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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
六十四日目 モーヴェットの塔
206/208

205 神様の祝福

 【奇跡】の効果によって、俺はPCさんの魂に直接触れる。


 1と0が一面に流れる電子空間。白と黒だけの世界の中に、別の色を持った女性が立っていた。

 彼女は複雑な表情で俺を見つめ、両翼を広げる。まるで、本物の天使を相手にしているかのようだ。


『こんな所まで来てしまったのですね。貴方は本当に人の心を踏みにじるのが上手い……』

「それが僕のスタイルですから」


 いくら皮肉を言われようとも、最後の最後で戦い方を変えるつもりはない。これが俺にとって最善の策であり、相手の心を理解する唯一の方法だった。

 大丈夫だ。俺の言葉は確実に響いている。ただ、PCさんには全ての責任があった。


『初めて貴方に会った時、あー、ついに来たのかと思いましたよ。限定スキル【奇跡】の習得条件を満たした時、その考えは確信に変わりました。やはり、貴方は英雄エルドに導かれた存在なのだと……』


 エルドの奴、やっぱりPCさんと組んで俺を誘い出しやがったな。

 結局、あいつが何を考えているかは分からなかったが、今となったら感謝してるよ。あいつのおかげで、俺はPCさんの存在を知り、その計画を阻止するために行動できたからな。

 考えてみると、エルドの行動は矛盾ばかりだ。自分の夢を叶えるために英雄となり、その夢の邪魔となる俺をこの世界に呼びよせた。

 まさか、あいつ。俺をPCさんとぶつけるために……

 いや、そんな事はどうでも良い。今は目の前の敵と向き合うときだ。


『私は神様に嫌われているんですよ。ですが、貴方は私と違って神様の祝福を受けています。私の眼には、貴方が神様からの刺客に見えましたよ』

「神……ですか……」


 いるかいないかも分からない神のために、世界を巻き込むなんて異常だ。少なくとも、俺は彼女を否定しなければならない。相手のいない復讐ほど、虚しいものはないからな。

 だけど、PCさんはただ復讐心に駆られているわけではなさそうだ。彼女には彼女なりの正義があった。


『理不尽を好む神に世界を委ねれば、またポーラさんのような人が生まれてしまいます。私なら……私ならみんなを幸せにすることができる……このVRMMO世界に永遠の理想郷を……エデンを創り出す!』

「させませんよ。貴方の理想は不確定です!」


 【ダブルブレイン】の理想は独善というエゴだ。悪いが、俺はリアリストだからな。理解は示すが、認めるわけにはかない!

 だから俺は武器を握る。断罪ではなく、ただ彼女を止めるために俺は絶対に勝つ!


「さあ、これで!」

『最後の戦い!』


 スパナを思いっきり振りかぶり、PCさんに振り落とす。すると、彼女は持っていた杖を赤色の十字架に変え、俺の攻撃を受け止めた。

 互いに力で押し合う。敵は【真意一体】のスキルで、召喚獣ルシファーと一体化している。もう、魔法職だとは思わない方がいいだろう。

 すぐに、スパナを振り払って敵を力で弾く。そして左手に握った銃で彼女に攻撃を加えていった。


「貴方のお父さんは! ブレインさんは本当にこんな事を望んでいたんですか!? 現実を捨てれば、人間の進化は終わるんですよ!」

『幻想の先にも人間の進化はあります! それとも、貴方はNPCやアイさんの存在を否定しますか!』


 PCさんは赤い十字架を回し、銃弾を全て弾いていく。彼女の再生力は限界、一発でも致命打となるだろう。

 だけど、それはこっちも同じだ。既に、HPもPPも限界を超えている。相手の攻撃を受ければ速ゲームオーバーだろう。

 幸い、PCさんもMPの方は使い切っているため、魔法を使うことは出来ない。もっとも、彼女にはルシファーの通常スキル。つまりPP消費の技が残されているのだが。


『肉体なんてなくても、データの世界で自由に作れます! 失われた身体も! 病も! 全て無くなり、人は完全な存在になれるんですよ!』

「例え全てをデータに変えても、完全な存在なんてどこにもない! いざ理想が実現しても、必ずどこかに亀裂が生じるはずだ!」


 PCさんは黒と白の翼を羽ばたかせ、空中へと飛び上がる。そして、周囲に何本もの赤い十字架を作り出し、それらを一斉に放った。

 俺は【覚醒】のスキルに身を委ねる。そして、こちらを狙う十字架を銃弾によって撃ち落としていった。

 当然、全ては落とせない。だけど、目の前まで来た攻撃は右手のスパナでジャストガードする。両手で別の動きをするのも、今の俺には容易だった。


「アイやNPCも確かに人間だ! だけど、俺たちがそいつらに合わせる必要なんてない! 身体も、生まれも、運命だって人によって違う! それで不公平が生じても、それは神様のせいじゃない!」

『じゃあ……私はなんで生まれてきたんですか……!? 私は……私は死ぬために生まれてきたんじゃない!』


 意味もなく、何も出来ずに死ぬ人もいる。それは、どうしようもない理不尽だろう。

 そうだ理不尽なんだ。あーだこーだ文句を言っても、その事実は決して覆ることはない。世の中には、いくらでも出来ない事がある。


「運が悪かった。僕が言えるのはそれだけです。同情はしても、周囲を巻き込む暴挙を許す理由にはなりません!」


 敵の攻撃を全て防ぎ、バッグから鉄くずを2つ取り出す。そして、それらにスパナを叩きつけた。


「不幸な人間が、他人の幸福を奪う権利はない! スキル【衛星サテライト】!」

『っ……!』


 小型ロボットを作り出し、それをPCさんの元へ走らせる。敵は空を飛んでいるため、こいつの攻撃は届かないだろう。

 でも、それでいい。このロボットは、最後の一撃を加えるための布石だ。


『ぐうの音も出ない正論ですね……言い返すことは出来ないので、力でねじ伏せさせてもらいます。私は魔王……このエゴによって! 全てを飲み込んで見せる!』


 PCさんの元へ大きなエネルギーが集まっていく。恐らく、残りのPPを全て使って、大技を放つ気だろう。

 脅威の攻撃範囲だと予測できる。逃げ場なんて絶対にない。どれほどライフが残っていようとも、一撃で葬られるだろう。

 だけど、俺は回復薬をバックから取り出し、それを悠長に飲み干す。別に追加効果がある薬ではない。本当にただの回復目的だ。

 そんな俺を見たPCさんは、勝利を確信して笑みを零す。まあ、ライフ満タンでも耐えれなさそうな攻撃だし、当然そんな反応をするだろう。


『終わりましたね……これが私の全て! 【グランドクロス】!』


 赤く、巨大な十字架が足元に浮かび上がり光を発する。あー、これは避けることなんて絶対に無理だな。そんな大きさではなかった。

 だけど俺は笑う。そしてスパナを振りかぶり、それを足元の光に叩きつける。


「PPを使うその技は魔法じゃない!」


 瞬間、ガキン! という気持ちのいい音と共にジャストガードが成功する。いや、弾丸なんて非じゃないほどシビアなタイミングだったけど、成功して良かったよ。

 あれほど大規模だった【グランドクロス】の演出も、一瞬にして消え去ってしまう。PCさんは放心したまま、高度をゆっくりと下げる。

 計算通り、大技を撃てば一度下に降りると思ったよ。


『ぐは……! なにが……』

「【衛生サテライト】ですよ。着地点に設置しおきました」


 魔王に休む暇を与えず、小型ロボットのパンチが決まる。すぐに彼女は十字架を振り払い、ロボットを一瞬にして破壊した。

 流石に強い。だけど、それももう終わりだ。

 なぜなら、俺は既に敵の目前まで走っていたのだから……


「PCさん! 受け止めてください! 最後の一撃を!」


 鉄くずと火薬を取り出し、それにスパナを打ち付ける。

 炎属性の爆発で敵味方問わずに巻き込み、近距離で使えば威力も高い。戦略の幅が広く、序盤から使える最高のアイテムだ。


「スキル【発明クリエイト】アイテム、グレネード!」

『まさか……自爆する気ですか……!』


 アイテムによる爆発は無差別で、周囲を巻き込む攻撃は自分自身も滅ぼす。特に今のように爆弾を握りしめ、それを敵に押し付けるようにしていればこちらのダメージも大きいだろう。

 だけど、そんな事はよく分かっているし、ここで引き分けるつもりもない。

 俺は勝つ。絶対に勝つ!


「いえ、僕にはこれがあります!」

『これは……炎属性耐性……!?』


 グレネードを持った右腕に付けられたドワーフの腕輪。炎の護符を合成し、僅かながらの炎属性耐性が組み込まれている。

 加えて、俺はPCさんが大技を狙った時にアイテムによる回復を行った。全ては俺の策略通り。さあ、この方程式にどう応える!

 負けを悟ったのか、PCさんの眼に涙があふれる。しかし、彼女はそれを堪え、歯を食いしばった。十字架を構え、最後まで戦闘態勢を解かないつもりだ。


 瞬間、グレネードが光を発し、二人を巻き込む大爆発を起こす。


 爆炎に焼かれ、PCさんに1と0の傷口が広がる。【心意一体】の効果も完全に解かれ、体の損傷も激しい。恐らくこれ以上の抵抗は不可能だろう。

 俺はただ、自身の放った爆炎を耐え続ける。やがて、グレネードの光が晴れ、身を焦がす痛みも消えていく。これで本当に俺たちの戦いは終わった。

 でも、まだPCさんと分かり合えたわけじゃない。何とか説得しなくちゃ、結局俺がここに来た意味はないんだ。


 隣に倒れるPCさん。俺は彼女を介保しようと手を伸ばす。

 だが、なぜかその手は届かない。まるで、この1と0の世界がPCさんを引っ張っているかのように、彼女は徐々に遠ざかっていく。

 ここはPCさんの精神世界。それが、彼女の夢の崩壊と共に崩れ去ろうとしていた。生きることを諦め、全てに絶望した本人をも道連れにして……


「なんで……まだ再生力は残ってるはずなのに……!」

「もう良いんです……私は長く生きすぎました……こうなる事は分かっていたんです……」


 1と0はPCさんを飲み込んでいく。だけど、俺はそんな事など気にも留めずに必死に手を伸ばす。ただ、彼女の手を掴むために我武者羅に右手を前に突き出した。

 俺を遮る情報数列を振り払い、やがてついにPCさんの手を掴んだ。もう絶対に放すものか。俺は彼女を説得し、二人でギルド【IRISイリス】に戻るんだ。


「やっと掴んだ……今、引っ張り上げますから……! 絶対に助けますから……!」

「私は最後まで迷惑ばかりかけていますね……自分の世界を滅茶苦茶にして……プレイヤーのみんなを滅茶苦茶にして……お父さんの人生を滅茶苦茶にして……」


 苦笑いをしつつ、PCさんは言葉をこぼす。


「私……生まれてこなければ良かったですね……」


 それは、あまりにも悲しい言葉だった。

 彼女の言葉を聞いた途端、俺は【ディープガルド】で起きたことを走馬灯のように思い出す。人形のスプリたちに、妖精のステラさん。【ダブルブレイン】の奴らに、俺を助けてくれたプレイヤーのみんな。

 誰一人、不必要な人なんていなかった。俺を成長させてくれた掛け替えのない存在だ。

 PCさんだって同じなんだ。自然と涙腺が緩み、眼から雫が零れ落ちる。


「そんな……貴方がいたから、ブレインさんは考えを改めたんです! この事件があったから、VRMMOの発展性と危険性が世の中に広まるんです! 貴方の行動は、今を生きる俺たちへの警告なんですよ!」


 今までずっと我慢し、誤魔化し続けていた涙。ついに、俺は最後の最後に流してしまった。

 ただ、俺はPCさんの人生を考え、彼女の思いを受け止めて泣き続ける。必死に叫び、彼女が生きる希望を取り戻すことを願うだけだった。


「だからそんな……そんな悲しいことを言わないでください……! 絶対、絶対大丈夫です……! 僕を信じてください……!」


 情報の数列は、この世界から一人の女性を奪おうと渦巻き続ける。もう、人間の力ではどうすることも出来ない。

 俺の言葉を受け止めたPCさんは笑う。それは、優しい笑顔だった。


「ずっと我慢して、誤魔化し続けていた涙を巨悪の根源である私のために流してくれるんですね……もう、それだけで充分です……」


 これでいいのか……? 俺はこんな結末を望んでいたのか……?

 色々な人に支えられ、たくさんの命を踏み越えて、その先に待っていたのがこんな結末だっていうのかよ……

 ふざけるな……ふざけるなよ……

 絶対に諦めてたまるか……! たとえ助けることが出来なくとも、何かもっと最善の結果があるはずだ……


 あと一度、最後に一度『奇跡』を起こしてくれ!


 そう思った時だ。限定スキル【奇跡】の効果が発動され、眩い光を発する。

 いったい何が起きたのか、もう俺自身にも分からない。

 でも、確かに感じる。この場に俺たち以外の……


 二人の魂を感じる。


「お父……さん……?」


 PCさんが何かに気づく。それと同時に、俺の手から彼女の手が離れた。


「お父さん……お父さん……!」


 女性は走りだし、どんどん遠ざかっていく。そんな彼女の姿に俺は目を疑った。

 走れば走るほどにPCさんは幼くなっていたのだ。瞬く間に俺の歳を下回り、やがて一人の少女となる。その姿はブレインさんの娘、ポーラさんとまったく同じだった。

 俺は少女の向かう先を見る。そこにいたのはまさか……


 ブレインさんとポーラさん?


 走り寄ったPCさんの右手を、全く同じ顔のポーラさんが握る。そして、純粋無垢な笑顔で笑いかけた。

 

「帰ろう! 私たちの場所に」

「うん……!」


 PCさんの左手を一人の研究者が握る。彼女は父と姉に挟まれ、泣きながら笑っていた。あの人の心を癒せるのは、同じ家族だけだったという事だろうか。

 やがて、三人は仲良く0と1の数列の中へと歩いていく。結局、この家族には振り回されてばかりだったな。俺たちプレイヤーにはいい迷惑だったよ。

 最後に、呆然とする俺の方をリチャードさんが振り向く。そして、一言だけ言葉をこぼした。  


「VRMMOに……人類の未来に祝福を……」

「リチャードさん……」


 消えた三人に向かって、俺は小さく頭を下げる。まったく、今回ばかりは本当に疲れた……

 戦いが終わるのと同時に、俺の体は元の【ディープガルド】へと戻っていく。さて、後はみんなのところに……


 ギルド【IRISイリス】に帰るだけだった。

 

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