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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
六十四日目 モーヴェットの塔
205/208

204 父

 モーヴェットの塔、魔王を名乗るPCさんとの戦い。

 こちらのライフは限界が近く、PPやMPも召喚獣との戦いで相当に削れている。

 アイテムを使って回復したいところだが、それよりも速攻で攻めた方が良いだろう。相手のMPは俺たち以上に削れているのだから。


「PCさん、再生力はまだ残っているようですが、もうMPが限界なんですよね? 魔法を主体とする召喚術士サモナーには死活問題でしょう」

「くっ……」


 ダブルブレインは身体こそ再生するものの、MPやPPは俺たちプレイヤーと同じだ。

 PCさんのレベルは非常に高く、能力値も俺たちの非にならないほど上だろう。しかし、それを含めても大魔法の連発による消費は大きかった。

 特に召喚術士サモナーの最大火力である【攻撃召喚魔法】は、一度使っただけでMPをごっそり持っていく。二度も使うようなスキルではなかったのだ。

 しかし、それはPCさん本人も分かっている。だからこそ、彼女はアイテムによるMP回復を狙う。


「あいつ、アイテムを使うぞ……!」

「させるか! スキル【アサルトショット】!」


 男ノランの言葉を受け、アスールさんがスキルを発動させる。彼は敵が隠し持った回復薬を狙い、速攻の弾丸を放つ。結果、見事弾丸は回復薬を貫き、PCさんの手から弾き飛ばした。

 薬ビンは床に落下し、音をたてて割れる。同時に、アスールさんの後方から星竜バハムートが飛びかかった。


『グギャアアアア……!』

「アスールさん!」


 鋭い鍵爪による攻撃をリュイの日本刀が受ける。ガード上から大ダメージを受け、彼のライフは一気にレッドゾーンになってしまった。

 でも、それで良い。物理ダメージを受けたことにより、サムライの得意とするカウンタースキルの発動条件が満たされる。

 リュイはすぐさまスキルを使用し、俊足の刃によってバハムートを切り捨てた。


「スキル【虎一足とらいっそく】!」

『グギャウ……!』


 敵のライフも限界となる。だが、それでも止まる気配はない。星竜はリュイのライフをゼロにしようと、その口に【星魔法】のエネルギーを集めていく。

 だが、それはもう遅かった。すでに、アスールさんがサポートへと動いていたのだから。


「俺の仲間に手を出すな蜥蜴野郎。スキル【マシンガン】」

『ギャグウ……』


 彼の銃から数えきれないほどの弾丸が放たれていく。狙いは完璧だ。弾はバハムートを撃ち抜き、そのライフを全て奪っていった。

 竜は咆哮を上げ、その場から姿を消す。これで、PCさんが使役する召喚獣はテュポーンのみ。リュイとアスールさんの活躍によって、状況は圧倒的有利となった。

 二人の活躍を見たルージュは歓喜の声を上げる。しかし、彼女の後ろにはもう一匹の召喚獣が迫っていた。


「アスール、リュイ……! よくや……」

『ギャギイイイイイ!』


 テュポーンはルージュを狙い、我武者羅に体当たりを繰り出す。しかし、敵の存在に気づいた少女は、すぐに振り返ってメイスを構えた。

 やはり、【覚醒】による強化が大きいようだ。彼女の瞳に三角帽子の紋章が光り、倒すべき相手を補則する。


「はう……スキル【薙ぎ払い】! スキル【炎魔法】ファイアリス!」

『ギャギャ……!』


 メイスによって敵を殴打した後、火炎によってさらに追い打ちをしていく。しかし、やはりルージュの攻撃力は低く、テュポーンはすぐに体勢を立て直してしまう。

 敵の口内が炎によって燃え盛る。どうやら、ルージュに向かって【火を噴く】を狙っているようだ。

 だが、この戦いの勝敗も既に決していた。テュポーンに向かって走り、剣を振りかぶるヴィオラさんが迫っていたのだから。


「こっちも終わりみたいね。スキル【ブレイクバッシュ】!」

『ギギィ……』


 広範囲を薙ぎ払う【ブレイクバッシュ】の衝撃によって、標的を速攻で切り裂く。バハムートと同じく、テュポーンのライフもだいぶ削れていたらしい。この一撃で、敵のライフは全損となった。

 召喚獣二体を失い、PCさんの攻撃手段が完全になくなる。一気に不利になった彼女は、俺たちに背を向けて星空の奥へと走っていった。

 ここで逃げられれば、MPを回復されて今までの努力が水泡と帰す。ノランが叫ぶのと同時に、俺はロボットのギアを走らせた。


「子猫ちゃんが逃げちまうぜ! スキル【クイックステップ】!」

「決着をつける! スキル【加速ブースト】!」


 ノランのサポートと自身の加速スキルを受け、ギアは一気にスピードを上げる。

 しかし、【制御不能ランページ】の効果が残っているのか、コントロールはあまりよくない。暴走するように、マシンはPCさんを追って加速を続けた。


 やがて、ついに彼女を追い詰める。

 俺は敵を打倒するため、ロボットの右拳を振りかぶった。こいつを殴り抜けば、さらに勝利は確定的なものになるだろう。

 そんな俺に対し、PCさんは足を止めて振り返る。そして、微笑しつつ甘い言葉を投げかけた。


「レンジさん、貴方はアイさんを愛しているのでしょう? 現実のアイさんに意識はありません。しかし、現実とゲームが逆転すれば、貴方は彼女と結びつくことが出来るでしょう」


 彼女の言葉を前に、俺の歩みは止まる。

 アイとの関係なんて、とっくに諦めていた。自身の欲望のために全ての人を巻き込むなど、純愛ではなくただのエゴだろう。

 そうだ、答えなんて既に出ていたんだ。だからこそ、俺はそのままロボットの拳を振り抜いた。


「私たちの目指した夢が叶えば……貴方はアイさんと……」

「うるせえよ」


 相手が女性ということも気にせず、ギアの拳はPCさんを殴り飛ばす。

 悪い。少し切れた。

 ちょっと容赦がなかったが、まあ挑発した相手の自業自得だろう。

 ここまで簡単にスルーされるとは思わなかったのか、PCさんは困惑した様子で立ち上がる。いよいよ、彼女の再生力は限界のようだ。


「ぐ……なぜ……」

「そんなこと……僕はもう割り切っていますし、何よりアイが望まないんですよ」


 敵の再生力と同じく、ロボットの起動時間も限界だ。だからこそ、止めの一撃として自爆技を狙う。

 ギアには悪いが、こっちも手を抜いていられない。あとでピカピカに直してやるから勘弁してくれよ!

 機体を動かし、PCさんの前に立つ。そして、俺の使える最強のスキルを発動させた。


「スキル【自爆ディスイングレイト】!」


 瞬間、ギアは煙を拭き上げて爆発を起こし、俺とPCさんを巻き込んでいく。同時にロボットは使用不能になり、アイテムバックへと戻っていった。

 爆発の衝撃により、俺のライフは僅か一桁になってしまう。だが、それ以上に敵の消耗が大きい。使用者の方が多くのダメージを受けたら、スキルとして成立しないからな。

 PCさんは炎を振り払い、受けた1と0の傷口を抑える。そして、ボロボロになった俺をキッと睨み付けた。

 不味いな。今の一撃で仕留めきれなかったのは非常にまずい。彼女のMPは限界のはずだが、下級魔法を放つぐらいは残っているだろう。それを受ければ、今の俺に生き残る術はなかった。

 さて、どうするか……俺が策を練っている時だ。

 こちらの後方から一人の少女が飛び入り、PCさんの杖に大針を打ち付ける。仕立屋テーラーのアイだった。


「レンジさん、ありがとうございます……あとは私が……!」


 敵の杖を容易く弾き、彼女の針は標的を貫いていく。一回、二回、ダメージが重なるごとに、PCさんの体に傷口が増えていった。

 抵抗など出来ないだろう。それほど、プレイヤーキラービューシアの針捌きは速く、そして正確だったのだ。とても、生産職の動きとは思えない。

 やがて、俺たちが見守る中、アイの最後の一撃がPCさんの胸部を貫いた。


「これで、少しは認めてくれましたか。お姉さま……」

「そんな……私が……」


 妹の一撃により、ついに魔王の動きが止まる。彼女はその場に膝を落とし、荒く息遣いを続けていた。

 体の半分が崩壊し、魔法を放つためのMPも不充分。ここから逆転するなど、誰がどう考えても不可能だろう。ついに、勝敗が決したのだ。

 アイは俺の意思を認めたのか、PCさんに止めを刺そうとはしなかった。これで、素直に彼女が諦めてくれるのなら、それが一番良いのだが……


「まだ……まだ……まだ……」


 しかし、立ち上がる事すらままならない状態でも、PCさんは全く諦めていない。やがて、彼女は眉を吊り上げ、杖を天に掲げた。


「まだ終わるわけにはいかない! スキル【従属召喚魔法】ルシファー!」


 残るわずかなMPをすべて使い切り、敵は召喚魔法を発動させる。現れたのは、黒と白の翼を携えた中性的な天使。頭部には光輪が浮かび、人を哀れむような目つきをしている。まあ、明らかにヤバイ召喚獣だろうな。

 だけど、PCさんにはもう召喚獣を維持するMPすら残っていない。こんな事をしたって、すぐに消えてしまうだろう。

 しかし、そんな俺の考えは浅はかだった。


「スキル【心意一体】!」


 ヌンデルさんも使ったプレイヤーとペットキャラクターを一体化するスキル。彼女はそれを召喚獣に対して使ったのだ。

 今まで一歩も動けなかったPCさんが、白と黒の翼によって飛び上がる。まあ、最後には相応しい演出だけど、それで彼女の再生力が戻ったわけではない。

 分かってますよ。貴方は無理をしているだけだって……


『私たちの夢は終わらない……この塔ごと、貴方たちを葬ります!』

「無理ですよ……もう貴方はボロボロです……!」

『例えそうでも……! 私にはエルドさんたちとの絆があります! ここまで貫いた覚悟があります!』


 敵が右手を振り払うのと同時に、宙に天使の羽が舞う。


『確かに貴方は、誰とでも分かり合えるとこの世界で学びました。ですが同時に、相手には相手の意思があるという事を学んではずです。私には、この世界を混沌に陥れた責任がある! もう引き返すことは出来ないんですよ……!』


 そうだ、俺は今まで【ダブルブレイン】と分かり合ってきたが、命救ってきたわけじゃない。敵対者には敵対者としての意志があり、それを折ることなど出来はしなかった。

 召喚獣と一体化したPCさんは、MPマジックポイントではなくPPパワーポイントを消費して技を発動させる。赤い十字架型の槍が出現し、それらが透明の床を貫いた。

 瞬間、今まで星空によって囲まれていた空間にひびが入り、やがて粉々に砕け散ってしまう。幻影空間だったのだろうか。今俺たちが立っている場所は、最初に入った月と太陽の部屋だった。


「元の場所に戻ったようですね」

「でもでも、PCちゃんがまだまだやる気元気だよ!」


 アイとノランがPCさんと向き合う。敵は両手に光と闇のエネルギーを溜め、今にも攻撃を放ちそうな状況だ。

 相手の再生力も限界だろう。それはつまり、攻撃を放てばPCさんが消滅することを意味している。

 当然、俺はそんな結果を望んでいない。考えろ……何か策があるはずだ……

 そんな時、ルージュが俺に視線を向ける。どうやら、今状況を打開する何かに気づいたようだ。


「レンジさん、私に使ったあのスキル。たぶん、今使うべきなんだと思います……」

「なるほど……確かにあのスキルなら、PCさんを止めれるかもしれません」


 そんな彼女の言葉にリュイが同意する。彼も、そのスキルの存在に気づいたらしい。

 アスールさんとノランが俺の背中を押す。二人は俺がしでかすことを期待しているようだ。


「レンジ、行ってこい。あいつの心を掴むんだろ?」

「大丈夫だよ! ノランちゃん、レンジくんの帰りを待ってるから!」


 そんな彼らと同じく、ヴィオラさんとアイが期待の眼差しを向ける。この二人も、俺の事を信じていた。


「行って、レンジ。エルドもそれを望んでいるわ」

「レンジさん、彼女の処理は貴方に任せます。その理想、貫くことです」


 みんなが俺を支えてくれている。

 大丈夫だ。今さら負ける気なんて全くしない。


「みんなありがとう……俺、行ってくるよ!」


 見せてやる。俺のチート無双を……

 最高に都合の良い、絶対にハッピーエンドをもたらす最強の力。


 絆という歯車は誰にも止められはしない!


「行きますよ! PCさん!」

『なにを……!』


 単身、俺は宙に浮かぶPCさんに突っ込む。ロボットも、スパナも、なにも使わずに自身のスキルを信じてだ。

 この右手が、彼女の体に触れる。

 瞬間、暖かい光が二人の体を包み込んだ。


「スキル【奇跡】!」


 俺がこの世界で手に入れた。ただ一つの限定スキル。

 敵を倒す驚異の力はないが、魂と対話することは出来る。


 むしろ、その能力こそが俺の望んでいたものなんだ。
















 小さな子供部屋。

 白いベッドに一人の少女が眠っていた。

 

 以前見たアイと同じように、彼女の体にはいくつものケーブルが繋げられている。重病なのだろうか、少女は苦しそうに息遣いをし、決して瞼を開こうとはしない。

 そんな彼女を撫でる男性が一人。白衣に身を包み、目に真っ黒いクマを作った男。彼は少女に笑いかけ、その眼に僅かな涙を浮かべた。


「人間とはつくづく平等ではない。どうやら私たちは神様に嫌われてしまったようだ……」


 男は少女の手を握る。彼女の小さな手は、今にも壊れそうなほど痩せ細っていた。


「例え神様が見捨てても、私は必ずお前を救い出す。だから、もう少し待っていてくれ……」


 少女の手から、男の手が離れる。彼はベッドに背を向け、部屋の外へと歩き出した。


「行くよ。研究に戻らなくては……」


 瞬間、俺の頭に何者かの声が響く。

 幼い少女の声……どこかで聞いたことがある声だ……


 これは……PCさん……?





 ごめんなさいお父さん……

 私がこんな体に生まれたせいで、お父さんボロボロになって……


 お母さんもいなくなっちゃって……

 友達もみんないなくなっちゃって……


 もういいよお父さん……頑張らなくていいよ……

 だから……どこにも行かないで……



 手を……放さないで……!

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