207 偽エルドの冒険
魔王PCが消えて、【ディープガルド】に平和が訪れてから半年。
私、上杉千夏ことイシュラは、ハリアーの指示でギルド【IRIS】本部に訪れていた。
結局、先輩のヴィルは【エンタープライズ】に戻り、私たちと一緒にギルドマスターの指示で動いている。ま、どうせまた卑怯な事を考えているんでしょう。今はとりあえず付き合ってあげるわ。
ギルド【IRIS】はあの事件以降一気に肥大化して、今は三十人ほどのメンバーを揃えていた。
ギルドランキングも十位以内に入り、ギルドマスターのヴィオラはエルドに代わって五本の指に入る実力者と言われている。ディバインの奴もゲームをやめちゃったから、五本の指はだいぶ変わったわ。
さーて、その中に入ってるヴィルとヴィオラ。また、喧嘩にならないといいわね。
「アーハッハッハッ! ヴィーオラくん! 相変わらず、ギルドだけは立派だね!」
「何よその嫌味。どう足掻いても結局嫌なこと言われるのね……」
ギルドが大きくなっても、ヴィルは相変わらず嫌味を言っている。たぶんこいつ、性格悪いから周りを見下したいだけなんでしょうね。
人数に不相応だったギルド本部も随分と様になっているみたい。受付嬢のビスカとケットシーのリンゴが、忙しそうに依頼を整理してるわ。
ヴィオラはため息をつきながらヴィルと会話を続ける。ハリアーからの指示で動いてる私たちは、問題ごとを持ってきたと思っているんでしょう。ま、正解なんだけど。
「で、要件はなに? どうせ、ろくでもないことなんでしょうけど」
「話しが早いね。まあ、ちょっとこれを見てよ」
そう言ってヴィルは空中にメニュー画面を開き、今月の個人ランキング結果を表示する。そこで一番に目に入ったのは、四位に輝くヴィルの名前だった。
「なによこれ……自分が四位に入ったっていう自慢?」
「そこじゃない。二位を見てくれ」
一位のクロカゲに続くのは二位のギンガ。まあ、エルドとディバインが居なくなったし、あいつがこの位置に着くのは妥当と言えば妥当ね。
だけど、あいつの快進撃は今に始まったことじゃない。私が初ログインする以前から、こんな調子が続いていたらしいわ。
「前代未聞だよ。彼は無名のゲームプレイヤーだった。ここ一年で急激に成長して上位に食い込み、魔法職という不利な条件で一位のクロカゲに迫っている。裏では相当にきな臭い噂も聞いているよ」
「なによそれ、ギンガが何か企んでるっていうの? まさか、あいつはただのバカよ」
「だと良いんだけどね……」
私たちがそんな事を話している時だった。突如、本部の外から一人の男が走りこむ。どうも、何か事件が起きたっていう顔をしてるわね。
ギルド【IRIS】の副ギルドマスター、銃士ガンナーアスール。彼は焦った様子でヴィオラに向かって叫ぶ。
「ヴィオラ、緊急事態だ! すぐに王都の繁華街まで来てくれ。今、ノランたちが食い止めている」
「ちょっと、いきなり何なのよ。食い止めてるって……」
「話しは後だ! ヴィル、お前たちも来てくれ。時間がないからワープオールの魔石を使うぞ」
有無を言わさず、アスールの奴が魔石を使用する。どうも、相当状況はよろしくないみたいね。
断る理由もないし、私たちは素直に魔石の効果を受ける。これはまた、何かが起こりそうな気がして仕方がないわ。
ま、最近暇だから丁度いいでしょう。少し、付き合ってやるとするか。
魔石の効果によって、私たち四人は繁華街の宿前に移動する。そこに広がっていたのは衝撃の光景だった。
「何よこれ……」
何人ものプレイヤーたちが交戦をしていて、街は混乱状態。まるで、半年前の戦いを思い出す光景だった。
先に仕掛けたと思える敵プレイヤーたちは、全員仮面によって顔を隠している。それを【ゴールドラッシュ】を始めとする各ギルドが止めているようね。
私たちが唖然としていると、ノランとルージュ、それにリュイが合流する。三人に向かって、ギルドマスターのヴィオラが状況を聞く。
「リュイ、これはいったい……」
「それが僕たちにもさっぱりです。突然、【エルドガルド】を名乗るプレイヤーが王都の占拠に動き出したんですよ。【ゴールドラッシュ】のテイルさんが防衛に動いて交戦状態です」
ダブルブレインたちが掲げた理想、現実とゲームの逆転に同意したプレイヤーたち。彼らが集まっているのが、今の【エルドガルド】だった。
英雄であるエルドが消滅して、完全に解体されたと思っていたど……なんだか、まだまだ根は深そうね。
少しすると【エルドガルド】の仮面連中が一斉にコンタクトの魔石を使用する。これは、前にエルドやレンジが使った手段。多人数による広範囲放送だった。
大量の魔石から放たれる大声。それは私たちが聞いたことのある声だった。
『諸君、いよいよ革命が始まる。いや、宇宙の始まり……ビッグバンと呼んだ方が良いか……』
「ギンガじゃん!」
ギンガだった。
さんざん引っ張って原因はギンガだった。
あのバカは何やってるのよ!
『半年前、私は貴様らによってゲームオーバーにされた。その時、私は暗いブラックホールの中で思った。私が全てを支配し、この【ディープガルド】に銀河帝国を築こうと!』
逆恨みじゃん! あんたが余計なこと言ったのが原因でしょ!
ただのボケとして放置したいところだけど、【エルドガルド】を支配して好き勝手やってるのは事実。実際、王都への被害は尋常じゃなくて、NPCには大迷惑ね。
だけど、ギンガはそんなこと気にも止めず、瞳に星々を輝かせる。あいつの思想はまさに邪悪だった。
『これよりこの世界は私のものとなる。全ては星々の輝くままに! ギンガァ!』
「ギーンガッ!」
「ギーンガッ!」
そんなギンガの後に続き、【エルドガルド】の連中が叫ぶ。いよいよ、新興宗教の教祖になってきたわね……
ギンガの変わりよう……っていうか、あんま変わってないけど。とにかく、あいつの今の姿に対し、ルージュは大きくショックを受けていた。
「し……師匠……」
「まさか本当に裏ボスになるなんて……悔しいけど彼は本物だね」
ヴィルは呆れているようだけど、同時に危機感も持っているみたい。まさか、ギンガがこんな暴挙に出るなんて、私も予想外よ。
周囲には敵が多数。私は武器のコボルトハンマーを握り、スキル【万象】の効果によって会話する。
「コボル、私たちを狙っている敵は何人いると思う?」
『数人ですね。こっちはヴィルさんとヴィオラさんがいるので、頭のいい方は戦闘を避けるでしょう。注意すべきは幹部クラスです』
幹部クラスで予想できるのは、元【エンタープライズ】のラプターと元【ゴールドラッシュ】のランス。二人とも、ギンガと共に行動してるのが目撃されてるわ。
こっちもシュトラやハクシャと合流したいのよね。そう言えば、ギルド【IRIS】の連中も二人ほど足りないみたい。
「もう、こんな時にレンジとアイはどこに行ったのよ!」
「えっと、その話しなんだけどね……」
私が二人の名前を出すと、ヴィオラはばつの悪そうな顔をする。これは二人に何かあったって態度ね。
すぐに状況を聞こうとすると、それより先に男ノランが答える。
「行方不明だ。どうも、ゲーム自体にログインしていないみたいだぜ」
「は……?」
レンジとアイは消えていた。
それも、今度はゲーム自体から完全に姿を消したみたい。
まった、勝手気ままに動いて……
もう! あいつら何なのよー!
壮大な草原、【フロムワールド】オンラインの一角。
ファンシー路線の【ディープガルド】とは違う。徹底したリアルな世界観を追求したのがこの世界で、従来のVRMMORPGをそのまま進化させた最新作だ。
俺はそんな世界で一人の少年と旅をしている。
召喚士の少年ピノ。【ディープガルド】で知り合ったプレイヤーで、最近付き纏われてまいっている。
こいつはいつも問題ごとを運んできて俺のペースを乱すんだよな。無駄に正義感があるのが問題で、今回もまた厄介なことになりそうな状況だ。
「ひゃはは、お兄ちゃーん。いい度胸だなあ!」
「このお方が誰だとお思ってんだ。あーん?」
目の前にいるのはピノと同い年であろう少年三人。よほど自信があるのか、この世紀末少年団は俺に向かって喧嘩を売ってくる。
あんまり、年下に暴力を振るいたくないし、何より状況が分からない。一応、ピノとその持ち精霊であるシルフに聞いてみる。
「ピノ、シルフ、これはどういう事だ。下手に喧嘩を売る行為はやめてくれと言ったはずだぞ」
「女の子が絡まれていたんですよ。僕は注意しただけです」
『ピノくんはかっこよかったですよ。悪くない悪くない』
だったら、自分の尻ぐらい自分で拭いてほしいものだ。
俺はため息混じりで剣に手を添える。そして、目の前の少年三人と向き合った。
「不快な思いをさせて悪かったよ。謝罪ついでに、少し人を尋ねたいんだけど……」
「生言ってじゃねーよ! 死ねやー!」
有無を言わさず、リーダー格の少年が俺に剣を振り落とす。思いっきりのある良い攻撃だ。だけど、あまりにもレベルが低すぎる。この程度のスピードなら簡単に対処できるだろう。
すぐに回避し、流れるように剣を抜く。そして、それを少年の目前へと突き立て、寸前で止めた。
「わひゃ……!」
「ごめん、人を尋ねたいんだけど」
リーダーの少年は跳びのき、草原の上に尻餅をつく。今の一瞬で実力差を感じたんだろうか、彼は完全に怯えて動けなくなってしまった。まずい、少しやりすぎたかな。
リーダーが速攻でやられたのと同時に、仲間の一人が何かに気づく。そいつは冷や汗を流しながら、リーダーの少年に向かって叫ぶ。
「あ……兄貴、こいつ偽エルドですぜ! 最近ここらでエルドの名を語るプレイヤーが現れたらしくて、それが滅茶苦茶強いって噂で……」
「なっ……それを早く言ってくれよ! 勝てるわけないだろー!」
世紀末気分だった少年団が一斉に飛び上がる。そして、そのまま草原に頭を付け、絵にかいたような土下座を披露した。
「ご……ごめんなさい偽エルドさん! 何でも話します何でも話します!」
「もう悪いことしません! どうか助けてください偽エルドさん!」
「に……偽って呼ぶな!」
うん、完全にやりすぎたな。これは噂が広まって、当分この場所に戻れないぞ。
目的に時間制限が出来てしまったが、その分収穫はあった。この少年団、俺の探していたプレイヤーを知っているようで、居所をしっかりと教えてくれたのだ。
後はまあ、直接会って説得する以外にないな。
大丈夫だ。俺はあいつを信じている。だから、必ず今回も協力させてやるさ。
【フロムワールド】時刻の深夜。俺はある洋服屋に訪れていた。
街外れの小さなお店で、一人のプレイヤーによって経営されている。そのプレイヤーはとても可愛らしく、笑顔が眩しい少女らしい。同時に、あるはずのない悪い噂も立っているようだけどな。
そんな店の裏口から、俺とピノは店内に侵入する。
ま正面から入っても良いんだが、他のプレイヤーに察知されたら面倒だ。できれば、今回の事は隠密に済ませたいんだよ。
店内を進み、目的の少女を探す。だけど、その時だった。
「エルドさん危ない!」
突如、俺に向かって一筋の剣が振り落される。ピノが気付いたようだけど、言われるまでもないな。とっさに、腰の剣を抜いて攻撃を受け止めた。
おいおい、いきなりこの歓迎とはやってくれるな。一緒に旅した仲だろうが、アイ。
少女は目を丸くした様子ですぐに剣を収める。まあ、不法侵入した俺たちが悪いよな。
「れ……レンジさん。何でここに……? 私の誘いを断ったじゃないですか!」
「俺が断ったのはデスゲーム計画だ。ゲーム自体はこっちの目的でプレイさせてもらってるよ。あと、今の俺はエルドだ」
【ディープガルド】の一件が終わって数カ月後。こいつはVRMMOデスゲーム計画第一弾として、俺をこの【フロムワールド】に誘った。
当然断ったんだが、逆切れしたアイと喧嘩別れになってしまう。まあ、それはそれで良かったんだが、こっちも事情があって彼女の協力が欲しくなった。だから、お店を手掛かりにここまで来たのだ。
時間がないので早速議題へと移る。
「アイ、この【フロムワールド】で渦巻く陰謀をお前は知っているよな? ブレインさんはここで脱出不能のデスゲームが始まると読んでいる。だから、被害を減らすために協力してほしい」
「はあ? バカなことを言わないでください。この紋章を見てください。PKギルド【Fenrir】メンバーの証です! これがどういう意味か分かりますか!」
右肩をはだけさせ、サービスシーンを見せるアイ。
いやー、嬉しくて紋章とかどうでも良くなるな。まあ、自慢げな所悪いから、こっちもしっかりと褒めてやろう。
「先に潜入捜査をしてくれたのか。アイ、よくやった」
「わーい、レンジさんに褒められたー。って、ちがーう! 違いますよ全然っ!」
アイは邪悪な笑みを浮かべつつ、俺たちを見下してくる。どうやら相当悪人に成りきっているようで、結構本気でデスゲームを行おうとしているようだ。
せっかく、改心させたと思ったが、まだまだ足りないらしいな。これは絶対にこっち側に引き込まないと……
「PKギルドを利用し、人々に混沌をもたらすんですよ。あと少しで目的が達成するというのに……貴方はまた邪魔をするというのですか?」
「よし、そうと決まったらすぐに出発だ。これから忙しくなるぞ」
「無視ですか!」
とにかく会話の主導権を握る。気まぐれでも良い。あいつが食いついたらこっちのものだ。何だかんだで、俺と行動したいはずだからな。
アイは大きくため息をつき、握っていた剣を構える。そして、その剣先を俺の方へと向けた。
どうやら、ようやく話に食いついてきてくれたようだ。
「はぁ……もう分かりましたよ。決着は戦ってつける。それがお決まりですよね。私が勝ったらこの世界から出ていってください。貴方がいると計画が台無しですから」
「分かったよ。じゃあ、俺が勝ったら協力してもらうぞ」
こっちも剣を握り、アイに向かって頭を下げる。すると、あいつもそのルールを覚えていたのか、俺に向かって頭を下げた。
ピノと精霊のシルフが固唾を飲んで見守る。こいつらのためにも絶対に負けられない。先輩として、かっこ悪い姿は見せたくなかった。
アイは笑う、久々の真剣勝負を心待ちにしているようだ。
俺も同じだ。あいつと戦う事が楽しみで楽しみで仕方がない。絶対に負けたくないと心が燃える。
さあ、こいつをどう出し抜いてやろうか……俺の戦略でどうかき混ぜてやろうか……
驚愕させてやる。見せつけてやる。俺の持てる全てをあいつにぶつけるまでだ。
俺の剣が動くのと同時に、アイの剣も動く。
互いに攻撃はぶつかり合い。火花が周囲へと散った。
現実世界、とあるベットの一室で一人の少女が眠る。
決して目を覚まさないはずの眠り姫。そんな彼女を見守る一体のロボットがいた。
少女の姿をしたロボットは、口を大きく空けたまま後ろへと倒れる。まだ、感情の研究が進んでいないのか、無気力な表情のまま彼女は驚いていた。
すぐに、ロボットのプラグラムを行った男。Dr.ブレインが声をかける。
「どうしました? P2(ピーツー)さん」
『ま……マスター……』
震えた声のまま、ピーツーは叫ぶ。
『動いたよ……お姉ちゃんが動いたよ!』
人間の進化は止まる事を知らず。行き過ぎたプログラムは脱出不能のデスゲームをももたらす。
だけど、逃げてはいけない。進化の先の障害は、乗り越えなければならない。
真実から目を逸らすな。どんな理不尽にも押しつぶされるな。
前に進め、心を強く持て、そして仲間と自分自身を信じ抜け……
必ず、そんな人間には神様の祝福があるから……
二年と二カ月、お付き合いありがとうございました。
複線回収して綺麗に終われたので勝手に満足しています。
次の話しは数カ月書き溜めしたいと思います。
熱血なこの話と違って、億劫で卑屈で理不尽な奴を考えてます。
あと女の子が主人公。