34 アイちゃん確率論
敵を退け、客車に戻った俺たちを待っていたのは、他プレイヤーの拍手喝采だった。彼らは口笛を吹いたり、黄色い声を上げたりして俺たちを茶化す。
やっぱり、お前ら気づいていたんだな……結局、彼らにとってこの戦いはエンターテイメントのようなもの。助けに入る義理もないし、面白がるのも当然。これはゲーム。バカ騒ぎをしなければ損というものだ。
NPCの作業員を巻き込んだことにより、最後尾を切り離した件は不問となる。処理は彼らに任せて、俺たちは列車の旅を続けることになった。
「結局、逃がしちゃったわね。詳細も分からないままだし」
「全員無事だったから、良しとしましょう。どうせ敵をゲームオーバーにしても、また襲ってきます。結果は一緒ですからね」
勝っても負けても得る物は無し、退くことすら不可能。こちらとしては損しかない非常に迷惑な物だ。
ルージュは口を三角に尖らせ、ブーブーと文句を言っている。
「でも……! 悪いプレイヤーキラーを成敗出来なかった!」
「俺は別に、あの人たちが悪い人だとは思ってないよ。PK行為は立派なシステム。それを蔑むのはちょっとお門違いだと思うんだよな」
これはゲーム。本来は楽しむものだ。
なら、この理不尽すらも割り切ってやろう。実際、あいつらを出し抜いて砂漠に置き去りにしたのは、かなり気分が良かったしな。
俺はメニューウィンドウを開き、フレンド登録画面まで移動させる。そして、カエンさんとバルメリオさんに申請を出した。
「さっきの戦いは全てゲームの一環さ。だから、はい。二人にフレンド申請」
「レンジ……貴方ってやっぱり変わってるわね」
ヴィオラさんは俺を変わったプレイヤーと評価している。まあ、それも当然かもしれない。
俺は今の今まで、この手のゲームをプレイしたことがなかった。だから、常識とか、暗黙の了解とか、正直よく分からない。
あの人たちが悪い人とは思えなかった。行動理念はそれで充分。この判断を後悔するつもりはなかった。
砂漠の線路を辿り、魔導列車は目的地に停車する。
大きな橋を渡った先にある孤島。ここがオアシスに浮かぶ道楽の街、オーピメントだ。
俺たちは列車から降り、ターミナルを後にする。そして、周りの風景を見ながら、街を歩いていった。
「わあ、暑いですね!」
「それに埃っぽい……」
汗をぬぐうアイと、咳払いをするルージュ。この乾燥した気候は、完全に砂漠特有だな。
街の雰囲気も、【グリン大陸】とはまるで違う。石で造られた四角い家々に、葉の尖った植物。おそらく【イエロラ大陸】は、中東の街並みをイメージしているのだろう。
「何だかごちゃごちゃした街ですね」
「ここ、オーピメントは眠らない街。夜になったら、もっとごちゃごちゃになるわよ」
ヴィオラさんが言うには、この街は夜が本番らしい。
確かに、街灯の数が王都の比ではなかった。これら全てに火が宿れば、この街は夜でも明るい街に変わるだろう。
「じゃあ、自由行動にしましょうか。砂漠越えは明日、じっくり時間を掛けてやりましょう。丁度、土曜日だし」
「そう言えば、明日は休日でしたね」
俺たちは足を止め、明日の予定について話し合う。各自それぞれ細かな用事があり、一日丸ごとギルドで動くことは出来ない。なので、現実時間での午前8時から12時。午後7時から深夜ぐらいまでの二回に分けることにする。
まず、ルージュとヴィオラさんが早起きは出来ないと主張し、午前7時からと決まる。次に、リュイの習い事とヴィオラさんの用事により、午後12時から8時まではギルドを動かせない。結果、この予定となった。
廃人のアイは全ての時間を使うと言っているので、俺は残りの時間も出来るだけ付き合う事にする。俺たちはギルドでも一番レベルが低い。ここで、リュイとルージュに追いつくという寸法だ。
しかし、ダイブシステムというものは、プレイヤーに掛かる負担も大きい。長時間ログインすると、安全のために強制ログアウトされてしまう。
廃人勢の攻略が、いまだに進んでいないのはこれが原因だ。あまり無茶をすることは出来ないだろうな。
「あ、日曜日は丸ごと動けないから。貴方たちだけでダンジョン攻略しててね」
「……彼氏?」
「残念、友達。あー、彼氏ほしー」
ヴィオラさんは結構忙しいみたいだな。まあ、この歳だったら友達と遊びに行くのが当然か。俺たち、ぼっちと廃人ばかりでごめんなさい……
ヴィオラさんとルージュは、約束通り劇場の方へ向かう。そして、俺とリュイは、アイとの付き合いでカジノに向かうことになった。
今になって気付く。これは劇場に行った方が正解だったのでは? アイのギャンブルに付き合うって……やばいな、嫌な予感しかしないぞ。
「さて、レンジさん、リュイさん! まずはスロットです」
赤い絨毯に、豪華なシャンデリアの賭博場。周りのプレイヤーは、歳上の男ばかり。相当にのめり込んでいる人が多そうだ。
俺とアイは隣同士スロットの台に座り、リュイは後ろからそのゲームを見る。彼は周りのプレイヤーが気になっているようだ。
「僕、こういうのあまり好きではないんですけど……」
「まあ、運試しみたいなもんだ。気軽にいこう」
俺が適当にスロットを回しながらそう言うと、アイが声を張り上げた。
「違いますレンジさん! 全っ然違います!」
「な……なにが……」
「運でギャンブルを行っても、勝てるはずがありません! こういうゲームは全て、運営側が儲かるように出来ています。確率の勝負に持ち込んだ時点で、こちらが圧倒的に不利なんですよ!」
確かに、彼女の言っている事はもっともだ。相手もビジネス、お金を儲けられなければどうしようもない。これはゲームの中のミニゲームなので、そのあたりは優しく出来ているだろう。しかし、それでも簡単に勝たせてくれるはずがない。ゲーム内と言えど、攻略にあたって最重要なお金が掛かっているのだから。
「じゃあ、どうすれば良いんだ。スロットなんて、運のゲーム以外の何物でもないだろ」
「簡単です。目押しをすればいいのです」
目押し、絵柄の動きを見切り、タイミングを見てスロットを止める事。
アイの言葉を聞き、俺とリュイは台を覗き込む。容赦なく、高速で回転するスロット。絵柄を確認する事すらままならなかった。
「で……出来るかボケー!」
「不可能に決まってるじゃないですか!」
「それをこなすのが、生粋のギャンブラーです」
彼女は涼しい顔で、淡々とスロットを止めていく。この可憐な少女が、やりなれた様子で博打を行っている。これはまた、恐ろしい絵面だな……
真面目なリュイは、アイのアドバイスを真剣に聞き入れている。この二人のコンビ、危険な臭いしかしないな。
「目押しを極めてボタンを押せば、最終的な勝率は五分五分と言ったところですね。ようやく公平な勝負に持ち込めるぐらいです」
「確かに……レンジさんのスロットより、7が二つ揃う確率が多く感じます」
「レンジさんがこのまま続けても、九割がた勝てませんよ。搾取されるだけでしょう」
なるほど、つまり一定の技量を持っている者が公平なギャンブルを行うことが出来、持ってない者はただお金をつぎ込むだけという事か。ゲームの中のミニゲームと言えど、中々シビアに作られてるな。
俺はスロット台から離れ、他のゲームを希望する。
「だったら別のにしてくれよ、ちゃんと運で勝負できる奴」
「むう……そうですね。では、ルーレットを行いましょうか」
ルーレットか、聞いたことはあるが実際に見るのは初めてだ。
そもそも、俺はあまり賭け事が好きではない。安定と平穏を求める俺にとって、リスクのある行動は出来れば避けたいところ。正直、ここに長居するつもりはなかった。
隙を見て、アイから逃げなくちゃな。俺はそのチャンスを伺いつつ、彼女に付いていくのだった。
俺たちの目の前に置かれた、赤と黒のルーレット台。回転盤が大きく回り、中には白い球が転がっている。周りには複数の人が集まり、各自チップを投資している様子。見るだけで何となくルールが分かり、初心者にも優しそうだな。
「0から36までの数字にチップを投資する参加型のゲームです。ディーラーがルーレットを回し、出た数字を当てた人が勝利となります。本来は参加人数に限りがありますが、この世界のルーレットはサブゲーム。大人数でバンバン賭けれるのですよ」
アイは複数ある台の中から一つを選ぶ。この時点から彼女は真剣だ。絶対に勝つという思いがひしひしと伝わってきた。
「色々必勝法が考えれれていますが、基本は運ですね。まあ、ディーラーが一番儲かるのは確実なんですが」
やがて、その台のディーラーがベルを鳴らし、ゲームが始まった。
初め、アイは全く動こうとはせず、他プレイヤーの賭けを監視する。少しすると、彼女は数枚のチップを掴み、それを六つの連続した数字にかける。まずは手始めだろうか、掛け金はかなり少なめだ。
「本来はベッドの賭け方に種類がありますが、ここでは簡略化されているようですね。好きな数字を最大六つ選び、賭ける数が多いほど当たった時の見返りも少なくなる。簡単でしょう?」
いや、ルールは簡単だが、当てるとなると相当に難しいぞ。0から36なら、数字を六つ選んでも当たる確率は六分の一以下。普通にやったらまず儲からないな。
外れたお金をディーラーが回収するなら、やはり一番勝つのは運営か。まあ、これは仕方ないだろう。
ある程度参加者が集まると、ルーレットの回転がスタートする。回りだしてから、数人が賭けたチップの引き上げを行う。だが、アイは動かずだ。
やがて、白い球がある数字の溝に落ちる。それは、彼女の賭けた数字だった。
「うわ、当てやがった。何か考えがあったのかよ」
「相手はプロのディラーです。一番賭けられたお金が少ない所を狙って、ルーレットを止めているんですよ。この台を選んだのは、ディーラーの技量が一番高いと踏んだからです。彼なら的確に、賭け金の少ない場所を狙えるのではと予測しました」
「すまん、ガチすぎて退いた……」
なにこの子、怖い……しっかり理屈の通った賭けをしてるよ。
大儲けとはとても言えないが、この短時間でちゃんと結果を出した少女。口だけじゃなかったんだな……
「よく、大量にお金を賭けた方が勝てると言われていますが。私はそう思いません。いかに確率の高い賭け事を行えるのか、これがアイちゃん確率論!」
「可愛らしく言ってるが、全然可愛くないからな?」
チップを受け取り、大変ご満悦のアイちゃん。お前が楽しそうで何より、だが俺はそろそろ勘弁してほしかった。
俺はこの恐ろしい館からの脱出を決める。すまんアイ、そろそろお前に付き合いきれなくなってきた。
そして、すまんリュイ。俺は今、お前をスケープゴートにしようと模索している途中だ。恨むなら彼女を恨んでくれ。
邪な感情を巡らせつつ、いよいよ行動に移るのだった。




