33 それではさようなら
俺たちは強風に扇がれながら、列車の屋根を伝っていく。既に周りの風景は砂漠へと変わっており、風と共に叩きつけられる砂がチクチクと痛かった。
今までは戦闘中で気づかなかったが、後部車両でヴィオラさんが戦っているのが分かる。カエンさんに合流されたら厄介だ。これは急がなくちゃな。
俺は敵によってダメージを受けたリュイに、撤退するように言う。
「リュイ、下に戻って、回復していてくれ。ここは大丈夫だ」
「ですが……」
「どのみち、頼みたい事があるんだ。最後尾のプレイヤーを前車両に避難させてくれ」
「……何か策があるのですね。分かりました」
リュイは足を止め、素直に客席へと戻っていく。無理してるのは分かってるんだよ。回復薬で無理やり戦わせるつもりもないしな。
さて、次はルージュをサポートだ。俺はアクセサリーとして装備していた炎の護符を、走りながらルージュに手渡す。
「敵は俺を狙わない。ルージュ、この炎の護符を持っていてくれ。魔導師はHPが少ないしな」
「分かった……!」
今回の事件。全く状況は分からないが、全ての原因が俺にあるという事は察しがついた。それと同時に、自分の存在がこの世界において異端だという事を再認識する。結局、仲間に迷惑かけてしまったな……
エルド、これはお前の差し金か? 何で俺の前に出てこない。恨みがあるのなら、直接俺を潰せよ。本当に、一体お前は何者なんだ……
列車の最後尾、その場所で二人のプレイヤーが戦闘を行っていた。
一人は俺たちのギルドマスターであるヴィオラさん。もう一人は、サングラスにカウボーイハットを被った謎の男。恐らく、カエンさんの仲間だろう。
両方ともこちらに気づかず、目の前の敵に集中している様子。これは、下手に首を突っ込まな方が良いか。そう思った時、カエンさんが戦う二人の間に割り込んだ。
「バルメリオ! わりい、こっちを手伝って……」
「バカ野郎! 来るんじゃねえよ!」
目の前にはヴィオラさんの攻撃が迫っている。にも拘らず、彼は無防備なまま戦いに参入してしまった。
バルメリオと呼ばれた男は、守るようにカエンさんを払いのけ、迫りくる剣と対峙する。これは、典型的な苦労人体質だな。
「スキル【チャージ】!」
「ちい……!」
ヴィオラさんが放つ払い飛ばしのスキル。バルメリオさんはそれを銃の柄で受け止め、何とか直撃を凌ぐ。だが、ノックバック効果により、後方へと弾き飛ばされてしまった。
距離が空いたことにより、むしろ銃士にとって有利な形となる。彼は真っ黒い銃を構え、それをヴィオラさんに放つ。
「スキル【パワーショット】!」
「スキル【バッシュ】!」
巨大な銃声と共に放たれる弾丸。彼女はそれを広範囲スキルによって振り払う。防御にも使える便利なスキルだな。敵の攻撃も強力だが、それ以上にヴィオラさんのスキルが優秀。相当に鍛えられているのが分かる。
俺たちは戦いのが落ち着いたのを見計らい、彼女の元へ駆け寄った。
「ヴィオラさん、大丈夫ですか!」
「ええ、勝てない敵じゃないわ。そっちが無事で良かったわよ……」
心配した様子のアイを、ヴィオラさんは落ち着かせるように撫でる。何だかんだで、この人がいると落ち着くな。
少し涙目だったルージュも、今は自信を取り戻している。やっぱり、今まで怖かったのだろう。
俺たちが会話している間、敵側も何やら話し合っているようだ。
「あの女、強いのか……?」
「相当だ。レベルも技術も、俺たちより頭一つ上。今拮抗できてるのは、まあ気合だな」
「まじかよ……」
どうやらバルメリオさんはヴィオラさんに苦戦していたらしい。これは、別行動して正解だったな。結果として、彼をヴィオラさんが止める形になったのだから。
「そっちこそ、低レベルのガキ四人になに苦戦してんだ」
「あいつら、やべえんだよ! ポニテのガキはゲーム慣れしてやがるし、青リボンの女に至っては実力のほどが知れねえ!」
「へえ……」
会話を聞くと敵の方も相当焦っているようだ。特にカエンさんは、完全にぐだぐだになっている。そんな彼を小ばかにするように、バルメリオさんが言葉を投げた。
「だから言っただろ。うまい話には裏があるんだ」
「だが、いまさら退けねえ……こっちもプライドってものがある」
「上等」
あの人たち滅茶苦茶かっこいい会話をしてるな。信頼できる相棒と言うのは本当に良いものだ。男同士じゃなきゃ、あんなやり取りも出来ないしな。
だが、こっちだって単なるプライドでやられるわけにはいかない。何より襲われる理由が分からないのが一番納得できない部分だ。
俺と同じことを思ったのか、ルージュがこの疑問を敵に向かって放つ。
「貴様ら……! 何でボクたちを襲う……!」
「あ? 依頼を受けたんだよ。別に恨みとかねーよ」
「誰の依頼だ……!」
「知らねーよ! 初めに金を送られて、依頼に成功したらその倍の金額を出すと言われてんだ!」
お喋りなカエンさんは、とにかく情報をペラペラと喋ってくれる。これなら、初めから素直に聞けばよかったな。
だが、依頼主は情報が漏洩しないように、余分なことを彼に話していない。結局、襲われる根本の原因は分からないままだった。
会話が終わったことにより、再び戦闘へと戻る。最初に動いたのは、待ちくたびれたバルメリオさんだ。
「まあ、そんなわけで」
彼は先ほどまで戦っていたヴィオラさんを無視し、俺たちの元に走ってくる。銃は構えていない。まさか、体術を仕掛ける気か!
アイとルージュをひらりとかわし、一瞬のうちに俺の目の前に立つ銃士。彼は右足を振り上げ、俺を一つ前の車両へと蹴り飛ばす。ジャストガードを狙おうと思ったが、急な体術に反応できなかった。
「レンジさん……!」
「レンジって言うのか。お前、邪魔なんだよ。お前をゲームオーバーにしたら、報酬が下がるからな」
叫ぶアイの事など、この男の眼中にない。バルメリオさんは俺と同じ車両へと移り、銃を取り出す。そして、倒れる俺に銃口を突き付けた。
ヤバいなこの人。バカっぽいカエンさんとは違う。金目的じゃなく、本気でプレイヤーキラーをやっていると分かる。完全に技術タイプの強者。確かに、この人ならレベルの高いヴィオラさん相手に粘れるのも納得だ。
「レンジ、お前には屈辱的に生き残ってもらうぜ。カエン、邪魔者は分離した! 全体魔法で雑魚を焼き払え!」
まずいぞ……俺がいなくなったら広範囲の魔法で全滅を狙われてしまう。撃たれるの覚悟で動こうと、俺は体に力を入れる。しかし、そんな俺をバルメリオさんは容赦なく踏みつけた。痛いな畜生、これはどうにも出来ないぞ……
敵としては、これほどのチャンスはないだろう。カエンさんは、召喚獣に今出来る最大の魔法を命令した。
「イフリート、最大火力でぶちかましてやれ! ファイアリスオール!」
『ぐるる……!』
イフリートは両手に炎のエネルギーをため、それを最後尾全体へと放つ。仲間以外を巻き込むオール系の魔法。魔法攻撃はジャストガードも不可能だった。
この状況、攻撃メインのヴィオラさんやルージュにも打開できない。アイ、お前のプレイヤースキルを信じている。この危機を乗り切ってくれ!
彼女は二枚のローブを取り出すと、それを一枚ずつ魔法のベールに変える。これは、防具消費スキル【マジカルクロス】か。
「スキル【マジカルクロス】! アイテム、ウィザードローブ!」
「なっ……防御スキルかよ!」
アイとルージュを包む魔法の衣。それはイフリートの業火を阻害し、受けるダメージを最小限に抑える。
そうか、【マジカルクロス】はアイテムを消費するスキル。レベル差に関係なく、アイテムの性能で効力が決まる。そこそこ、値段の張るウィザードローブを消費すれば、高レベルの魔法も耐えれるわけか。
彼女たち二人は、ライフギリギリの部分で凌ぎきる。やはり、炎の護符を渡して正解だったか。出来れば、誰一人ゲームオーバーにしたくないからな。
この一撃を防いだのは大きいぞ。敵だって、そうバンバン魔法を命令できるはずがない。召喚術士の本職は召喚。特別通常の魔法が得意なはずがなかった。
「やべえ、MPが……」
「派手に魔法を使いすぎたみたいね!」
イフリートのMPが底をつき、一気に形勢逆転だ。素の耐久力で攻撃を耐えきったヴィオラさんが、反撃を開始する。彼女は軽快な剣技で、カエンさんへと斬りかかっていった。
魔法職である彼が、接近戦に対抗出来るはずがない。これは、完全にこちらのペースだな。わざわざ召喚獣を相手する必要もなかった。
絶望し、完全に諦めている様子のカエンさん。そんな彼を、バルメリオさんが一喝した。
「カエン! ガキ二人のHPは風前の灯、あとは剣士の女だけだ! 二人で畳み掛けるぞ!」
「あ……ああ!」
まさに鶴の一声。これにより、再びカエンさんに闘志が宿った。
俺を放置し、バルメリオさんは仲間の元へと走り出す。後ろから俺の攻撃を受けることもいとわずか。本当に仲間思いな良い人なんだな。
しかし、俺は外道な人間。その優しさを利用させてもらう。
「三人とも! 俺と同じ車両に移ってください!」
俺は立ち上がり、そうヴィオラさんたちに指示する。彼女たちはその言葉を信用し、一気に敵から離れ、前の車両へと飛び移った。よし、すべては計画通りだ。今、最後尾にいるのは敵二人のみ。さあ、ここからが本当の戦いだ。
俺は敵が動くより先に、目的の場所へと走り出す。その場所は、客車と客車の間。列車の連結部分が存在するバルコニーのような場所だ。
俺は列車の屋根から飛び降り、その空間へと足を下した。このゲームをまともにプレイする気はない。ど真面目くんじゃ俺には敵わないことを証明してやる。
「これはリアルファイト。ギミックは生かしてこそだ!」
乗客車両を繋げる連結部分。俺はそれに向かって、スパナを構える。そして、鋼鉄すらも解体するスキルをおもいっきりブチ込んだ。
「それではさようなら! スキル【解体】!」
「な……なにー!」
巨大な音と共に、連結部分は容易く破壊される。それにより、最後尾が列車から切り離され、遥か後方へと離れていった。
当然、敵二人はその車両に乗っている。彼らは砂漠の真ん中へと置き去りにされ、当分追いつくことはできないだろう。
こうなってしまえば、プレイヤースキルも残りライフも関係ない。理不尽だが、勝ちは勝ちだった。
悪いな。ちまちまHPを削るのは主義じゃない。ライフをゼロにすることだけが、勝利の条件とは限らないんだ。
敵を出し抜き、久々に俺は気持ちの良い勝利を味わう。やっぱり、俺の戦いはこうでなくちゃな。




