちゃんも【裁縫】のスキルを買ったらどうっすか?」

「う……うん、やってみる……!」


 すこし緊張しているが、ルージュはやるつもりらしい。まあ、アイは人に教えるのが上手い奴だ。少しスパルタかもしれないが、成果は期待できるだろう。

 ルージュはすぐに走りだし、街のスキルショップへと向かっていく。本当にやる気と自信は人一倍だな。実に微笑ましかった。

 俺たちは一足先に【ROCO(ロコ)】のギルド本部内に入る。他所のギルドに入るのは二回目か。こういう事が出来るのが、弱小ギルドの特権だな。











 ルージュが【裁縫】のスキルを購入しに行っている間、俺たちは【ROCO(ロコ)】で購入した綿を見る。

 これは今からの制作に使う素材だ。しかし、ここで契約を結べば、今後もこの素材を使い続けることになる。俺たちのギルドが大きくなっても、当然そのメンバー全てがこの素材を使うだろう。品質の目利きは重要だった。

 アイは鋭い眼光で綿を見ていく。俺にはさっぱり分からないが、彼女にはその価値が分かるらしい。


「これは良い素材ですね」

「分かるのか?」

「はい、【目利き】のスキルを鍛えてますから」


 流石は生産職のトップギルド。品質の方は保証済みだ。

 しかし、アイは戦闘が好きにも拘らず、生産に使うスキルを鍛えているんだな。やはり、他のスキルも全て生産向きなのだろうか。


「アイはどんな感じで自動スキルを鍛えてるんだ? やっぱり、スキルポイントはバランスよく配分するものなのか?」

「そうですね。スキルレベルが上がるほど、レベルを上げるのに多くのスキルポイントが必要です。だから、基本はたくさんのスキルに、バランスよく配分するのがお得です」


 それは、【状態異常耐性up】を鍛えまくっている俺に対する皮肉か? 今さら強化方法を変えるつもりはないが、少しショックだな。


「じゃあ、俺の鍛え方は失敗なのか……」

「いえいえ、何かに特化すれば意表をつけますので、どちらが正しいかは一概に言えません。私の場合は、計算で配分してますけど」

「計算?」


 おっと、余計な事を聞いてしまった。これは嫌な予感がするぞ……


「例えば戦士(ナイト)の場合。一見、【防御力up】を鍛えるのが一番固くなるように思えます。しかし、僅かな差を気にするのなら、【防御力up】七割、【HPup】三割の配分で鍛えるのが正解です。まあ、私の場合はさらにそこから一割を【ブロッキング】のスキルに回して、攻撃の無効化効果を……」

「あ、もういいっす」


 要するに糞難しいという事だな。聞かなきゃ良かったよ。

 アイは含みのある笑みをこぼすと、生産用の綿を一つ掴みとった。


「今は【目利き】と【生産効率up】を中心に鍛えています。もう、戦闘に特化させるつもりはありませんよ」


 少し、心惜しそうな顔をしているように感じる。だが、彼女にはお店を作るという目的がある。貴重なスキルポイントを戦闘の方に使うわけにはいかなかった。


「その代わり、使用スキルの方はバンバン鍛えますから!」

「諦めたわけじゃないのかよ」


 やっぱり戦闘大好きじゃないか。まあ、今までそれ一筋でやってきたことを、簡単には変えれないわな。

 でも、今回は生産の方をがんばってくれよ。ルージュもやる気になっているんだからな。












 俺はイリアスさんの手伝いという名目で、【機械製作】のジョブを鍛える。

 流石は生産のトップである【ROCO(ロコ)】のギルド本部。非常に設備が充実している。工房というより、これでは工場だ。

 俺たち以外にも【ROCO(ロコ)】のメンバーがこの工房を使っている。その人数も非常に多く、大規模ギルドの凄まじさがよく分かった。


「そうそう、その調子っすよー」


 イリアスさんの指導を受けつつ、俺はグレネードを組み立てていく。装備アイテムであるハンドガンよりはましだが、それでも結構な手間だ。

 【発明(クリエイト)】を使えば一瞬で作ることが出来るのに、時間を掛けて製作するのはしゃくにさわる。この手間にいったい何の意味があるのか。


「技スキルを使えば一瞬で作れるのに……」

「生産要素と戦闘要素は別っす。ゲームなんだから深く突っ込んじゃダメっすよ。それに、戦闘用のスキルで作ったアイテムは即席っす。その戦闘でしか使えないっすよ」


 あくまでも【発明(クリエイト)】は戦闘用のスキルという事か、生産とは別に考えた方が良さそうだ。

 それからも俺はドリルアームやイグニッション、ハンドガンなどを作っていく。また、イリアスさんの手伝いとして、見たことのないアイテムを触る機会もあった。

 彼女からのネタバレで、【発明(クリエイト)】のレシピも何個か教えてもらう。少しずるっぽいが、これで大抵の戦闘アイテムは作れるようになっただろう。




 【ディープガルド】時刻で午後1時。簡単な昼食を取ってからも、俺の製作修行は続く。

 イリアスさんに連れられ、俺は大きなガレージのような場所に足を踏み入れる。そこには、数々のロボットが収納されていた。


「さて、これがロボットっす。少し弄ってみるっすよ」

「はい、ご教授させてもらいます」


 その中で比較的小型のロボットに俺たちは手を付ける。小さいと言っても、戦闘に使う人の乗れるロボットだ。今まで小型の銃や爆弾しか作ったことのない俺には、少し早すぎる製作だ。

 だが、それでもイリアスさんの指導を受けてロボットを分解していく。いつかは俺も作らなくてはならないんだ。ここでしっかり技術を学ばないとな。


「ロボットの制作は何日もかかるっすよ。学校があるなら、現実時刻で三日は覚悟した方がいいっす」

「それはまたハードですね……」


 今から憂鬱だな……でも、俺は戦闘用の一体さえ作ればいいんだ。生産を志すわけではないので、そう焦らなくてもいいだろう。俺の目的はあくまでも、エルドとの接触なのだから。

 解体したロボットのパーツを組み替えて、再び元の形に戻していく。なるほど、これは強化パーツの付け替えをしていたのか。複雑すぎて、いまいち何をしていたか分からなかったぞ。

 しかし、それでも俺は我武者羅にイリアスさんの技術を盗んでいく。これは修行なんだ。熱い修行なんだ。そう思って、自らのやる気を駆り立てていった。

 










 【ディープガルド】時刻で深夜1時。俺たちの長い製作活動は、ここで区切りとなる。

 現実世界ではそろそろ夕飯の時刻で、それが終われば7時ぐらいになるだろう。ヴィオラさんとリュイも、その時間にはログインするはずだ。

 生産活動によって、レベルも13へと上がる。勿論、手に入れたスキルポイントはイリアスさんルールで、【生産成功率up】に振り分けられた。

 俺はアイとルージュに合流し、お世話になったイリアスさんにお礼を言う。


「今日は色々とありがとうございました」

「私も楽しかったっすよ。手伝ってもらって懐も温まったことだし」


 そうか、制作活動はゲーム上での商売だったな。修行のつもりで行っていたので、完全に忘れていた。

 彼女はお金の入った袋を取り出すと、それを俺に手渡す。これは結構入ってるな。素材を購入したお金は差し引かれているから、これ全部が俺の取り分か。流石に何時間も費やしたことはある。


「これがレンジくんの給料っすよ! 機会があれば、次もよろしくっす!」

「ああ、これアルバイトだ……」


 俺としては熱い修行をしていたと思っていたが、イリアスさん的にはバイトの育成だったわけか。お金が手に入ったのは良いが、一気にテンション下がったぞ……

 俺たちは彼女に別れを告げ、ここでいったんログアウトする。

 夕食前にヘッドギアを外さないと、妹の桃香が無理やり外してしまいそうだ。その場合は強制ログアウトとなり、お金やアイテムにペナルティが付いてしまう。

 恐ろしい事だ。絶対に現実世界での食事に遅れることは許されないな。











 夕食を取り、俺は三度この世界にログインする。

 実は、二度目のログアウトの後。俺は軽い眩暈によって、ベッドに横になっていた。やはりダイブシステムは脳への負担が大きいのだろう。

 この一週間、俺はちゃんと学校に行っているため、そこまで長時間ログインしていない。そのため、休みの日にぶっ続けでログインしても、強制ログアウトにはならないようだ。

 強制ログアウトを気にしなくてはならないのは厄介だな。まあ、この機能があるおかげで、廃人勢に追いつく希望があるのも事実。文句は言えないか。


「レンジ! また遅かったな……!」

「うるさいルージュ。俺はゲーム慣れしてないんだよ……」


 宿の前に降り立つと、そこにはすでにヴィオラさんたちが待っていた。

 【ディープガルド】時刻で早朝の4時。空にはまだ月が上っており、砂漠の街が美しくライトアップされている。いつも、アイとトレーニングを行っている時間だった。

 しかし、この場に一人と四匹多いな。ギルドメンバーじゃない人が混ざってるぞ……


「ヌンデルさんもいるんですね」

「おう、街で騒いでいたらすぐに見つかったぜ」

「私が見つけたんでしょ!」


 惚けたヌンデルさんをヴィオラさんが否定する。恐らく、街でエンターテイメントをしている所を捕獲されたのだろう。本当に賑やかな人だな……

 俺たちは話し合いの結果、サンビーム砂漠でレべリングを行う事に決まる。ヴィオラさんは【ROCO(ロコ)】との話し合いで少々遅れるらしい。一応、ヌンデルさんが保護者という事になる。


 しかし、どうにも胸騒ぎがするな。あまりにも平和すぎる。それが逆に恐ろしい。

 まるで、嵐の前の何とやら。そんな感じだ……

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