36 俺のマグナム
マーリックさんの誤爆により、俺は誰も頼ることが出来なくなる。やはり、人に頼ってはいけない。自分の力で何とかしなければ、道は切り開けないのだ。
バルメリオさんは、積極的に攻めに出ようとはしない。ただ、この会話の機会を生かそうとしているように感じる。本当に、彼の目的が分からなかった。
「お前ら、マジで楽しそうだよな。そういうところが、うざいんだよ……」
ん? 何だこれ、嫉妬か? 意味深な言葉を零し、彼はようやく攻撃に出る。だが、俺はすぐに気付いた。彼が向けた銃口は、俺のクリティカルポイントを狙っていない。やはり、かす当たりを狙って、動きを止めようとしていた。
銃口から、燃え盛る火炎弾のスキルが放たれる。流石は銃、これは今までのどの攻撃よりも速い。ジャストガード不能の武器、そう考えた方が良さそうだ。
「レンジ、お前は目障りなんだよ! スキル【フレイムショット】!」
「スキル【トランプアクション】……!」
攻撃が命中する瞬間、一枚のトランプがその攻撃を弾く。俺とバルメリオさんは同時に、攻撃が放たれた方を見る。そこには、ボロボロになったマーリックさんが立っていた。
「本来、道化師は【確率成功率up】のスキルと共に使うのが常識。しかし、私はそのスキルを鍛えていません……」
どうやら、道化師は運をコンセプトにしたジョブらしい。だが、それなら確率成功率を上げた方が良いに決まっている。実際、それを鍛えること前提で、強さを調整しているはずだ。
しかし、マーリックさんは【確率成功率up】を鍛えなかった。傍から見れば、ただのバカだろう。だが、彼にはある拘りがあった。
「運とは……何が起こるか分からないから面白い。平等だからこそ試される! 鍛えられる! そして、幸運の女神は、絶対に勝つという意思さえあれば、必ず微笑んでくれるものです!」
すいませんマーリックさん、さっき言ったこと撤回します。賭けに負けてズタボロになっても、普通にかっこいいじゃないか。尋常ではないほどの運へのこだわり、見せてもらいましたよ。
彼は確かにバカだ。しかし俺には、この人が光り輝いて見えた。まさに、最高の遊び人。本当に、誇れる友人を持ったな……
マーリックさんは次の攻撃に入る。今の彼なら、運すらも味方につけてくれると、俺は信じたかった。
「スキル【ビックリ箱】! さてさて、箱から飛び出すものは何なのか! とくとご覧あれ!」
彼の前に出現するカラフルなプレゼントボックス。それがふたを開け、中から巨大な何かが飛び出す。
現れたのは可愛らしいドラゴンの縫いぐるみ、これは間違いなく成功だ。縫いぐるみは飛び上がり、バルメリオさんに思いっきり圧し掛かった。
「ぐがっ……!」
「レンジさん! 今のうちに逃げてください! スキル【マジックトランポリン】!」
続いて、俺の目の前にセットされたのは、サーカスで使うようなトランポリン。どうやら、これで一気に移動できるらしい。
バルメリオさんは大ダメージを受けたようだが、まだまだライフは残っている。すぐに縫いぐるみを払いのけ、こちらに向かって発砲する。
これはスキルではなく、通常攻撃による発砲。俺はトランポリンに飛び乗ったことにより、その攻撃を偶然回避する。やはり銃弾は速い、発砲を確認してから避けるのは不可能だな。
トランポリンが大きく伸縮し、その効果が発揮させる。瞬間、マーリックさんがスキルの概要を説明していく。
「ちなみにこのスキル。どこに飛ぶか分かりません」
「はあああああ!?」
仕方がないにしても、乗る前に言ってくれよ! 流石は道化師、徹底的に運試しだな畜生。
文句を言う暇もなく、大きくバウンドするトランポリン。瞬間、俺は遥か天空へと飛ばされ、その場から一気に離脱した。
風を切り、街の上空でしばらく静止する。下界は巨大な湖と、広大な砂漠。その美しさに、俺は少しの間見惚れていた。
「すっご……」
だが、すぐに高度が下がっていく。そこからは、完全なスカイダイビング状態。正直、怖いというレベルではない。
無事に地上に辿り着けるのか、俺は怯えながら街へと吸い込まれていく。地面に衝突する手前、落下スピードが落ちゆっくりと降下する。これなら、無事に着陸できるな。
俺は街の宿屋の前に足をおろし、再び走り出す。なるほど、これはマップのどこかにランダムに飛ばすスキルか。使いこなすのは相当難しいが、瞬間移動はかなり便利だな。
とりあえず、俺は敵を撒くことに決める。劇場の方も終わっており、今ヴィオラさんがどこにいるのか全く分からない。やはりここは、自分の力で切り抜けた方が賢明だった。
俺は街の裏路地に身を潜め、周囲を警戒する。大通りに出て、あちらの攻撃を躊躇させるという方法もあったが、他のプレイヤーを信用するのは危険だ。また、列車の時のように知らん顔されるのは御免だった。
戦闘から離脱したことにより、これでいつでもログアウト可能だ。もう、危険な行動は慎んで、さっさとログアウトしてしまおう、そう思った瞬間だった。
「おい、逃げ切れるとでも思ったか?」
俺の進行方向に、腕を組んで待っていたヴァルメリオさん。不味いぞ、完全に先回りされているじゃないか。再び戦闘に入り、これではログアウト出来ない。
「な……何で……」
「【追尾】のスキルだ。目を付けた獲物の場所が分かるんだよ」
くそっ、スキル次第で何でもありじゃないか。計画の全てが、これ一つでひっくり返ってしまった。何て理不尽なゲームなんだろう。
小細工中心で戦うのなら、まだ勝ち目はある。しかし、こう向かい合ってしまったら、どうしようもない。幸い、相手は俺を痛めつける気などさらさらない様子。今も、腕を組んで、こちらの動きを待っているように感じる。
バルメリオさんは話し合いを望んでいるのか? 俺はためしに、会話を振ってみた。
「あの……許してくれませんか? 砂漠に置き去りにしたのは、ちょっとやり過ぎと思いました。深く反省しています」
「別に、俺はお前を恨んでなんていない。実際、ゲームオーバーにする気もないしな」
やはりそうなのか。しかし、それなら余計に目的が分からないぞ。俺を襲って、いったい何の意味があるというのか。
俺が疑問を放つ前に、バルメリオさんは突然声をあげた。
「お前、俺のものになれ!」
「……は?」
え……この人何を言ってるの? やばい人なの? 何で頬染めてるの? やだ、怖い……
「な……何で……」
「決まってるだろ。お前のアレをたっぷり貰うためだ……」
へ……変態だこの人! カッコいい人かと思ったら、全然変態だったよ!
『気合いで追いついたんだよ。お前に会うためにな』、『俺はお前に興味があるんだ』。今までの発言は、つまりそういう事なのか? やめてくれよ、マジで怖いよ。誰か助けて……
頭が真っ白になり、放心していると、バルメリオさんが更に会話を続ける。
「そうだ、お前の【機械製作】の技術。銃士である俺によって、喉から手が出るほど欲しい代物だ」
「へ……?」
良かった……てっきり、マジでやばい人だと思ったよ。頬染めていたのは、恥ずかしがっていたからか。本当に、怖いからやめてくださいよバルメリオさん……
「俺は生粋のプレイヤーキラー。フレンド登録をしているのは、カエンを含めた数人だ。登録申請がお前から来たときは、マジで驚いたんだぜ……」
やはり、俺の行動は誰の目から見ても異常だったんだな。結果、変な人に目を付けられてしまった。
俺の技術を求めてくれるのは嬉しい。だが、こっちにも所属しているギルドがあるんだ。
そして何より、俺はバルメリオさんが求めるような力を持っていない。【機械製作】のスキルはたったの2レベル。誰かの役に立てるはずがなかった。
「でも、俺なんてまだまだ初心者で……」
「大丈夫だ。俺好みに育ててやる」
「やっぱり、変態じゃないですかー」
言動がいちいちホモ臭いぞ……やっぱりこの人、変な人ではないのか? 嫌だな……この世界で会う変人率が物凄く高い気がするぞ。
バルメリオさんは相当恥ずかしかったのか、焦った様子でさらにとんでもないことを言い出す。
「さあ! 俺のマグナムをお前の手で鍛えてくれ!」
「変態! 変態ホモメリオ!」
「俺はホモじゃねえよ!」
何て残念なイケメンなんだろう……その気はないようだが、ただのバカということは確定した。出来れば関わりあいになりたくないぞ。そろそろ本気で逃げないと、かなりヤバいな。
俺は瞬時に、鉄くずと鉄鉱石を取り出し、スパナを叩きつける。向こうはこちらをゲームオーバーにする気が無い。なら、どんな攻撃もやりたい放題だ。アイテムのダメージにレベル差は関係ないので、充分に勝てるはずだ。
俺はドリルアームを製作し、その回転する凶器で攻撃を行う。別に、ホモに対して対抗したわけじゃないぞ。
「スキル【発明】! アイテム、ドリルアーム!」
「スキル【ダブルショット】!」
二連撃の発砲スキルによって、ドリルの軌道が逸らされる。この人、ドリルアームが防御貫通効果を持っていると知っていたのか。流石は銃士、機械の知識もそれなりに持っている。
上手く回避されたが、諦めるにはまだ早い。相手は攻撃できないんだ。こっちから一方的になぶってやるさ。
俺は瞬時に距離を取り、鉄くずと火薬を取り出す。そして、それにスパナを叩きこみ、グレネードを製作する。広範囲の爆発なら防げないだろ!
「スキル【発明】! アイテム、グレネード!」
「スキル【ホーミングショット】!」
しかし、俺の持っていたグレネードをバルメリオさんが打ち抜く。その結果、爆弾は機能を停止し、不発となってしまった。
今度は狙いを的確に打ち抜くスキルか。使う手、使う手が全て防がれていくぞ。実力差がありすぎる。
俺は情けなく、敵に背を向け、その場から走り出す。次にバルメリオさんが狙うのは、俺の脚だろう。動きを止めに来るのは分かっている。ここは、思いっきりジャンプして回避するのがベストだ。
「俺にけつを見せて、ただで済むと思ってるのか?」
「ホモっぽいです」
「ホモじゃねえよ!」
彼の通常攻撃である銃撃が、右足を掠る。危なかった。ジャンプをしなかったら、直撃を受けて動きを止められていたな。
とにかく、俺は路地裏を走り続けた。後ろから何度も銃撃が放たれるが、足だけは何とか守りきる。動きを止められたらお終いだ。こちらが動けば、狙いを定めるのも難しくなるだろう。
既に、腕には何発か攻撃を受け、ライフはかなり減っている。相当に痛く、へこたれたい気分だ。それでも、俺は人通りの激しい場所をめざし、そして辿り着いた。
「人前で銃撃できるんですか?」
「気にするか。お前は絶対に逃がさない。スキル【ホーミングショット】!」
ついに、バルメリオさんの銃撃が左足にヒットする。あまりの痛さに、バランスを崩し、俺はその場に転倒した。ここまで、よく逃げ切ったものだ。我ながら、本当に素晴らしい逃げっぷりだろう。
傍から見れば、俺が一方的にやられているように見えるはず。でもバルメリオさん、貴方は獲物に集中しすぎた。この勝負、俺の勝ちだ。




