30 プレイヤーキラー
アルゴさんとイリアスさんの指導を受け、俺は機械製作を開始する。
今回はもっとも簡単な装備、ハンドガンを作ることに決まった。鉄くずを分解し、それを溶かしたり、溶接することによって、少しずつ形にしていく。
これはゲーム。現実の生産とは違い、知識や技術はそれほど重要ではない。生産スキルのレベルさえ上がれば、誰でも職人になれるのだ。
現実では出来るはずのない行動が、この世界では自然に出来てしまう。何だか不思議な感覚だ。脳を弄られているようで、少し怖かった。
「あー、ダメっすよ。そこは、こうっす」
「難しいですね……」
イリアスさんは自分の制作をしつつ、こちらにアドバイスをくれる。俺は彼女の指示を聞き入れ、形になった部品を組み立てていった。
こうして見ると、結構単純な作りだな。鉄の塊をパチンコのように高速で弾いているだけか。これなら、現実でも作れそうな……
「あー、言っておくが。現実でこれ作っても、弾丸が真っ直ぐ飛ばないぞ。これ、ゲームだから」
「ですよねー」
考えていたことを見透かされたように、アルゴさんが説明してくれる。
やっぱり、普通はこんな作りで銃になるはずがないか。完成までの時間が現実とは比べ物にならないほど速いので、当然といえば当然だ。
【ディープガルド】時刻で0時、現実時刻でも0時。丁度、両方の時刻が重なる深夜。ようやく俺は生産に区切りをつけた。
結局、練習のためにハンドガンを三つ製作し、その中で最も出来の良いアイテムを自分の物にする。残りは、このお店に売ってもらう事に決まった。
「こんなの売れるんですか……」
「NPCは何でも買ってくれるぞ。深く突っ込むな」
こんな粗悪な物を買って、いったい何に使うのか。アルゴさんの言う通り、NPCにそんな突っ込みは不要だ。彼らはゲームの都合によって動かされる命。気分が悪いが、気にしないのが暗黙のルールだった。
生産活動によりレベルが上がり、俺のレベルは9となる。ヴィオラさんから聞いていたが、やっぱり戦闘をしなくてもレベルが上がるんだな。
「【生産成功率up】のスキル持ってるっすよね? 生産で手に入れたスキルポイントは、生産のスキルに入れるルールっす!」
「何ですかその俺ルールは……」
イリアスさんからそんな事を言われ、少しスキルポイントについて考えてみる。今までは自身の拘りで、【状態異常耐性up】につぎ込んでいたからな。
レベル8まで【状態異常耐性up】を強化した結果。気づかないうちに、スキルレベルが4へと上がっていた。他のスキルを見てみると、レベル1か2なので、相当のペースで鍛えられていると分かる。
たまには他の自動スキルを鍛えてみるか。俺はスキルポイントを【生産成功率up】に全て振り分けた。
生産活動を終え、そろそろこのお店に別れを告げようとした時。店の扉をノックする音が聞こえてくる。どうやら、客人が訪れたようだ。
「ん? お客さんっすか。どうぞー」
「失礼する」
イリアスさんの許可を貰うと、客人は扉を開け、店内へと足を踏み入れる。
鋼鉄の鎧を身に纏った強面の男。アルゴさん以上の身長とがたいを持ち、歩くたびにガシャガシャと鉄の音が響く。こんなにインパクトの強い人、一人しか居なかった。
「でぃ……ディバインさん!」
「何で【ゴールドラッシュ】のギルドマスターがここに……!」
おいおい、本当に何でこの人が現れるんだよ! 正直、滅茶苦茶ビックリしたじゃないか。アルゴさんも相当驚いているぞ。これは心臓に悪いな。
「会いに来てくれたんですね!」
「ああ、約束したからな」
アイは笑顔でディバインさんを迎え入れ、ボディタッチをする。二人とも熱血漢で図太いタイプなので、馬が合うのだろうか? あの強面のディバインさんが、笑っているようにも感じる。
「【ゴールドラッシュ】のギルドマスターと、あんなにフレンドリーに……」
「いや、それはあいつだけですから……」
アルゴさんが驚くのも無理はない。あんな厳つい男が、ふわふわした少女と仲良くしているのは、非常に不気味だ。まあ、中身の方は二人とも同類なんだが。
しかしアイ、お前は基本誰とでも仲良しだな。その怖いもの知らずな性格には脱帽するよ。
「私たちに、何か用ですか?」
「バルディのことについて聞きにきた。お前たちは、彼と仲が良かったのだろう? 何か不審な点はなかったか?」
調査を兼ねて、俺たちの様子を見に来たんだな。流石はギルドマスター、本当に真面目な人だ。
しかし、俺たちはディバインさんの期待する答えを持っていない。バルディさんの会ったのは同じ日、仲が良くても彼の事情など知るはずがなかった。
「僕たちがバルディさんと出会ったのは同じ日です。生産に悩んでいたこと以外、特に気になる点はありませんでした」
「ふむ……そうか……」
他に、何か情報を持っていただろうか。そう言えば、気になる事が一つあったな。
「そう言えば、バルディさんが怪しいスキルを発動させていました。スキル【覚醒】、今でもはっきり覚えています」
「やはりか……最近、【覚醒】のスキルを持つ者が、急なPK行為に及ぶ事件が多発している。私たち【ゴールドラッシュ】は独自に調査をしているが、お手上げ状態というありさまだ」
流石はギルドランキング二位の強豪ギルド、この情報は既に手に入れていたか。
しかし、エルブの村以外にも、同じような事件があったんだな。これはもう、作為的な物を感じて仕方がない。スキル【覚醒】の情報さえ手に入れば進展しそうだが、それが出来ない理由がある。
マーリックさんが言っていた。バルディさんはゲームオーバー後、記憶を失っていたと……恐らく、他の【覚醒】使用者も、同じように記憶を失っているのだろう。
「レネットの村といい。最近は不穏な動きが多い。くれぐれも気をつけることだ」
ディバインさんの言葉を聞いた瞬間、俺とアイの表情が凍る。レネットの村……? おいおい、あの平和な村で事件が起きたのか。
アイは動揺した様子で、彼に向かって声を荒げた。
「れ……レネットの村で何かあったんですか!」
「急なアップデートで、現在は完全閉鎖されている。昨日の夜、一瞬で更地になってしまったという情報があるが、事実は定かではない」
一瞬で更地……冗談じゃない。そんな事があってたまるか。あそこにはステラさんたちも居るんだぞ。
これは何かの間違えだろう。アップデートというなら、運営がしっかり修正してくれるはずだ。何も心配なんていらないはず。そう思いたかった。
「ステラさんと村長さん、大丈夫でしょうか……」
辛辣な顔をするアイ。気持ちは分かるが、今は運営とディバインさんに任せるしかない。これはゲームだ。ゲームの問題は、ゲームの専門家が解決する以外になかった。
俺たちはお店の二人とディバインさんに別れを告げ、その場でログアウトする。ここ数日、ログアウト時は不穏な雰囲気になってばかりだな……
雪と氷に覆われた【インディ大陸】、最果ての街スマルト。巨大な城の一室で、二人のプレイヤーが会話する。
高級感のある絨毯に、自然の風景が描かれた絵画。暖炉には赤い炎が灯っており、部屋全体を温める。
そんな部屋で赤いマフラーの女性が、少年から報告を聞いていた。盗賊のプレイヤー、イデンマだ。
「それで、任務は無事に達成したわけか」
弓術士のリルベから報告を聞くと、彼女は眼光を鋭くする。リルベに活せられた任務は、レネットの妖精をエネルギーに変化すること。結果は成功、順調その物だ。
しかし、少年には一つ気がかりがある様子。それは、あるプレイヤーの監視に関してのことだった。
「英雄様のお気に入りの周りに、煩い虫が数匹。あいつら邪魔だよね? 殺っちゃう?」
「そうだな……周りの奴らに印を刻めば、思うように動かせるかもしれないな」
彼からの提案をイデンマは聞き入れる。すると、リルベは怪しく笑みをこぼし、装備している弓の弦をピンとはじいた。
「決まりだねー。ついにおいらの出番ってことかな」
「ダメだ。私たち自身が手を下すのは、リスクが大きすぎる」
「えー!」
彼らが直接手を下せば、情報が漏えいする危険を伴う。慎重派であるイデンマが、そんな橋渡りを許可するはずがなかった。
彼女はプレイヤーキラーを雇い、それに任務を任せることを考える。
「安心しろ。野犬を数匹けしかけておくさ」
「雑魚の手に務まるのかねー」
これはこれで楽しんでいる様子のリルベ。愚か者同士を戦わせ、それを高みの見物するというのは非常に気分がいい。そう彼は考えているのだろう。
混沌、それこそが少年の目的。歪んだ感情は、この世界すらも歪めたくて仕方がなかったのだ。
【グリン大陸】、王都ビリジアンの裏路地。その奥で二人の男が話す。
彼らの中の一人は、金貨の入った袋をもう一人のプレイヤーに渡す。赤い宝石が散りばめられた美しいローブを着た魔法職。この特徴は召喚獣を扱うジョブ、召喚術士だった。
「バルメリオ、仕事だ」
ローブの男からお金を受け取ったプレイヤー。黒いサングラスにカウボーイハットを被った男、バルメリオ。彼は不審の眼差しで、召喚術士を睨みつけた。
「また胡散臭い奴らの依頼か? いつか、足元すくわれるぞ火焔」
「お前には迷惑かけねーよ」
バルメリオは、今回の依頼主を快く思っていなかった。それも当然、彼らは自らを名乗らず、目的も明かさない。ただ、お金だけを渡して仕事を依頼する。怪しいと思っても仕方がなかった。
だが、支払いが良いのは事実。カエンはそのお金に釣られ、良いように動かされている様子だ。
「報酬もたんまり貰える。金が入れば、お前も良い銃を買えるぜ」
「良い銃は、作って貰わなきゃ手に入らねえよ……」
バルメリオは銃士。銃に対しては、それなりの拘りがある。そんな彼が、店で買った銃に満足できるはずがない。本当に性能のいい武器を手に入れるには、誰かに生産を頼るか、自分で生産を極める以外になかった。
だが彼の立場上、誰かに生産を頼むなど出来るものではない。それをカエンに指摘される。
「俺たちプレイヤーキラーに、物作ってくれる奴が居るわけねえだろ。夢見てんじゃねーよ」
「そうだな、俺たちはよく言う悪人だ」
バルメリオの言うように、プレイヤーキラーはこの世界での悪人だ。誰もが蔑み、撲滅すべき存在として、認識されている。
しかし、PK行為は立派なシステムだ。それをゲームの一環として楽しむのは、別に悪い事ではない。全てはイメージの問題だった。
「システム上、認められてる行為を悪人呼ばわりかよ。けっ! むかつくぜ」
「人は誰だって、悪人を欲しがってるのさ。それを承知の上でやってんだろ? 文句言うなよ」
バルメリオは割り切っていた。自分は悪人、だから周りから蔑まれるのは当然。むしろ、それが彼にとっては心地の良いものだった。
「お前はこんな扱いで良いのかよ」
「ああ、俺は悪人に酔っているからな……」
悪、それは孤高の存在。悪、それは絶対の存在。
この男にとって悪とは、このゲームを続ける理由でもあった。




