24 王都観光ツアー
四日目、もはやお馴染みになっているアイとの練習が始まる。場所はギルド前の商業地区。街の光があるので、早朝の時間でも随分と明るい。時々、通行人に変な目で見られるところを除けば、最高の練習場所だった。
リュイは部活動があるので、【ディープガルド】時刻で数時間遅れてくるらしい。それまでは二人っきりでトレーニングだ。
「今日教えるのは相殺です」
アイがそう言った瞬間、何やら殺気を感じる。俺は瞬時にスパナを構え、応戦体制に入った。
案の定、彼女の大針がこちらに向かって突き立てられる。うまく先読みし、その攻撃を難なくスパナにって受ける。流石に、お決まりの不意打ちにも慣れてきたぞ。
「そう何度も、やられるか!」
「見事ですレンジさん! これが相殺です」
防がれるのも想定内か。まだまだ、アイを出し抜くことは出来ないな。
彼女は俺に向かって、相殺の概要を説明していく。
「通常攻撃同士の相殺は何度もやっていますね。今行ったような武器の打ち付け合いです。レンジさんには縁がないと思いますが、魔法同士の相殺は遠距離攻撃のぶつかり合いになります」
つまり、アニメや漫画でよく見る力と力のぶつかり合いか。あまり狙いすぎると、チャンバラのようになって、攻撃力のないこちらが不利になるな。基本はジャストガードを狙っていきたい。
「それと、相手の攻撃にスキルをぶつけて弾き飛ばす戦法もありますが、これは今のレンジさんには無理でしょう。というより、上位陣でも使いこなせるのはごく一部ですね。記憶に留める程度にしておいてください」
まだまだ、覚える戦闘技術はありそうだ。俺たちはさらに練習を続けていく。
男女二人っきりで過ごすなど、現実では決してありえないことだ。今はこの状況にも随分と慣れている。それ以上など、求める気は全くなかった。
しかし、アイの方は様子が違う。彼女は戦闘中、急に真剣な表情をすると、俺に向かって意味ありげな疑問を投げた。
「レンジさんは、私の事をどう思っていますか?」
「どうって、良いやつだと思ってるよ。技術も凄いしな」
顔色一つ変えずにそう返すと、アイはじれったいものを見るような表情をする。やがて、彼女は戦いを中断し、自らの胸に手を当てた。
「レンジさん、私は……」
「三日」
俺はアイの言葉を遮るようにそう言い、疑念の眼差しを向ける。
「出会ってから、たった三日だ。少し、がっつき過ぎじゃないか?」
悪いなアイ。お前が俺に対し、好意のような感情を持っているのは分かってる。だが、それが本物かどうかは、まだ掴めていない状況だ。
初めて会ったときから俺と親しくし、俺を強くするために尽くしてくれている。それが、俺には優しさではなく、都合のいい展開に思えて仕方がない。お前が俺に好意を持っているという確信と証拠を掴めないかぎり、その言葉を聞くわけにはいかなかった。
彼女は不敵な笑みをこぼすと、いつもと同じ眩しい笑顔ではぐらかす。
「そうですね……すいません! 今のは忘れてください」
まるで、腹の探り合いをしているような。この感覚はなんだろうか。遅れてきたリュイが合流し、この場の空気は上手くまとまる。だが、それも先送りに過ぎなかった。
いつか、アイとも向き合わなくちゃならない。このギルドには、まだまだ友情と信頼が足りないように思えた。
ヴィオラさんも合流し、ギルドとしての活動が始まる。今日は街を軽く観光し、マーリックさんとの約束通り、闘技場に顔を出す予定だ。
まだ、ギルドメンバーが五人集まっていないが、焦っても仕方ない。今はこのゲームを楽しむことを考えよう。
「ここがメインストリートよ。街の正門から中央の王宮まで、一直線に続いてるの」
西洋風の街並みに、たくさんのお店が並ぶ一本道。この街でもっとも人通りが激しく、最も賑わっているのが、このメインストリートらしい。俺たちは人ごみに流されながら、ターミナルを目指して歩く。
道の先に見えるのは巨大な城。それに気づいたアイが、感動するように見つめる。
「大きい城ですね……」
「ビリジアンの王宮よ。NPCの王様が、この街を収めているの。王都自警ギルド【ゴールドラッシュ】を直属のギルドとして従えていて、全大陸でも最大の領地を持ってるのよ」
プレイヤーが構成する【ゴールドラッシュ】が、NPCのために戦っているとは奇妙な話だ。恐らく、違反プレイヤー捕縛の報酬を王宮から貰っているのだろう。
俺たちは街を巡りながら、各自必要な物を用意していく。リュイは討伐の報酬を使って新しい刀を購入し、アイは次の生産で使う素材を買い揃えた。
俺が買うものは【発明】用の素材。流石にお金もたまってきたので、今度はケチケチせずにしっかり買う。鉄くず八つ、火薬二つ、鉄鉱石二つ。それらに加え、適当な素材を片っ端から買っていく。【発明】の新しいレシピを見つけるためだ。
結果、鉄くずと炎の魔石でイグニッションを発明できることが分かる。鉄鉱石以上に値段が高いため、それ以上の購入は控えることに決めた。
一通り欲しい物を買い揃え、俺たちは再び目的地に向かって歩く。やがて、その視界に巨大な駅が見えてきた。
「ここが、魔導列車ターミナル。橋を渡って、他の大陸まで一気に移動できるの」
「僕もまだ。他の大陸には行ったことがありませんね」
「二日ぐらい使って、別大陸に行ってみたらどう? 【イエロラ大陸】ぐらいなら、今のレベルでも充分進めそうよ」
リュイに向かって、ヴィオラさんはそう勧める。恐らく、【イエロラ大陸】はコース2と言ったところだろう。この【グリン大陸】も一通り回り終えているので、次に進むのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、巨大な汽笛の音が聞こえてくる。駅へと繋がる線路の上を、真っ黒い魔道列車が通り過ぎていく。すごい迫力だ。
「魔法で動いているんですか? 石炭で動いるんですか?」
「う……細かいことは気にしちゃダメよ」
蒸気を噴き上げているのだから石炭かと思われるが、魔道と銘打っている。まあ、これはゲーム。複雑に考えても仕方がないだろう。
俺たちは最終目的地の闘技場に向かって歩み進めた。
オークション会場、教会などを一通り見ていき、最後の闘技場に訪れる。その見た目は完全にローマのコロッセオ。運営め、絶対に意識して製作しただろ……
俺たちは中に入り、受付フロントの椅子に座る。真っ赤な絨毯に、禍々しい石造。中の作りは相当に悪趣味だった。
リュイは周囲をキョロキョロと見渡し、何かを探す。やがて、彼は受付の上に掲げられた説明看板を見つけた。
「試合方式は、トーナメントではないのですね」
「ええ、闘技場は完全レート制。とにかくポイントの奪い合いね。どんどん連勝するのがトップへの道よ」
「僕たちのレベルで出場できるのでしょうか?」
「誰だって、初めは初級ランクからよ。だから、戦う相手も貴方たちと同じ程度のレベルでしょうね。ポイントを増やすにつれ、ランクが上がって相手のレベルも上がるのよ」
闘技場の説明を熱心に聞くリュイ。恐らく、こいつはこの中で一番ゲームを楽しんでいるな。非常に微笑ましい様子だった。
そんな彼の意を察し、ヴィオラさんが疑問を投げる。
「リュイ、戦ってみる?」
「ま……まあ、やってあげてもいいですよ」
リュイはやる気満々だ。彼女は俺にも話しを持ちかけた。
「レンジは?」
「うーん……ためしに一回なら」
ルールを見るかぎり、スキルを通してのアイテム使用は許可されている。これなら、俺も平等に戦うことが出来るだろう。本当に生産職に優しいゲームだな。
参加者を見ると、魔法職の人も参加している様子。戦闘、魔法、生産、どれを選んでもそれなりに戦えるよう考えられているようだ。
「現実だったら段取りがあるけど、これはゲーム。闘技場に入ったら速勝負になるわ」
「無駄に時間を使わなくて好都合ですね」
俺たちはカウンターでメンバー登録をする。勿論、マーリックさんの紹介状を提示してだ。
すると、受付嬢から回復薬と魔法薬、PP薬をプレゼントされる。地味に嬉しい特典、わざわざここまで来た甲斐はあった。
俺とリュイが戦闘の準備をしていると、こちらに向かって誰かが歩いてくる。毎度お馴染みのあの人だ。
「お三方! ご無事にたどり着けたのですね!」
「マーリックさん!」
ポーカーフェイスの道化師、マーリックさん。彼はリュイの存在に気付き、自己紹介を行う。
「おやおや? メンバーが増えているようですね。わたくし、マーリックと申します以後お見知りおきを」
「僕はリュイです。よろしくお願いします」
両方とも礼儀正しく、互いに一礼する。小さな子供相手でも、マーリックさんはぶれないな。
彼はエルブの村で起きた事件の処理を行っていた。この人には、聞きたいことが山ほどある。ヴィオラさんはその疑問を、迷わず放っていく。
「あの後、エルブの村はどうなったの? バルディは捕まったの?」
「バルディ氏は王都自警ギルド【ゴールドラッシュ】に身柄を確保されました。彼はPKを犯しているので、ログインと同時に監視が付けられるシステムになっているのですよ」
とりあえず、犯人の確保は成功したらしい。これで、この事件も収束に向かうはずだ。
犯行表明やプレイヤーを無双する謎の力。それらの詳細も、犯人さえ捕まえてしまえば分かるだろう。俺はそう思っていた。
「プレイヤーを無双するほどの力。その詳細は分かったんですか……? スキル【覚醒】、確かにバルディさんはそう言いました」
この答えさえ分かっていれば、全ての片はつく。詳細不明の謎スキル、俺が最も気にしている事柄だった。
しかし、そんな俺の質問にマーリックさんは辛辣な表情をする。やがて、彼は普段とは違う真面目な顔のまま、言葉を返した。
「残念ですが、バルディ氏はこの一件の記憶をすべて失っていました」
「……なっ!」
この【ディープガルド】は、プレイヤーの記憶をダブルブレインというもう一つの脳に保管している。記憶の消滅というものも、それほど深刻な問題ではない。充分にあり得ることだった。
しかし、こう重要な情報だけ、都合よく消えてしまうというのは違和感がある。まるで大きな陰謀が渦巻いているような。恐ろしい事実を隠しているような。そんな風に感じられた。
「たかがゲーム、されどゲーム。何やら不穏な気配を感じます。皆々様もお気を付けて」
彼はそう言い残すと、闘技場の出口へと歩いていく。相も変わらず、忙しい人だった。
本当にこのゲームは大丈夫なのだろうか? 魂の事と言い、エルドの事と言い、怪しい情報が多すぎる。
まあ、ネガティブになっても仕方がない。今は闘技場での戦闘を考えよう。余分な事を考えたら、試合に集中できない。出来る事なら勝ちたいしな。




