21 森のくまさん
妖精の村レネットの裏。そこにはさらに、森のダンジョンが広がっていた。
オリーブの森はあれで終わりじゃなかったんだな。レネットを中継して、さらに奥地へと進めるらしい。
しかし、今は討伐任務が優先。さらに、それが終わったら王都ビリジアンに行くのだ。これ以上、余計な寄り道をする予定はない。
「さあ、ビッグベアがいるのはあそこですよ」
ステラさんの案内により、俺たちは森を進み、モンスターの元へと辿り着く。草影に隠れ、その姿を確認するが、特にコメントはない。ただ大きいだけの熊だった。
「何か、思っていたよりも熊だな」
「熊その物って感じです」
俺とアイはがっかりした表情で、モンスターを見る。二本足でのそのそ歩いているのは不自然だが、それが無ければただの珍獣だろう。
しかし、こいつによって妖精たちが迷惑しているのは事実、成敗する以外にないな。俺とアイ、リュイは、それぞれ武器を構え、戦闘体制へと入った。
「さあ、突撃です!」
「一気に仕留めましょう」
アイとリュイが飛び出し、戦闘が始まる。
えー、真正面からかよ……不意討ちする気満々だった俺は、二人から出遅れ、後を追う形となる。まあ、せっかく離れたのだから、単独で行動させてもらうか。
「スキル【マジカルクロス】! アイテム、シルクのローブ!」
まず、先制したのはアイ。彼女はリュイを前衛に立たせ、自らは中距離から支援の態勢を取った。
スキルによってリュイの防御力を上げ、場を固めていく。意外にも頭を使った戦法だ。
「エルブの村で生産したシルクのローブを取っておきました。これで防御力アップですよ!」
「感謝します」
【マジカルクロス】は消費した防具の性能によって、防御力の変動値が変わる。安いシルクのローブでは、そこまでの効果は期待できない。しかし、今はこれで充分だ。
ビッグベアが放つ強力な爪による攻撃。リュイは手慣れた様子で、それを日本刀によってガードする。防御上からダメージを受けてしまったが、勿論これは想定内だ。
「スキル【虎一足】!」
相手の爪を弾き、逆に鋭い一閃を浴びせる。流石はカウンター攻撃、リスクはあるが威力は凄まじい。
【虎一足】は、相手の攻撃力に依存する。受けたダメージには左右されないので、防御力の上昇と併用できるのだ。
二人が戦っている中、俺は一人距離を取る。別方向から攻めるためだ。
そんな俺の後ろについているのは、妖精のステラさん。おいおい、離れたところで見ているんじゃなかったのかよ。無茶はしないでくれよ……
彼女は走る俺に疑問を投げる。
「レンジさん、どうするおつもりで?」
「後ろに回り込んでクリティカルを狙う」
「姑息ですね……」
ここは闘技場でもなんでもない。森なのだ。隠れる場所がこれほどあれば、それを利用しない手はない。形式美に捕らわれては、最善の策を実行できないのだ。
俺はビッグベアの後ろへと周りこみ、草影からスパナを振りかざす。そして、リュイの攻撃に怯んだ瞬間、そこから飛び出し、攻撃を振り落とした。
「挟み撃ちだ!」
「レンジさん!」
「待っていました」という様子のアイ。彼女の期待に応えるためにも、この攻撃は外せない。俺はモンスターの脳天目がけて、巨大スパナを振り落した。攻撃は見事にクリティカル、通常攻撃でもそこそこのダメージを与える。
ここまで来たんだ。ここは攻めに出るべきだろう。俺は呻き声をあげるモンスターに目がけて、スキルを放つ体制を取る。
だが、敵もそこまでバカではなかった。俺とリュイに挟まれたことに気づいたビッグベアは、すぐにその場から離れようとする。それを読んだアイが、スキルによるサポートに出た。
「逃がしません! スキル【祭り縫い】!」
彼女は敵一体を拘束状態にするスキルで、相手の動きを止める。ボスには命中し辛いが、今回は成功。これなら、最大限の力で攻撃を打ち込むことが出来る。俺はこの隙を利用し、再びクリティカルポイントを目がけてスキルを放った。
「スキル【解体】!」
「スキル【初発刀】!」
俺の攻撃とほぼ同時に、リュイの攻撃もヒットする。
【初発刀】は、次に敵が使う攻撃の威力に比例して、技の威力の上がる先制スキル。俺が攻撃に出ることを予測し、瞬時に連携体制に移ったのだろう。流石はリュイだ。
前と後ろからの同時攻撃により、ビッグベアは大きな呻き声を上げる。だが、まだまだ体力は残っている様子。熊はリュイに向かって、鋭い爪を振り落した。
「ぐっ……」
「リュイ!」
「大丈夫です。ただの通常攻撃ですよ」
ただの通常攻撃だが、ダメージは結構でかい。雑魚モンスターとは比べ物にならない威力だ。
少しずつ、敵の概要が掴めてきた。恐らく、ビッグベアは鈍くて頭が悪いが、体力と攻撃力が高いモンスター。これで間違いないだろう。
かなり削ったと思ったが、打倒には遠い。対人戦や雑魚戦とは違うという事か。
「このままだと持久戦だな。PPを回復するアイテムは?」
「高くて勿体ないから買っていませんよ」
「うん、高いなら仕方ないな」
PPやMPの回復アイテムは、HP回復アイテムとは非にならないほど高額だ。それも当然、MPを回復できれば、回復魔法によってHPも回復できてしまうので、高額でなければバランスが崩れてしまう。まあ、仕方なかった。
今の攻撃で分かったのは、俺のクリティカル攻撃がリュイのスキルと同威力ということ。完全に生産職と戦闘職の差が出ている。これは、前衛に出ても足手まといだな。
俺は後方へと下がり、回復薬でリュイのサポートへと回る。年下と女に戦わせて、自分はアイテム支援か……何だか、もどかしい気分だ。
後ろにくっ付いてるステラさんは、そんな俺に横やりを入れる。
「レンジさん、攻撃しないんですか? 支援だけでは地味ですよ」
「そう言われても、高威力の技が無いんですよ。一応、爆弾を作れますが、仲間も巻き込んでしまいそうで……」
そうだ、グレネードは威力も範囲も半端ない高性能アイテム。おまけに、魔法攻撃のように調整することも出来ない。パーティ戦にはまるで向いていなかった。
悩む俺の役に立ちたいためか、ステラさんは前衛へと飛び出していく。
「では、私が二人に退避するよう伝えてきます。攻撃お願いしますね!」
「ちょ……待ってください!」
NPCにはゲームオーバーという概念がない。攻撃を受ければ消えてしまうのに、何という無茶を……
だが、ナイスだ。彼女の働きにより、大きな声を出すことなく、二人に次の手段を伝える事ができた。これなら、ビッグベアにも警戒されない。
「ナイス、ステラさん! スキル【発明】、アイテムグレネード!」
爆弾を作り出したのと同時に、リュイとアイが後方へと下がる。これで、周囲を気にすることなくぶっ放せるな。俺は大きく振りかぶり、グレネードをビックベアに向かって放り投げた。
攻撃は見事命中。それと同時に、灼熱の炎と巨大な爆風が周囲を包み、敵を飲み込んでいく。完全な直撃だ。ただでは済まないだろう。
だが、そんな予想は簡単に打ち砕かれた。爆風の晴れたそこには、地面に足を付けるビッグベアが以前として健在。煙を振り払うように、こちらにゆっくり近づいてくる。
「おいおい……グレネードでも倒せないのか」
「まあ、ボスですから。ですが、威力は充分。あと少しです!」
俺は充分すぎるほど働いた。あとはリュイに任せて、再び後方で支援に回ろう。それが、安全に勝利するための最善手段だった。
しかし、ここで想定外の事態が起きる。
「げ……」
高威力のアイテムをぶっ放した事により、コンピューターが俺を危険だと判断したらしい。ビッグベアは前衛、中衛の二人を無視し、こちらに向かって突っ込んでくる。何て嫌らしい機能搭載してるんだよ。逃げ専門の俺には辛すぎる……
俺はスパナを構え、モンスターの爪や牙を牙をジャストガードしていく。だが、そう何度も成功できるほど、ジャストガードは簡単ではない。何度かダメージを受け、一気にHPが減っていく。
「くっそ……」
「レンジさん! これを!」
戦っている俺の元に、アイが何かを投げる。キャッチしたそれは、先ほども使った鉄くず。あいつ、俺のために予備を用意していたのかよ。本当に世話焼きな奴だな。
しかし、【発明】には素材が二つ必要だ。あと一つ、火薬か何かがなければ……
「ダメだ……くず鉄だけじゃ、何も作れない!」
「では、これはどうでしょう!」
アイに続き、リュイも俺に向かって何かを投げる。リュイが投げたのは鍛冶に使う鉄鉱石。それを受けたのと同時に、【発明】の新しいレシピが脳裏に浮かぶ。
これなら、いける!
「スキル【発明】! アイテム、ドリルアーム!」
俺の右手にドリル形状の巨大グローブが装備される。威力はそこそこだが、防御貫通効果が付いている消費アイテム。まさに、男のロマンともいえる発明だ。
もう、小賢しいジャストガードを狙う必要はない。俺は回転するドリルをモンスターに向かって打ち付ける。響くビックベアの雄叫び、リアルなゲームだったら相当にグロテスクだっただろうな……
一撃与えて俺の役目は終わった。当初の予定通り、後方へと退く。
「よし、後は頼んだリュイ!」
「はい! スキル【燕返し】!」
距離を縮めたリュイから放たれる渾身のスキル。その見た目は、右斜めから振り落す地味な攻撃だ。
そして、技の性能もお世辞にも良いとは言えない。攻撃は容易くガードされ、攻撃は失敗してしまう。技の選択ミスか、そう思った瞬間だった。
「確かに、一撃目は防がれました。では、二撃目はどうでしょう!」
振り落した刃が、今度は左斜め下から振り上げられる。それにより、モンスターは強烈な一撃を受け、そのまま地面へと伏せた。
一撃目に斬り落とし、二撃目の斬り返す。おまけに、二撃目の方にはガードブレイクの効果付き。以前に見たカウンタースキルよりはマシだが、この技も使いづらそうだな。まあ、リュイは使いこなしているのだから、戦略次第なのだろう。
この一撃により、敵は完全にダウン。体は徐々に光となり、やがてその場から消滅する。
雑魚モンスターと同じだ。こいつに感情や魂はない。ただのデータと言っていいはずだ。
「やりましたね! 討伐成功ですよ!」
ステラさんの言葉により、ようやく戦いが終わったことを実感する。本当に疲れた……
俺とアイ、リュイはその場で座り込み、安どの表情をする。三人とも満身創痍の状態だ。互いに称賛しよう。
しかし、やっぱり俺は討伐に向いていないな。こんな戦い、当面は勘弁してほしい所だ。




