03 赤と青の違い
VRMMO世界【ディープガルド】。俺はスタート地点で出会ったアイと共に、最初の街を目指す。
まずは手始め、この壮大な草原を突破しなくては街まで到達できない。出てくる敵は雑魚ばかりだが、出来れば戦いを避けたいというのが本心だ。俺は身をかがめつつ、あたりをきょろきょろと警戒しながら進む。
「レンジさん、何をしているんですか?」
「見て分からないのか? 警戒してるんだよ……」
気分はまるで忍者だ。傍から見れば明らかに怪しい動きをしているのだろうが、そんな事を気にしている状況ではない。とにかく、戦いたくないのだ。
一人で盛り上がっている俺に影響されたのか、なぜかアイも俺と同じ動きをし始める。
「な……何だか楽しそうなので、私もご一緒します!」
「よし、二人で警戒しつつ先に進むぞ」
二人はカサカサと動き回りつつ、草原を進む。いよいよ完全にバカだなこれ……誰かに出会えば、変人扱いされるのは確実だろう。
しかし、俺にはスキルも、実力もない。例えゴキブリのような動きをしていても真剣なのだ。
アイは怪しい動きをしつつ、俺に地図を見せる。
「地図によると、ここはセラドン平原。ここ【グリン大陸】の大半を占める壮大な草原らしいですよ」
「なるほど、最初の大陸は草原ステージ。優しいし、分かりやすいな」
草原を進む途中、数体のスライムに遭遇するが、特に問題なく戦闘は終わる。
やはり、スライムは雑魚の代名詞。大した技術を持っていない俺でも、全く苦戦することなく倒すことが出来た。
戦闘方法は単純、スパナで何度も敵を叩き、撲殺するのだ。「きゅ~」と苦しむ声がとても心苦しい。すまん、こっちも生き残るためなんだ。成仏してくれ……
「もう、完全に物理で殴っちゃってますね」
「仕方ないだろ、スキルが使えないんだ」
現状では完全に戦士の劣化ジョブだろう。真面な戦闘をするには、レベルを上げて新しいスキルを手に入れるか、鉄などの素材を手に入れる他にない。それまではとにかく物理を鍛えるのだ。
敵を倒して自信が付き、ようやく俺は真面に前に進むことが出来る。先が思いやられるスタートだった。
草原を数時間歩くと、少しずつ周りの風景が変わってくる。
しかし、何やら様子がおかしい。目の前に広がるのは不気味な森の入り口。とてもではないが、街には見えなかった。
その森は邪悪な木々が鬱蒼と茂り、空の色は何故か薄暗く染まっている。森の中からは魔物の声が響き、入る者を拒んでいるような印象を受ける。何だかとても、ダンジョンダンジョンしている森だ。
「さあ、街はこっちですよ!」
「なあ、俺にはこれが街ではなく森に見えるんだが……もしかして、街という名の森なんじゃないか?」
「いえいえ、この森を抜ければ街なんです!」
ここを抜けるのか。最近のゲームは、序盤から随分と盛り上げてくれるものだ。明らかに最初に入るダンジョンではない雰囲気だが、それは俺たちを試しているに違いない。
そうだ、最近の若者は度胸が足りないと言われている。これは運営が俺たち若者に託したメッセージなのだ。
「よし、進むぞ」
「はい!」
勇気を振り絞り、俺とアイは森へと足を踏み入れる。正直、怖いというレベルではなかった。
恐ろしい魔物の声、暗黒に染まる森。俺の第六感が、この場所はヤバい。すぐにでも引き返すべきだと言っている。やはり、ここは体勢を立て直すべきだった。
俺はアイに戻ることを提案しようとする。しかし、その瞬間だ。木の影から赤い影が飛び出し、俺たちの前に立ち塞がった。
「なっ……! 何だ!」
「スライムです!」
草原でも戦ったゼリー状の生物。最弱モンスターのスライムだ。
俺はほっと胸をなでおろす。正直、恐ろしい魔物が現れたのかと、心臓が破裂しそうな気分だった。
だが、スライムならば問題ない。一つ気がかりなのは、今までと違う色ぐらいか。
「今度のスライムは赤いようだな」
「はい、赤いですね」
俺は考える。何故こいつは赤いのか。もしかしたら、とてもレアなスライムなのでは?
「分かった。あれはレアものだ。たぶん、倒したら経験値二倍とか、そんなんだろ」
「マジですか! そう言われてみれば、先ほどよりも動きが荒ぶっているような気がします!」
「ああ、生きの良い証拠だ」
俺たちが話していると、痺れを切らしたスライムがこちらに向かって突っ込んでくる。
だが、何やら異様だ。先ほどのスライムより明らかに速く、動きを全く見切れない。
背筋に悪寒が走る。俺は瞬時にスパナを構え、防御の態勢を取った。しかし、ガード上から打ち付けられた突進は、そのまま俺を吹きとばし、木へと叩きつける。
「……あれ? 何か滅茶苦茶強くないか……? 一撃でHPごっそり持っていかれたんだが……物凄く痛いんだが……」
「レ、レ、レ、レンジさん!」
根本で完全にヘタレ込む俺。この一撃で、俺のHPは一気に風前の灯火となってしまった。
動揺したアイは突如騒ぎだし、此方の方へと走り出す。そして、俺の口の中に何かをブチ込んだ。
「薬草です! さあ食べてください! 回復しましたか! 回復しましたか!」
「や……やめ……うわにっが……」
くそ、なんて物を食わしてくれた。相当苦くて不味いというレベルではない。口の中がピリピリする。
しかし、体の方は頗る快調だ。先ほどまでの痛みが嘘のように消えている。流石は薬草、旅人の必需品だ。
……などと考えている場合ではない。スライムの第二撃が俺たちへと迫る。
「うおっ! こいつ、殺す気かぁ!」
「レンジさん! そりゃ殺す気ですよっ!」
俺とアイは汗だくになりながら、必死にスライムの体当たりを回避していく。戦闘の心得があるアイでも、流石にこの素早く力強いスライムには対抗手段がない様子だ。
何なんだこいつは、今まで倒したスライムの怨念体か。成仏してくれとしっかり願ったじゃないか。勘弁してくれ。
さて、この最悪の状況をどう切り抜けるか……正直、絶望しかない。このままなぶり殺しにされるのが関の山だろう。
ゲームの世界であれど、痛いのは嫌だし殺されるなどとんでもない。何より、女性であるアイの目の前でこれ以上無様な姿を晒したくはなかった。
俺はアイの手首をつかみ、じりじりと後ろに下がる。こうなったら、隙を見て逃げる以外にない。これも無様だが、一方的にやられるよりもは百倍マシだ。しかし、敵がそれを許してくれるか……
スライムは此方に狙いを定めると、再び体当たりを繰り出す。不味い、逃げ切るどころか回避も間に合わない。
どうする……どうする……!
「こんなダンジョンの真ん中で、生産職二人が何をやっているのかしら?」
俺が何も出来ずに固まっていた時だ。突如、何者かの影が俺たちの前を横切り、スライムを風のように切り裂いた。瞬間、敵は光の粉となり、俺たちの目の前から消滅する。
俺とアイは唯々呆然としていた。あまりにも一瞬の出来事で、何が起こったのか分からない。
しかし、目の前に立つ軽装備の女剣士。彼女の姿を確認し、ようやく自分たちが助けられた事に気づく。
黒と紫を基調とした布装備で、盾は持っていない。ジョブは剣士なんだろうが、それにしては身軽に感じられた。
あのスライムを一撃で倒したことを考えると、この女性のレベルは俺たちよりもはるかに上。ついでに年齢も二つか三つ上。俺とアイは、丁寧口調で彼女に頭を下げた。
「助かりました。感謝します」
「あ……ありがとうございます!」
「どういたしまして。素材集めをするんだったら、もっと装備を充実させることね。それじゃ、まるで初期装備よ」
初期装備、その通りだ。
俺たちは最初の街に向かうために、この森を抜けなくてはならない。装備を充実させるなんて、出来るはずが無かった。
この女性は一体何を言っているのか。今の俺には全く理解できなかった。
「そりゃ初期装備ですよ。僕たちは今日初めてログインしたんですから」
「はぁ? 街にも行かず、いきなりダンジョンに入るなんて勇気あるのね。縛りプレイ?」
おかしい、話しが全く噛み合っていない。
森を抜けずに街に行けるのか? じゃあ、この森は何なんだ? 俺の中で少しずつ答えが導き出されていく。もしや、ここを抜けても街は存在しない?
俺は恐る恐る、女性に問答する。
「あの……この森を抜ければ街なんですよね……」
「……は?」
彼女は大きくため息をつくと、腰袋の中から一枚の地図を取り出す。そして、俺たちに丁寧に説明していった。
「あのね……これがスタート地点のセラドン平原。その東にあるのが、始まりの街エピナール。そしてこの場所は、平原の西にあるエボニーの森……」
女性はわなわなと手を震わせ、叫んだ。
「逆ううううう! 街は東! ここは西! 何で間違えちゃうのかな!」
「あれれ~?」
「貴方たち、どうしようもないバカよ!」
何となく察してはいたが、やはりアイの玄人アピールは全て知ったかのようだ。まあ、完全初心者で助けを求めている人に出会ったら、背伸びしたい気持ちも分かる。笑って許してやろう。
「それにしても、何ですぐに逃げないのよ! レベル差は分かるでしょ!」
「いや、赤いスライムは倒せばボーナスポイントが貰えるのかと……」
「レッドスライムはブルースライムの上位種よ! 何なのよボーナスって! は○れメタルと勘違いしてない!」
すまんアイ、俺も間違っていた。これでお互い様だな!
しかし、驚くべきことだ。俺たちの行動は何もかもが間違っていたという事になる。今後、この二人で行動を共にするなど、危険極まりない。
出来れば目の前の女性に助けてもらいたいが、彼女にその気は無いようだ。
「全く付き合ってられないわ……」
立ち去ろうとする女性を、俺は呼び止めることが出来なかった。しかし、そんな俺とは違い、アイの方は積極的だ。
「あ……あの! 私たち全然ダメダメで……出来れば街まで同行させてほしいのですが……」
よく言ったアイ。お前の度胸には本当に助けられてばかりだ。
彼女の言葉を聞くと、女性は此方へと振り向き、口をへの字に曲げる。そして、眉を寄せ、何か考え事をし始めた。
「んー、そう言えば、貴方たち初心者よね? 当然、ギルドにも入ってないと」
「ギルドも何も、全く知りませんよ。本当に初心者中の初心者です」
「なーる、それに加え生産職……」
女性はただ何かを考える。やがて、何か答えを導き出したのか、急にその態度を改めた。
「二人とも大丈夫? 怪我はない? 森に迷ってしまうなんて、なんて可愛そうなのかしら! お姉さんが貴方たちを街まで案内してあげる!」
「何だか、急に優しくなりましたね……」
怪しい。明らかに怪しい。
これには絶対に裏があるだろう。そう思えて仕方なかった。
だが、今は藁にも縋りたい気分だ。少なくとも、この森から脱出しなければ話にならない。俺たちは素直に、彼女の指示に従う事にした。
「私はヴィオラ、さあ目指すは始まりの街エピナールよ!」
こうして俺たちは、剣士の女性ヴィオラと共に街を目指すことになる。
しかしこの女性、急にテンションを上げてきたな。どうやら、感情の起伏が激しい性格のようだ。
ゲームの中でも、年齢的にも先輩の彼女。バカな俺たちを引っ張っていけるほどの器量を持ち合わせているかどうか。期待と不安で胸がいっぱいだった。