27 魔女っ子ルージュちゃん
王都の飲食店、西洋風な造りで高級感のある外観。試合を終えた俺たちはそこで遅い昼食をとっていた。
料理はハンバーグ、ボリュームがあってお手頃という現実世界でも定番のメニューだ。
アイは俺以上の食欲で、料理を頬張っていく。
「流石です。レンジさん! 武器を投げたり、地形を利用したり、素晴らしい戦いでしたよ!」
「ただの小細工だよ。弱者の悪知恵だな」
少し誇らしげに、俺はそう言葉を返した。散々捻くれたことを言ってきたが、やはり勝つのは決して悪いものではない。べた褒めされるのも非常に気分の良いものだ。
俺はリュイの方が気になり、その結果を聞いてみる。
「リュイの方はどうだったんだ?」
「僕の方も好調でしたよ。初級は初心者が多くて、話しになりませんでしたよ」
フォークを華麗に回し、余裕に語る少年。そんな彼をヴィオラさんが否定した。
「嘘々、最後の試合は滅茶苦茶苦戦して、ビビッて三戦で止めちゃったのよ」
「う……連勝には変わりありません!」
リュイの方も負けなしか。しかし、三戦目で苦戦したのは俺と同じ、まだまだ修行が足りないな。
しかし、そんな俺たちを評価する者が、このギルド以外にも存在していた。
「見事だ少年! 貴様の輝きは、さしずめ大宇宙に現れた超新星! 流石、この私が見込んだだけのことはある!」
「うわっ! 貴方いつの間に!」
突如、俺たちの会話に混ざる変人。銀髪に輝く瞳を持った魔導師、ギンガさんだった。
彼はテーブルの上に飛び乗ると、俺に向かって指を突き付ける。
「そんな貴様の実力を評価し、ミッションを言い渡す! ルージュをギルドに加えるのだ!」
「え? 全く状況が分かりませんが……」
突然、この人は何を言っているのか。文句を言う前に、男から一喝される。
「黙れィ! さっさとルージュを連れていけ。二度言わすな、この愚か者が!」
「相変わらず、滅茶苦茶言ってますね……」
俺たちがルージュと行動していた事から、仲間になる見込みがあると思ったのだろう。もう少しナチュラルに言ってほしいものだ。
しかし、こちらが良くても、ルージュの方は違ってくる。大事なのは彼女の意思だ。
「こっちとしては、入ってほしいわよ。でも、結局ルージュちゃんの心の問題なのよね」
「そうですよ! ルージュさんは貴方に憧れているんですから!」
ヴィオラさんとアイは、そうギンガさんに言い聞かす。だが、彼が他人の意見を聞くはずがない。
「ふん、それをどうにかするのが貴様らの役目だろう。丁度、奴も現れたようだ」
「し……しっしょー……!」
飲食店内を駆け抜け、三角帽子の少女が俺たちの前に現れる。ギンガさんをストーキングしている魔導師、ルージュだ。彼女は、口を三角に尖らせ、大声で叫びだす。
「ぼ……ボクの思いを受け止めてください……! 師匠……!」
「ええい! 私は貴様の師匠などではない!」
「なら……! 弟子にしてください……!」
「断る! 貴様のような問題児を相手するなど、身の毛もよだつわ!」
この子、相当ギンガさんから嫌われてるな。まあ、ソロプレイヤーを志している人にしつこく迫ったら、そりゃ嫌われるか。
そんなルージュをギルドに入れるため、マスターのヴィオラさんが動き出す。彼女は少女の目を見つめ、言い聞かすように言葉を投げる。
「ルージュちゃん、あの人はね。とっても器の小さいダメ人間なのよ。あんな男にくっ付かず、私のギルドに入りましょう」
「本人の前でボロクソ言いますね……」
まあ、器の小さいダメ人間なのは確かだが、本人の前で言っちゃダメでしょ……彼女の言葉を聞いたギンガさんは、むしろ誇らしげにしている。本当に何なんだこの人。
ヴィオラさんの必死の説得。それを聞いたルージュは、彼女に向かって中指を立てた。
「ふぁ……ファッ○ユー!」
瞬間、ヴィオラさんは立ち上がり、座っていた椅子を持ち上げる。まさか、ルージュに投げる気か!
「うおおおおお!」
「ヴィオラさん落ち着いてください!」
「悪気はないんですよ!」
怒りで暴れ出すヴィオラさんを、リュイとアイが押さえつけた。
落ち着いた彼女は椅子を置き、再びそこに座る。やばいな、そろそろ店員に追い出されそうな雰囲気だぞ。誰か収拾を付けてくれ。
「では、こうしましょう。私たちの誰かがルージュさんと決闘して、私たちが勝ったらギルド入り。ルージュさんが勝ったら、正式にギンガさんが師匠になるということで」
そんなアイからの提案。うーん、これはギルドメンバーの賭け事ではないのか? 前回禁止したはずだよな……
いや、ソロプレイヤーを賭けているわけだし、本人の同意があれば許容範囲内か。多少無理矢理でも、収拾を付けないといけないし、これは仕方ないかな。
ギンガさんも、これには納得してもらう以外にない。
「き……貴様! 何を勝手に決めている!」
「ギンガさん! 多少のリスクを措かさなければ、問題は解決しませんよ」
「ぐぬ……」
全て、アイの言うとおりだ。ルージュの行動は、もはや常軌を逸している。無理にでも止めに入らなければ、彼自身が苦しむだけだろう。
ギンガさんの方は渋々了承する。俺はルージュに、この提案に乗るかを聞いてみた。
「ルージュはこれで良いのか?」
「勝つ……! 問題ない……!」
この子、結構自信家だな。俺やアイはまだしも、ヴィオラさんやリュイに勝てると思っているのだろうか? まあ、流石にこちらも、ガチガチの戦闘職をぶつけたりはしないが。
そうなると、戦うのは俺かアイ。このままじゃ、俺が戦う流れになるよな……そう思っていると、案の定アイから話しが出る。
「では、レンジさん! よろしくお願いします!」
「嫌だよ……相手は年下の女だし、今回は女同士で戦ってほしいな」
イシュラ戦の時も思ったが、相手が女だと心苦しいんだよ。ゲームだと分かっているし、殴ってもライフが減るだけで傷にはならないが、それでも気分的に嫌だ。
特に今回は、イシュラのようなイラッとする相手でもない。絶対に真面に戦えない自信があった。
そんな俺の心情を理解したのか、アイは素直に自分が戦う決意をする。
「むう……分かりました。今回は私が戦います」
「貴様、本当に大丈夫だろうな?」
「大丈夫です! 私、とってもとっても強いんですよ?」
ギンガさんは心配だろうな。彼女、見た目はキャピキャピな美少女、しかもお惚けな生産職だからな。 しかし、俺とリュイは知っている。こいつの中身は、熱血バトルマニア。一対一の戦いになるとトリップし、優れた戦闘技術を発揮する。
彼女なら、勝利も難しくないだろう。
俺たちは商業地区にあるギルド前に移動する。ここならば、周りの迷惑にはならないはずだ。
互いに向き合うアイとルージュ。そんな中、俺はある事に気づく。ルージュの装備が、小さなステッキから巨大な杖に変わっている事だ。先端に大きな球体が付いており、その周りに二つの輪っかが掛かっている。まるで大きな惑星だ。
「ルージュの杖が変わってますね」
「ふん、あれは杖ではないメイスだ。奴め、本気のようだな」
あのメイスに、何らかの秘密があるらしい。しかしギンガさんは、ルージュの手の内を明かすような真似をしなかった。あくまでも公平な勝負、そういう事だろう。
「じゃあ、決闘開始よ!」
そうこうしているうちに、ヴィオラさんの合図で決闘が始まる。アイ、ギルドのためにもここは勝ってくれよ。
美少女二人、スピードは互角で、スキルの発動もほぼ同時だ。互いに最初の一手は正反対のものだった。
「スキル【マジカルクロス】! アイテム、シルクのローブ!」
「スキル【雷魔法】サンダー……!」
アイは敵へと走りつつ、防御力を上げるスキルを使用する。【マジカルクロス】は防御力だけではなく、魔法防御力も強化されるスキルだ。一定時間であるが、決着の速い対人戦では非常に有用だろう。
対するルージュは雷属性魔法による先制攻撃。雷だけあってスピードは速いが、発動までの詠唱で相手に先制を許してしまう。
結果、アイは直撃を受けたが、最小限のダメージで抑える。これなら勝てるぞ。
「うーん、やっぱり魔法の威力が低いわね……何でなのかしら?」
「良いじゃないですか。相手が弱ければ、勝率も上がります」
腑に落ちない様子のヴィオラさんと、勝利を確信しているリュイ。確かに、ルージュの魔法は威力が低いように感じる。普通に考えれば嬉しいことだが、胸騒ぎがするな……
俺の心配をよそに、アイは敵の目前まで到達する。ルージュは魔導師だ。懐に入られたら、対抗する手段はない。彼女は逃げるように後ろに下がり、我武者羅に魔法を放つ。
「スキル【水魔法】アクア……!」
今度は水属性の魔法。無理な態勢で撃ったため、コントロールは滅茶苦茶だ。
アイは軽く回避し、さらに一歩ルージュに近づく。もう、この少女に距離をとる手段はない。あとは大針によって一方的に攻撃を与えて終わりだ。
この場の誰もが、これで決まったと思っただろう。だが、次の瞬間、俺たちの予想を覆す異常な事態が起きる。
「スキル【薙ぎ払い】……!」
「はっ……!」
突如、ルージュから放たれるスキル。それは魔法攻撃などではない。巨大なメイスを振り回す物理攻撃だった。
魔術師が物理スキルを使用するなど、予測できるはずがない。驚いたアイは反応が遅れ、ジャストガードが間に合わなかった。
「アイ……!」
メイスによって殴り付けられ、彼女はそのまま打倒される。だが、すぐに受け身を取り、上手く体勢を立て直した。
どうやら、魔術師の物理攻撃という事もあり、威力も中途半端な様子。直撃を受けたが、【マジカルクロス】の効果もあり何とか致命傷を回避した。
しかし、いきなりメイスによる攻撃とは驚きだ。あのアイが、完全に度肝を抜かれている。
「【薙ぎ払い】って……」
「お店で買えるスキルよ……物理専用のね」
ヴィオラさんに確認を取るが、やはり物理スキルだ。それも、魔術師が覚えるスキルではない。購入したスキルだった。
全く理解できないルージュの戦法に、常識人のリュイが声を荒げる。
「何で、あんな物理スキルを魔導師が持っているんですか! おかしいですよ!」
「ふん、奴の思考回路は私にもよく分からん。奴はスキルポイントの全てを、【攻撃力up】に振っている。STR(攻撃力)が異常に高く、ああ見えてもかなりの怪力だ」
なるほど、だから魔法の威力が低かったのか。接近戦メインで鍛えていれば、当然魔法の方は厳かになる。当然のことだった。
しかし、理解は出来ても納得は出来ない。なぜ魔導師が魔法を放置して、接近戦を鍛えているのか。初心者の俺でさえ、頭のおかしい事をしていると分かるぞ。
一番納得していないのはリュイだ。テンプレートで固まった彼には、その自由すぎる強化方法が許せないのだろう。
「何で、INT(魔法攻撃力)の高い魔導師が、STR(攻撃力)を鍛えているんですか!」
「知らんと言っているだろうが! 二度言わすな!」
魔法のスペシャリストであるギンガさんですら分からない行動。これはこの勝負、少し状況が変わってきたな……




