22 一緒に行きたい
戦闘が終わり、俺たちはその場から立ち上がる。Fクラスの依頼でこの難易度かよ。先が思いやられるな……
ボスを倒したことにより、俺のレベルは8へと上がる。三日目でこのレベルか、遅いのか速いのか分からないが、焦る必要はない。その分技術を磨けば良いだけだしな。
俺は鉄くずを投げてくれたアイにお礼を言う。
「ありがとうアイ。予備の鉄くずなんて持っていたのか」
「はい! 私はいつでも、レンジさんのために行動してますよ!」
ここまでの道のりで、鉄くずが売っていたのは始まりの街エピナールのみ。あの時点で、既に予備の素材を購入していたのかよ。恐ろしいほどの先読みだ。
リュイも彼女と同じように、色々計算して鉄鉱石を渡してくれたのだろう。
「リュイもありがとう。鉄くずと鉄鉱石で、ドリルアームが作れるって知っていたのか」
「いえ、感です。同じ鉄ですし、何か作れそうじゃないですか?」
「お……おう……」
こっちは意外とアバウトだな……もし作れなかったら、どうしたのだろう。あ、俺が死ぬだけか、畜生。
俺たちが勝利に浸っていると、突如草むらからヴィオラさんが飛び出す。そして両手でパチパチと拍手し、大声で騒ぎだした。
「拍手喝采雨霰ー! ブラボー! ブラボー! いやー、素晴らしい! 美しい! 貴方たち最高よ!」
「ヴィオラさん……」
ボスとの熱い戦いに、ヴィオラさんのテンションがついに迷走する。そろそろ、止めないとウザったらしいな。俺は冷たい表情で、彼女に言葉を返す。
「マーリックさんの真似ですか……?」
「……う」
その言葉にヴィオラさんは頬を染め、視線を逸らした。
「うう……」
「恥ずかしがるなら、最初からやらないでください!」
テンションが上がるとおかしくなるのと、相手の挑発に乗るのを直せば、良い先輩なんだけどな……
まあ、こういう欠点を含めて彼女の良いところだ。なんて、なぜか上から目線で先輩を評価している俺。自分で思うのも難だが、本当に性格悪いよな。
俺たちはレネットに戻り、村長に討伐成功の報告をする。基本、依頼をしたNPCは、モンスターの討伐成功を何らかのエスパーによって察知してしまうらしい。これはゲームだ。そうした方が証拠やらなんやらで面倒な事にならなくてすむ。本当に都合が良い設定だった。
「ほほう! よく倒してくれたのう。これが報酬の7000Gじゃ」
依頼を受けたリュイが報酬を受け取る。彼はお金を俺たちの前へとだし、それを丁寧に分けていく。
「報酬は山分けで良いですよね?」
「俺たちは無理やりついてきたからな……まあ、ギルドマスター判断で」
ここは受け取りを断った方が良いな。出来るだけリュイのご機嫌を取って、このギルドに入ってもらわなければならない。仲間に引き入れてしまえば、報酬の問題など関係なくなるしな。
勿論、ヴィオラさんも同意見だろう。彼女は正直に、自分の感情をぶちまける。
「報酬はいらないわ。貴方が欲しい」
「単刀直入ですね……」
ギルドメンバーを増やすという欲望が完全に滲み出ていた。最近、ヴィオラさんがぶっ壊れてきたぞ……
そんな俺たちの意を察したリュイは、照れ臭そうに視線を逸らす。ああ、これは絶対、自分から入れてほしいとは言わないな。本当に面倒な奴だった。
【ディープガルド】時刻で2時。俺たちは、長老の家で遅い昼食を御呼ばれする。
流石は妖精なだけあって、料理は自然食。木の実や葉っぱなどを調理したもので、胃には優しいかもしれない。まあ、データだから胃は関係ないが……
ステラさんは長老に、どんな戦闘が繰り広げられたのか、詳しく説明していった。
「お爺さま、この人たちは本当に面白い戦いをしますよ。三人とも考え方がバラバラなのに、何故か連携が取れています」
「それは面白いのう。相当の信頼関係にあるようじゃ」
信頼関係も何も、アイとは二日前に出会ったばかりだし、リュイに至っては今日出会ったばかりだ。それほど深い関係であるはずがなかった。
褒める村長をリュイは真っ向から否定する。
「僕は今日出会ったばかりです。特に信頼なんてしていません」
え……? リュイの方が一方的に、こっちを信用していたよな?
先ほど出会ったにも拘らず、俺やアイとの連携を進んで行ったし、発明の素材を渡してくれたりもした。チームプレイを志そうとしているのが、よく分かるほどだ。
まあ、それを志す理由は分かっている。恐らく彼は、一人で討伐任務を熟すことが出来なく、かなりテンパっていた。そこに俺たちが助けに入ったのだから、信用しない訳にもいかない。そんな所だろう。
俺が木の実スープを飲んでいると、長老からある提案が提示される。
「今日はここで泊まっていったらどうかのう」
「気持ちは嬉しいけど、今日中に王都まで行きたいの。昼食を取ったら、すぐに村を出るわ」
「それは残念じゃ……」
しかし、ヴィオラさんがその提案を断る。
ただでさえ、寄り道をしすぎて予定から遅れているんだ。これ以上、遊んでいくわけにもいかない。
俺たちがすぐに出ていくことを聞くと、ステラさんは残念そうに言う。
「また、来てくださいね。いつでも待っていますから」
「はい! 絶対、絶対また来ます!」
まあ、ギルド本部がある王都に近いので、すぐに顔を出せるだろう。今生の別れというわけでもない。やるべき事を終えた後、またギルドメンバー全員で訪れよう。
そんな事を考えながら、俺は食事を終える。感謝のため、「ごちそうさま」と手を合わせるのだった。
昼食を食べ終えた俺たちは、妖精二人に別れを告げる。急いで王都を目指さなくてはならない。もう半日が過ぎているんだ。
討伐を終えたことにより、リュイと共に行動する意味もなくなる。だが、このまま彼を逃がす気はない。何とかして、ギルドに入れなくちゃな。
「討伐も終わったし、リュイとはここでお別れだ。色々とありがとう、楽しかったよ」
「こ……こっちはいい迷惑でしたけどね」
リュイはまだ減らず口を言っている。本当は仲間になりたい事など、とっくにお見通しだ。
このまま無理に誘えば、恐らく彼は折れる。しかし、そんな方法で仲間に引き入れていいのだろうか? もやもやした感情を抱いたままギルドに入っても、本人が辛いだけなのではないか? そんな余計な事を俺は考えてしまった。
そんな迷いも知らず、アイは定石通り、ぐいぐいと押しの態勢を取る。
「リュイさん! 私たちのギルドに入りましょうよ。一人だと寂しいでしょう」
「べ……別に寂しくありません。大きなお世話です」
あと一押しだな。次でリュイは、イエスと言うだろう。
「お願いです! 何としても五人メンバーが必要なんですよ!」
「まあ……どうしても、と言うのなら」
「はい、どう……」
しかし、アイが「どうしても入ってほしい」と言う瞬間。俺は彼女の口を塞いでしまった。
このまま放っておけば、リュイはめでたくギルドに入ったはずだ。にも拘らず、俺はこんな事を言ってしまう。
「いや、無理を言って悪かったな。迷惑なら別の人を探すよ。じゃあな」
「あ……」
俺は、何を言っているんだ。何で、こんな面倒な事をしているのだろう。自分でもよく分からない。
ヴィオラさんもアイも、俺を止めようとはしなかった。何故か黙って見ているだけだ。こんなの模範解答じゃないだろ。まったく意味のない行動だ。誰か、止めてくれよ……
俺たちはリュイを無視し、森の方へと歩いていく。だが、その時だった。
「……待ってください!」
震えた声で彼は叫ぶ。まるで縋るように、求めるように、声は森へと響いた。
俺たちは後ろへと振り替える。するとそこには、右手を強く握りしめ、瞳をキラキラと輝かせたリュイが立っていた。
「ギルドに……ギルドに入れてください……!」
目に涙を受けべ、彼は必死に言葉を絞り出していく。
「一人は……寂しいです……! 心細いです……! 僕……絶対役に立ちますから……! 頑張りますから……! だから……だから……」
大きく息を吸い込み、リュイは叫んだ。
「一緒に行きたいです……!」
ああ、そうか。俺はこの言葉が聞きたかったんだな。我ながら、なんて性格が悪いんだろう。
ようやく満足したのか、俺は笑顔でリュイに答えを返す。
「ああ、当然だ。一緒に行こう」
「うあ……うあ……」
瞬間、彼の目に溜まっていた涙が、一気に溢れ出した。
「ごめんなさい……ずっと森の前で……! 怖くて立ち止まっていました……! 楽しそうに戦ってる二人が……! 羨ましくてずっと見ていました……!」
「分かった……分かったからもう泣くな。俺も意地悪して悪かったよ」
俺とアイの予想は、当たっていたらしい。あんな風に突っぱねているが、やっぱり寂しがり屋なんだな。
泣き続けるリュイを宥めつつ、俺たちはレネットの村を後にする。妖精たちに、こいつの弱い部分を見せたくなかったからだ。
男は誰でも意地を張って、背伸びをしたい。俺だって、そう思っていた。
村を出たとき、アイは俺だけにこんなことを言い出す。
「私、リュイさんを快くギルドに受け入れることが、最善だと思っていました」
そう思ったからこそ、積極的にリュイを誘ったのだろう。お節介な彼女らしい。
しかしその方法は、この少女にとって最善ではなかったようだ。
「でも、最善は別にありました。悔しいです。レンジさんに負けてしまいました」
負けるって、別に競っていたわけでもないのに……
これが、アイの本質なのだろうか。ほんの少し、彼女のことが分かった気がした。
俺たちはオリーブの森を王都方向へと進む。
すでにレネットの村までを攻略した俺たちに、怖いものなどなかった。マタンゴもワームも、もはや脅威ではない。リュイに至っては、スキルを使うまでもなく倒すほどだ。
雑魚の相手をするのも面倒なので、途中からは逃げることによって戦闘を回避していく。森の出口も分かっているので、ダンジョン攻略は以外にも早く終わってしまった。
森を出て、王都方面のセラドン平原へと出る。ここまで来たらあと少しだ。
新たに現れたワーウルフが厄介だが、ボスを倒した俺たちを止める力はない。二足歩行する狼のモンスターで、その攻撃は単調。リュイのカウンターと俺のジャストガードによって軽くあしらっていった。
唯々、草原を突き進む。【ディープガルド】時刻で7時になろうとした時、ようやく俺たちの視界に大きな街が映る。
「あれが……」
「王都ビリジアン……」
王都ビリジアン、このゲーム最大の街であり、何を行うにしても中心となる場所。その大きさに、俺は唖然とするばかりだった。
まるで、城を囲う巨大な要塞。外壁の向こうには、数えきれないほどの家々が連ねているのが分かる。それもそのはず、街は中央に行くほど高度が上がり、城はその頂上に立っているのだから。外壁があっても、外から見えてしまう。
街の周りには、何機もの飛空艇が飛んでいる。これは、とても中世ヨーロッパの光景ではないな。ファンタジーとSFが混ざって、凄い世界観だ。
俺たちは、街に向かって再び歩き出す。ヴィオラさんのギルドは目と鼻の先、ようやく長い旅は終わりを向かえそうだ。




