31 灼熱の大陸へ
五日目、4時間のトレーニングを終え、俺たちははヴィオラさんたちと合流する。
昨日ギルドに入ったルージュも、予定の時間にはしっかりとログインしていた。彼女には練習について話していない。誘えば来てくれるかもしれないが、それはアイの判断に任せよう。
俺はヴィオラさんに今日の予定を聞こうとする。しかし、話しを切り出す前に、いきなり彼女が言葉を放つ。
「レンジ、アイちゃん、今日【イエロラ大陸】に行くから」
「ふぁ……!?」
待て、開口一番でそれかよ。まったく訳が分からないぞ。
状況を知っているリュイは、頭を抱えながらヴィオラさんのフォローに入る。
「ヴィオラさん……段取りをつけて説明しないと……」
「魔道列車に乗って、【イエロラ大陸】に行くわ」
「そういう意味ではありません……!」
今日もリュイの突っ込みが冴えてるな。綺麗な顔に似合わず、非常にキレのある反応だ。
彼は呆れた様子で、俺たちに状況の説明を行う。ヴィオラさんよりも若いのに、しっかりしていた。
「昨日、レンジさんたちと別れた後、今日の予定を話し合ったんです。メンバーが五人集まって、やることが無くなってしまいましたから」
そうだ、俺たちの目的はギルドメンバーを五人集めることだったな。問題なく解決したから、完全に忘れていた。
ヴィオラさんは、リュイの話しに付け加えて説明する。
「それで、この大陸でレベル上げるか、別大陸に行くかって話になったの」
「ボク……! 新しい大陸に行きたい……!」
「って感じで、今日行くことになったわけね。ちゃんと許可書も発行してもらったから、すぐにでも向かえるわ」
若干、ルージュのわがままが入っている気もするが、そこは目をつぶろう。
新大陸か……柄にもなく、何だか冒険したい気分でいっぱいだ。機械技師を選んだことにより、俺は機械に関して若干の興味を持ち始めている。前々から、蒸気機関車も気になっており、断る理由がなかった。
「行きましょう、レンジさん! 新大陸ですよ!」
「ギルド設立していきなり遠征か。本当に思い立ったらすぐ行動だな」
アイに駆り立てられ、気持ちも高鳴る。忙しいが、充実しているな。のんびりコツコツ、生産やレべリングを行う事を、このギルドは許してくれないらしい。
だが、俺はそれで満足している。たくさんの仲間で行う冒険。最近、それが心地の良いものに感じて仕方がない。
人との関わりを避け、安全策を取ってきた俺。この世界に足を踏み入れ、少しずつ変わってきたのだろうか?
だとしたら、それは良い事なのか、悪い事なのか。現状では判断のしようもなかった。
俺たちはメインストリートを抜け、魔導列車ターミナルへと到着する。中に入ると、そこには高い天井に広い空間が広がっていた。
日本の駅とは違い、ホームによって分けられていないため、余計に広く感じる。大きなガレージに、何本も線路が繋がっているという形だ。
「おっきい……」
「凄いですね……」
ルージュとリュイのお子様二人が、駅を見渡して口をあんぐりとあけている。うん、良い反応だ。
先輩の俺はメンツを立てるため、クールな対応を取る。そしてかっこを付けるように、ヴィオラさんに行先についての詳細を求めた。
「これから向かう【イエロラ大陸】って、どんな所なんですか?」
「一言で言うなら砂漠ね。砂と遺跡の大陸【イエロラ大陸】。そこの、道楽の街オーピメントに止まる予定よ」
そう言われても、俺はオーピメントという街を知らない。物知りなリュイが、詳しい情報をくれる。
「聞いたことがあります。道楽の街オーピメント、オアシスの真ん中に浮かぶ街で、カジノと劇場が有名らしいですよ」
オアシスでカジノ、要するにラスベガスという事だな。このゲームの世界観を考えると、ネオンによって彩られた街並みは期待出来ない。しかし、道楽と言うからには、やっぱり派手な都市なのだろう。
アイはそんな遊びの街に、興味津々の様子だ。
「か……カジノ!」
「アイ、そこは劇場の方に食いついておけよ……」
相変わらず、見た目と言動が一致していない。お前が博打やってるところを見たら、周りの人から注目されるのは確実だな。ルージュのように、可愛らしく劇場の方に興味を持ってほしかった。
「ぼ……ボクは劇場に行きたい……!」
「大丈夫よ。私もついて行ってあげるから」
以外にも、ヴィオラさんもカジノに興味がなさそうだ。この人だらしないから、絶対ど嵌りするタイプだと思ったんだけどな。アイと言い、人を見た目で判断してはいけない。
行先の次は目的だ。ヴィオラさんは俺が聞くより前に、その目的について話していく。
「でも、本当の目的は素材集めだから。アイちゃんが使う、生産用の木綿を商人から大量に購入する予定よ」
「砂漠の街で木綿の輸入ですか。まるでアラビアンナイトですね」
「雰囲気出るでしょ?」
高々ゲームだと思ったが、結構史実に基づいて構成されてるな。さしずめ、【グリン大陸】はヨーロッパ、【イエロラ大陸】はアラビア半島と言ったところか。でも、ラスベガスがあるのはおかしいな。突っ込み不要か。
「でも、そのためには道楽の街オーピメントから、サンビーム砂漠を超えて、行商の街エンダイブに行かなくちゃダメね。地獄の砂漠越えよ」
「モンスターも強そうですね……気合を入れていきましょう!」
このゲーム、水分を補給しないとゲームオーバーだったな。加えて、砂漠のお決まりである無駄に強めのモンスター。確かに、これは地獄になりそうだ。
何だか一気にテンションが下がったが、うだうだしてても仕方がない。アイは気合い充分みたいだし、俺もテンション上げていかないとな。
俺たちが客席に座ると、まもなく汽車が動き出す。汽笛の音を鳴らし、白い蒸気を吹き上げ、汽車は【イエロラ大陸】へと向かっていく。
車内は木製の造りで、自然のいい香りがしている。このアンティークなデザインも非常に俺好みだ。
窓際に座っているルージュが、座席の上でバタバタと跳ねる。
「汽車……! きっしゃー……!」
「ルージュ、あまり騒ぐな。他のお客に迷惑だぞ」
彼女の隣りに座っている俺は、そう注意を促した。このテンションは、完全に遠足のそれだな。
ルージュはどうしても落ち着かないのか、突如席を立ちあがる。そして、汽車の先頭に向かって走り出した。
「運転席を見てくる……!」
「ご一緒します! ルージュさん!」
そう言って、彼女の後に続くアイ。おいおい……あまり勝手に動くなよ。好奇心旺盛すぎるだろ。
注意を促す前に、彼女たちは俺たちの視界から消えていく。リュイじゃないが、本当に子供だと言いたいところだ。
俺たちは少しの間、列車に揺られる。この様子だと、結構時間がかかりそうだな。ゲームなので睡眠を取ることも出来ない。俺は時間がもったいないので、アイテムや装備の整頓をしていく。
そうしていると、ヴィオラさんが新しいシステムについての話しを切り出した。
「そう言えばレンジ、フレンド登録について説明していなかったわね。ここで話しておくわ」
「お願いします」
フレンド登録、電話帳みたいなものか。俺はこの世界で色々な人と親しくなっているため、それなりの数がたまっていそうだ。
ヴィオラさんから、その詳しい説明を聞く。
「頭の中でウィンドウ出ろって思うと、メニューウィンドウが出るわ。このゲーム、アイテムはバッグだし、ログアウトも思うだけで出来るし、フレンド登録の時ぐらいしか使わないわね。そこの申請者リストが、登録できる人よ」
俺はメニューを出現させ、フレンド登録ができる者のリストを見ていく。
ギルドメンバー以外で申請が出ているのは、ハクシャ、シュトラ、ヴィルさん、マーリックさん、バルディさん、ディバインさん、ピカくん、ギンガさん、アルゴさん、イリアスさん。
上位プレイヤーが二人もいる。今考えると物凄い事だな。いまだに残っているバルディさんの名前にしんみりしたが、それでも彼を信じて全員フレンド登録を行う。
「う……イシュラの名前だけない……闘技場で少し戦っただけの、ピカくんの名前もあるのに……」
「完全に嫌われてるわね」
本当に嫌な奴だな。こんな態度を取られたら、こっちまで嫌いになるだろ……まあ、誰からも絶賛されるより、一人くらいこういう奴が居てもいいか。ムカついたから、こっちから申請を出す。反応が楽しみだ。
俺たちがこういったやり取りをしていると、リュイがこちらに向かって話しかけてくる。彼は何だか、落ち着かない様子だった。
「何だか、暑い気がするんですが……」
「言われてみれば、まだ砂漠には遠いはずなんだけど……」
暑い、確かに暑い。窓の外から、微弱な熱風を感じる。
俺は特に気にすることなく、窓の外をのぞきこんだ。すると、汽車の外壁に、赤い何かがしがみついているのを見つけてしまう。
黒い角に赤い体、周りには炎が燃え盛っており、非常に目つきが悪い。これは完全にモンスターだな。 彼はこちらに気付くと、焦った様子で呻き声を上げる。
『ぐる……』
目と目が合った。瞬間、モンスターはやけになったのか、こちらに向かって火の粉を飛ばしてくる。俺は瞬時に飛びのき、車内で尻餅をついた。
「おわっ……!」
その隙に、モンスターは汽車の上部へと逃げていく。危ない、危うく直撃で大ダメージだった。何で車両の壁にモンスターが居るんだよ!
「そ……外にモンスターが!」
「モンスターじゃないわ。召喚獣よ!」
ヴィオラさんの言葉によって気づく。召喚獣、召喚術士が精霊との契約によって、使役できるようになるNPCだ。
そうなると、俺はプレイヤーによって危害を加えられたのか? これは結構まずい状況ではないか。リュイが辛辣な表情で、言葉をこぼす。
「まさか、プレイヤーキラー……?」
「汽車の中だぞ。俺たちはお金もアイテムも持ってないし、リスク冒してまで襲う価値あるのかよ」
そうだ、俺たちは貧乏ギルド。メンバーのレベルも低く、装備も満足に揃っていない。それに加えて、ヴィオラさんは上位プレイヤーにも引けを取らない強さで、アイとリュイの技術も高い。襲ったところで、得る物など全くなかった。
だが、敵がいるのは確実。車両の上から、わざとたてられた足音が聞こえてくる。
「車両の上に誰かいる……?」
「誘ってるってわけね。私は敵を追うわ。二人はアイちゃんたちを探してきて!」
何の考えもなく窓から身をのりだし、車両の上へと登るヴィオラさん。そんな彼女を、俺たちは呆れた様子で見つめていた。
「どう考えても、罠だよなあ……」
「ですね……」
男二人は大きくため息をつき、自由奔放な女たちのサポートに移る。
この事件に気付いたレベルの高いプレイヤーたちは、完全に見て見ぬふり。この廃人ども、少し冷たすぎるだろ……まあ、日常茶飯事だから、相手していられないのは分かる。
俺とリュイは車両の前列に向かって歩いていく。この非常事態でも、周りの迷惑にならないよう、走らずに向かうところが非常に俺たちらしかった。




