38 砂、砂、砂
今日は土曜日。第二土曜日なので、リュイとルージュの学校は休みだ。
小学生と中学生は、第一と第三土曜日に学校に行かなければならない。高校生の俺とアイはそれがないので、二人よりプレイ時間は長かった。
大学生のヴィオラさんは俺たち以上に時間があるが、友達付き合いやサークル活動などで遊び歩いている。今日は時間が取れて本当に良かった。
現実世界で朝の8時、【ディープガルド】時刻でも朝の8時。俺たちはオーピメントの街を後にし、砂漠を超えた先にある行商の街エンダイブを目指す。
ここサンビーム砂漠は、見渡す限り砂。それらが波打つように丘になっており、俺たちの進行を妨げる。
何より非常に暑い。唯でさえ太陽の日差しが強いのに、砂の照り返しでさらに暑い。日影は全くないので、完全に直射日光だ。
このゲームはアイテムバッグに大量の水や食料を蓄えることが出来る。辛くなれば、テントを立ててログアウトしてしまえば、休息だって可能だ。また、疲れるという概念も現実と比べて薄い。砂漠越えという点では、相当のヌルゲーと言っていいだろう。
しかし、このゲームはRPGだ。砂漠を超えつつもモンスターと対峙しなくてはならない。
「か……覚悟……!」
ルージュは巨大なメイスを振りかざし、トカゲ型のモンスターに攻撃を仕掛ける。先端の球体が直撃し、一気にライフを削る。動きは単調だが、思いっきりがある攻撃だ。
しかし、ここから敵の反撃が始まる。トカゲ型のモンスター、バジリスクの目が輝き、そこから赤い光が放たれた。ルージュはどんくさいため、その光を避けることが出来ず真正面から食らってしまう。
「……はう!」
「ルージュさん……! スキル【初発刀】!」
ルージュと共に前衛に出ていたリュイが、先制スキルによってバジリスクを斬りすてる。この攻撃によって、モンスターのライフはゼロとなりその場から消滅した。これで戦闘は終了だ。
しかし、既に攻撃を受けてしまったルージュの体は、徐々に動かなくなっていく。やがて、彼女の体は完全に硬直し、砂の上に倒れてしまった。
これが状態異常の石化。彼女の体は石になっており、本人の力では何も出来ない状況だ。
「レンジさん! ルージュさんが石に!」
「早く石化治しを!」
物凄くシリアスな顔で、俺の救済を待つリュイとアイ。
確かに大変な状況だ。一刻も早く彼女を救わなければならない。だけど……だけど……
「……何度目だー!」
ついに、俺の我慢が限界になった。このサンビーム砂漠に来てから、これで三回目。ルージュは戦闘を行うたびに石化している。
石化は全く動けなくなる最恐の状態異常だが、その発生確率は極めて低い。三回連続でかかるなど、よっぽどのバカとしか言いようがなかった。
「ルージュ! 何度石化すれば気が済むんだ! 少しは慎重になってくれ!」
「聞こえていません!」
「ですよね畜生!」
アイからの正論を受け、俺は渾身のノリツッコミを放つ。ゲームって楽しむものだろ。何でこんなにイライラしなきゃならないんだ……
原因は分かっている。暑さのせいだ。暑さのせいでどうにもイラついて仕方がない。
そんな俺をヴィオラさんが宥める。
「レンジ、これぐらいでイライラしてたら、エンダイブまで持たないわよ。まだまだ、砂漠は続くんだから」
「じゃあ、ヴィオラさんも手伝ってくださいよ……」
「ダメに決まってるわ。私が手を出したら、ヌルゲーも良い所よ」
聞いたところによると、ヴィオラさんのレベルは46。トップクラスには及ばないが、平均よりも上のレベルだ。ちなみに、今この世界での最高レベルは62。巨大空中要塞ギルド【漆黒】のギルドマスター、クロカゲさんがその保持者らしい。
このゲームはレベルが上がるほど、次のレベルに上がり辛くなる。一ヶ月で50レベルを超えている者は化け物として扱っていいだろう。
さて、そろそろ本気で進めるか。俺は前線で戦っているリュイの前に立ち、スパナを握る。
「もう良い、耐性持ってる俺が前に出る」
「レンジさん、逞しくなりましたね!」
「変態に追っかけられたり、クマに襲われたり、流星群ぶっ放されたり、ヒステリック女と決闘したり、変態に追っかけられたり、色々あったからな……」
「変態、二回言いましたね」
そうだ、俺はそこそこ強くなったんだ。ここ五日間、学校と睡眠以外の時間は、ほとんどこのゲームに使っている。社会人や学生の中では、かなり速いスピードで成長しているはずだ。まあ、ニートどもに劣るのは仕方がないが。
「アイテム持たせて、無理やりヒーラーしてるのに、今度はタンクですか。ポジションが定まっていませんね……」
「レンジさん、決められたポジションもなく戦えるなんて、誰でも出来る事じゃありませんよ!」
褒めているのか? 貶しているのか? 仕方ないだろ、いまだにジョブの特性をよく分かっていないんだから。
リュイとアイが言うには、ポジショニングがこのゲームにおいて重要らしい。
やはり回復役は必要なのか。俺以外の誰かが、その役をこなせるならありがたい。例えば、魔法の使えるルージュとか。
「そう言えば、魔導師はヒーラー出来ないのか? 魔法は得意なんだろ? 店で回復スキルを買えば、僧侶の代わりになるじゃないのか?」
同じ魔法なら、何でも使えるように感じる。しかし、実際は全く違う仕様らしい。
「魔導師はINT(魔法攻撃力)が高いジョブよ。回復魔法の効力は、VIT(魔法防御力)で決まるから、全く関係ないわね」
「INTはインテリジェンス、知能を意味します。VITはバイタリティ、生命力を意味しますね」
ヴィオラさんとリュイが、そう説明する。どうやら、攻撃魔法と回復魔法では、対応するステータスが違うらしい。
ゲームに詳しい人にとっては常識なのだろう。しかし、初心者である俺にとっては、非常に複雑なことだ。アイとヴィオラさんが、さらにステータスについて解説していく。
「裁縫師はDEX(器用さ)が高いジョブなんですよ。生産精度と命中精度に関係しています」
「後はもう知ってると思うけど、STR(攻撃力)、DEF(防御力)、AGI(素早さ)。それに加えてHPとMP、それにスキルの使用に必須なPP。ちゃんと把握しなきゃダメよ」
あー、こりゃわけ分からないな。ルージュのように、間違ったステータスを鍛えてしまっても仕方ない。少し、彼女の気持ちが分かってきたぞ。
いい加減可愛そうなので、ルージュの石化を解くことにする。VITの高い仲間がいないのなら、俺がアイテムでヒーラーをするしかないな。雑用みたいで気が乗らないが、パーティーのためには仕方がなかった。
俺はバックから謎の薬品を取り出し、それを固まったルージュにかける。瞬間、彼女の体に生気が戻っていき、やがてその場から飛び起きた。
「ルージュ……! 復活……!」
「今度はしっかりしてくれよ」
「うむ……! 泥船に乗ったつもりでいろ……!」
「暑くて突っ込む気力もない……」
俺はルージュを魔法による後衛に回し、リュイと共に前線に出る。機械技師はそんなに固いジョブではない。加えて、俺の防具はいまだに初期装備だ。これは、ジャストガードを積極的に狙わないといけないな。
とりあえず、今は俺の恋人、【状態異常耐性up】を信頼するしかない。元々、誰にも頼らないために鍛えたこのジョブが、皮肉にもパーティーの盾として役立とうとしている。本当に世の中は分からないものだな。
俺たちはただ、砂漠の道を進み続ける。
出てくるモンスターは、先ほども戦った石化が厄介なトカゲ、バジリスク。土の中を移動するキモい虫、サンドワーム。毒針が怖くてキモい虫、Gスコーピオン。可愛くてあんまり強くないサボテン、サボテーン。この四体だ。
俺はGスコーピオンとバジリスクの攻撃をジャストガードし、状態異常攻撃も全て受けきる。結局、ゲームスタートからほとんど状態異常を受けないまま、俺はここまで来てしまった。
【状態異常耐性up】、滅茶苦茶使えるじゃないか。どこに行っても状態異常を使う雑魚はいる。そいつらを纏めて無力化出来るのは非常においしい。まあその分、別のステータスを犠牲にしているのだが。
そして、俺のレベルは10になり、新しい技スキルを習得する。
「スキル【衛星】!」
鉄鉱石二つにスパナを叩きこみ、スキルを発動する。すると、鉄は一体の小型ロボットへと変わり、モンスターに向かって突撃していった。
小型のロボットは、ルージュと共にサンドワームをポカポカと殴る。やがて、ワームは力尽き、その場から消滅した。攻撃力は低い様子で、今にも壊れそうなのが心配だ。
「戦闘を支援する小型ロボットを作るスキルみたいね。結構便利じゃない」
「使うのに鉄くず二つ消費しますけどね。重いなあ……」
おまけにこの支援ロボット。戦闘が終わるとすぐに壊れてしまうのだ。ボス戦向けだが、使わないと鍛えることも出来ない。本当にお金がかかるジョブだな。
モンスターを全滅させたことにより、ロボットは機能を停止する。そんな壊れたロボットを少し残念そうに見るルージュ。そんな顔するなよ……俺のせいじゃないからな。
砂漠を進むにつれ、モンスターの強さが気になっていく。徐々にパーティーのPPが減っていき、回復薬も少なくなっていった。
状態異常耐性のある俺は、サンドワームぐらいしか警戒していない。しかし、他の三人はそういうわけにもいかないだろう。
中でも怖いのがGスコーピオン、毒でライフがどんどん減るのに加え、攻撃力もそこそこ、装甲も堅い。はっきり言って強モンスターだ。
しかし、そんなモンスターを軽々とねじ伏せる少女が一人。魔導師のルージュだ。
「スキル【氷魔法】、アイス!」
凍結魔法により、見事に氷漬けとなるGスコーピオン。ルージュを後衛に下がらせたのは正解だ。砂漠のモンスターは氷に弱く、鍛えていない彼女の魔法でも充分対抗できた。
うーん、やっぱり魔術師に物理スキルは要らないな……実際にパーティーに加えて、さらに実感してしまったぞ。
「たしか、【移動詠唱】のスキルだったか。あれがあれば、ルージュは強くなれるんだよな?」
「どうでしょう、仮にも総合ランキング4位のギンガさんのアドバイスです。信用には値すると思いますが……」
前衛の俺とリュイはそう会話する。今のままじゃ、ルージュの物理攻撃力を腐らせるだけだ。早めに何らかの対処を打たなくちゃならないな。
まあ、俺も人のことは言えない。いつか指摘されるであろうことを、ついにヴィオラさんに指摘されてしまった。
「それにしてもレンジ。いい加減、装備変えなさいよ。初期装備でしょ?」
「なんか勿体なくて……エンダイブは行商の街ですし、そこで買いますよ」
服もスパナも、スタートした時から変えてない。現実と違って、洗濯しなくていいのが便利だから、変える必要が無いんだよな。まあ、そろそろ性能の低さが気になってきたけども。
「もう少し【裁縫】を鍛えたら、レンジさんの服を仕立てますよ!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
アイはそう約束し、戦闘に戻る。今気づいたが、彼女はちゃっかり大針を買い換えていた。装備変えてないの俺だけかよ畜生。いい加減、充実させないとな……
砂漠での連続戦闘により、俺のレベルはさらに11へと上がる。それと同時に、アイのレベルが10に上がり、【仕立直し】のスキルを習得する。
このスキルは対人戦専用で、相手の防具に付いた補助効果を戦闘中消滅させるという効果だ。裁縫師は、こういう戦術を崩すスキルが多いのだろうか。正直、敵には回したくなかった。
砂漠も中盤に差し掛かり、俺たちの視界に緑の植物が見えてくる。どうやら、中間地点に設置されたオアシスらしい。
ここで休息し、残りの半分も気張っていこう。俺は暑さにふら付きながらそう思うのだった。




