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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
一日目 始まりの街エピナール
3/208

02 大空を飛ぶもの

 何もしていないのだが、なぜかとても疲れた。気疲れって奴だろうか。

 俺は大の字になって草の上に寝転がる。何もせず、ただ流れる雲を見つめる時間。このまま動かずに、のんびり眠ってしまいたい、そんな気分だ。


「これからどうしよう……」


 こんな事なら、ちゃんとゲーム説明を聞いておくべきだった。

 詳しい奴ならばとっくに行動をし、レベルも上がっているかもしれない。だが、俺は一人で動ける自信が無いのだ。ネットで調べもしないし、やっぱ嫌々やってるのがいけないよな……

 ここでしばらく腐っていようと思った時、太陽を遮るかのように俺の視界に誰かが顔を覗かせた。


「あの……」


 突然話しかけられたこともあり、俺はしばらく硬直する。

 視界に映るのは一人の少女。華奢な体つきに、セミロングの髪。職人のようなエプロン姿をしており、それには所々縫い目がついている。見た目では何のジョブか分からない。その戦闘向けではない服装からして、俺と同じ生産職の何かだろう。

 彼女ははにかみながらも、俺に向けて話しかける。


「お困りでしょうか。良ければ、お力になれたなと……」


 俺はすぐさま飛び起き、彼女の前に立った。 


「なっ! いつの間に!」

「さっきログインしたばかりです」


 これは恥ずかしい。誰もいないと油断し、大声で自らの感情を叫んだが、まさか自分と同じように初ログインする者がいるとは考えもしなかった。

 俺はとっさの判断で、正直に自分の置かれている状況を話す。叫びたくなる今の気持ちを分かってもらうためだ。


「いや、俺こういうゲームは初めてで……何をすればいいのか分からなくて……」

「そういう事ですか。任せてください! 私、こういうゲームに詳しいんですよ!」


 すんなり受け入れる少女、結構単純だった。

 彼女は肩に掛けたポーチから、筒状の何かを取り出す。どうやら、それは地図らしい。ゲーム開始時の初期アイテムとして全員が持っている物だろう。

 俺は自分のアイテムケースである腰袋を確認する。確かに、そこには地図と薬草がしっかりと入っていた。やはりこの少女、ゲームに馴れている。


「こういう場合は、まずは街を目指して歩くんですよ。ちゅーとりある? って奴ですね!」

「た……助かる!」


 少女は地図を片手に持ちつつ、西の方角へと歩み進める。俺はその後ろへと付き、彼女と共に街を目指すことにした。

 これは非常にラッキーだ。この手のゲームに詳しいプレイヤーと居合わせるとは、幸先の良いスタートと言える。俺は名前も知らない少女に頭を下げ、自己紹介を行う。


「悪い、町まで同行させて貰うよ。俺は稲葉いなば蓮二れんじ、よろしくな」

「だ……ダメですよ本名は!」

「ああ、そうだったな。蓮二レンジだよ。ユーザー名と同じだ」


 ある理由により、俺は自分の名前でこのゲームをプレイする必要があった。

 そもそも、この世界に訪れたのは全て現実世界の事情。リアルネームを明かすことに抵抗などあるはずがない。だが、そのリアルネームをネタにされるのは、流石にカチンとくるものがある。


「レンジ……電子レンジ!」

「いや、誰もが思うだろうが。普通口にしないだろ……」

「すいません……」


 初対面でいきなりこんな事を言うとは、かなり肝が据わった少女だ。胸は小さいが、度胸だけは人一倍と言える。

 しかし、この馴れ馴れしさは、この場面ではむしろ都合が良い。話しを合わせ、関係を円滑にし、自らの目的を果たすために利用しない手はない。

 そんな俺の邪な考えも知らず、少女は嬉々とした様子で自己紹介する。


「私の名前はAIアイ。本名と同じなんて、私とお揃いですね!」

「へえ、お前も……」


 よっぽど本名が気に入っているのだろうか。そうでなければ、自分の名前をそのままユーザー名にすることはない。まさか彼女に限って、俺のように訳ありという事もないだろう。


「正直、心細かったんですよー。でもでも、ここで貴方に会えて良かったです。あ、街に着いたら何しますか? 予定ありますか? 私はまず防具のお店に行って、可愛い服があるか見て回って、それから……」


 よく喋るなこいつ。俺は街までの同行と言っているのに……

 どうやら、俺は残念な美少女という者に遭遇してしまったようだ。彼女のお喋りは止まることなく、俺へと降り注がれていく。


「もしかして、貴方は攻略組さんですか? それとも、楽しむために?」

「攻略も、楽しむのも、興味ないよ」

「ほへ、では貴方は何をしにここに来たんですか!」


 俺は何をしにここに来たのか。決まっている。俺の目的は最初から一つ。

 特に興味もないこのゲームを貰い受け、難解なゲーム説明を聞き入れた明確な理由。全てはある人物によって引き起こされたことだった。


「俺は、人を探しているんだ」

「人?」

「エルドってプレイヤーだ。俺はそいつに呼ばれたんだよ」


 そう、全てはこのエルドと言う男が原因だ。

 この【ディープガルド】のTPで、ゲーマー中のゲーマー。ほぼ毎日家に引きこもり、滅多に家から出ない俺の友人だった男。こいつに呼ばれて、俺はこの世界に降り立つことになってしまった。

 こいつのせいで俺は情緒不安定の睡眠不足。何もかもが滅茶苦茶だ。


「俺は絶対にあいつを見つけだす……見つけて真実を問質してやるんだ!」

「見てくださいレンジさん! てふてふです!」

「聞いてないのかよ!」


 アイは蝶々を指さし、ご満悦な様子だ。本当に、気楽なものだった。


「ああもう! 先に行くぞ!」

「あ、待ってください!」


 俺は彼女を無視し、町の方角へと歩み進める。もっとも、一人で町まで向かう気などさらさら無いのだが。

 しかし、すぐさま俺はその足を止める。止めざる負えなかった。

 俺の目の前に立ち塞がるゼリー状の何か。「きゅー」と声を上げ、こちらを威嚇している事から、それが生物だと分かる。あまりにも気味が悪く、進行を止めるには充分すぎる要素だ。


「うへ、なんだこいつ!」

「スライムですね。さっそくモンスターです」


 青く、透き通ったゼリー状の魔物。このゲームの世界観だろうか、デフォルメ化され、モンスターにしてみれば可愛らしい。デザインがグロテスクではないのは、俺にとって非常にやりやすかった。

 しかし、モンスターとの戦闘は人生で初めてこと。たとえ相手が可愛らしいデフォルメモンスターでもやはり怖かった。


「ヤバイな……逃げるぞ!」

「大丈夫ですよー。スライム程度で逃げていたら、いつまでたってもレベルが上がりませんよ」


 アイの言っている事は正しい。たとえ生産職でも、ある程度戦闘を重ね、レベルを上げなければお話にならない。これはRPGロールプレイングゲーム、戦闘を避けることなど出来るはずがないのだから。

 少女はポーチから大きな針を取り出し、それを構える。明らかにポーチ本体より大きいのだが、これはゲーム、突っ込んではいけない部分だろう。

 可愛らしい見た目の少女が、武器を構え、本気で戦闘を行おうとしている。ヘタレな俺からしてみれば衝撃の光景だ。


「まさか……あいつを倒すのか!」

「当たり前じゃないですか。行きますよ!」


 彼女は巨大針を槍のように使い、モンスターに突き立てる。このゲームは全年齢対象、VRMMOで最も健全なゲーム。突き立てられた針は刺さることなく、相手モンスターのHPヒットポイントゲージのみを減らす。

 本当に、リアルな世界観ではなくて良かった。もし、血までもリアルに再現されたゲームなら、俺はモンスターを倒す事すら出来ず、気絶しているだろう。

 そんな俺とは対照的に、アイはバリバリ戦える様子。序盤らしい通常攻撃での殴り合いをスライムと展開していた。


「やっぱり、生産職じゃ威力が低いですね……うわ、仲間を呼んじゃいましたか」


 スライムが二匹に増える。これは流石に加勢しなくてはならないだろう。男の尊厳に関わってしまう。

 確か、機械技師メカニックにはスキルという物があったはずだ。今こそ、これを使うべき時だろう。俺は視線をスライムへと向け、そのスキル名を叫んだ。


「スキル【発明クリエイト】!」


『素材がありません』


 なぜか現れるエラーメッセージ。それにより、スキルは不発に終わってしまう。

 素材が無い。いったいどういう事だ。


「あれ? おかしいな……スキル【発明クリエイト】!」


『素材がありません』


 もう一度叫んでみるが、やはり素材が無いらしい。スキルは不発に終わってしまう。

 ゲームなんだから、ポンと都合の良いもの作って終わりじゃないのか。全く状況が理解できないぞ。 


「素材って何なんだよ!」

「レンジさん、もう倒しちゃいましたけど」


 スライム二匹を軽く葬り、アイの戦闘は終わる。結局、俺はこの戦いで何も出来なかった。情けない。

 しかし、それは俺が悪いわけではない。スキルだ。この全く使えないスキルのせいなのだ。


「何なんだよ……このスキル全然使えないぞ……」

「当たり前ですよー。それは素材消費スキル、アイテムを持っていないと使えないんです」


 アイテムが無いと使えないスキルなど聞いていない。本当に、文字通り聞いていなかった。

 混乱する俺を見たアイは、自分のスキルを例に説明していく。


「私の持っているジョブ、【マジカルクロス】は布の装備一つ消費で、パーティの防御能力を上昇させます。レンジさんの【発明クリエイト】も同じですよ」

「お……俺の場合は何が必要なんだ?」

「うーん、機械だから鉄とか石炭?」


 要するに、金属や燃料が無ければ機械を作ることも、動かすことも出来ないという事だ。

 その時、俺はある事に気づく。いや、気づいてしまった。


「もしかして俺って、鉄や石炭を手に入れるまで、何も出来ないんじゃ……」

「そ……そうなりますね……」


 こうして、機械技師メカニックレンジというお荷物が完成したのだった。

 それと同時に、この機械技師メカニックがレアだと言われた意味を理解する。

 戦闘するにも素材が必要、作れる物は極めて限定的な機械だけ、何より序盤で全く動けない。このジョブを選んだ者は、途中で飽きて投げ出してしまうのだろう。ランダムセレクトめ、何て恐ろしいものを俺に擦り付けたのだろう。


「さて、リセットするか……」

「ダメですよ! 私との出会いもリセットする気ですか!」

「ああ、そうさ! ゲームはな! やり直しが出来るからゲームなんだよ!」

「夢と希望に溢れたこの世界で、なんて夢のない台詞を!」


 俺はゲームに対して、尊敬も拘りもない。リセットして全て解決するのならば、俺は容赦なくそれを選ぶ。たかがゲームだ。熱くなってはいけないのだ。

 だが、アイの方はなぜか必死だ。よほど、俺との出会いを消したくないのだろうか、とても健気な奴だった。


「もう少し頑張ってみましょうよ。絶対、いつか神様の祝福がありますから!」

「神様の祝福ね……」


 そう言えば、NPCの女性も似たようなことを言っていた。このゲームにおける決まり文句なのだろうか。

 しかし、決まり文句だろうが何だろうが、俺には大きな目的がある。序盤から躓いてはいられないのだ。

 アイには悪いが、やはり初めからやり直し……


「うわ、何だ……!」


 リセットを決意した瞬間。突如、大きな突風が草原に吹き荒れる。

 それと同時に、俺たちの頭上を巨大な影が覆い始める。空も、雲も、太陽も覆い隠すそれは、巨大な鉄の塊だった。


「なんだ、あれは……」

「ひ……飛空艇です……」


 壮観だった。

 真っ黒い外観に赤いプロペラ。そのビジュアルは、まさに空を飛ぶ船。

 現実的に考えれば、とても飛行など出来ない形状だろう。だが事実、巨大な船は俺たちの頭上を通過し、はるか遠くまで飛び立っている。その時、俺は改めてこの世界がゲームの世界だと実感した。


「機械技師って、レベルが上がればあんなの作れるのかな……」

「作れますよ。絶対、絶対作れます!」


 この巨大飛空艇の登場で、リセットの話しは有耶無耶になってしまう。

 とにかく先に進む、それからゆっくり考えよう。こんな俺を信用するバカが一人いるからな。


 スキルは使えない。技術も持っていない。モンスターと戦うのは怖い。チートとは無縁のヘタレな俺と、天然で人を疑うこと知らない少女。

 こうして、バカ二人の大冒険が幕を開けたのだった。


 いや、大丈夫かこれ……

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