39 ブレーメンの音楽隊
サンビーム砂漠の中間地点。俺たちはオアシスを目出して、最後の道を突き進む。
あと少しで休息が出来そうだ。テントを張ってログアウトをするのは面倒だし、丁度良かったな。こういう場所はHPやMP、PPを回復できるのがお約束だ。ルージュのMPを回復させないとな。
「ようやく休めそうですね……」
「待って! 四人とも、頭を下げて!」
突然、ヴィオラさんがリュイの頭を掴み、砂にめり込ませる。リュイ……お前は本当に運がないな。
俺たちは彼女の指示に従い、砂の上にうずくまる。すると、周囲の砂が小刻みに揺れ、やがてそれは大きな揺れへと変わっていく。
何かが来る。そう思った時だった。ヴィオラさんの視線の先に、衝撃の光景が見える。大量の砂がまるで噴水のように、空へと巻き上がっているのだ。
「な……何か出てくる……!」
ルージュの言葉を受け、俺は湧き上がる砂を凝視する。すると、砂の中から巨大な何かが姿を現し、砂漠の上を悠々と泳ぎだした。
「あ……あれは何だ……!」
「キングワームよ。この砂漠の主って所ね」
見た目は巨大なサンドワーム、つまり巨大な芋虫だ。轟音を立てつつ、砂を掻き分け、モンスターは砂漠を自由に突き進む。その大きさは、数十メートルにも上るほど。とにかくデカかった。
灼熱の砂漠にもかかわらず、俺は背筋に寒気を感じる。キモい、キモすぎる……デカさと比例してキモさも数倍だ。あんなのに襲われたら、一口でぺろりだろう。
「もしかして、エンカウントしちゃいけない系のモンスターですか?」
「ご名答、あれには私も勝てないわね。強さはレイドボスにも匹敵するんじゃないかしら」
ヴィオラさんの言葉を聞き、アイは渋々武器を収める。おい、戦うつもりだったのかよ。勘弁してくれ。
それにしても、レイドボスとは何だ? ボスと言うぐらいだから、やはり相当に強いのだろうか。俺はヴィオラさんに聞いてみた。
「レイドボスって何ですか?」
「大人数で倒すこと前提のボスよ。そのレイドボスを倒す行為を巨獣討伐って言うの」
要するに、あいつは何十人ものプレイヤーでボッコにしなければ、倒せないモンスターという事か。これは逃げるが勝ちというものだな。
ヴィオラさんは忍び足で、キングワームから離れていく。別方向からでもオアシスには行ける。ここは遠回りをすべきところだ。
「とにかく、刺激しないように静かに……」
「レディース! アーン! ジェーントルメン!」
しかし、そんな彼女の言葉をかき消す声が砂漠に響き渡った。キングワームは動きを止め、声がした方向に体を向ける。これは、完全に臨戦態勢に入っているぞ。どこのバカか知らないが、相当危険な状況ではないのか?
俺は挑発行為を行ったプレイヤーを探していく。キングワームの振りむいた方向から、すぐにその姿を確認できた。
巨大なモンスターと対峙する体格の良い男。ギャングのような黒い服を着ており、横には数匹のモンスターが並んでいる。初めて見たが、これがモンスターを操る使役士のジョブだろうか。
「なっ……あいつバカなの! 死ぬ気!?」
ヴィオラさんの言うとおりだ。あんな巨大なモンスターに、一人で太刀打ちできるはずがない。例え多くのモンスターを使役していても変わらないことだろう。
だが、男は笑っている。その表情は完全に、余裕その物だった。
「さあ、俺様ヌンデルの猛獣ショー、始まり始まりィー! イーッツ! ショーターイム!」
『ヒヒーン!』
『ワンワン!』
『ニャオニャオ!』
『コケコッコ!』
馬、狼、猫、鶏。四匹の魔物が、ヌンデルと名乗る男の声に応じ、それぞれ鳴き声を上げる。瞬間、キングワームを見た時以上の悪寒が俺の体に走った。何だこの嫌な感じは……
すぐにその答えが分かる。これは、あのヌンデルと言う男から発せられる凄まじい殺気だ。彼が臨戦態勢に入り、その殺意を拾ってしまったのだろう。オカルト的だが、事実俺は感覚でヤバい奴が分かるんだ。
「ジョージ、敵をかく乱しろ。隙を見て【噛み付き】だ。ジョン、ジョージをサポートしろ。【防御魔法】プロテクト」
男の指示を聞き、銀色の狼がサンドワームの周囲を走り出す。そして、それをサポートするかのように、角の生えた白馬が防御の魔法を発動させる。彼の角が光を発し、それと同時に狼の体を光の壁が囲う。
準備が整ったからか、銀色の狼は積極的にキングワームに近づき、何度か噛み付き攻撃を行っていく。敵も巨体を生かして体当たりを繰り出すが、狼は軽々と回避してしまう。砂が舞い上がり、キングワームの姿が捕えづらくなった。
「リンゴ、ポール、お前らは離れていろ。リンゴの方は魔法の準備をしておけよ」
ヌンデルさんは、猫と鶏にも指示を出す。大きな帽子をかぶり、ステッキを持った猫は、どうやら魔法を使うらしい。ステッキを構え、鶏の前に立った。
銀色の狼は、キングワームとの戦闘を続け、何度か砂によるダメージを受ける。しかし、ここからヌンデルさんとモンスターたちの怒涛の攻撃が始まった。
「ジョン、【回復魔法】ヒール。ジョージ、【ジャンプ】。リンゴ、【氷魔法】アイス。ポール、お前はまだ動くなよ」
「ユニコーン、フェンリル、ケットシー、コカトリス……凄いですね。四体の魔物を同時に使役してますよ」
白馬ユニコーンの治癒を受け、銀狼フェンリルが敵に飛びかかる。それをサポートするかのように、帽子の猫、ケットシーのステッキから凍結の魔法が放たれた。
爪に引き裂かれ、一部が凍ったワームは呻き声を上げ。砂の上で暴れ出す。その様子を、ヌンデルさんと赤鶏コカトリスが鋭い眼光で凝視した。
リュイはそんな彼らの戦いを感動の表情で見ている。何なんだよこの人たち……この感覚、何回か感じたことがあるぞ。
やがて、ヌンデルさんはコカトリスと共に、巨大モンスターの目の前まで飛び上がる。この鶏、少しだけ飛べるのかよ!
目前まで迫るキングワーム。やがて、彼は空中でコカトリスを掴み、敵モンスターに向かってそれをぶん投げた。
「ポール、止めだ。【石化くちばし】!」
『コッケー!』
ポールと呼ばれたコカトリスが、キングワームの額をつつく。瞬間、巨大なモンスターは一瞬にして石へと変わり、音もなく静止した。
あの巨体のモンスターがこれで終わりだ。あまりにも静かで呆気ない最後。俺たちはただ、口をあんぐりと開けるばかりだった。
「そんな……キングワームが……」
「石化した……」
砂漠に残ったのは巨大な石のオブジェ。コカトリスは羽ばたきながら着地し、ヌンデルさんは叫び声をあげながら砂漠に落下する。最後はとても情けないが、レイドボスにも匹敵する巨大モンスターを一人でねじ伏せたのは事実だった。
「巨大シンボルのモンスターって……石化するんですね……」
「みたいね……」
リュイとヴィオラさんがそう話すが、そんなに簡単のものではないだろう。あいつの石化攻撃が相当高レベルなのは確実だ。この人たち、冗談抜きでヤバい奴らとしか思えないぞ。
恐らく、ヌンデルさんは上位プレイヤー。それも、並大抵の上位プレイヤーではない。トップに限りなく近い存在と見てもいいほど、彼の戦いは凄まじかった。
戦闘を終えたヌンデルさんは、俺たちの存在に気が付く。やがて、四匹のモンスターと共に、こちらに向かって走ってきた。
「お? かわいこちゃん発見! デートしようぜー!」
両手を上げ、物凄くアピールをする男。彼の視線はヴィオラさんに釘づけだ。俺は茶化すように、彼女に言葉を投げた。
「ヴィオラさん、呼んでますよ」
「無視よ無視」
ヴィオラさんは視線を逸らし、男を無視してオアシスへと向かおうとする。しかし、そんな彼女の進行を妨げるように、ヌンデルさんが立ち塞がった。
「何だよ、釣れないなミース! 冗談だって!」
「私、貴方のようなチャラチャラした男は嫌いなの」
確かにチャラチャラしている。性能より見た目を重視したようなアクセサリーを、彼は体のいたるところに付けている。恐らく、何らかのスキルによって、装備できるアクセサリーの量を増やしているのだろう。分かってはいたが、相当のプレイヤーだ。
ヌンデルさんはヴィオラさんに嫌われたことを察すると、今度はアイの方へと視線を向ける。本当に、女好きなんだな。
「んじゃ、こっちの女を……って、何だちんちくりんかよ。俺様、中学生以下は勘弁なんだよなー」
「なななっ……! 私は高校生です!」
「マジ? そりゃまた、可哀そうな胸板だな。南無阿弥陀仏、お大事にってか!」
おいおい、誰もが思っていたことをついに言っちゃったよ……何と言うか、この人最低だな……
流石のアイもこれには声を荒げる。男の俺にはさっぱり分からないが、女性にこの手の悪口は相当きついのだろう。
「ひ……酷いです! 酷すぎます! この人、デリバリーがありませんよ!」
「デリカシーな」
こんなに動揺している彼女は、初めて見たかもしれないな。やっぱり、気にしていたのか?
俺は気にしていないから大丈夫だと言おうと思ったが、とばっちりを受けそうなのでやめる。すまんなアイ、俺はそんなに優しい男じゃないんだ。
ヌンデルさんは好き放題言って満足し、自らの自己紹介に入る。もっとも、さっきの戦いを見た俺たちは、彼の名前を知っているのだが。
「んじゃま、ここらで自己紹介と行くぜェ!」
彼はまず、自分の使役するモンスターの紹介から入る。最初に視線を向けたのは、美しい白馬のモンスターだ。
「ユニコーンのジョン。頭は固いが責任感の強い頼れるリーダーだ」
【回復魔法】、【防御魔法】を使用していた一角獣の白馬。僧侶の役割を担っているのだろう。確かに、パーティーを纏めるリーダー向けだな。
ヌンデルさんは残りのメンバーを順に紹介していく。
「コカトリスのポール。こいつを怒らせるのはやめておけ、あっという間に石に変えられちまうぜ」
止めの【石化くちばし】を食らわした紅く、凛々しい鶏。小柄で状態異常が得意なことから、盗賊に近いかもしれない。
「フェンリルのジョージ。冷静沈着で一匹狼だが、何だかんだで仲間思いな奴なんだぜ」
シルバーウルフの上位種だろうか、【噛み付き】攻撃を行った銀色の狼。速い動きに高い攻撃力。剣士のポジションと言ったところか。
「ケットシーのリンゴ。潔癖症で綺麗好きな奴だ。このチームの紅一点ってところだ」
大きな帽子にステッキを持った子猫。【氷魔法】で弱点を突いたことから、魔導師の役目で間違いないだろう。と言うか、雌なんだな。
「そして俺は使役士のヌンデル。人呼んで、ブレーメンのヌンデルだ! よろしくなァ!」
ロバ、犬、猫、鶏。なるほど、ブレーメンの音楽隊を意識したチームか、使役士としての拘りを感じるな。
悔しいが、確かに彼の戦いは面白かった。まさに、エンターテイメントと言ってもいいほど、完成された戦闘と言っていいだろう。
ヌンデルさんは俺たちの前に立ち、突然パーティーを仕切り出す。
「さーて、詳しい話しはオアシスでしようぜェ!」
「ちょっと、勝手に同行しないでよ!」
「まあまあ、旅は道連れ世は情けってかー!」
いちいち、声デカいな……それに強すぎるのがどうにも怪しい。何より、俺の体に走った悪感。あれは気のせいだったのだろうか。
俺は疑いの目を向けつつ、彼の後に続く。これは波乱の幕開けとしか思えないな……




