41 砂漠の花
サンビーム砂漠を越えた俺たちは、ついに行商の街エンダイブに到着する。
結局、かなりの時間を砂漠越えに使ってしまった。苦戦したことを考えると、やはり適正レベルに満たしていなかったと考えられる。
俺たちは街の門をくぐり、市場へと移動する。そこには多くのテントが立ち並び、果物や香辛料、RPG特有の攻略アイテムが取り揃えられていた。
「これはアラビアンだな」
「アラビアンですね」
俺とアイは、このアラビアンな街並みに納得した表情を浮かべる。建物は全て石で作られており、屋根は全て平らだ。砂漠の砂が吹き入っている事から、全体的に埃っぽい感じだった。
人の多さは王都に匹敵しており、中でも目立つのはNPCの商人たち。彼らはとにかく商売に命を懸けている様子で、大声を上げて売り込みを行っている。
「人は多いですけど、ほとんどNPCですね」
「ここは商業の街だから、生産職以外には無縁かも。砂漠のダンジョンを攻略するには、拠点にするけど」
まあ、こんな埃っぽい街にはあまり来たくないよな。ただでさえ砂漠越えが面倒なんだ。
設定上は人が集まる街となっているが、実際はプレイヤーに人気のない街。その矛盾がNPCだらけの光景を作り出しているのだろう。
俺たちが街を見渡していると、先ほどから大人しかったヌンデルさんが話しを切り出す。どうやら、ここからは別行動を取るつもりらしい。
「んじゃ、俺様は別行動させてもらうぜ。これでも秘密任務をしている身だからな。街でお前らと共に行動して、目立つわけにはいかねェ」
「ここで別れるわけではないのですね」
「当然、【イエロラ大陸】にいる間は仲良くしようぜ。砂漠に出る時はすぐに駆けつけるさ」
彼の言葉を聞いたリュイは、フェンリルのジョージに小さく手を振る。プライドがあるからか、動物と仲良くしてるところを隠している感じか。
そんな彼とは対照的に、アイの動物愛は一方的なもの。彼女はケットシーのリンゴに別れの挨拶をするが、完全にそっぽを向かれている。まあ、砂漠越えの時、肉球を触りまくったから完全に自業自得だろう。
ヌンデルさんはユニコーンのジョンに飛び乗り、俺に向かって何かを投げる。
「ミスター、お前にプレゼントだ。そいつをどう使うか、期待してるぜ」
これは格闘家の装備であるレザーグローブか。俺の頭に【発明】のレシピが浮かぶ。
素材アイテムだけじゃなく、装備アイテムで製作できるアイテムもあるのか。これには全く気付かなかったぞ。俺はヌンデルさんにお礼を言う。
「ありがとうございます。ヌンデルさん」
「気にすんな。じゃあ、またな!」
ユニコーンの背に揺られ、彼は街の奥へと消えていく。四匹の魔物を連れた使役士。男は最後まで賑やかに、大きな声を上げていた。
「さあさあ! 街のみなさーん! ヌンデル様の猛獣ショー! 始まり始まりィー!」
「もう好きにしてくれ……」
思いっきり目立つ行動してますが……
コカトリスのポールに芸をさせつつ、彼は街を移動している。明らかに俺たちより目立っているのは確実だった。
俺たちはエンダイブ宮殿の周囲を中心に、聞き込みを開始する。エンダイブ宮殿とは、この街を取り仕切る大商人の豪邸。中央にそびえ立つ青と金色の建物で、この街のシンボルとも言える存在だ。
ある程度の聞き込みが終わり、そろそろ行動に出ようかという頃。ルージュがヴィオラさんに、その内容を聞く。
「……これからどうする?」
「生産用の綿を仕入れるわ。安いルートを見つけて、友好関係を築かないと」
輸入ルートを確保して、ギルドの負担を減らす策略か。だが、こんな小さなギルドと契約を結んでくれる商人など数が限られるだろう。
物の品質を考えるなら、プレイヤーの作った生産素材が欲しい所。NPCの商人と契約を結ぶより、どこかの生産ギルドと契約を結ぶのが正解だった。俺もだんだんこのゲームに詳しくなってきたぞ。
「でも、ここで悲報よ。私、そういう繋がりは全く持ってないから。交渉とかも、喧嘩になっちゃうから無理ね」
「つくづく、ギルドマスターに向いていませんね……」
呆れてため息をつくリュイ。まあ、なんとなく察しはついていたが、心当たりがないのは厳しいな。こうなったら気合で交渉していくしかないだろう。
俺たちは店を開いているプレイヤーに、手当たりしだい声をかけていく。しかし、こんな弱小ギルドに協力するプレイヤーがいるはずもなく、求めている契約を結ぶことは出来なかった。
こういう交渉は、信頼と実績が必要なのだ。どこの馬の骨とも分からない奴らに、安く商品を供給するはずがない。これで、完全に手詰まりとなってしまった。
【ディープガルド】時刻で10時。空は真っ暗に染まり、いよいよ雲行きが怪しくなってきたぞ。
この時間まで必死に頑張ったが、結局成果はゼロ。資力を出しつくし、諦めかけたときだった。俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえる。
「おっす! レンジくん、アイちゃん!」
振り向いた先にいたのは、赤髪に褐色肌の女性。王都で知り合った機械技師のイリアスさんだ。
彼女はニヤニヤ笑いながら、砂の被ったゴーグルの窓を拭いている。
「イリアスさん! 何でここに!」
「ここ、エンダイブには生産市場ギルド【ROCO】のギルド本部があるっすよ。今日はちょっとしたお使いっす」
そういえば、イリアスさんは上位ギルドの所属だったな。彼女はヴィオラさんたちの存在に気づき、自己紹介に入った。
「あ、生産市場ギルド【ROCO】所属、イリアスっす。よろしくっす」
「こちらこそ、よろしく。私はこの子達のギルドマスターヴィオラよ」
「リュイです」
「ルージュだ……!」
ヴィオラさんに続いて、リュイとルージュも自己紹介を返す。また、賑やかになってきたな。
イリアスさんはギルドマスターであるヴィオラさんに、この街に来た理由を聞く。
「こんな砂漠に何の用事っすか?」
「生産用の素材を調達しに来たの。出来れば安くて良い素材を手に入れて、今後もお世話になろうかなって」
「ルート確保っすか。丁度良いっす! うちのギルドマスターに頼んでみるっすよ。生産と市場のスペシャリストっすから」
これは非常においしいぞ。上位ギルドである【ROCO】と協定を結べば、安定した素材が手に入るのは確実。大量生産をしている事から、値段の方も安くしてくれる可能性もあった。
リュイは上位プレイヤーである【ROCO】のギルドマスターに、興味がある様子だ。
「生産市場ギルド【ROCO】のギルドマスターと言えば、砂漠の花ミミさんですね。総合ランキング六位、市場ランキング一位の上位プレイヤー。このゲームで最もお金を動かしている生産職のトップですよ」
「そうなんっすよね。人は見かけによらないっす」
イリアスさん、ギルドマスターのミミさんと仲が良さそうだな。ただ単にギルドだけの付き合いではなく、友達同士としての付き合いもあるかも知れない。
この調子だと、上手く事が進みそうだ。ヴィオラさんも喜んでいるが、少し複雑な顔をしている。
「なんで、貴方たちの方が、そういう繋がり持ってるのよ……」
「ほぼ、アイの積極性が理由ですね」
「えへへ……」
可愛らしく照れるアイ。こいつ、ここまで読んであのお店に入ったのか? だから、わざわざ裏路地の店を選んだとか……
いや、流石に偶然だろう。そうじゃなかったら怖すぎるぞ。
俺は深く考えず、イリアスさんの後に続く。とにかく今は、ギルドの活動が最優先だった。
イリアスさんに連れられた場所は、【ROCO】のギルド本部ではなかった。
そこは砂漠の街に作られた野菜畑。農家のジョブを持つプレイヤーが、【料理】のスキルに使う野菜を大量に収穫していた。
そんな中、イリアスさんは植物を掻き分け、畑の真ん中へと走り出す。やがて、彼女はその中から、一人の女性を見つけ出した。
「ミミちゃーん!」
「あ、イリアスさん。いらしたんですね」
「来ちゃったっすよー」
エルフ耳に、フワフワした髪の女性。麦わら帽子をかぶっており、一見農業に向かないようなエプロンドレスを着ている。背中には大きな籠を背負い、大量の野菜を入れている。その事から、彼女が農家なのは確実だ。
俺たちは畑の中を進み、イリアスさんたちの元へ向かう。すると、ミミさんがこちらの存在に気づいたようだ。
「後ろの方たちは?」
「こんにちわ、ギルドマスターをしてるヴィオラよ」
俺たちはそれぞれ自己紹介し、事のあらましを説明していく。彼女はその話を親身に聞き入れ、何度もうなずいた。やがて女性はぺこりと頭を下げ、丁寧に自己紹介を返す。
「それはそれは、遥々お越しくださって有難うございます。私は生産市場ギルド【ROCO】、ギルドマスターのMiMiです」
何というか、ディバインさんやギンガさんと比べて、上位のオーラがないな。これが戦闘職と生産職の違いだろうか。
まあ、人との付き合いが大事な生産業が物凄いオーラ放っていたら、商売にならないよな。むしろ、自然なことが一番だった。
彼女はドライな表情で、ヴィオラさんの頼みを快く受け入れる。
「仕入れの件ですが、私は構いませんよ」
「え? そんなにあっさり、本当に良いの?」
「はい、貴方たちは将来性がありそうですから。友好関係を築くべきと判断しました」
優しいんだけど、どこか機械的。丁寧だけどサバサバしている。そんな感じの女性だな。
とにかく生産一筋で、徹底的に野菜を作っているのが分かる。整った容姿が泥に塗れているのが、どこかミスマッチだった。
「すいません、収穫の方が忙しいので今日はこれで……詳しい交渉は担当のプレイヤーにお願いしてください」
ミミさんは申し訳なさそうに頭を下げ、再び収穫に戻っていく。
あとは【ROCO】の交渉担当との話し合いで決めるしかない。それは、ギルドマスターのヴィオラさんに任せるしかないな。
「何か、すんなり済んじゃったわね。リアル時間の午前中に片付いちゃったわよ」
「まだ終わっていませんよ。安く仕入れなければ意味が無いんですから」
終わった気でいる彼女に、リュイが活を入れる。本当に、彼はこのギルドの良心だな。
とりあえず、午前の活動はこれで終了だ。
ヴィオラさんとリュイは、これから現実世界での用事がある。残ったメンバーは俺とアイとルージュ。何だか不安な人選だな……
現実世界ではそろそろ12時だろう。俺は昼食を取るために、いったんログアウトすることに決める。 午後からの予定は、午後に決めればいい。そうアバウトな感じで、俺はこの世界を後にするのだった。




