32 列車上の戦い
俺とリュイは運転室に入るため、その前車両である機関室の扉を開ける。瞬間、猛烈な熱風が俺たちの顔にあたった。
火の召喚獣を警戒したが、何てことはない。この熱は、動力炉から発せられているもの。機関車のエネルギーである石炭が、灼熱の炎によって燃えているのだ。
部屋を見渡すと、俺たちの視界に三人の男が映る。どうやら、動力炉の管理を任されたNPCらしい。
「んー! んー!」
「レンジさん! 作業員の方が拘束されてますよ!」
縄に縛られ、口に布を巻かれているおっさんたち。炉に石炭を入れ、炎の魔法を放つ役目を担っているのだろう。
俺たちは安全を確かめると、機関室の中に入り、扉を閉める。ここまで来たなら、もう他のプレイヤーに頼るつもりはない。これは、俺たちギルドの問題なのだ。
リュイは拘束されているNPCを助けようと、彼らに近づく。だが、俺はそんな彼を呼び止めた。
「触るな。罠かも知れないし、基本一般人は役に立たない。無視だ」
「ばっさりですね……」
NPCを殺す事は出来ない。だからこそ、邪魔にならないように拘束したのだろう。彼らの身の安全が保障されているというのなら、むしろ触れない方が正解だ。悪いが、こっちもそれほど余裕は無いんだよ。
俺は注意深く、部屋を捜索する。敵がいるのなら、この部屋である可能性が高い。流石に列車を動かす操縦室をジャックしたりはしないはずだ。運航に支障が出ると、他のプレイヤーにも喧嘩を売ることになるのだから。
捜索を続けていると、俺は何処からか視線を感じ取る。根拠はないが、敵は近くに潜んでいる気がした。アイは俺の危機回避能力を評価していたのだから、今回はそれを信じてみよう。
俺は周囲を見渡していく。そんな中、目に留まったのは溶鉱炉の炎。何やら、普通の炎より熱く、濃度が濃いようにも感じる。
「この炎、普通じゃない……」
俺がそう呟いた瞬間だった。炎は急激に燃え盛り、高温の熱風を発する。やがてそれは炉の中から溢れ、機関室全体を赤く照らす。
普通ならば、列車は瞬時に炎上するだろう。しかし、炎は周りの物を燃やすことなく、徐々に形になっていく。
この形は人だ……炉の中に人が隠れていたのか!
「へっ、感が良いじゃねえか。スキル【召喚魔法】、イフリート!」
まるで主人を守るように、彼の体を覆う召喚獣。【召喚魔法】というものは、こんな使い方もできるんだな。恐らく、これも数あるスキルの中の一つだろう。
召喚獣は主人の体から離れ、その隣に足を落とす。黒い角に赤い体、炎を纏った召喚獣イフリート。こいつが、彼のパートナーということだろう。
「俺、火焔ってんだ。てめえらをぶち殺すプレイヤーキラーってとこだな」
『ぐる……』
赤い宝石があしらわれたローブに、杖を持った召喚術士。どうやら、彼が俺たちを狙うプレイヤーキラーらしい。
やはり、ヴィオラさんは罠に嵌り、見当違いの方向へ行ってしまったんだな。結果、俺たちは完全に分散されてしまった。
リュイはアイとルージュを心配し、カエンさんに直接彼女たちの事を聞く。
「アイさんと、ルージュさんはどこですか!」
「女二人だったら、とっくにゲームオーバーだぜ。窓の外に吹き飛ばしちまったからな」
「なっ……」
窓の外か……こりゃ生きてるな。
あのアイのことだ。列車の外壁にしがみ付いているのが、容易に想像できる。彼女はそんなに弱いプレイヤーではない。恐らく、窓の外で反撃の機会を狙っているはずだ。
そうとも知らず、勝ち誇っている様子のカエンさん。
「さあ、すぐにお前らも……だふっ!」
そんな彼の後頭部に、ルージュによるメイスの一撃が放たれる。この技は上部から叩きつけるスキル、【兜割り】か。レベル差はあるものの相当に痛そうだ。
カエンさんは殴られた頭を押さえつつ、驚愕した様子で後ろへと振りかえる。
「てめえら、どうやって……!」
「車両の隙間に針を差し込んで、ぶら下がってました」
「はあ? 化け物かてめえは!」
可愛らしく首を倒すアイに対し、カエンさんは声を荒げた。まあ、ごもっともな感想だろう。
彼は舌打ちをすると、召喚獣に攻撃の命令を出した。いよいよ、強硬手段に出てきたか。
「計画が狂っちまったぜ。イフリート、【炎魔法】ファイアリスだ!」
『ぐる……』
イフリートの右手に炎のエネルギーが集まる。その瞬間、灼熱の炎が機関室を覆い、俺たち全員を牽制していく。どうやら、一撃でゲームオーバーにするつもりはないらしい。
ファイアより上位の魔法、ファイアリス。この人、中堅プレイヤーか。レベルの差は歴然、普通に戦ったら流石のアイでも勝ち目はないな。
なら、ここはお得意の小細工で乗り切るしかない。幸い、ここは機関室。ギミックならば腐るほどある。
「ルージュ、炉に【水魔法】だ!」
「うん……! スキル【水魔法】、ウォータ!」
俺の指示を聞いたルージュは、【水魔法】を機関車の動力源に放つ。
すると狙い通り、威力の低いルージュのウォーターは、高熱の炎によって瞬時に蒸発する。大量の蒸気は狭い機関室に充満し、視界を追っていく。
「何だこれ、畜生!」
「今の内に、上に逃げましょう」
「てめ、待ちやがれ!」
このゲームは、リアルに作られている。せっかく、現実と同じ現象が起こるのならば、それを利用しない手はない。生憎、俺は剣術やスキルで物事を解決する勇者様じゃないんでな。
俺たちはアイに続き、窓から列車の屋根へと移っていく。先にルージュとリュイを行かせ、最後に俺が上へと昇る。
追いかけようとするカエンさんは、彼が拘束していたNPCのおっさんに足止めを食らっているようだ。ナイス、おっさん。縄を解かなくてごめんなさい。
俺たちは強風にあおがれつつ、列車の上部へと上る。とても戦闘を行える場所ではないと思ったが、意外にも普通に歩ける様子。やはり、これは古いテクノロジーである機関車。電車と比べれば圧倒的に遅かった。
全員が屋根に上り終えたときだ。主人より先に追いついたイフリートが、ルージュに向かって炎の拳を振りかざす。
俺は瞬時に鉄くずと火薬を取り出し、それにスパナを叩きこむ。アイテムによるダメージは、レベル差に関係ない。グレネードで返り討ちにしてやる。
「スキル【発明】、アイテムグレネード!」
「ばーか! 炎の精霊に爆発が効くかよ!」
俺が爆弾を投げたのと同時に、ようやく追いついたカエンさんがそう嘲笑った。彼の言うように、この攻撃は無意味。イフリートは爆炎を吸い込み、むしゃむしゃと食べてしまう。非常に満足げなのが憎たらしい。まあ、ルージュへの攻撃を中断したから、良しとするか。
相手が炎なら、こっちにも炎の護符がある。だが、レベルの差があるため、広範囲の魔法を使われたら一気に全滅となるだろう。
状況は絶望的。しかし、なぜかカエンさんは、積極的に攻めに出ない。
「イフリート! 広範囲の魔法は使うな。一人ずつ消し炭に変えろ!」
「え……?」
どういう事だ? レベルの低い雑魚を散らすなら、全体攻撃で一気に焼き払った方が早い。なのになぜ、一人ずつ仕留めに出ているのか。
その疑問はすぐに解消されることになる。
「俺だけ、狙われていない……」
イフリートは範囲の狭い通常攻撃によって、俺以外を狙っていく。それが仇となり、アイのジャストガードに阻害されて、攻めきれない様子だ。
レベル差があるにもかかわらず、手加減し、苦戦している原因は、どうやら俺にあるらしい。
「なぜ、レンジさんを避けているのでしょう……」
「男は無視。女はぐへへ……とかいうアレじゃないですか? リュイさんも遠目で見れば女の子に見えますし」
「このゲームは全年齢対象の健全なゲームです。下心のあるボディタッチは強制ログアウトですよ」
アイとリュイが、戦いながらそう会話する。この考案が正しいなら、むしろ俺を先に片付けるはずだ。突っ込みたかったが、論議はルージュの参入で、さらに脱線する。
「見るだけでいい……太ももフェチとか……!」
「……それです!」
それです! じゃねえよ。それじゃねえよ!
「確かに……捕えて太ももを見るだけならば、罪にならない。ただの迷惑行為です!」
おい、何リュイまで乗せられてるんだ。そこは突っ込んどけよ!
話が纏まったことにより、アイが最終的な結論を出す。
「結論が出ましたね……敵は太ももフェチのど変態!」
「誰が太ももフェチのど変態だゴルァ!」
聞いていたか、そしてやっぱり怒ったか。って言うかカエンさん、結論出るまで待っていてくれたんだな。この人も結構バカなのでは……
答えを否定されたことにより、アイは新たな答えを導き出す。
「うーん……うなじフェチ!」
「殺す。ぶっ殺す。消し炭にしてやる」
怒涛のボケ連打についにブチギレたか……
カエンさんとイフリートは再び臨戦態勢に入り、魔法の詠唱を始める。だが、彼が攻撃する前に、リュイが行動に移った。
「相手がレンジさんを狙わないというのなら、考えがあります。皆さん、レンジさんにくっ付いてください!」
「あ! てめえこら!」
三人が俺の周りに集まり、カエンさんは迂闊に攻撃できなくなる。どうやら、俺をゲームオーバーにしたくないのは本当のようで、彼はイラつくような素振りを取った。
しかし、これでは格好の的だぞ。瀕死の状態にされるだけではないか?
そう考えていると案の定、カエンさんはうろたえる事なく攻撃命令を出す。
「なーんてな! だったらミディアムに焼けばいいだけの話しだ! イフリート、ファイア!」
「ええ、そうするでしょうね。ですが、中途半端にライフを残せば、しっぺ返しを食らいますよ!」
イフリートから放たれる灼熱。しかし、前衛に出たリュイが、その攻撃を一手に引き受ける。
炎は容赦なく彼の身を焦がし、大ダメージを与えていく。俺は助けに入ろうと思ったが、すぐにその手を止めた。なぜなら、彼は笑っていたのだから。
「さあ、反撃開始です……! スキル【袖摺返】!」
魔法攻撃にカウンターを与えるスキル、【袖摺返】。リュイは一気にイフリートの間合いに入り、日本刀によって切り裂いた。
これはうまい。威力を返すカウンター技に、レベルの差など関係ない。流石のイフリートもこの一撃は堪え、大きなうめき声をあげた。
『ぐが……!』
「イフリート! てめえ、よくも……」
パートナーへの攻撃に逆上するカエンさん。しかし、怒りの言葉を噛み殺し、その場の感情を抑え、彼は冷静な行動に移る。
「退くぞ、イフリート。スキル【回復魔法】、ヒール!」
「回復もできるのか!」
カエンさんの発する癒しの魔法が、イフリートの傷を癒していく。
召喚術士は、召喚魔法以外にも通常の魔法も使用可能だ。魔導師や僧侶ほど特化されてはいないが、それでも性能はそこそこ高い。
俺たちの危険性を感じたのか、敵は車両の屋根を伝い、後部車両へと走り出す。
別に放っておいても良かったのだが、彼の向かう先にはヴィオラさんがいる。俺たちは彼女との合流も兼ねて、その後に続いた。




