23 愚神礼賛
長い旅が終わり、ようやく俺たちは王都ビリジアンへとたどり着く。巨大な門を潜り、街へ足を踏み入れると、そこには別世界のような空間が広がっていた。
街並みはエピナールと同じ、しかしその規模が桁違いだ。どこもかしこも、人、人、人……プレイヤーとNPCがごっちゃになり、何が何だか分からなくなっている。
「物凄い人の数だな……流石はゲームの中心地」
「お店の数も凄いです! 絶対商品が被ってますよ!」
アイの言うように、店の数も尋常ではなかった。俺たちプレイヤーが買うアイテムだけではなく、それ以外の物も売っている。果物屋に花屋、これらは攻略には関係なく、おまけ要素として楽しむものだろう。こんな形で店を分けていたら、尋常じゃないほど数が増えそうだ。
「ここ、王都ビリジアンは広すぎて、東西南北で街が分かれてるの。それぞれにお店や宿があるから、全部合わせたら物凄い数でしょうね」
「この街だけで、全ての物が手に入りそうな勢いですね……」
「オークションがあるし、各ギルドがそれぞれお店を開いているし、間違ってないかも。ギルド本部の数も、ここが圧倒的に多いわ」
ヴィオラさんの説明通り、いたるところにギルド本部のような施設がある。その殆どが、俺たちのような少人数のギルドなんだろうな。上位を目指して、この王都で依頼や攻略に励んでいるのだろう。
俺たちはヴィオラさんの後に続き、街の東へと歩いていく。徐々に人数が少なくなり、やがて小さな生産ギルドが点在する商業区画に辿り着く。
メインストリートからは結構離れており、買い物に行くには不便と言える。しかし、人が少ないため、落ち着いて生産活動を行えそうだ。
「さあ、これが私のギルドよ!」
東エリアの最下層。商業区画の閑散とした場所に、俺たちのギルドはあった。
赤い煉瓦の素朴な作りで、丸い屋根が特徴。想像よりも大きく、四人で使うには広すぎるかもしれない。
「思ったより、大きいですね」
「奮発したもの。前のギルドに入っていたころのお金、全部つぎ込んでやったわ」
さっそく中に入ると、そこには小ざっぱりした空間が広がっていた。誰もいない受付に、何も乗っていないテーブル。完全に新築だった。
奥に進むと、工房への入り口がある。扉の向こうには、最低限の設備が整ったアトリエ空間が広がっていた。
「これは、なかなか……」
「錬金術と小物作り、裁縫あたりは今の設備で出来るわ。機械製作はもう少し待ってて」
リュイは戦闘職だが、生産にも興味がある様子。もしかしたら、制作を手伝ってくれるかもしれないな。
「次回のログインは、ギルド本部。即ち、ここからスタートよ。じゃあ、今日は解散!」
外も暗くなり、今日はここでログアウトだ。
俺たちはそれぞれ別れを告げ、現実世界に戻るのだった。
妖精の村レネット。レンジたちが離れた後、村長たちは彼らについて会話していた。
場所は村外れの野菜畑。【ディープガルド】時刻は10時で、外は完全に真っ暗闇だ。星空の下、ステラは村長にある疑問を投げた。
「お爺様、本当はあの討伐依頼、Eクラスだったのでしょう?」
「大きなギルドが来ると聞いたからのう。少しちょろまかしたのじゃよ」
「まったく……」
EクラスとFクラスでは、難易度が段違いだ。Eクラスの依頼を低レベル、しかも三人のパーティーで行うなど、相当の無茶だった。
だからこそ、それをこなした彼らを村長は高く評価する。
「あの子達は強くなるじゃろ」
「そうですね」
二人が会話をしているときだった。彼らの元に怪しい男女が近づいてくる。
小中学生ほどの少年と、彼より少し年上の少女。どちらも、ゲームプレイヤーだった。
「あー、いたいた。探しちゃったよ。村長さま」
一人は獣の被り物をした弓術士のリルベ、もう一人は目隠しをした僧侶のマシロ。彼らはステラたちの前に立ち、ニヤニヤと笑う。
「貴方たちは……」
「うーん、英雄様の配下。かな?」
リルベがそう言った瞬間だった。彼は突如、宙に浮かぶ長老を鷲掴みにし、地面へと叩きつける。そして、地に伏せる彼の背に自らの右足を押し付けた。
「お爺様……!」
「はーい、動かないでね。プチっと殺っちゃうよ?」
もがく長老をリルベは靴で押さえつける。少しでも力を加えれば、小さな妖精は簡単に消滅するだろう。人質を取られ、ステラは何も出来なかった。
「貴方たち、何を……!」
「取引しようと思ってね。この村の住民を殺さないであげるからさ、村人全員で協力してプレイヤーを虐殺してほしいんだよ。ほらー、お茶とかに毒盛ってさ!」
妖精の村全体が、プレイヤーの殺戮を行えば、ゲームオーバーになる者は急速的に増える。それは、リルベたちの計画を達成するために、役立つことだった。
しかし、人格者である村長が、こんな戯言を聞き入れるはずがない。
「な……何をバカなことを言っておる! そんなこと、出来るはずがないじゃろ!」
「へー、強気じゃん。ま、いいや。どの道、最終的には生かす気なんてなかったしー」
プレイヤーがNPCを殺害することは出来ない。それがこの世界のルールだ。故に、このような状況は、妖精たちにとって初めてのことだった。
「お爺ちゃんはさ、魂って信じる? 人の感情や記憶を構築する未知なるエネルギー。それを科学的に作り出すことが出来たら、本当に革命だよねー」
「な……何を言っておる……」
リルベの言葉の意味を全く理解していない村長。勿論、ステラもその意味が全く分からなかった。そんな二人を彼は見下す。
「NPCって、ほんっと愚かだよねー。自分たちがどんな存在で、どうやって生まれてきたかも知らないでさあ。滑稽だよ!」
リルベは右手をパチッと鳴らし、マシロに何らかの合図を送る。彼女はうなずくと、木の杖を構え、魔法を発動するための詠唱を始めた。
「ねえ、知ってるー? 魂のエネルギーってさ、他のどんなエネルギーより強力で、凄い力を秘めているんだ。原発要らず! 環境破壊もなし! 素晴らしい発明だと思わないかなー!」
マシロの詠唱と共に、地面からわずかな光が浮かび上がる。それは、この村全体から放たれているものだった。
「これは……」
「光栄に思いなよ! お爺ちゃんたちは、偉大なる計画のためのエネルギーになって貰うんだからさ!」
凄まじい力が、村全体に響き渡る。それと同時に、豪風が吹き荒れ、ステラたちの髪や服を揺らす。
詠唱を続けるマシロの目隠しが宙を舞う。現れたのは、瞼を閉じた色白の少女だった。
「スキル【魔法陣】の応用だよ。魔法陣を点とし、線で繋げ、さらに大きな魔法陣を生成する。そうさ! この村全体が、巨大な魔法陣だよ!」
地面に浮かび上がったのは、巨大な魔方陣の構築式だ。
マシロの瞼が開かれる。白い瞳は不気味に輝き、彼女の口から魔法名が明かされた。
「スキル【聖魔法】、ホーリィ……」
瞬間、眩い光りが魔方陣から放たれ、村全体を覆っていく。妖精のNPC、プレイヤー、村のギミック、光は全てを飲み込み、描き消していった。
まさに、破滅の光。まるで世界の終りかのように、光は容赦なく全ての物を抹消する。その様子を、リルベとマシロは見惚れるように眺めていた。
「マシロ姉ちゃん、綺麗だね……」
「うん……」
村長もステラも、全く動くことが出来ない。ただ、目の前の巨大な力に、屈することしか出来なかった。
数秒後、光が晴れたそこにあったものは無。地面の土だけを残し、他には何もなかった。
「なんじゃ……これは……」
「いったい、何がどうなって……」
村長もステラも、ただ唖然とするしかない。家も、木も、妖精も、全てが目の前から消滅し、まっさらな平地となっている。
先ほどまであった全ての存在が、綺麗さっぱり消え失せていた。
「村の皆は……村の皆はどこに! 今すぐ返してください!」
「返す? むっりー! だって、皆エネルギーになっちゃったもーん!」
「なっ……」
リルベの言葉と共に、ステラと長老はようやく今の状況を理解する。村を滅ぼされ、同族を皆殺しにされたという、絶望的な状況。それが、今目の前にいる少年たちによって、体現されていた。
「安心してよ。ちゃーんと、運営が代わりを用意してくれるからさ。同じ顔と、同じ性格を持った赤の他人をね!」
敵の煽りを聞いている場合ではない。長老は今できる最善の策を考える。自分のことではなく、この世界全ての事柄を……
結果、導き出された答えは一つ。動けるステラを逃がすことだ。
「ステラ! お前一人でも逃げなさい! この危機を、他の種族に知らせるのじゃ!」
「でも、お爺さまが……!」
「わしの事はどうでもよい! これは、この世界に生きる全ての者に関わる問題じゃ!」
ステラは涙を流し頷く。そして、空高くへと羽ばたいていった。
そんな彼女を、愚か者でも見るかのように、リルベが嘲笑う。
「バカだねー。おいらは弓術士、獲物を逃がすわけないのにねー」
彼は背中に背負った筒から矢を取り出すと、それを弓にセットする。そして、空を飛ぶステラに狙いを定め、弓を引いた。
すでに、彼女は肉眼で確認できるぎりぎりの場所まで飛んでいる。ここから射抜くことなど、普通ならば不可能だろう。
しかし、村長は恐れていた。今目の前にいるこの少年が、普通ではないと察知していたからだ。
「や……やめてくれ……ステラだけは……! ステラだけは……!」
「そっかー! 見逃してほしいのかー。うーん……」
リルベは邪悪に笑う。
「駄目だね」
彼の言葉と共に、弓は弾かれ、矢は空へと放たれた。高速の矢は、容赦なくステラに迫る。彼女は前を見たまま、その存在に気付かない。
そして、時が訪れた。矢はステラの背を居抜き、貫通する。彼女は自らの死に気付くことなく、光となって消滅した。
「ステラ……」
「良いねえ! 目の前で愛する孫娘を消された絶望! 村人が全員いなくなって、一人残されたその表情! たまんないなあ……」
涙を流す村長と、笑うリルベ。二人の様子をマシロはあくびをしながら見つめている。
やがて、村長は怒りの形相で、捨て台詞を吐いた。
「お前たちには……お前たちには! いつか神の鉄槌が下る!」
「神ー?」
リルベは右足に力を入れる。
「いないよ。そんなの」
瞬間、妖精の長老は消滅し、光の粉となり宙へと舞う。
初めから誰一人、生かす気などなかった。ただ、誰かが絶望する姿を見たいがために、彼はここに訪れたのだ。
仕事を終えると、マシロがリルベの服を掴む。
「リルベ……お腹すいた……」
「じゃあ、王都のレストランで食事しようか」
「リルベの手料理が食べたい……」
「えー、めんどくさいなあ……こんな事なら【料理】のスキルなんて鍛えるんじゃなかったよー」
二人は楽しそうに会話しながら、森の方へと歩いていく。彼らの後ろにあるのは、まっさらな荒野だけだった。




