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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
六日目 行商の街エンダイブ
40/208

39 ブレーメンの音楽隊

 サンビーム砂漠の中間地点。俺たちはオアシスを目出して、最後の道を突き進む。

 あと少しで休息が出来そうだ。テントを張ってログアウトをするのは面倒だし、丁度良かったな。こういう場所はHPやMP、PPを回復できるのがお約束だ。ルージュのMPを回復させないとな。


「ようやく休めそうですね……」

「待って! 四人とも、頭を下げて!」


 突然、ヴィオラさんがリュイの頭を掴み、砂にめり込ませる。リュイ……お前は本当に運がないな。

 俺たちは彼女の指示に従い、砂の上にうずくまる。すると、周囲の砂が小刻みに揺れ、やがてそれは大きな揺れへと変わっていく。

 何かが来る。そう思った時だった。ヴィオラさんの視線の先に、衝撃の光景が見える。大量の砂がまるで噴水のように、空へと巻き上がっているのだ。


「な……何か出てくる……!」


 ルージュの言葉を受け、俺は湧き上がる砂を凝視する。すると、砂の中から巨大な何かが姿を現し、砂漠の上を悠々と泳ぎだした。


「あ……あれは何だ……!」

「キングワームよ。この砂漠の主って所ね」


 見た目は巨大なサンドワーム、つまり巨大な芋虫だ。轟音を立てつつ、砂を掻き分け、モンスターは砂漠を自由に突き進む。その大きさは、数十メートルにも上るほど。とにかくデカかった。

 灼熱の砂漠にもかかわらず、俺は背筋に寒気を感じる。キモい、キモすぎる……デカさと比例してキモさも数倍だ。あんなのに襲われたら、一口でぺろりだろう。


「もしかして、エンカウントしちゃいけない系のモンスターですか?」

「ご名答、あれには私も勝てないわね。強さはレイドボスにも匹敵するんじゃないかしら」


 ヴィオラさんの言葉を聞き、アイは渋々武器を収める。おい、戦うつもりだったのかよ。勘弁してくれ。

 それにしても、レイドボスとは何だ? ボスと言うぐらいだから、やはり相当に強いのだろうか。俺はヴィオラさんに聞いてみた。


「レイドボスって何ですか?」

「大人数で倒すこと前提のボスよ。そのレイドボスを倒す行為を巨獣討伐って言うの」


 要するに、あいつは何十人ものプレイヤーでボッコにしなければ、倒せないモンスターという事か。これは逃げるが勝ちというものだな。

 ヴィオラさんは忍び足で、キングワームから離れていく。別方向からでもオアシスには行ける。ここは遠回りをすべきところだ。


「とにかく、刺激しないように静かに……」

「レディース! アーン! ジェーントルメン!」


 しかし、そんな彼女の言葉をかき消す声が砂漠に響き渡った。キングワームは動きを止め、声がした方向に体を向ける。これは、完全に臨戦態勢に入っているぞ。どこのバカか知らないが、相当危険な状況ではないのか?

 俺は挑発行為を行ったプレイヤーを探していく。キングワームの振りむいた方向から、すぐにその姿を確認できた。

 巨大なモンスターと対峙する体格の良い男。ギャングのような黒い服を着ており、横には数匹のモンスターが並んでいる。初めて見たが、これがモンスターを操る使役士テイマーのジョブだろうか。


「なっ……あいつバカなの! 死ぬ気!?」


 ヴィオラさんの言うとおりだ。あんな巨大なモンスターに、一人で太刀打ちできるはずがない。例え多くのモンスターを使役していても変わらないことだろう。

 だが、男は笑っている。その表情は完全に、余裕その物だった。


「さあ、俺様ヌンデルの猛獣ショー、始まり始まりィー! イーッツ! ショーターイム!」

『ヒヒーン!』

『ワンワン!』

『ニャオニャオ!』

『コケコッコ!』


 馬、狼、猫、鶏。四匹の魔物が、ヌンデルと名乗る男の声に応じ、それぞれ鳴き声を上げる。瞬間、キングワームを見た時以上の悪寒が俺の体に走った。何だこの嫌な感じは……

 すぐにその答えが分かる。これは、あのヌンデルと言う男から発せられる凄まじい殺気だ。彼が臨戦態勢に入り、その殺意を拾ってしまったのだろう。オカルト的だが、事実俺は感覚でヤバい奴が分かるんだ。


「ジョージ、敵をかく乱しろ。隙を見て【噛み付き】だ。ジョン、ジョージをサポートしろ。【防御魔法】プロテクト」


 男の指示を聞き、銀色の狼がサンドワームの周囲を走り出す。そして、それをサポートするかのように、角の生えた白馬が防御の魔法を発動させる。彼の角が光を発し、それと同時に狼の体を光の壁が囲う。

 準備が整ったからか、銀色の狼は積極的にキングワームに近づき、何度か噛み付き攻撃を行っていく。敵も巨体を生かして体当たりを繰り出すが、狼は軽々と回避してしまう。砂が舞い上がり、キングワームの姿が捕えづらくなった。


「リンゴ、ポール、お前らは離れていろ。リンゴの方は魔法の準備をしておけよ」


 ヌンデルさんは、猫と鶏にも指示を出す。大きな帽子をかぶり、ステッキを持った猫は、どうやら魔法を使うらしい。ステッキを構え、鶏の前に立った。

 銀色の狼は、キングワームとの戦闘を続け、何度か砂によるダメージを受ける。しかし、ここからヌンデルさんとモンスターたちの怒涛の攻撃が始まった。


「ジョン、【回復魔法】ヒール。ジョージ、【ジャンプ】。リンゴ、【氷魔法】アイス。ポール、お前はまだ動くなよ」

「ユニコーン、フェンリル、ケットシー、コカトリス……凄いですね。四体の魔物を同時に使役してますよ」


 白馬ユニコーンの治癒を受け、銀狼フェンリルが敵に飛びかかる。それをサポートするかのように、帽子の猫、ケットシーのステッキから凍結の魔法が放たれた。

 爪に引き裂かれ、一部が凍ったワームは呻き声を上げ。砂の上で暴れ出す。その様子を、ヌンデルさんと赤鶏コカトリスが鋭い眼光で凝視した。

 リュイはそんな彼らの戦いを感動の表情で見ている。何なんだよこの人たち……この感覚、何回か感じたことがあるぞ。

 やがて、ヌンデルさんはコカトリスと共に、巨大モンスターの目の前まで飛び上がる。この鶏、少しだけ飛べるのかよ!

 目前まで迫るキングワーム。やがて、彼は空中でコカトリスを掴み、敵モンスターに向かってそれをぶん投げた。


「ポール、止めだ。【石化くちばし】!」

『コッケー!』


 ポールと呼ばれたコカトリスが、キングワームの額をつつく。瞬間、巨大なモンスターは一瞬にして石へと変わり、音もなく静止した。

 あの巨体のモンスターがこれで終わりだ。あまりにも静かで呆気ない最後。俺たちはただ、口をあんぐりと開けるばかりだった。


「そんな……キングワームが……」

「石化した……」


 砂漠に残ったのは巨大な石のオブジェ。コカトリスは羽ばたきながら着地し、ヌンデルさんは叫び声をあげながら砂漠に落下する。最後はとても情けないが、レイドボスにも匹敵する巨大モンスターを一人でねじ伏せたのは事実だった。


「巨大シンボルのモンスターって……石化するんですね……」

「みたいね……」


 リュイとヴィオラさんがそう話すが、そんなに簡単のものではないだろう。あいつの石化攻撃が相当高レベルなのは確実だ。この人たち、冗談抜きでヤバい奴らとしか思えないぞ。

 恐らく、ヌンデルさんは上位プレイヤー。それも、並大抵の上位プレイヤーではない。トップに限りなく近い存在と見てもいいほど、彼の戦いは凄まじかった。




 戦闘を終えたヌンデルさんは、俺たちの存在に気が付く。やがて、四匹のモンスターと共に、こちらに向かって走ってきた。


「お? かわいこちゃん発見! デートしようぜー!」


 両手を上げ、物凄くアピールをする男。彼の視線はヴィオラさんに釘づけだ。俺は茶化すように、彼女に言葉を投げた。


「ヴィオラさん、呼んでますよ」

「無視よ無視」


 ヴィオラさんは視線を逸らし、男を無視してオアシスへと向かおうとする。しかし、そんな彼女の進行を妨げるように、ヌンデルさんが立ち塞がった。


「何だよ、釣れないなミース! 冗談だって!」

「私、貴方のようなチャラチャラした男は嫌いなの」


 確かにチャラチャラしている。性能より見た目を重視したようなアクセサリーを、彼は体のいたるところに付けている。恐らく、何らかのスキルによって、装備できるアクセサリーの量を増やしているのだろう。分かってはいたが、相当のプレイヤーだ。

 ヌンデルさんはヴィオラさんに嫌われたことを察すると、今度はアイの方へと視線を向ける。本当に、女好きなんだな。


「んじゃ、こっちの女を……って、何だちんちくりんかよ。俺様、中学生以下は勘弁なんだよなー」

「なななっ……! 私は高校生です!」

「マジ? そりゃまた、可哀そうな胸板だな。南無阿弥陀仏、お大事にってか!」


 おいおい、誰もが思っていたことをついに言っちゃったよ……何と言うか、この人最低だな……

 流石のアイもこれには声を荒げる。男の俺にはさっぱり分からないが、女性にこの手の悪口は相当きついのだろう。


「ひ……酷いです! 酷すぎます! この人、デリバリーがありませんよ!」

「デリカシーな」


 こんなに動揺している彼女は、初めて見たかもしれないな。やっぱり、気にしていたのか?

 俺は気にしていないから大丈夫だと言おうと思ったが、とばっちりを受けそうなのでやめる。すまんなアイ、俺はそんなに優しい男じゃないんだ。

 ヌンデルさんは好き放題言って満足し、自らの自己紹介に入る。もっとも、さっきの戦いを見た俺たちは、彼の名前を知っているのだが。


「んじゃま、ここらで自己紹介と行くぜェ!」


 彼はまず、自分の使役するモンスターの紹介から入る。最初に視線を向けたのは、美しい白馬のモンスターだ。


「ユニコーンのジョン。頭は固いが責任感の強い頼れるリーダーだ」


 【回復魔法】、【防御魔法】を使用していた一角獣の白馬。僧侶プリーストの役割を担っているのだろう。確かに、パーティーを纏めるリーダー向けだな。

 ヌンデルさんは残りのメンバーを順に紹介していく。


「コカトリスのポール。こいつを怒らせるのはやめておけ、あっという間に石に変えられちまうぜ」


 止めの【石化くちばし】を食らわした紅く、凛々しい鶏。小柄で状態異常が得意なことから、盗賊シーフに近いかもしれない。


「フェンリルのジョージ。冷静沈着で一匹狼だが、何だかんだで仲間思いな奴なんだぜ」


 シルバーウルフの上位種だろうか、【噛み付き】攻撃を行った銀色の狼。速い動きに高い攻撃力。剣士ソードマンのポジションと言ったところか。


「ケットシーのリンゴ。潔癖症で綺麗好きな奴だ。このチームの紅一点ってところだ」


 大きな帽子にステッキを持った子猫。【氷魔法】で弱点を突いたことから、魔導師ウィザードの役目で間違いないだろう。と言うか、雌なんだな。


「そして俺は使役士テイマーのヌンデル。人呼んで、ブレーメンのヌンデルだ! よろしくなァ!」


 ロバ、犬、猫、鶏。なるほど、ブレーメンの音楽隊を意識したチームか、使役士テイマーとしての拘りを感じるな。

 悔しいが、確かに彼の戦いは面白かった。まさに、エンターテイメントと言ってもいいほど、完成された戦闘と言っていいだろう。

 ヌンデルさんは俺たちの前に立ち、突然パーティーを仕切り出す。


「さーて、詳しい話しはオアシスでしようぜェ!」

「ちょっと、勝手に同行しないでよ!」

「まあまあ、旅は道連れ世は情けってかー!」


 いちいち、声デカいな……それに強すぎるのがどうにも怪しい。何より、俺の体に走った悪感。あれは気のせいだったのだろうか。

 俺は疑いの目を向けつつ、彼の後に続く。これは波乱の幕開けとしか思えないな……

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