202 彼女の名前
VRMMOダイブシステムの誕生には悲しいエピソードがあった。
幼いころから病に侵されたポーラ。彼女の病は成長とともに悪化し、やがて危篤状態に陥ってしまう。
医療機器の製作に携わっていた父のリチャードさんは、眠り続ける娘と再び話すためにダイブシステムの開発に乗り出す。研究は苦難の連続で、完成までとてもポーラさんの体がもたなかった。
結果は絶望。一人娘を失い、リチャードさんの精神は崩壊してしまう。
ダイブシステムの基礎を完成させた彼は、死者の甦生という迷走へと動き出す。周囲からは蔑まれ、見捨てられ、やがて一人孤独な死を迎えた……
が、ここまでは表面上の話しだ。
「リチャードさんの研究は成功していました。PCさんはVRMMOダイブシステムの創始者、リチャード・キャンベルさんの一人娘です」
「まさか……なんつー運命の巡り会わせだよ……」
アスールさんも他のみんなも驚愕した様子。娘の生を望む父親から全ては始まった。今まで俺たちと敵対していたダブルブレインは、リチャードさんの研究成果だったのだ。
俺の言葉に対し、一番表情を崩していたのはPCさん本人。彼女は奥歯を噛みしめ、苦笑いを浮かべる。そして、流し目をしながら俺の言葉を否定した。
「成功……? いいえ、研究は失敗でしたよ。私はポーラ・キャンベルさんではありません。PCという存在だったのですから……」
それは、あまりにも悲しい言葉だ。
だって、彼女にはポーラさんと同じ記憶が……
「そんな……まるで自分を……」
「そうですよ。所詮コピーはコピー。私は模造品であり失敗作です。世界に臨まれない存在なんですよ」
PCさんを慰めるように、バハムートが彼女にすり寄る。そんな彼の頭を女性はゆっくりと撫でた。
悲しい眼をしている。やっぱり、この人を悪人として切り捨て、断罪のためにぶっ倒す事なんて出来ない。だから俺は真実を知り、自らの意思でここまで来たんだ。
絶対に心を掴んでやる……巨悪の根源だとか、世界の危機だとか、そんな事はどうでも良い! 俺が信じるのは目に見えてる一人の人間だ!
「何故そんなに客観的に見ているんですか……貴方が戦っている理由は! リチャードさんの無念を晴らすためなんでしょう! 復讐相手がいないから、世界を一方的に憎んでいるんだ!」
「うるさい……!」
まるで都合の悪い言葉を排除するかのように、PCさんは俺の言葉を振り払う。そして、再び眉毛を吊り上げ、荒々しい口調で叫んだ。
「そんな事はどうでも良い……早く武器を構えろ! さっさと戦え!」
「PCさん……」
普段の無表情で冷静な彼女からは考えられないような暴言。それはまるで子供が駄々をこねているかのようで、明らかに図星を言われたという様子だった。
俺は確実にPCさんの心に踏み入っている。あと少しだ。例え彼女の心を踏みにじる行為だとしても、俺は自分の思う最善のために外道になってやる。自分の心に嘘をつきたくないからな。
「ヌンデルさんとルルノーさんは、貴方と貴方のお父さんのお墓詣りとして【イエロラ大陸】の記念碑に立ち寄ったんです。二人の行動が、僕にヒントを与えてくれました。今の話しはどうでも良いことなんかじゃない……」
「全ては噛み合う歯車とでも言いたいのですか? ならば、その繋がり……私が引き裂いてあげますよ」
PCさんは透明な地面を蹴り、バハムートの背に飛び乗る。やはり、話し合いではとても解決できないようだ。一度全力で相手をしない限りは説得を試みる事さえできない。
だったらやってやる。最高に気持ちよく、最高に都合よく、全部まとめて解決してやるよ。
俺たちは再び武器を構え、戦闘態勢へと入る。敵はバハムートを飛び立たせ、空中から攻撃を放っていった。
「1と0の世界。永遠とも思えるような時間。死ぬことも許されずに私はこの時を待ち続けていました。今更引き返すなど絶対にありえない!」
『グギャーッ!』
バハムートの口から連続で閃光が放たれていく。それらの攻撃をアイは四体の【使役人形】によって弾いていった。
魂持ちのスプリは個人の意思で動いているが、残りの三体は全てアイが動かしている。恐ろしいほどの精密動作。やはり、プレイヤーキラービューシアは天才だった。
「まさか、貴方がこんな事を隠していたは……もっと早く気づくべきでしたよ」
「アイさん、貴方は私にとって妹……いえ、娘とも言える存在です。深い闇に沈んでいた貴方が、なぜ彼らのために戦いますか」
絶えず掃射される【星魔法】をアイはアスールさんと共に防ぎ続ける。互いに撃ち合う閃光弾と銃弾は、さながら流星のように星の海を飛び交っていた。
すぐにノランは【クイックステップ】を踊り、二人のスピードを上昇させる。同時に、リュイも検圧を放つ【浮雲】によってバハムートを斬り裂いた。
アイはみんなに支えられている。それでも彼女は、いつもの調子で捻くれたことを言う。
「彼らのため? 笑止、私は今も自分のために戦っています! これは自らが選んだ道です!」
「そうだアイ……! 自分の意思を貫くんだ! スキル【闇魔法】ダークリスオール!」
そんなアイの言葉を否定せず、ルージュは自分の持つ最大の魔法を放つ。
彼女は魔法と物理を使い分けているため、最上位のリジョン系魔法を習得していない。この【闇魔法】がルージュの全力だった。
そんな仲間の意思を無駄にしたくないと思ったのか、アイはすぐにサポートへと移る。攻撃を確実にヒットさせるため、仕立屋は相応のスキルを選んだ。
「ルージュさん……スキル【まつり縫い】!」
アイの糸がバハムートを縛った瞬間、ルージュの【闇魔法】が敵二人を飲み込んだ。
暗闇に視界を潰され、白竜は見当違いの方向に閃光を放つ。しかし、すぐにPCさんが戦い方を切り替え、竜の背から魔法を詠唱する。
「私だって……私だって自分の意思を持っています! スキル【土魔法】クレイリジョンオール!」
例え闇に阻まれても、地面から攻撃する【土魔法】には関係ない。おまけに彼女の魔法は攻撃範囲が凄まじかった。
状況は一瞬にしてひっくり返される。アイたちの足元から土の針が迫り上がり、そのまま彼女らに叩きつけられた。
ノランの【ポルカ】でも防ぎきれないほどの威力。おまけに足場を崩されたことによって、陣形が崩壊してしまった。
さて、どうするか……決まっている。ここからが俺の策略だ。
「どうレンジ、行ける?」
【バックステップ】によって魔法を回避したヴィオラさん。彼女は俺にそんなことを投げかけた。
それに対し、事前に回避行動に移っていた俺はこう返す。
「ええ、当然ですよ」
今まで俺は、ただぼーっと見ていたわけではない。アイたちを劣りにしながらも、完璧な位置取りに動いていた。
俺とヴィオラさんがいる場所は敵の背後。ルージュが【闇魔法】を使ってくれたから上手く回り込めたよ。
そんなことも知らず、PCさんは魔法の詠唱を開始する。彼女の狙いはアイたち、俺とヴィオラさんには気づいていない。一撃を与えるならこの瞬間だ!
ヴィオラさんは空中に向かって剣を振りかぶり、俺は鉄くずと大きな縫い針、バンデッドガンにスパナを叩きつけた。放たれる技はどちらも最強クラスの威力だ。
「さあ、レンジ! 一気に決めるわよ! スキル【エリアルバッシュ】!」
「はい! スキル【発明】アイテム、パイルバンカー!」
頭上広範囲を薙ぎ払う【エリアルバッシュ】に、鉄心を掃射するパイルバンカー。どちらも空中の敵を撃ち落とすには最適の攻撃だった。
俺の放った鉄心はバハムートに命中し、ヴィオラさんの剣はPCさんも纏めて切り裂いていく。そしてそのまま、彼女は剣を振り抜いて二人を地面に叩きつけた。
「いっけえええ!」
「ぐう……」
再び、PCさんの体が抉れる。こうやって少しずつ再生力を削り、限界が来るまで攻撃を与え続けるしかない。
幸い、敵の動作は遅いため、一撃を与えて怯ませさえすれば回復の機会は巡ってくる。実際、俺とヴィオラさんが戦っている間に、ノランとアイが【回復魔法】を使用していた。
この動き、対人戦ではなくボスキャラクターの討伐に似ている。まさに、俺たちは魔王と戦っているような状況だ。
しかし、その魔王には心がある。彼女はすぐに立ち上がり、傷を負ったバハムートに自らの手を当てた。
「スキル【回復魔法】ヒールリジョン……! どうやら私は……貴方たちを見くびっていたようです……!」
優しい光が竜を包み、その体力を回復させる。やはり、本体であるPCさんを倒さない限り、こちらに勝機はないみたいだな。
現状、俺たちは上手く戦えている。このままの展開が続けば、PCさんの再生力を順調に削れるだろう。
しかし、彼女の脅威は終わらなった。召喚術士は七色の杖を一回転させ、得意の召喚術を使っていく。まだ、ペットキャラクターを召喚する余裕があるようだ。
「スキル【従属召喚魔法】テュポーン!」
「さ……さらに一体追加ですか……」
現れたのは下半身は蛇で上半身は悪魔のような異形の化け物。この場面でのペットキャラクター追加に対し、リュイは苦笑いを浮かべた。
バハムートは【星魔法】を扱う飛竜種だと、俺たちは研究し尽くしている。しかし、新たに現れたテュポーンに対しては全くの情報を持っていない。
現状、PCさんとバハムートを相手にしつつ、攻撃方の分からないテュポーンを相手にしなくてはならない。
一言で言うのなら、最悪の状況だ。
「テュポーン【火を噴く】。バハムート【羽ばたく】」
『ギャッギギ……』
『グギャアアアアア!』
右手にはテュポーン、左手にはバハムート。それぞれが同時に技を仕掛けてくる。風圧と火炎が交わり、攻撃は高熱の業火へと形を変えた。
すぐにノランが反応する。二体の召喚獣が使った技はどちらも魔法ではない。つまり、魔法防御力を上昇させる【ポルカ】は適応されなかった。
敵が使ってきたのはこれでも物理攻撃だ。防御力を上昇させなくては意味がない。
「ノランちゃんは騙されないんだから! スキル【タンゴ】!」
「物理なら俺が防ぐ! スキル【起動】!」
ノランのサポートによる防御力アップを受けつつ、俺はロボットに飛び乗った。そして、みんなの前に立ち、鋼鉄製の両腕でガードしていく。
召喚獣のレベルが高いのか、ガード上から凄まじい衝撃を受ける。熱く、そして一撃が重い。とてもではないが何度も攻撃を防ぐことは出来ない。
粘るのは不可能。そう思った俺は、業火を振り払って召喚獣へと突き進もうとする。
「スキル【加速】!」
「待ってください!」
機体が【加速】によって走り出す瞬間、誰かが操縦席に飛び乗った。侍のリュイ。まさかこいつがこんな無茶な行動に出るとは思わなかった。
既にスキルは発動されているので、彼を乗せたままロボットは敵に突っ込む。俺は気にせず攻撃態勢に出ると、リュイもこちらを気にせずに操縦席から飛び出す。
そして、俺が鉄くずと炎の魔石を取り出している間に、攻撃態勢へと転じていた。
「スキル【初発刀】!」
「なっ……! スキル【発明】アイテム、パイルバンカー!」
俺がテュポーンを発火装置で燃やす前に、あいつはバハムートを一閃する。まさか、リュイの奴……俺のロボットを移動手段として使いやがったな!
思わずニヤけてしまう。相も変わらず生意気だけど、行動自体は最善かつ勇気がある。まさに、不屈の精神を持った彼らしい攻撃手段だった。
二体の召喚獣を同時攻撃し、なおかつPCさんとの距離を一気に詰める。だが、まだ終わりではない。リュイの使った【初発刀】は先制スキル。威力は低いが、本命が次に控えていた。
「スキル【燕返し】!」
『グギギ……』
斬り落としと斬り返しの二連撃で、リュイはバハムートに攻撃を行っていく。そんな彼の行動を見て、俺はその考えを読み取った。
こいつ、バハムートを集中攻撃する気だ。俺がテュポーンを狙うことを読み、自分がもう一匹の召喚獣を引き受ける気だったんだ。
決死の覚悟。無駄には出来ないし、その邪魔をさせるわけにもいかない。テュポーンとPCさんはこっちで止めないと……
そう思った時だ。こちらの行動が終わり、敵の反撃が始まろうとしていた。
「スキル【氷魔法】アイスリジョンオール」
『ギャギャーッ!』
PCさんの詠唱が終わり、周囲におびただしい冷気が覆う。同時に、異形の化け物テュポーンが、蛇のような尻尾をロボットのボディに叩きつけた。
無理な加速から攻撃を行ったため、防御が間に合わない。リュイの方を狙わなかったのが幸いだが、続くPCさんの【氷魔法】を防ぐ手段がなかった。
絶体絶命の状況。こちらでは何も出来ないというその時。後方からサポートの手が入った。
「スキル【マジカルクロス】アイテム、白雪の衣!」
「スキル【炎魔法】ファイアリスオール……!」
アイの【マジカルクロス】により、俺の体に氷耐性の衣が着せられる。同時に、ルージュの【炎魔法】がPCさんの【氷魔法】に叩きつけられた。
炎と氷は互いにぶつかり合うが、INT(魔法攻撃力)特化のPCさんの方が圧倒的に上回っている。冷気は凍てつき、俺とリュイの体力を一気に奪っていった。
体が冷たい……だけど、俺には【状態異常耐性up】がある。凍結の状態異常は絶対に受けない。
また、リュイはリュイで対抗手段を考えており。どんな攻撃が来ても同じダメージで返すスキルを使用していた。
「くっ……! スキル【抜打】……!」
鬼人ような形相で、彼はPCさんを斬り落とす。【HPup】を鍛えているリュイだが流石にもう限界だ。次の攻撃をこいつは耐えられない。
しかし、そんな状態でも敵が容赦するはずがなかった。続く、バハムートの口から星の閃光弾が放たれる。
『グギャウ!』
「させるかよ! スキル【ホーミングショット】!」
リュイを狙う【星魔法】をアスールさんが狙い撃つ。間一髪リュイを守ったのと同時に、ノランの回復サポートが入った。
「スキル【回復魔法】ヒールリスオール!」
癒やしの光に覆われ、俺とリュイのライフはグリーンゾーンまで回復する。間一髪だったが、これでテュポーンとバハムートのライフを大きく削ることに成功した。
召喚獣を先に倒す。それが一番の理想。しかし、敵にはPCさんの回復サポートがある。
なら、彼女の動きを止めれば、敵の回復手段はなくなる。俺がPCさんと向き合えば、仲間が……みんなが絶対に勝ってくれるはずだ。
策は決まった。さあ、ここからが本番だ!