29 機械技師の本質
ルージュがギルドに入ることに決まり、ヴィオラさんのテンションが最高潮に達する。彼女は少女の手を引き、自らのギルド本部に走り出した。
「じゃあ、ギルドへご招待よ!」
「うん……!」
何でかんだで、この二人の仲は良さそうだ。いきなり、ルージュが暴言を吐いた時はどうなる事かと思ったが、あれが素の性格なら仕方ないな。今後、直していくしかない。
はしゃぐ二人を、やれやれといった様子で見るリュイ。そんな彼に、俺は一言声をかける。
「悪いリュイ、ちょっと別行動させてもらうよ」
「……ふむ、分かりました」
彼はアイの様子を見た後、素直にギルド本部へと戻っていく。流石はリュイだ。全て察してるな。
アイには聞きたいことが山ほどある。しかし、俺自身隠し事をしているため、踏み入った質問をするわけにはいかない。まずは、自然に探りでも入れてみるか。
「悪かったなアイ」
「何がですか?」
「悪者みたいな真似をさせた。気分悪かっただろ」
「いえいえ、大丈夫です。むしろ、気分が良かったぐらいですよ!」
「いや、それはそれで困るんだが……」
このバトルマニアが……本当に、何で生産職を選んだのだろうか。彼女なら、もっと他に適したジョブがあったはず。それが、アイに対して最も不審に思っている部分だった。
いい機会だ。今なら、自然にその疑問を問うことが出来る。
「なあ、何で裁縫師のジョブを選んだんだ? お前、戦闘する方が好きなんじゃないのか?」
「そうですね、前のゲームではバリバリの戦闘職でしたよ。もっと血がいっぱい出るリアルなやつです」
「そ……そうか……」
誤魔化さずに、素直に話してきたか。ようやく観念したようだな。
やはり、アイの正体はバイオレンスな熱血バトルマニアか。優れた戦闘技術に、特別上手くもない生産技術。明らかに、ジョブと彼女の能力は噛み合っていない。
そんなアイが生産職を選んだのには、とある事情があった。
「私、戦えば戦うほど、皆から孤立しちゃうんです。最近それが寂しくなって、誤魔化すように生産職を選びました。一応、女の子ですから服にも興味ありましたし」
まあ、あんな調子で戦ったら、そりゃドン引きされるよな。特に、彼女の可愛さに釣られた男どもは、絶対に幻滅するだろう。まず、自分より強い女という時点でアウトだ。
「でも、隠せるはずがありませんでした。対人戦になると、血が騒いじゃうんですよね。私のこと、嫌いになりました……?」
「いや、素直に話してくれてありがとう。そんな事で、嫌いにならないよ」
「本当ですか! すいません……私、レンジさんを信じ切れていませんでした。これからは絶対、絶対信じます!」
まだ、他にも聞きたいことがあったが、今はこれで納得しておく。アイの言葉は筋が通っており、疑う余地もない。これ以上の言及は彼女の心を傷つけるだけだろう。
疑問も晴れ、俺はギルド本部に戻ろうとする。しかし、そんな俺をアイが呼び止めた。
「レンジさん、ちょっと付き合ってください。気になるお店があるんですよ」
このタイミングで買い物か。【ディープガルド】時刻は6時で、行動を起こすには中途半端な時間だ。
まあ、特にやることもないので、付き合うのもいいか。リュイには別行動すると言ってあるしな。
俺はアイの誘いにのり、彼女の後に付いていった。
王宮へと続く大通り。そこから裏路地に入った奥に、怪しいお店が立っていた。屋根についている看板には、「ROCO所属 Argoのお店」と書かれており、中からは油と鉄の臭いがしてくる。お店の横には工場のような場所もあり、中々広い敷地を使っているようだ。
「ここは……?」
「機械技師のお店みたいですよ。朝、偶然見つけたんです」
「偶然……ね……」
こんな裏路地にある隠れたお店。偶然見つかるものなのか……?
このお店以外にも、機械技師のお店なんていくらでもある。あえてここを選ぶ理由が見つからなかった。
しかし、こういう隠れたお店というのは、少々気になる。俺は誘われるように、お店のドアを開けた。
扉の向こうに広がっていたのは、壁に掛けられた大量の銃。機械のお店というより、ウェスタンな武器屋と言った方が自然かもしれない。
キョロキョロ店を見渡す俺たちに、二人の店員が声をかける。
「おー、新人の機械技師か?」
「ここは機械のお店っす。デートに来るには、ちょーっとチョイスを誤ってるっすよ」
俺たちを向かえたのは、機械技師プレイヤーの男女二人。ギルド所属と書いてあったので分かっていたが、やはりNPCではない。
赤い髪にゴーグルを付けた褐色肌の女性が、デートと言ってからかう。それを聞いたアイは、むしろ喜んでいる様子だ。
「そんなー、デートだなんて。そんなんじゃありませんよー。そうですよね? レンジさん」
「そうだな」
「う……」
舞い上がる彼女を、一言で受け流す。だから、お前は怪しいんだよ。まずは不信感を取り除いてから、アピールしてくれ。
俺たちが交際を否定すると、男性の方が自己紹介に入る。武将髭の大男で、親方という見た目のプレイヤー。生産活動だけではなく、戦闘の方もかなり強そうだ。
「生産市場ギルド【ROCO】所属のArgoだ」
「同じく、【ROCO】所属、イリアスっす」
アルゴという男に続き、イリアスという女性も自己紹介する。生産市場ギルド【ROCO】。ギルドランキング四位の強豪ギルド。恐らく、その活動のほとんどが、生産や販売なのだろう。
俺たちは、そんな二人に自己紹介を返した。
「レンジです。ギルドの名前はまだ未定だと思います」
「同じギルドのアイです。気になるお店だったので、入っちゃいました」
ギルド名が決まっていないので、締まらない自己紹介になってしまう。これは、ヴィオラさんに相談した方が良いかもしれないな。
俺たちの自己紹介を聞いたイリアスさんは、商品の銃を人差し指に引っかけ、くるくると回す。
「私たちは、同じパーティメンバーでお店を開いてるっすよ」
「俺たち以外にもあと二人いるが、今はログアウト中。ちなみに、全員が機械技師だ」
完全に機械技師で固めた生産パーティ。それに加えて、上位ギルドに所属し、お店や設備も整っている。これは相当に良い商品が作れそうな環境だな。
「完全な生産パーティなんですね」
「普通に戦闘もするっすよ。でも、機械作って売るのが本業っすね。珍しいっしょ?」
珍しい? 機械技師は生産職なのだから、機械作って売るのが普通ではないのか?
気になったので、俺は迷わず聞いてみた。
「普通、生産職って物を売るものじゃないのですか?」
「んー? お前、もしかして機械技師の本質知らないなー?」
そう言えば、俺は自分と同じジョブを選んだ人と初めて会った。右も左も分からないまま、何となく機械技師を使用しているだけで、実際は何も知らない。
これはチャンスだ。ここで何としても、自らのジョブを把握しなくてはならない。そう思っていると、イリアスさんとアルゴさんが詳しく説明してくれる。
「機械技師は名目上生産職っすけど、その本質はバリバリの戦闘向けジョブっすよ」
「機械アイテムなんて、銃士ぐらいにしか受容ないしなー」
戦闘向けジョブだったのかよ! 確かに、機械なんて滅多に使う物じゃないな。
しかし、そうなると生産職に組する理由が分からない。【機械製作】のジョブ、本当に必要なのだろうか?
「じゃあ、何のために生産が……」
「機械技師の生産は、自分のための生産っす。これで、ロボットを作って、強化して、戦うっす」
そう言うと、イリアスさんが奥の扉を開ける。そこから見えたのは、人が一人乗るほどの小型のロボットだった。
俺は誘われるようにドアまで歩き、その光景を目に焼き付ける。錆びついた鉄のボディに、露出した幾つもの歯車。蒸気が噴き出る筒があり、産業革命時代のアンティークな雰囲気を醸し出していた。
アニメでよく見る近未来的な物とは違い、二頭身でずんぐりむっくりしている。しかし、力強く、渋いこのデザインは嫌いではない。
「こいつが……機械技師の本質……」
「まあ、今気づいて良かっただろ」
アルゴさんの言う通り、早く気付いて良かった。こんなものを見せられて、興奮しない訳がない。居ても立っても居られない気分だ。
一刻も早く【機械製作】を極めたい。今まで、これといって作りたいものが無かったため、やる気が出なかったが、今は違う。ロボットを作り、戦闘に使用するという当面の目的が出来た。ようやく、戦闘で目立つ動きが出来そうだ。
だが、俺のギルドには【機械製作】の設備が無い。しばらく、待つ以外にないのが非常に残念だ。
俺が諦め、先送りにしようとした時だった。アイが二人に向けて、あるお願いをする。
「すいません、ここで機械制作の練習をさせて欲しいのですが……」
「良いっすよー。場所は沢山あるし」
まるで、俺の心を読んだかのような的確な行動。流石にこれには驚いた。
「おい、アイ……!」
「迷惑でした……?」
迷惑であるものか。むしろ、感謝の気持ちでいっぱいだ。お前には本当に、助けられてばかりだな……
「いや、ありがとう。このチャンス、絶対ものにするよ」
俺がやる気になると、アルゴさんとイリアスさんも釣られてやる気になっている。二人は積極的に、俺にアドバイスをくれる。
「初めは銃でも作っとけー。スパナだけじゃ心もとないし、サブ装備は必要だろ?」
「鉄くず、安くするっすよー。普通のお店で買うより、ここで買った方が断然お得っす」
店の商品を見てみると、確かに安い。普通のお店で買うより、二割ぐらいお得か。今朝買った素材も、ここで買えば良かったな。
俺はハクシャとの決闘に勝ち、ヴィルさんから譲り受けた10000Gで鉄くずを購入する。
ヴィルさん、譲り受けたお金は、自分の成長のために使わせてもらいますよ。
「良い店が見つかって良かったですね!」
「ありがとうアイ。お前のおかげだ」
こうして、俺は初の機械製作に挑戦することになった。
消費するアイテムと違い、装備アイテムを作る手間は半端じゃない。恐らく、時間も相当に使うだろう。だが、アイもこのお店の二人も、俺に付き合うつもりらしい。本当に俺は、色々な人に助けられているな……




