20 妖精からの依頼
俺たちはリュイに連れられ、依頼主の家へと向かう。
今回の討伐は、彼がギルドに入っていた時に受けた依頼。元々、同じギルドメンバーと行う予定だったが、依頼を熟す前にギルドを抜け、このような形になってしまったらしい。
もしや、リュイは依頼を同じメンバーと熟すのが嫌で、ギルドを抜けたのでは? あの性格だ。同期の仲間から嫌われているのは確実。そりゃ、一緒に行きたくないよな……
「今回の討伐は、妖精の長老からの依頼です。まあ、難易度はFクラスなので簡単ですね」
リュイはそう言っているが、ソロで行うような依頼でもない。本当に、俺たちが来なければどうしていたのだろう。いや、どうにも出来なかったから、森の前でウロウロしていたのか。少しずつ、今の状況が分かってきたぞ。
それにしても、討伐の依頼はNPCが出しているのか。てっきり、プレイヤーが出しているのだと思っていた。
「依頼って……NPCのか」
「基本、討伐依頼を出すのはNPCよ。プレイヤーの出す討伐依頼は、救助要請って言った方が正しいかも」
「なるほど」
確かに、ヴィオラさんの言うとおり。自分は何もせず、他のプレイヤーに討伐を依頼するのは不自然だ。自分も共に戦う、救助要請の方が自然だった。
今回の場合は、完全にNPCによる依頼。ゲームにおけるサブイベントのようなものだと、思った方が良いかもしれない。
赤い大きなキノコの形をした家。妖精の村長宅で俺たちは依頼の内容を聞く。
村長は白い髭を携えたお爺さんだが、威厳は全く感じない。やはり妖精、高齢の方でも可愛らしくなってしまうのはご愛嬌だ。
彼は俺たちにお茶を出し、討伐するモンスターについて説明していく。
「最近、裏の森に凶暴なビッグベアが現れてのう。それを討伐してほしいのじゃ」
何か、想像よりもしょぼい。要するに、熊退治という事か。まあ、序盤の討伐依頼など、この程度だろう。
村長は道案内のために、俺たちにお供を同行させる。
「道案内は孫娘のステラに頼んでおる」
「ステラです。よろしくお願いします」
白い花飾りを付けたロングヘアーの女性。妖精なので体は小さいが、おそらく俺よりも年上だ。
道案内は嬉しいが、間違っても死なないよな? 死亡イベントとか、本当に勘弁してほしい。
俺は【奇跡】のスキルによって、死んだNPCの魂が目に見えてしまう。こんな可愛らしい女性が無残にも消滅したら、俺のメンタルは完全崩壊する。正直なところ、付いて来るなと言いたい。
「ステラさん、熊は凶暴です。生半可な気持ちで、僕たちに同行されても困ります」
「大丈夫です。戦闘の時は離れていますので」
「いえ、本当に気を付けてくださいね。死なれてもらっても困りますから」
レベル一桁の奴が、序盤のイベントで何を言っているんだ……
相当嫌な奴に思われただろう。だが、こっちも真剣なんだ。これ以上、ハートブレイクは勘弁してほしい。
結局、ステラさんもメンバーに加え、俺たちは裏の森に向かう事になる。とは言っても、戦闘を行うのは俺とアイとリュイの三人。今回もヴィオラさんは見物だが、なぜかやる気は満々だ。
「よーし、恒例の装備、アイテム整理よ! 村のアイテムショップを巡りましょう!」
「恒例って……」
彼女が変なテンションになっているのは、初心者のころのワクワクを思い出したからだろうか。まあ、ヴィオラさんが楽しそうで何よりだった。
俺たちが装備やアイテムの話しをすると、ステラさんが会話に入る。彼女はこの村に住んでいるので、俺たちよりも詳しいはずだ。
「装備ですか? それなら、とっても可愛いお店がありますよ」
「ほんとですか!」
可愛いお店という言葉にアイが食いつく。バトルマニアのお前が、本当にそういうお店に興味あるのか? 聞くと機嫌を損ねそうなので、俺は疑問を心の中にしまっておいた。
俺たちが入ったのは、防具の売っている妖精の店。フェアリーテイルという名前が付いているので、限定商品の並ぶ特別なショップだと分かる。こういう限定ショップは、町や村に一つはあるらしい。
「これなんて、どうでしょう?」
「はわ、良いですね!」
楽しそうに服を見て回るアイとステラさん。種族は違うが、不思議と姉妹のようにも見える。
相変わらず、とてもコンピュターとは思えないほど生き生きしているな。この世界のNPCは命を持っている。それは、【奇跡】のスキルによって発覚した事実だ。
「改めて見てみると、やっぱり本当に生きてるわね……」
「だから言ってるじゃないですか。理屈的に考えても、こんな感情をデータで表現するなんて不可能ですよ」
アイと仲良く話すステラさんを、ヴィオラさんは頻りに観察する。だが、いくら調査しても結果は同じ、やはり彼女は心を持っていた。
リュイは真剣な表情でため息をつき、その事実を受け入れる。
「この世界には感情を持つNPCが存在します。これは紛れもない事実ですよ」
「私、何年も前からVRMMOをやってるけど、徐々に人間らしさが極まっている気がするわ……」
「まあ、進歩しているんでしょうね。色々な経験を経て……」
色々な経験……作る、消す、改造するの繰り返し。それを感情ある今のNPCで行っている。
おいおい、どこのマッドサイエンティストだ。確かに法律には触れていないが、非人道的だろ……
「【ディープガルド】とは……VRMMOとは何なんでしょうか……?」
「……命を作る実験施設とか?」
リュイの疑問に対し、ふとそんな言葉を零す。それと同時に、俺たち三人の間に重苦しい空気が立ち込めた。これは、余計な事を言ってしまったな。これから討伐だというのに……
重くなった空気を晴らすかのように、ヴィオラさんが声を張り上げる。
「あーもう! ここは妖精の村よ! そんな胸糞悪い話しはやめよ! やめ!」
「そうですね。今はゲームを進めることを考えましょう」
まあ、予測ならいくらでも立てることは出来る。真実など、現状では分かりようがない。
この【ディープガルド】は謎だらけだ。心あるNPCに加え、俺はもう一つの謎を知っている。それはエルドの存在。
なぜ、エルドがこの世界に存在するのか。なぜ、エルドは未だにゲームを続けているのか。
あいつは本来存在しないはずなんだ……何故ならあいつは……
「レンジさん!」
「獣耳の人!」
思考を巡らせる俺の頭に、女性二人の声が響く。アイとステラさんだ。
彼女たちは妖精村の可愛らしい服やアクセサリーを持ち、俺にそれらを進めてきた。妖精のコスプレ服と、森獣のコスプレ服。どちらもきっついな……
「この服はどうですか、とっても可愛いですよ!」
「尻尾を付けるのはどうですか? 耳との相性は抜群ですよ!」
「いや、遠慮しておくよ。これ以上、色物化はきついからな」
ナチュラルに断る俺。猫耳バンドだけで充分お腹一杯だ。可愛らしい着せ替えは、女性陣だけでやっていてくれ。
しかし、ステラさんもノリノリだな。アイが二人に増えたようで物凄いパワーだ。
このままでは巻き込まれてしまう。変わり身でも用意するか。
「リュイとかどうだ? 真面目な奴ほど、時には羽目を外さないとな」
「なっ……! 貴方、何を!」
アイとステラさんの目が光る。二人はリュイを無理やり引き連れ、好き放題に服を着せていった。えげつないな……
やがて、着せ替えが完了し、俺たちの前に妖精姿のリュイが立つ。
「かっわい~」
「う……訴えます! 絶対に訴えますから!」
女の子の服を着させられ、涙目のリュイ。可哀そうに……お前は俺のスケープゴートだ。モテモテで良かったな。
しかし、中々かわい……って、何を考えているんだ俺は!
アイたちを防具屋に残し、俺とヴィオラさんとで素材屋に訪れる。
俺の目当てはグレネードの材料である鉄くずと火薬。ハクシャ戦でワンセット使い、残りはそれぞれ一つずつ。今後の事を考えると、【発明】のジョブが一度しか使えないのは厳しかった。
しかし、そう予定通りにはいかない。このお店には、既望の素材が売っていないのだ。
「ぐう、素材を増やそうと思ったが、鉄くずが売ってないな……」
「ここは妖精の村よ。自然の物以外は売ってないわ」
エルブの村でも品物を見たが、やはり鉄くずは売っていなかった。本格的な機械製作を行うには、やはり王都に付かなければ話にならないようだ。
グレネード一つじゃ心もとないが、売っていないのなら仕方がない。恐らく、機械技師の基本は鉄くずだろう。鉄が無ければ、何も発明できない。それが機械の基本だ。
俺たちは素材屋を後にし、アイたちの迎えに向かう。しかし、その途中。異様な事をしている少女を目撃してしまった。
持っている木の杖で、地面に魔方陣を描いていく僧侶。目の紋章が刻まれた目隠しをしており、服は完全に聖職者のものだ。彼女はただひたすらに、大きな魔方陣の完成を目指している。
「何をやっているんでしょうか……?」
「さあ……」
ヴィオラさんにも、その詳細は分からないようだ。そうなれば、実はかなり高度な事をしているのでは? それこそ、ヴィオラさんほどのプレイヤーでも知らない高度な事を……
俺がそんな考えを巡らせていると、僧侶の少女がこちらに気付く。彼女は首を傾げ、小さく言葉をこぼした。
「英雄様の……お気に入り……?」
目隠しをしているのに、俺が見えるのか? いや、それよりも英雄様のお気に入りとはどういう意味だ? 明らかに、俺を見て言ったような。何だこいつは……本当に訳が分からない。
彼女からは唯ならない雰囲気を感じる。恐ろしいほどの強者、ディバインさんやギンガさんとは違う嫌な感じだ。背筋に悪寒が走り、体は小刻みに震える。あれ……? なんで俺、怯えているんだ……?
「貴方、こんな所で何してるの?」
「魔法陣描く……沢山エネルギー貰うの……沢山……」
「そ……そう」
ヴィオラさんがそう聞いても、何を言っているのかさっぱり分からない。また、ギンガさんたちのような変人だろうか。出来れば、そうであってほしかった。
怯える俺とは違い、彼女は自らの疑問をどんどん聞いていく。本当に、女性のほうが勇気あるな。
「魔法陣っていったい……」
「……くう」
口から涎を流し、少女は視線を伏せる。瞬間、ヴィオラさんが声を張り上げた。
「寝るな!」
「……はっ」
人が話している途中で普通寝るか……? これは、ギンガさんにも対抗し得る変人だな。
俺たちが謎の少女に質問していると、こちらに向かって一人のプレイヤーが走ってくる。この少女の知り合いだろうか? 彼は慌てた様子で、俺たちの前に立った。
「あー、こんな所に居たよマシロ姉ちゃん」
獣の被り物をした弓術士の少年。歳は小中学生程度、丁度リュイと同い年ぐらいだろう。彼は丁寧に頭を下げ、俺たちに向かって謝罪をする。
「ごめんなさい! マシロ姉ちゃん、迷惑かけませんでした?」
「いや……特には……」
「姉ちゃんは、寝ぼけてすぐにフラフラどこかに行っちゃうんだ。オイラがしっかりしないとね」
表向きは可愛らしく、しっかりした少年なのだが、何故か悍ましいものを感じる。今目の前にいる彼が、全て偽物のように見えて仕方がない。考えすぎだろうか……?
少年は俺たちに向かって、意味ありげな笑みを浮かべる。やがて、マシロと呼ばれた少女の手を握り、その場から歩き出した。
「さあ、行くよ」
「リルベ……眠い……」
「はいはい、宿でゆっくり休もうねー」
二人のプレイヤーは魔法陣を残し、宿の方へと歩いていく。マシロという少女は不気味だが、リルベと呼ばれた少年は特に怪しい行動をしていない。
やはり考えすぎなのだろうか。ヴィオラさんは、全く彼らを気にしていない様子。
「しっかりした弟ね」
確かに、しっかりした少年だ。だが、背筋が凍るような感覚がいまだに残っている。何なんだよこれは……
俺はそれ以上考えようとはせず、再びアイたちの元へと歩み進めた。ただの悪感で行動していたらきりがない。これで間違ってはいないはずだ。
装備やアイテムも揃い、いよいよ討伐へと向かう。
リュイの姿は元の和服へと戻っており、代わりにアイの服装が、妖精を意識した仕立服へと変わっている。うん、華やかでいい感じだ。
「防具、妖精の仕立服です。似合いますか?」
「ああ、最高に似合っているよ」
特に意地悪を言う意味もないので、素直な感想を返す。すると、彼女は嬉しそうに、その場でくるりと回って見せた。うーん、あざといなあ……お前は自然で良いんだよアイ。
「さあ、突撃よ! 打倒、ビッグベア!」
「おー!」
たかだか熊で盛り上げるヴィオラさんと、それに乗っかるステラさん。俺のテンションも、二人に合わせてそれなりに上がってくる。
さあ、初のボスクラスモンスター。修行の成果を見せてやるさ。




