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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四日目 王都ビリジアン
29/208

28 貴様には貴様

 ルージュの一撃を受けたアイ。彼女は受け身の態勢から立ち直り、悠々と服の埃を払う。

 気のせいか、何やら悪寒のようなものを感じる。背筋が凍るような、以前感じたことがあるこの感覚。どこで感じたのかは思い出せないが、あまり芳しくない状況なのは分かる。


「本当に……本当にこのゲームは、私を楽しませてくれますね……」

「アイちゃん……?」


 ヴィオラさんが冷や汗を流すのも無理はない。鈍器によって殴りつけられ、かなりのダメージを受けたのにも拘らず、アイは笑っているのだから。

 いつもと同じ純粋無垢な笑顔。しかし、この場面ではむしろそれが狂気的に感じる。彼女は怒っているのか……? 喜んでいるのか……?


「思い通りにならない事こそ、面白いことはない。違いますか?」


 アイは視線を俺たちに向け、そう質問を投げる。

 どうやら喜んでいるようだ。良かった……いや、あまり良くないか。


「むう、そう思うのは私だけですか、残念です」


 誰からも反応がなかったことを嘆くと、彼女は再び動き出す。小細工なし、真正面から敵に大針を突きつけるアイ。力もスピードも生産職レベル、しかし狙いは正確だ。

 驚いたルージュは、スキルによって応戦体制に入る。先ほども使用した、メイスを振り回すスキルだった。


「スキル……! 【薙ぎ払い】……!」


 だが、アイは瞬時に攻めの態勢を解き、受けの態勢に移る。ルージュのメイスが命中する瞬間、大針によってそれを振り払いジャストガードを試みる。カキン! と言う気持ちの良い音共に、彼女のメイスは容易く弾かれた。俺よりも精度の高い、完璧なジャストガードだ。


「スキル……! 【振り上げ】……!」


 攻撃を防がれたにも拘らず、ルージュは止まらなかった。彼女はメイスを下方から振り上げるスキルで、連続攻撃を試みる。命中すれば、そのままコンボに繋がるだろう。

 しかし、アイはそれすらも見切り、ジャストガードによって軽々と防ぐ。


「ス……スキル……! 【兜割り】……!」


 諦めずに、今度は上から叩き付けるスキルを使用するルージュ。だが、それも無意味。アイのジャストガードに容易く阻まれた。

 どんな強力なスキルも、どんな連続攻撃も、全てジャストガードによって防がれる。

 何という糞ゲーだ。彼女に対して攻撃を与える手段が無く、ルージュは八方塞になってしまう。


「ふ……ふぇ……?」

「どうしました? 接近戦がご所望ではなかったのですか?」


 アイは悠長に、彼女の攻撃を待っていた。まるで、力の差を知らしめるかのように、己の無力さを思い知らせるかのように……

 やられる。そう思ったのだろう。ルージュは逃げるように後ろに下がり、詠唱を始めた。これは、魔法攻撃による小細工か。彼女はメイスを振り落とし、それを発動させた。


「ほ……【炎魔法】ファイア!」

「スキル【まつり縫い】」


 すべて予測通り、そんな様子でアイは炎を回避し、スキルによって敵を拘束する。糸のようなものに絡め取られ、全く動けないルージュ。そんな彼女に対し、アイは容赦なく武器を振りかざした。


「今度はこちらから行きます。抵抗できますか?」


 そこからの試合は一方的だった。

 動きを封じられた少女に、アイは連続で大針を突き立てていく。何度も、何度も、ただひたすらに通常攻撃を試みる。普段のアイとのギャップが、よりその光景を衝撃的に見せた。

 既に【纏り縫い】の拘束は解けている。にも拘らず、ルージュは猛攻に対し対抗出来ないでいた。それほど、アイの攻撃に隙が無かったのだ。


「何これ……」

「まさに完封だな」


 驚愕するヴィオラさんに、鋭い眼光を見せるギンガさん。

 力の差は歴然、全く試合にならない状況と言える。そろそろ、止めた方が良いのではないか? そう思った時だ。痛みに耐えかねたルージュが、助けを求めるように言葉を漏らす。


「こ……降参……」


 針が顔面に命中する瞬間、アイはその攻撃を止める。彼女は怯えるルージュを見ると、まるで正気に戻ったかのように眼を見開く。

 冷や汗を流すアイ。やがて、誤魔化すように彼女は両手を上げ、その場でジャンプした。


「やったあ! 皆さん! 勝ちましたよ!」

「あ……ああ、そうだな」


 どうやら、いつものアイに戻ったようだ。今の彼女には、あの嫌な感覚はない。今日はいつもに増してトリップしていたな……

 少女は可愛らしく首を傾げ、硬直する俺たちに疑問を投げる。


「どうしました? 皆さん、嬉しくないのですか?」


 確かに勝った。これでルージュは、晴れてギルドメンバーだろう。

 しかし、本当にこれで良いのだろうか? 力で彼女を屈伏させ、無理矢理メンバーに加えたところで、本当の信頼関係を築けるのだろうか?

 そんな事を考えていると、リュイが地面に伏せるルージュの元へと歩く。


「ルージュさん、一つ質問良いですか? なぜ、魔道師ウィザードにも拘らず。接近戦を鍛えているのですか?」


 あいつ、まだ気にしていたのか。だが、この場面でそれに踏み込むのは正解だ。仲間になるのなら、あいまいな部分をはっきりさせた方が良い。

 心が折れたからだろうか。ルージュは深く俯くと、素直に自らの境遇を話していく。


「初めは、ステータスとか分からなかった……攻撃力を上げれば、魔法も強くなると思った……」

「ありがちな間違いだな」


 幼気な少女であるルージュには、ステータスのシステムが難しかったのだろう。物理攻撃と、魔法攻撃の違い。ゲーム慣れをしている者には常識だが、初心者からしてみれば意味不明だ。

 しかし、一番の問題はそこじゃない。間違えに気づいてからも、強化を続けたことだった。


「でも認めたくなくて……! ずっと続けた……! ずっとずっと……!」


 普通なら、過ちに気づけばすぐに修正する。しかし、ルージュは弱いくせに自信家だ。間違ったまま、プライドだけで突き進んだのだろう。気持ちは分からないこともない。


「今、12レベル……もう、引き返せなくなってた……データを消したら、大事な思い出も忘れちゃう……! 嫌だよ……」

「ルージュ……」


 ここから軌道修正しても、他の魔導師ウィザードに劣る存在になるのは確実。もう、ルージュは後に退けなくなっていた。

 彼女が生き残る方法は三つ。記憶を犠牲にデータを消す。諦めて他の劣化に重んじる。そして、物理と魔法を使い分ける新しい魔導師ウィザードを志す。このどれかだ。

 答えなど決まっている。ルージュは自分の道を突き進むつもりでいた。


「でも、師匠は言ってくれた……星はボクたちの進むべき道を示している! ボクにはまだ無限の可能性が広がっているって! その言葉を聞いて、ボクは師匠に付いて行くって決めた!」

「直訳、悪い宗教に引っかかったわけか」


 ああ、ルージュは思い人として、ギンガさんを見ていたわけじゃないのか。教祖として見ていたわけだな。ダメだ……理解が追いつかなくて、頭ぶっ壊れそうだぞ。

 謎の行動を繰り返すギンガさんを、ヴィオラさんがジト目で見つめる。


「あんた……何してるのよ……」

「私は大宇宙の素晴らしさを伝えるため、ゲーム初心者に対し定期演説を行っているのだ!」

「ただの売名じゃない!」


 俺が初めて彼に会った時、その定期演説に引っ掛かったんだな。ああ、だから【グリン大陸】でウロウロしてるのか。本当に迷惑な人だな。

 さっさと別大陸に移動すれば、ルージュも付いてこないだろうに……いや、彼女なら付いて行きそうか。


「でも、ギンガさん。ルージュに言った事は本当なんですよね?」

「無論。故に私は、奴にその帽子を託したのだ!」


 青い夜空に、星の模様が入った三角の帽子。これはギンガさんからのプレゼントだったのか。確かに、彼の趣味趣向が見える。


「貴様には貴様の意思があろう。だが、私には私の意思がある! それは何度も言い聞かせただろうが!」

「師匠……」


 ギンガさんの意志、それはソロプレイヤーを続けるということだ。そんな彼が、弟子を取るわけにもいかない……って、だったら信者を増やすような真似をするなよ。

 取りあえず、アイやヴィオラさんには悪いが、この決闘での賭けは無かったことにして貰おう。もっとも、それでもルージュを逃がす気はないのだが。


「ルージュ、無理にギルドに入る必要はない。入りたいのなら、お前の口から入りたいと言ってくれ」

「ルージュさん、私たちと一緒に強くなりましょう! ほら、ギンガさんも応援してますよ!」


 上手いなアイ、ここでギンガさんが応援しているといえば、彼女もその気になってくれるはず。実際、ルージュが強くなるには、何らかのギルドに入る必要があった。これは、彼女にとってのチャンスなのだ。

 少女はジト目を見開き、口を三角に尖らせる。そして、何かを決心した様子で叫んだ。


「ボク……強くなりたい……ギルドに入りたい!」


 ルージュの意志は固まった。決まりだな。

 彼女がギルドメンバーになったことにより、俺たちのギルドは五人。これで晴れて、正式なギルドとして設立される。

 そんな事実に、ヴィオラさんは大人げなく喜んだ。彼女の夢の第一歩が、ようやく踏み出せたのだから当然か。


「やったー! 五人よ五人! 正式なギルドになったのよ!」

「まったく、変な人ばかりのギルドに入ってしまいました。やれやれです」


 口では生意気を言っているが、リュイも嬉しそうに見える。勿論、俺だって嬉しい。これでひとまず、ギルド解体という最悪の末路を避けることができたしな。

 ギルドに入ったことにより、ギンガさんの弟子になる目的が潰えたルージュ。彼女は恋しそうに、彼の顔を見上げた。


「師匠……」

「ルージュ、【移動詠唱】のスキルを強化し、接近技と遠距離魔法を使い分けろ。私が言えるのはここまでだ。全ては星々の瞬くままに! 銀河ァ!」


 ギンガさんはアドバイスを残すと、颯爽とその場から消えていく。これで当分、彼と会うことはないだろう。

 ルージュには悪いが、俺はこの結果で満足している。もっとナチュラルにギルドに入れるべきだったのだが、今回の場合は仕方がない。ルージュの暴走を止めるという目的もあったからな。

 まあ、自業自得だ。こんな思いをしたくなかったら、これからこのギルドで心の方も磨くんだなルージュ。

  

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